万福寺 大三島のつれづれ

瀬戸内・大三島 万福寺の日記です。
大三島の自然の移ろいと日々の島での生活を綴ります。

意宇の里

2008年12月29日 | Weblog
 「意宇の里」(おうのさと)とは椿の名
前です。
筒咲きの一重、薄桃色の可愛い色合いを
しています。西王母椿より小振りで色も
少し優しいかと思います。
 意宇とは島根県松江と安来との中間地点
に中海に面した「意宇」(おう)とやばれる
地名の郷があります。「出雲国風土記」にも
出てくる古い地名のようですが、その地名が
この椿の名前となっていますから、恐らくこ
の辺りで生まれた椿なのでしょう。今日蕾を
ふくらませていますからお正月には開花して
いるでしょう。
 新年を迎えるにふさわしい花だと感じ入っ
ています。
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万華鏡

2008年12月26日 | Weblog
 今朝、暁鐘を撞いて帰りに郵便受けの新聞を取る時
2通のメール便が入れられていて一緒に部屋に持ち帰り
開けてみると、一通は「LA JAPANA BUDHANO N-ro344」
(日本仏教徒エスペラント連盟の344号機関誌)、他一通
は京都に居る二男の恵真からの冊子であった。
 エスペラント機関誌には11/1発行の「本願寺新報」
に掲載された長男執持の法話「如来の家に帰ろう」がダイ
ジェストで紹介されているので驚いてよく読むと、福岡の
加藤教順先生が新報のコピーを事務局へ送られたからだと
分った。エスペランチストであった祖父三智のことを紹介
したヶ所があったからであろう。
 恵真の送って来た冊子は写真のような体裁で「万華鏡 
若い僧侶の一口法話」(自照社出版価1、200円)とタ
イトルされた法話集であった。
 二男恵真が龍谷大学真宗学科で指導を受けてきた矢田了
章教授が本年度で退官されるのでその記念として指導を受
けた40数名が一口法話を持ち寄って纏めたものとのこと
である。真宗学は矢張り学門の面と教化伝道の面があるの
が本来のものであろうが、矢田教授はそのようなお考えで
この法話集を出版されたことに敬意を感ずる。若い学究の
方々のお法のお味わいに遇うことが出来て有難い限り。
 今日は一日ほのぼのと嬉しい。こう云うのを親馬鹿と云
うのであろうか。
 
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遷座法要から一年

2008年12月25日 | Weblog
 昨年の11月10日に新本堂へご本尊様を安置する法要「遷座法要」を
営みご参詣の皆さまと一緒に最初の報恩講を勤めさせて頂いてから一年以
上過ぎました。
 本年4月27日に宗祖750回大遠忌法要と本堂落慶法要を営まさせて
いただき、6月7日に若院の結婚式を挙行と、目まぐるしく過ぎた1年で
した。
 去る18日に東京芸大の中島千波先生が来山されて内陣襖絵の製作の構
想をお聞きいたしましたから、来年の襖絵の完成で本堂新築事業が完成と
云うことになります。
 今、静に暮れゆく平成20年を想う時、全く仏祖の御働き、島内外のご
門徒の温かいご支援、目に見えぬ大いなる力(冥加)の因縁に寄っている
以外何ものもありません。有り得ないものがここに出来上がったとしか云
いようがありません。  噫、南無阿彌陀仏!
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水仙が咲く

2008年12月20日 | Weblog
 水仙は年内に咲く時と咲かない時があります。今冬は朝方は
随分と冷え込んでいるのですが、日中は比較的暖かな所為でし
ょうか数日前に開花がありました。
 水仙が咲くと頑張らなくっちゃ!と何故か思わせられるです。
寒い中に葉っぱも花も端正にすっくとしているからなのだと思
います。 水仙の花を「金盞銀台」(きんさんぎんだい)とも
呼ばれていて実に高貴な杯になぞらえられています。
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中島千波先生

2008年12月20日 | Weblog
12/18、東京芸大教授中島千波先生がご家族とご一緒に来山され
ました。
中島画伯は前大三島町長菅省三氏(故人)そして令兄菅逸士氏(松山
の三予水道株式会社社長、故人)との長年にわたる厚い交誼があり、
また、当山若院が大三島美術館の学芸員をしていた頃、中島画伯の作
品「桜」の代表作を集めた企画展を開催したことがあると云うような
深いご縁によりご来駕くだされたのです。
 画伯ご家族は底抜けに明るく朗らかにお話下さり、時間の経つのも
忘れてお話をうかがうことができました。
 本堂両余間の襖に健筆を振るってくださるとのこと、願っても叶わ
ないことですのに来年早々その製作に着手くださるとのことです。本当
に忝ないことです。相次いで亡くなられた菅ご兄弟もお浄土できっと慶
んでくださっていることでしょう。
 来年の今頃には完成していることでしょう。ご門徒の皆さまと楽しみ
に待ちたいと思います。

 写真は庫裏での歓談の様子。右から中島画伯、奥様、嬢様。
 最近、大谷光瑞門主(22世)の探検家としての肖像や嵐山天龍寺管
長平田精耕老師の頂相なども依頼によって画かれたとのことですが、画
伯の真骨頂は桜や花そして玩具を画かれる一連のシリーズだと思います。
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宗方湾暮色

