井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

「和」を守る

2014-06-21 | 日記

癖になるのか、このところ通販でいろいろ手に入れるのが続いている。

最近のヒットは、シルクの黒コートで、コートというと暑苦しいが
要するに長い丈の、ふわっと羽織るシャツというのに近い。
羽織って膝の下まで来る。
冷房が苦手で、カーディガンを持ち歩く私は重宝しそうだ。
軽く薄いので畳んで鞄に入れておける。

ビルマシルクだというので、産地はミャンマーなのだろうか。
暑いエリアのお蚕さんは、まゆが太くて繊細なシルクにはならないと
思うが、コートにはむしろちょうどいいかもしれない。

あとひとつ、迷い迷いであったのが、ポリエステルの絽で、
出来合いの着物。ウールも綿も着たことがないのに一気に
ポリエステルに飛んだのは、絽なら何となくポリでもイメージがつかめるし、
安価なので、雨が多い6月用、出先で土砂降りの夕立にあっても
難儀しないで済む着物を、とふと思ったからだった。

届いて、着られなければそれまでのこと、と思える程度の価格。
しかし、手元に来たのを見れば色合いもまあ悪くないし、感触も絽ではある。
着丈が気持ち長めかなと思う程度で、裄は問題なかった。

着物はこういう時、柔軟性に富み洋服ほどきっちりとサイズが合ってなくても
まとえる。

浴衣は今度三越で仕立てている着物が出来上がっでから、反物を見てみようかと思う。
靖国神社のみたま祭りには間に合いそうもないが。

それと売り場で気になったのが藤色の草履で、これは
男物にしては大胆で手を出しそびれたのだが、履いてしまえば足袋の合間に
ちらちらとパープルが漏れる程度で面白いかも知れぬ。
小千谷縮の着物の仕立て上がりの3週間後に、まだ売り場にあればご縁ということで
求めようと思う。

あと欲しいのが扇子。三越の呉服売り場は目の毒である。

それにしても皇室の方々にこそ和服を召していただきたいのだが
晩餐会における天皇陛下もタキシードでいらっしゃる。
もし紋付きと仙台平の袴であれば、不勉強で知らぬのだが
紋は菊になるのであろうか。さぞ、お似合いでまた威風堂々と見えるのでは
ないかと拝察する。

皇室の最大の役割は神道の最高峰としての、祭祀王であるが
日本の伝統を次代に継がれることもそうであろう。
言葉ひとつ、時代によって変転しては行くものの皇室は、言葉が
命脈を保つ最後の砦であって欲しいと願う。
今どき、おたたさま、おもうさまはないだろうが、パパ、ママは勘弁して
頂きたいのである。雅な日本語をあとうかぎり保って頂きたい。

私はどうにもパパ、ママが生理的に受け付けず、脚本でも
リアリティを重んじてパパ、ママは使わなくもないけれど、
出来る限りお父さん、お母さんと言わせている。
本当は松竹大船の時代のように、お父様、お母様と言わせたいのだが、
さすがに現代では無理。上流社会を今どき描いても、なかなかリアリティという意味で
どうなのだろうという、ていたらく。お父様お母様は、現在70歳前後の
人たちの時代には、日常にあったはず。

おっとりと、品のいい日本語が説滅寸前で、そういうセリフを書ける
脚本家がもういなくなりつつあるのではないか。
いずれ書き残しておきたいと思うが、そんなドラマはそれこそ
戦前の皇室や貴族を舞台にせねば、書けぬであろう。

死ぬまでに一つ、日本古来の美しい言葉をドラマか小説の中に刻んで
残しておきたい。

皇后陛下も、紀子妃殿下も眞子さまも佳子さまも和服をきちんと
召されるのが有り難い。
皇后陛下が先の皇后から受け継いて養蚕をなさるのも、日本の
絹とそれにまつわる心を守りたいお気持ちからであろうと思う。

悠仁親王殿下も、着物に袴がお似合いで嬉しいことである。
悠仁様がまとわれた御初召(おうぶめし)こそは、和の衣類の精髄で、
雪の如き白い絹に、織りで繊細な模様が浮き出ている。

文字では伝えきれぬので、著作権に触れぬかと懸念しつつ・・・・も、

 

 

御初召は要するに産着で、皇后陛下が育てられた日本原産の「小石丸」の生糸で織られている。悠仁親王殿下の、宮中三殿参拝用に、天皇皇后両陛下から贈られた。

はばかりながら、「祖母」が育てた蚕が紡ぎだした糸を使って孫の産着が出来上がったのである。

たいそう贅沢なことだが、こういう贅沢をこそ皇室の方々にはなさっていただきたいのだ。
海外ブランドの洋服など、数年後には流行遅れでもう着られない。
しかし、和服は美術品なので保てば永遠に生き、日本の心を伝え続ける。

