井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

韓国広報員

2014-06-07 | 歴史・政治

早朝、ベッドでテレビをつけたらお会いしたことがある佐藤正久氏が
写っていた。何ごと? と見ていたら、立て板に水の達者な
日本語で喋っているのは、日韓問題になるとテレビに起用される東海大の女性准教授韓国人だ。

言葉は達者だが、この方のロジックが「韓国は常に正しく、日本が常に間違っている」を
前提のそれなので、聞いていて酷く耳障りなことがある。

ディベートというのは、意見をゴリ押しするためにやるのではなく、
異なる意見のぶつかりが放つ火花が、真実を照らしだすものである、
と私などは認識しているが、この准教授は「何が何でも韓国が正しい」が
前提なので、単なる言い合いに終始、番組がいつも不毛で後味が悪い。

事実を曲げても勝つのが正しい、という価値観が彼女の個人的
価値観なのか、それともそれが韓国人の考え方なのか今ひとつ
判然としない。

語彙からして、頭脳は良い方なのだろうに、本気で竹島が韓国領だと
信じているのか、といぶかしい。李承晩が勝手に海に線を引いて
自国領として宣言した、いわば火事場泥棒の結果の島であることぐらい
日本に在住していて日本語が達者なら、韓国政府のプロパガンダに
乗せられず、正しい知識は得られるだろうに? と。

従軍慰安婦に関してはどうやら強制性のないことは、口ぶりから
承知していると感じることがあり、彼女は「慰安婦というシステムが
いいことか悪いことか」と、現代における売買春の是非論にすり替えて
語る。フェアではなく、この方の言葉の流暢さが、かえって耳障りで
あることが多い。

もっとも、彼女が真実を語り始めたら彼女は祖国を喪う。
韓国とはそういう国である。その恐怖を知り尽くしているから、
屁理屈であろうと何であろうと、彼女は嘘をつき続ける。

ならいっそ、テレビには出ず沈黙を通すという選択肢があるはずだが、
しかし出まくるので、そこに私は人としての潔くなさ・・・・いや率直に申せば
美しくないなと思う。
・・・・・ひょっとして、韓国政府お抱えの日本と在日同胞向けの
「広報員」でいらっしゃるのか?

彼女に反駁しても聞く耳は最初から放棄の人、無駄と知りつつ、1つ2つ反論しておきたいことがある。

この方は「反日っていったい、何ですか」としじゅう問いかける。

誤った歴史をベースに相手を責めること。それが反日である。
「解釈」などという曖昧な次元ではない。数字を含めた「事実」を
無視、「とにかく日本が悪い」。それが反日である。

寝起きであったので、腰を入れて見たわけでもなく、途中からの
視聴であったが、彼女は以下の意味のことを言った。

韓国の歴代大統領は、支持率が下がると反日に走ると言うのは
日本のマスコミが流す都市伝説である。なぜなら、朴槿恵大統領は
支持率が高い時から反日であった、と。

本当にこういうことを信じて言っているのかどうか、いぶかしい。
日本人ですらよく知っているように、大統領の父親である朴正煕元
大統領は、日本政府の支援で学校に行き、大統領にまで上り詰め、
日本の援助で「漢江の奇跡」として韓国が胸を張る急速な経済復興を
遂げた人であり、従って韓国の一般人からは「親日」だと見做されている。
その娘であるから、親日派のレッテルを貼られまいと、最初から
反日に邁進したに過ぎない。彼女のケースが支持率低下=反日に走る、という
図式に当てはまらないから日本のマスコミの説は嘘であるという
彼女の言い分は、論旨のすり替えである。

ということを実は百も承知で、わからぬふりで語っているのか、本気で
そう思っているのか、彼女の立て板に水の音声だけで中身の伴わぬ
言葉だけを聞いている限りでは解らない。後者なら、たいそう頭の悪いこと
だと思うが、そうではあるまい。承知での詐術的言語なのであろう。

真実を語れば親日派認定で祖国からは撃たれる。とそういう意味で、
テレビで語る韓国人はなべて「工作人」であろう。
帰化して安全圏にいる人はそこからやや外れる。

今、シンシアリーという仮名で韓国批判をしている韓国人の本「恥韓論」を
読んでいるが、いともあっさりと真実を語っている。しかし、真実を語れば
韓国では抹殺される。

日本では仮にそれが虚偽であっても、日本という祖国を貶める発言がなされても
許される。

どちらも病んでいる。

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そもそも自民党立党の目的は何であったか

2014-05-25 | 歴史・政治

朝、ふとテレビをつけたら「バンキシャ!」で一度ご一緒したことのある
増田寛也 元総務大臣が写っていらして、おや増田さんだ・・・・・
と見ていたら「時事放談」で、野中広務氏も出ていらした。

途中からちらっと見ただけなので、全体の論旨を把握した上でのことではないので、批判というほど明確なものではなく「単純な感想」に過ぎないが・・・・

話題は憲法改正と集団的自衛権であるらしく、増田氏は
「(改正は)時間をかけて丹念に」という意味のことをおっしゃった。
憲法改正慎重論者、ないしは反対論者の定番の言い分である。

しかし・・・・どのくらい時間をかければいいのであろう?

