咲いた万歩

さいたま市在住。 デジカメ片手に、四季折々の花木草を眺めつつ、 万歩ウォーキングで健康な日々。

昭和32年頃大宮鳥瞰図を見る (1)

2016年09月15日 | 日記
さいたま市立博物館刊行『第31回特別展 鉄道の街さいたま』所載の昭和32年頃の大宮鳥瞰図を見る。継ぎ目は私が手を加えた。
大宮駅付近を見る。
東口駅前に「コヤマ食堂」の表示がある。
2016年02月29日ブログで私は「コヤマ食堂」について触れた。それによれば、終戦後から昭和48年まで営業していた。
さいたま市アーカイブズセンターギャラリーで公開中の旧大宮市域 昭和38年4月 大宮駅東口駅前を見る。画面左端にコヤマ食堂さんの看板がほんの少しだけ写っている。
昭和30年代の写真を見る。左端にコヤマ食堂さんの店舗が少し写っている。
大宮の写真集に所載のコヤマ食堂(昭和30年頃)。
現在の大宮東口駅前の夜景。コヤマ食堂さんの場所にはマツモトキヨシさんがある。

2010年7月の写真

昭和32年頃大宮鳥瞰図の大宮駅の左に陸橋が描かれている。大栄橋だと思われるが、昭和32年というと大栄橋はまだ出来上がっておらず、鳥瞰図の橋の形が出来上がったものと異なっているのは想像で描かれたものかも知れない。
大栄橋東詰南側に「武蔵野銀行本店」の表示がある。
昭和34年の写真で工事中の大栄橋あたりを見る。写真は左が大宮駅で手前が大栄橋東詰である。
大栄橋の右に跨線橋(歩道橋)が見える。昭和30年頃の跨線橋のキャプションによればこの跨線橋は昭和13年に設置された。正面の煙突は大宮工場のものということで東から西を見ている写真である。
この跨線橋の下には川越新道踏切があった。昭和30年頃の川越新道踏切の写真はおそらくこの跨線橋の上で撮った。後年の大栄橋東詰南側が写っている。ここ(赤枠)は「武蔵野銀行」と書いてあるのではないだろうか。
昭和32年頃の建設中の大栄橋にも東詰南側が写っている。該当部分をアップする
私はこれが武蔵野銀行本店の建物だと思う。先ほど見た昭和34年の写真の左下(黄矢印)にちょっと写っているのがそこだと思う。
大栄橋完成時の写真の右端(赤矢印)にも写っている。

武蔵野銀行さんのホームページから沿革を拝見すると、
昭和27年4月、本店を大宮市(現さいたま市)に置き8か店で開業
昭和44年8月、新本店(現在地)完成
とある。
昭和54年発行清水秀夫編著『埼玉県現代史』にこういう記述がある。
従来の本店は現在大宮支店として営業しているという。
2011年5月、大栄橋から見た武蔵野銀行大宮支店。
同日大宮銀座通りから見た武蔵野銀行大宮支店。
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