咲いた万歩

さいたま市在住。 デジカメ片手に、四季折々の花木草を眺めつつ、 万歩ウォーキングで健康な日々。

田島観音(桜区)前の庚申塔道標

2017年05月18日 | 日記
2017年05月04日ブログで私は桜区田島の田島観音を訪れた。
ヤフーの地図赤枠で示す。
東側は南区鹿手袋であり、明治13年の迅速測図で田嶋村、鹿手袋村あたりを見る。田島観音の位置はよくわからない。
迅速測図の氷川社赤丸で示す。
ヤフー地図に田島氷川社赤丸で示す。

2016年02月22日ブログで私は迅速測図のこの道をヤフー地図にこのように描いた。
現在のこの交差点(赤丸)は迅速測図のこの交差点(赤丸)になるのではないかと思う。
そうすると迅速測図のこの道は現在のこの道と概ね重なるのではないかと思う。

明治13年の別の地図を見ると、右に宝泉寺、左に薬王院があり、真ん中に寺院の地図記号がある。
現在の地図ではこのようになっている。
迅速測図に田島観音の位置を地図記号で示すとここだと思う。

2017年05月04日ブログで田島観音を訪れた時、入口庚申塔見た
右側面を見ると造立年月が刻まれている。文化十二乙亥天(1815)十一月吉日。
道標でもあり、南と西を案内している。
左側面北を案内している。北に続く文字は崩し字でよくわからない。
方角から「北与野道」と刻まれているのではないだろうか。
右側面の道標を検討する。
南は方角から「わらひ(蕨)」と刻まれているのではないだろうか。
西は3文字で最後は「せ」のようである。
弘化元年(1844)東都近郊図を見ると荒川に早瀬というところがある。
現在の戸田市早瀬のあたりだと思う。
新編武蔵風土記稿には下笹目村枝郷早瀬村としてこのように記述されている。
荒川には「早瀬ノ渡」と呼ばれる渡船場があった。
道標の西は「はやせ」ではないかと思う。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 夜の大宮駅界隈オムニバス (5) | トップ | 東浦和駅から尾間木内谷通りまで »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。