万福寺 大三島のつれづれ

瀬戸内・大三島 万福寺の日記です。
大三島の自然の移ろいと日々の島での生活を綴ります。

花三島茶碗(はなみしまちゃわん)

2010年07月29日 | Weblog
 一昨日、広島市にお住まいのY.Hさんが叔母様のご法事のためにお参りになられました。その折り

「主人も亡くなり、私もいつどのようになるかわかりません、これは長年大切に使って来たお茶碗で

すが、お寺に納めさせていただきとうございます」と箱に入ったお茶碗をご持参になられました。

 拝見いたしますと、箱には「花三島写 茶碗」、箱裏に「永楽善五郎」と書かれて「永楽」の墨印

が押されています。明らかに数年前に他界されました永楽十六代の造になるものです。お茶碗は三島

茶碗の写ですが、お茶碗の作りが素晴らしいと感じました。

 忝なく有難く受納させていただきました。

 Y.Hさんは84才になられますが長い茶歴の方です。それだけに愛玩のお茶碗を離されることは

寂しくつらい思いがされるでしょうに、・・・・。

 噛みしめるようにゆっくりとお話をされて、定期バスで広島へ帰って行かれました。  多謝
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

明日【7/29 正午】受付開始!  寺で音楽2010at大三島

2010年07月28日 | Weblog
今年も、パワーUPしておこないます!

 寺で音楽2010at大三島

- 中島千波画伯大ふすまえ奉納記念イベント vol2 -


日程は8月29日 日曜  受付開始14:30 開演15:00 終了17:45(予定)


出演は、二階堂和美さん、ロス・コンドルスさん

二階堂さんは、多くのアーティストとコラボされたり、日産マーチや資生堂のテレビCMを手がけるなど、幅広く活躍されている女性シンガーです。その歌声は一度聴けば、心奪われます!

ロス・コンドルスさんは、ラテン音楽にとどまらず、多様なジャンルの演奏をなされます!松山在住、地元愛媛の実力派ミュージシャンです!


☆フライヤのイラストは、加藤圓正さんhttp://foomin.net/が、大三島と二階堂さんをイメージして描いてくださいました。(楽器を弾いているのは、カリョウビンガというお経にでてくる半鳥人です。美しい歌をうたい、説法するといわれます)
(加藤さんは、京極夏彦の本の装丁画を手がけられたり、妖怪画をはじめ多くの作品を描かれています)


☆広島や松山からのご来場も、お待ちしています!

詳しくはHPをご覧ください!

http://wwwa.pikara.ne.jp/manpuku/
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

則我善親友(そくがぜんしんぬ)

2010年07月21日 | Weblog
 昨夕、大三島の盛(さかり)の西光寺さんのご住職さんが来山あって「これ出来ましたので・・・」と三原市高坂の臨済宗仏通寺派の本山仏通寺の機関誌「仏通」を態々お届け下さいました。
 約一ヶ月前、ご住職にお会いした折に「仏通」に原稿を書くのですが万福寺に懸かっている「則我善親友」について書いてみようと思っていますと云うことでありました。
 早速読まして頂きましたが、これはこれは恐れ多いことで、お尻がむずむずするような、汗顔のいたりと云うべきです。ですが、一部分をご紹介しておきます。

 此地大三島には、曹洞宗寺院6ヶ寺、浄土真宗が4ヶ寺ある。その4ヶ寺の中に、自坊から車で15分位で口総という地に、万福寺という寺がある。
 小生が30才前後のことだったと記憶しているが、家族4人で細やかな食卓を囲み、父親が万福寺さんを訪問しての時を喋っていたことが思い起こされる。
 「万福寺さんを訪うと、いつも寺族総出で歓待して呉れるんだ。住職夫妻と御隠居夫妻そして子供さん達も。良い家族だぞ。玄関に則我善親友という扁額が懸かっとってなぁ。これが実に良いんだ。3代前の住職さんの筆らしいが、良いんだよなぁ。儂を出迎え応援してくれること、正にこの言葉の如くよ。寺はこうでなくっちゃいかんよな。禅寺ときたら、どうも総じて素っ気無い」とだれに云うともなく語っていた親父が懐かしい。
 (中略)
 やはり、物より人ですよね。先ずは私め住職自身が、率先垂範せねばならぬ。自己の意識改変だ。目指すは、則我善親友の則(あるいは即)だ。
 この則という文字、「・・・であったならば、則ち・・・」といういみがあり、その前の言葉が予測される。則我善親友の出典は、浄土三部経の中の一つ、大無量寿経である。則の前の言葉は、聞法能不忘。見敬得大慶。(法を聞きて能く忘れず、見て敬い得て大いに慶ばば)となっていて、端的に言えば「私(釈尊)の説く法をよく理解したならば、そなたは善き親友である」ということだ。(中略)
 小生の目指す則は、恬淡純一(てんたんじゅんいつ)にして稚気があるということ、さっぱりした気性で、偽りや飾りっ気がなく童心を備えている、ということである。
 平成4年満90歳で逝去された、万福寺先代浅野三智和尚。大人の風格を有ちつつ、稚気のひとでもあった。自筆の原稿を拝読する機会があったが、稚気溢るる純美なる文字であった。また出棺前に拝見したお姿の何とも神々しくあられたこと。旅立ちの純白の涅槃衣に身を包んだお貌は、まさに純一そのもであられ、私の脳裏に深く刻まれて、忘れることが出来ない。
 この三智和尚、エスペラント語の大家であり、同じくエスペラント語に堪能であられた禅家柴山全慶老師(南禅寺管長)とも親交があったことを付け加えておこう。(以下略)

