萬連の「悠々去来に生きる」(50歳台女性の生き方)

お遍路や旅で出会った風景を写真で紹介します。日々の暮らしや介護時代の回想も取り上げます。

2015年母の看取り日記(19)

2017-04-04 15:02:33 | 介護・看取り回想
早いもので、4月6日は母の二年目の命日です。(大正13年生まれ、行年92歳)

一昨年に母を看取るまでの数週間書き綴った日記を少しずつ公開しています。(Facebookで公開したものです)

End of Life: 母との時間(16) 2015年4月4日記

4月4日(土)
昨晩もずっと大きな声でしゃべっていました。「早く助けて〜」「どうしたらいいの」
「待っててね」「助けてくださーい」「ゆるさーん」。。。腕には頻繁に不随意運動が顕著に現れてきました。寝たかなっと思うも最長10分〜15分でまた喋り出します。。。そういえば父の時も同じような症状がありました。。。

朝はぐったり、ボォーっとしていて、ベッドからの移乗、トイレは難しく、そろそろベッドでの時間が長くなるんだろうか。。。と。ベッドからでもビデオが見えるように部屋のレイアウトを変更。車椅子もクッション性の高いソファのようなのが介護保険内でレンタルできるとのことで早速ケアマネさんにお願いしました。

一旦マンションに帰宅。手触りの良い毛布や、足に挟む(褥瘡予防)クッションなどを持ってマンションを昼過ぎに出発。途中デパートで前開きの寝巻きと薄手の下着、口腔ケア用品等を購入してホームに向かいました。

午後二時過ぎにホームに到着。やはり今日はずっと寝たままです。。。水分も一口程度しか飲めなかったそうです。

日中はほとんど言葉を発しません。口腔ケア用のスポンジで微量のお茶などで口元を湿らす程度。。。これにも抵抗があります。一昨日はあんなにノリノリなビデオを撮らせてくれたのに、桜も一緒に見えたのに。。。でも私のためにその機会まで頑張って持ちこたえてくれていたのでしょうね。。。

主治医の先生に今日の容態を報告しました。水分が摂取できなくなるとあと2〜3日だそうです。。。点滴を求める家族もいるそうで、どうしてもと家族が要望するときはごく少量だけ入れるのだそうです。。。でもそれによって血管の確保で注射針を刺す痛み、一発で確保できない場合や液漏れ、針を自分で抜いてしまうリスクなど。。。本人にはとても苦しいことなのだそうです。娘としては辛いけど、母にとって痛いこと苦しいことはなるべくしないことを貫くことにしました。

また夜間のせん妄もそばにいる家族がしんどいようであれば座薬で夜静かに眠らせるお薬があるとのことでしたが、せん妄にもちゃんと付き合う覚悟があるので処方依頼はしませんでした。

来週木曜から週一回の訪問看護の予定も急遽変更して、毎日30分入ってくださるようになり明日からスタートです。

今晩もせん妄が出ていますが、昨晩まで鮮明だった声も呂律が回らなくなっており、私を叩いたり掴んだりする力も弱々しくなってきました。

いよいよです。。。覚悟して、ガンバル。
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