着物は末代まで。
いよいよ擦り切れればほどいて、おむつに、雑巾に、使い倒して
日本人は生きて来た。

およそ、衣類における色彩センスの頂点は歌舞伎の衣装であると
私には思われる。
近年に至って、ようやくヴェルサーチ辺りがたどり着いた大胆不敵の色使いを
江戸の歌舞伎役者たちはすでにまとっていたのである。

グラデーションの美学も日本のものであろう。

皇室の方々には、神域のお守りを至高の御役目として、次に守って頂きたいのが日本の文化であり、美意識である。それは言葉も、衣装も、そして何より日本の心ばえを、心意気を。

 

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和服と公家 (民草)
2014-06-21 19:28:28
今の和服は公家方から見ると、武士の服で公家の衣服ではないのです。
公家方から見る和風の服は直衣、・水干等で、現・近代の社交には大変に不向きですので、明治政府は洋装を取り入れたわけです。皇室関係にとって、羽織袴とか紋付は武士の服装であるので、正装とするのは聊か不都合なところがあるのでしょう。
皇室が洋装を正装とした事で、日本のテキスタイルと縫製技術の優秀さがより底上げされ、世界に認知された面もあります。
星の王子様の逸話にもある様に、悔しいけれど欧米風を纏わねば正論も取り上げてもらえない世界なのです。


男性皇族の和服 (きなこ)
2014-06-22 03:41:52
明治以前の公家の男性は、日常生活では武家と殆ど同じ「普通の和服(着物、袴、羽織)」です。

京都に住む武士と公家がすれ違っても差は、月代以外に無し。



明治以降、昭和20年の敗戦まで
「皇族男子は、皇室祭祀を行う時に衣冠束帯(神主のような服装)をする以外は、公式の場では陸軍または海軍の軍服を着用」


天皇と皇太子は陸軍・海軍の両方の階級を持ち(天皇は大元帥、皇太子は年齢によって違う)、陸軍の部隊を観閲する時は陸軍軍服、海軍の軍鑑に乗る時は海軍軍服。


現在、男性皇族の「公式な服装」は下記の通りです。
1. 宮中祭祀の際:衣冠束帯
2. 勲章授与式、新年祝賀式などの公式行事:モーニングに勲章着用。



明治5年、太政官布告339号によって
宮中並びに公式の場においての
男子の従来の制服(直垂とか直衣とか)は廃止されました。

そのかわりに
大礼服、通常の礼服、通常服などの洋服を公的な場で着用することが必要とされ
フロックコートや燕尾服などが用いられました。
これによって
天皇などの皇族や華族、議員たちが、率先して洋装を取り入れたのです。
(日本における洋装のドレスコードの始まり)

昭和29年にこの布告は廃止されたので、皇族男性が和服を着ようと思えば、公式の席以外で着られなくはないでしょう。

女性は和服を晩餐会などの公式場でも召していらっしゃるし。

着物に纏わる物語を是非! (由実)
2014-06-22 07:52:25
井沢先生 お早うございます。

花嫁の父の原作本を読ませて頂いた時から、着物を題材にしたドラマを是非、先生に作って頂けたらなぁと密かに思っておりました。お嫁入り前の美音に姑が着物の着方を教える場面を読んだ時から、親から子そして孫にと、代々着る事が出来る着物の良さを伝えるドラマが見たいなぁと思っております。

茶道、華道、書道等、着物を着る機会の多い方だけでなく、旧家の代々伝わる着物のお話、反物を作る機織り、染めの友禅職人又は呉服屋さんのお話等、是非、着物に纏わるお話を作って頂けないでしょうか?

四季に合わせた着方、色を表す美しい日本語等、日本の良さを伝えるドラマを是非!と願っております。

因みに向井理くんはタキシードも似合いますが、昭和の初めや大正の古い時代、そして着物が似合う俳優さんだと思っております。ブログのコメントに長々と失礼致しました。よろしくお願い致します。ゼ
由実さん (井沢満)
2014-06-22 09:27:35
小説を読んでくださったのですね。
ありがとうございます。

向井くんはそうですね、和服が似合うと思います。
Unknown (民草)
2014-07-05 22:29:18
唐突ですが、向井理に「頭の中将」か「匂宮」を演じていただきたいと思います。
絶対にお公家さんが似合うと思います。

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