 西光寺ご住職照峰馨元師は現在仏通寺派の本山で管長代務・宗務総長と云う重職にあられます。お互い随分と若い頃よりの知己です。この度、お書き下さった佳文、有難く、厚くお礼申し上げます。

 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

祇園会(ぎおんえ)

2010年07月17日 | Weblog
 昨夜、雨模様に雷鳴が聞こえていました。今日のお天気報道では西日本は一斉に梅雨が明けたことを報じていました。豪雨の被害の状況のニュースと一緒に梅雨明けを聞くことも余りなかったことです。

 今日17日は京都の祇園会、山鉾巡行は梅雨明けの蒸し暑い中を行われたことでしょう。祇園祭りが来ると私が16,7才の頃、京都での下宿のおばさんが話してくれた祇園祭りについての京の人たちの思いには当時の私には理解しがたいものがありました。
 長刀鉾を先頭に四条通りを東進して八坂神社の手前の河原町の交差点で巡行は北上する。巨大で恐ろしく背の高い鉾が囃子とかけ声で北に向きが変わると、「京の人は秋が来た、といやはるのどすェ」 まだ土用にもならないのに「秋が来た」とはと意味不明に思いましたが、今はその思いがよく分かります。
 画像は4代前の住職が使っていた江戸時代の百科辞典「大節用集」の冒頭部分に祇園会の山鉾巡行の模様が版画で刷られています。これには7基の鉾、19台の山が並んでいます。

 「大節用集」500頁くらいもあるものなのですが、単色刷りとは云えその精緻な版画には驚くばかりです。収載されている事項は多岐にわたっていて貴重な項目が多数あります。

 頁の上半分には日本歴史上の忠臣と云われている人々を紹介し、下半分6頁が山鉾巡行図になっています。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

お正信偈練習最終回

2010年07月14日 | Weblog
 7/13、PM8:00 お正信偈練習の最終回となりました。各地で梅雨のゲリラ豪雨の

被害が報道される中、開催を躊躇いたしましたがこの地域は小雨模様なので予定通り開催い

たしました。

 毎週火曜日PM8時に開催してきました。申込者24名、毎回20名以上の出席で皆さん熱

心に受講下さいました。敬意を表します。

 明専寺さんには遠路を足を運んで下さり、分かりやすくご指導いただきました。お陰さま

で回を重ねる毎におつとめの声も大きくなり。音律もしっかりして参りました。ありがとう

ございました。

 第1回目の練習会は一応盛会裏に終えることができました。これからこれを基にそれぞれ

の家庭で地域でお正信偈のお参りを推進して頂きたいと思っております。

 最後にご講師の明専寺さん、研修部の総代さんも入っての記念撮影をいたしました。 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

轡虫(くつわむし)

2010年07月13日 | Weblog
 富貴蘭轡虫に花が咲きました。白い花ですが花弁の先がほのかな薄い紫色に染まっていて

上品な咲きぶりです。

 「轡虫」の名前はどうも花の様相からではなく葉の形からのようです。轡虫のお尻の剣様

の卵管に似ているからのようです。他にも「鈴虫」と云う風蘭もあって葉の先が剣様になっ

ているとのことです。

 そのことは兎も角として花はセレブな雰囲気が漂っています。このような蘭が深山の木陰

に静かに咲いているとは・・・・、
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今治組総代会研修会

2010年07月10日 | Weblog
 7/9(金)午後1時より今治風早町の常高寺さんを会場に平成22年の総会と研修会が

催されました。万福寺からも11名の総代さんが出席され3台の車に分乗して住職と若院も

同道いたしました。

 総会行事に続いて香川県三豊市品福寺ご住職、香川徹男先生がご講話下さいました。香川

先生は私より7年位先輩の方ですが龍大卒業後ミヤンマ(ビルマ)の僧院へ留学なさってお

られて帰朝された折、同じゼミナールでお世話になったことがあります。また、隣島の法珠

寺さんの早世された前のご住職加藤徹照師と同期であられたことでもご縁がありました。

 ビルマでの僧院でのことやご自坊でのご教化のことなどお話になられ感動的でした。毎年

 盛夏に4日間毎朝「法句経」の講話をパーリー原典を中心に20数年も続けて来られた

由、敬服いたします。

ご講話中に引用された『法句経』4 の聖句、

  実(げ)にひとの世に うらみもて
  うらみの息(や)まん ときあらじ
  うらみ断(た)ちてぞ 消(き)え果(は)てん
  これぞかわらぬ    法(みち)ぞかし 
    