2008年12月15日 | Weblog
宗方の道場本と呼ばれてきたお家の治(おさむ)さんがご逝去になられ
本日葬儀が営まれました。11年前に東京からUターンされ奥様と生活
をされていました。奥様は福島県生まれの方でこの島の自然美に魅せら
れて島での生活を楽しんで居られたのに・・・、ご主人の治さんが急に
病まれて逝去されたのです。哀惜の情やるかたありません。
 夕方、初七日法要をすませて治さん宅から少し岡に登った処の農道から
宗方湾、そして湾の向こうに広がる関前灘に夕闇迫る風景に心奪われまし
た。しばし佇み眺めました。治さんご夫婦はこの風景を眺めて暮らしてお
られたのです。365日、24時間一刻一刻スライドショウが続く風景な
のです。
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有明の月

2008年12月13日 | Weblog
12/13(土)am5:50、朝の鐘を撞くべく境内に出る。
予報通り随分と冷え込んでいるが、異常な明るさに西の空を見る
と満月が輝いていた。旧暦霜月の満月なのだと気付いた。
 西空から凍てるような月光を浴びながら暁鐘を撞いた。
 この時期この時間はまだ東の空は白んではいないから有明の月
とは云わないのだろうが、「霜月の有明の月を見た」と記憶に留
めておこう。
 百人一首の素性法師の歌
  今来むといひしばかりに長月の
    有明の月を待ち出でつるかな

am6:05、撮影。カメラニコンD80、フレックスレン
ズ500㍉(タムロン)、三脚を立てて手動撮影。
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出山図(しゅっさんず)

2008年12月11日 | Weblog
 詳しくは「釋迦出山図」(しゃかしゅっさんのず)と申します。
釋迦八相と云われて釈尊伝で重要なことがらを八事相を挙げて讃嘆
されて来ました。インドに今なお現存していますお釈迦さまのお舎
利を納めたストーパの欄楯などにこの釋迦八相がよく石彫されてい
ます。しかしこの「釋迦出山」の事は八相の中には入っていません
から、インド仏教にはその彫刻や絵図を見ることはなくて、中国そ
して日本の仏教理解において釈尊の「出山」がより重視されて来たの
でしょう、中国や日本では「釋迦出山図」がよく画かれています。 
 「出山」とはインド古来の難行や禅定の諸師から決別することを
意味していること、これら絵図に画かれている釈尊の諸師からの決別
は「大いなる孤独」であり、これ以上ないような、いのちの「テンシ
ョンの高まり」を伺い知れるのです。この「大いなる孤独」は数日後
の釈尊の「大いなるさとり」(成道)へと展開して行くことに連がっ
ていることを予期させています。個の完成と云うことからみてどうし
ても通過せねばならない門としても「出山」が受け止められて来たよ
うに思います。
 12月8日の成道会(じょうどうえ)を少し過ぎましたが、今年の
臘八は釈尊の「出山」について考えるご縁をいただきました。

 画像の「釋迦出山」の軸は、当山所蔵のもので落款印に「守信」の
瓢箪印が押されています。そのまま信ずれば狩野探幽守信の筆になる
のですが、まア真贋の程は不明なので「伝守信筆」としていた方が無
難でしょう。私としては釈尊の「出山」に深い意味があると考えてい
ます。

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司馬遼太郎さんのこと 3

2008年12月09日 | Weblog
 司馬遼太郎さんは大阪に生まれられ大阪で作家活動をされて、
大阪で生涯を終えられました。『十六の話』に納められている「大
阪の原形」は生地大阪の歴史を熱っぽく語っておられます。
 15世紀末、蓮如上人によって石山の地大坂(現大阪城)に坊舎を
営まれたことが「大坂」の地名の始まりであることを詳しく述べられて
いますが、その記述の中に親鸞聖人について「私は自分の宗教がこの
宗旨(浄土真宗)だから、少し身びいきが入っているかもしれないが、
日本の思想史上、親鸞が最大の人物だろうと思っている」と述べられて
、親鸞聖人の仏教の捉え方を司馬さんの的確な解釈で述べておられます。
 司馬さんの作品は膨大な資料を駆使しながらも32度の人の体温とや
さしさの水の流れがどことなく感じられるのは頗る絶妙です。

 画像は「一子侘助椿」、古い「マイクロニッコール105」をニコン
のデジタルカメラに装着して全て手動で撮影しました。いい調子だと思
います。しばらくこのレンズを使って花は撮影してみます。手動でピン
トを合わせ、露出も考えながらですから高齢者には一寸難儀なのですが、
撮影をしたという満足感は何ものにも替えがたいものがあります。
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司馬遼太郎さんのこと 2

2008年12月07日 | Weblog
司馬さんの作品に『十六の話』と云うタイトルで歴史随筆などが納まって
いるものが書架にあります。今も時折開けて見ますがどこを読んでも面白く
興味津々たるものがあります。その中の「開高健への弔辞」、文学性の非常
に高い、頗る長文の弔辞でありますが、その最後に司馬さんはこのように述
べられていて、その心情を味合う時大いなる安らぎを感じます。
 「まことに空(くう)というものは、いいものであります。キリスト教
のように霊魂は存在せず、空の考え方にあっては、死者と呼ばれる大兄はこ
の会場にあまねく存在し、目の前の花でもあり、空気でもあり、われわれ自
身でもあります。」と、

 写真は宗方の菅美智子さんが仏華にとお供え下さいました「冬薔薇」の中
の一輪です。美智子さん曰わく、「棘のあるお花は仏華にはいけないと聞き
ますが・・・・」、住職応う「棘をはさみで切り落として使います。仏さ
まは棘があっても嫌われません、お供えをする私どもの心に棘があたらない
ように切り落としておくことが肝要だと思います」、美智子さん「あアよか
った」。

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