井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

さようなら、武藤まき子さん

2016-12-10 | 日記

武藤まき子さん急死の報に驚いています。

今となっては「なぜか」としか、言いようがないのですが

フジテレビの朝のワイドショーにコメンテーターとして

出ていた時期がちょっとだけあります。

現在の「とくダネ!」が「おはようナイスデイ!」と称していた頃。

やたら朝早く車のお迎えが来て、とりわけ打ち合わせがあるわけでもなく

本番まで、時間を持て余したことを思い出します。

今思えば、迎えを遅くするよう言えばよかっただけのこと。

衣装を変えるわけでもなく、メーク室へ行くという知識すらない、

出演者としては
素人の頃です。

楽屋が何とか関(曙さんだったか)と一緒だったり、廊下でまだ単なる学者であっ

舛添さんとすれ違ったりしていました。

そうそう、お台場ではなくあれはどこだったか、まだ都心に局がある頃で、

積み上げたダンボールで廊下の狭い頃でした。

と前置きが長くなりましたが、そういうわけでその頃からレギュラーであった

武藤さんとは顔見知りでした。

生放送終了後の局内でのカフェでの談笑が常でしたが、そこにむろん

おまきさんこと、武藤まき子さんの姿がありました。

一緒に飲んだこともあります。

「先生、ドラマに出して」

と言われ、当時朝ドラを書いていた私がNHKに話をつけレギュラー出演の

段取りをつけたこともあります。

「おまきさん出るなら、私も出して」と、武藤さんとは仲良しの平野 早苗さん(この

方もレギュラーレポーターでした)も、ついでにプロデューサーに

頼んで、そういえば声をかけてもらったのでした。

大きな役は女優さんとしては素人さんなので、差し上げられませんでしたが、

少しずつでもなるべく始終出るように、セリフを書いてあげたのを思い出します。

私が個人的にお願いして途中からご出演願った樹木希林さんに

「セリフとしては滑舌が良すぎる」と、注意されたようで、そのことを

きっかけに希林さんとも仲良しになったようです。

武藤さんの滑舌の良さは、アナウンサー出身だからです。

連想が飛ぶのですが・・・・朝ドラには、当時の大人気アナウンサーで

いらした逸見政孝さんに、これも私がお願いして俳優として

ご出演願ったことがあります。かなり大きな役でした。

素人さんなので、芝居は出来ませんでしたが東大を出て、エリート銀行員に

なりながら、アル中で身を持ち崩していく役で面白い持ち味でした。

番宣を兼ねた対談を逸見さんとしたのですが、「東大受験とNHKの入社試験に
私は落ちてます。このドラマで、両方叶いました」

とそう、おっしゃっていたのが印象に残っています。

平成元年度朝ドラ久々の現代もので「青春家族」という作品です。

その数年後に武藤まき子さんに出ていただいたのは、鈴木京香ちゃんがヒロイ

ンを務めた「君の名は」(アニメ版とは異なる)でしたが。

・・・・・どうも、いい大人になった俳優さんタレントさんたちを「ちゃん」付けで

呼んでしまい、いけないかなとは思うのですが当時はみなさん「ちゃん」で呼ぶ

若さであったり、新人であったりするので、「さん」では何かよそよそしく

ウソっぽいのです。

話が枝葉に逸れましたが、逸見政孝さん、武藤まき子さんと、私の声がけで

ドラマにお出になったアナウンサー系の方々、お二人を見送ることと

なりました。

武藤さんとは、私の犬仲間であった女性が経営する東横線学芸大学駅近辺の

酒場で飲んだことがあります。

随分、危うげなお話をじめつかず、からっとした口調でなさる方でした。

謹んでご冥福をお祈り申しあげます。

 

誤変換及び、文章の瑕疵は後ほど推敲致します。

 

 

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