 画像は昨春、古い瓶に植えたミニ睡蓮が今年も白い花を咲かせました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ツバメ

2010年07月08日 | Weblog
万福寺のツバメの巣の5羽の雛が大きく成長して巣からこぼれ落ちそうになっています。

朝、空がしらむ4時30分頃からツバメの雌雄は餌を運び始めます。雛がこのように大きく

なると食欲も旺盛になっていますから親ツバメも大変です。

 実は、このツバメの雌雄にとっては今年2度目の雛なのです。4月中旬頃でしたか、最初

の抱卵の時、いつもそうなのですが、青大将がやって来て巣の下をウロウロニョロニョロし

ていました。青大将はツバメの卵を狙っているのです。巣のあるところは安全地帯なのです

が、青大将に気づいたツバメは恐怖からか巣で大騒ぎしたために巣が卵ごと落ちてしまたの

です。ですから今大きく成長して来た5羽の雛は今年2度目の雛なのです。

 青大将が来ないように忌避剤を散布して防御しました。これはわれわれ人間の為でもあり

ます。ツバメの巣の下は日常頻繁に使用している通路です。蛇に突然出くわした時の驚きは

実に心臓が止まるのではないかと思うぐらいビックリします。

 忌避剤のお陰でその後蛇は来ていません。ツバメも悲しい辛いことがありましたが、2度

目の雛育てが成って、巣立ちも近いようです。青大将には気の毒ですがよかった。ツバメあ

りがとう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

八重衣(やえごろも)

2010年07月07日 | Weblog
 今年も富貴蘭に花茎が伸んで蕾が付いています。

昨年も今治登畑の藤原さんが12鉢届けて下さいましたから都合32鉢の富貴蘭を軒や木の

枝に釣り下げて育成しております。

 富貴蘭は寒蘭や春蘭のように背が高くならずずんぐりとした蘭です。深山でのこの蘭は古

木や岩などに根を張って生息しているのだそうです。葉も花も雅味がありますが白く力をみ

なぎらせて張る根にも面白さが大いにあります。

 今年最初に咲いたのは画像の「八重衣」と明記されている鉢です。葉には覆輪があり花は

純白です。古くから認知されている種のようです。

 他の鉢もこれから次々と咲くことでしょう。

 ◎昨夜は正信偈練習会の第3夜でした。大方のメンバーが出席されての第3夜、3班に分か

れて一人ずつ調声(ちょうしょう)の練習に挑戦していただきました。皆さん懸命に試みら

れていました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

7月の法語

2010年07月05日 | Weblog
 思わぬままに今年も半年が過ぎ去っています。無常迅速(むじょうじんそく)として移り行き一刻として容赦してくれることはありません。
 7月の法語カレンダーのおことばは親鸞聖人のご撰述『尊号真像銘文』(そんごうしんぞうめいもん)から選ばれてあります。

 信心をうれば 暁になるがごとし

 『尊号真像銘文』と云うご著書は親鸞聖人がご門徒に書き与えられたご本尊としての「名号」(六字、九字、十字などのお名号)の上下にお聖教からご文を書き加えられ、お名号のおはたらきがより受け取れるようにされていますが、そのご文について解説、解釈をほどこしておられるご撰述が『尊号真像銘文』です。本末2巻に13種21文(広本)を読ませていただけます。

 カレンダーのご文のヶ所を掲げておきます。

 摂取心光常照護(せっしゅしんこうじょうしょうご 正信偈)といふは、信心をえたるひとをば、無碍光仏(むげこうぶつ)の心光(しんこう)つねに照らし護りたまふゆゑに、無明の闇はれ、生死(しょうじ)のながき夜すでに暁になりぬとしるべしとなり。已能雖破無明闇(いのうすいはむみょうあん 正信偈)といふは、このこころなり、信心をうれば暁になるがごとしとしるべし。   (注釈判聖典P672)

 と懇切に懇切にお述べくださってあります。
 如来さまのやるせないお心に遇わせていただくと云うこと、お念仏を申させていただくそのままが如来さまの私を呼ばれるみ声を聞くままが、長き闇夜をさまよい来た暗澹たる心に白々と光りがさして来ることを明らかに示して下さってあります。

 徳力さんの版画の絵図は親鸞聖人のご家族が越後より関東へ向かわれる途次、上野国佐貫(現、群馬県板倉町佐貫)辺りに逗留された時、聖人が病に伏せられたことが恵信尼さま(お裏方)のお手紙に述べられている情景が顕されています。この時の病床、高熱の中でのご体験は聖人のその後のお念仏生活を決定ずけるものであったように伺えます。
  高熱の夢中に自信教人信難中転更難(自ら信じ、人を教へて信ぜしむること、難きがなかにうたたまた難し 礼讃)の善導大師のお言葉の啓示を受けられたことを恵信尼さまは末女覚信尼さま宛お手紙に記し伝えておられます。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加