自民党の立党が、1955年(昭和30年)である。そして自民党の立党時の党是は
言わずもがな「憲法改正」である。
約69年間が経過しているが、その間国民はほぼ自民党を選択し続けてきた。
これで十分でないとすると、後どれだけの期間が必要なのだろう。

ちなみに、立党宣言と綱領はこうである。

https://www.jimin.jp/aboutus/declaration/

抜粋

  六、独立体制の整備
  平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。
  世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える

50年以上も国民は、改憲が党是の政党を支持し続けて来たわけだが、
これでも足りぬというなら、「もっと時間をかける」という言葉は、実質的に
無期限の先送りと同義なのではあるまいか。
いったい、いつ決着をつけるというのであろう。

公明党は自民党の党是を知らずに連立を組んでいるわけでもあるまい。
野中氏が改憲に反対でいらっしゃるのなら、なにゆえ自民党に留まり続けたのであろう。
最近共産党と親和力高く何かを主張していらっしゃるようだが、ではなにゆえ
最初から共産党員ではなかったのだろう。

野中氏は憲法のおかげで日本は70年間、戦争をせずに平和で来た、と
おっしゃるのだが、果たしてそうであろうか。
「紙に印刷された文言」に過ぎない憲法にさほど、平和を守る力が
あっただろうか。
日本を守って来たのは、日米同盟における核の傘というしょせん
「武力」ではなかったのか。
もしいわゆる平和憲法のみで日本の防衛が万全なら、日本は多大の
出費をしながらなぜ日米同盟を堅持して来たのだろう、無駄ではないか。
平和憲法が自国を守るなら、なぜ中国や韓国のみならず、他の国々は
防衛費を年々増大させて来たのであろう、これも大いなる無駄ではないか。

それにしても、安倍総理のおっしゃる「戦後レジームからの脱却」とは、
自民党立党宣言の綱領六、現行憲法の自主的改正をはかり、また「占領諸法制を再検討」と「集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える」という、何の事はない本来の自民党の原点に立ち戻ろう、ということではないのだろうか。

これに反対する自民党員は、そもそもの立党趣旨にアンチなわけであるから、
速やかに党を離れ、自らの頼む信念にそぐわしい政党に身を移すべきであろう。

あと野中広務氏は、安倍総理がパネルを見せながら集団的自衛権の必要性を訴えた
例・・・・・米艦船が日本人を乗せて救出中、的に襲われたら・・・・を批判して、
その場合は個別的自衛権で対応できると、主張なさった。

そうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
私には解らない。ただ明確に解るのは、この件に関しては、個別的自衛権が行使できる、
いや出来ないと、見解が真っ二つであるということである。
そして、一朝(いっちょう)事が起こった時、真っ二つに分かれた見解を
議論して統一するほどの時間はないということである。
それはほぼ、個別自衛権の行使が出来ないに近いことではあるまいか。

というごときことを、「感想」として持った。

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「一手間」が文化

2014-05-24 | 歴史・政治

肉食は考える所あり、絶っていた期間が数年間あるのだが、
今は10日間に1回程度の割合で食する。

それが昨日今日と2日間肉食をしてしまった。

というのは、テレビで焼き肉の紹介をやっているのを見たら
無性に食べたくなって出かけたのだが、まずくて、まずさというのは
次にマシなものを食べるまで舌に残っている。心理的なものでも
あるのだが、甚だ気色が悪い。

というわけで、今日口直しの焼肉屋を求めさすらい、韓国人のやっている
店を見つけて入った。韓国の食べ物が好きなわけではないので、
あくまで焼き肉メインである。

しかし、まずご飯に驚いた。釜飯で出てきたのである。
白いご飯であり、意味が解らない。やたら早く炊いたのだと
思うが、オコゲになって底にこびりついていて、オコゲは嬉しいが
しかし、取れないのだ。

しかも、しゃもじもなく、スプーンでこそげ取るのだが、釜の底に
へばりついたご飯は、どうしても取れない。
そして、憮然としたのだが、しゃもじはおろか茶碗すら
ないのである。釜から直接食べよということなのである。

韓流ドラマで、あちらが鍋から直接ラーメンを食べる習慣を見て
知っていなければ、戸惑ったと思う。

確かに、茶碗に移すのは手間がかかる。どうせ食べるのだから
鍋や釜から直接食べればいい、というのも考え方だろう。
しかし、その一見無意味な、茶碗によそおうという一手間が
文化ということなのではあるまいか。

金属の箸も口に違和感がある。日本人の口にははやり、木であろう。
食後にと渡されたガムは粗末な紙にくるまれていて、口に含んだら粉っぽくて
ティッシュに吐き出した。

韓国料理屋を貶めているわけではなく、私が東京一美味しいと思う
焼肉屋は、多分韓国人の経営だと思う。
韓国料理が苦手で頼んだことはないのだが、メニューにはしっかり
韓国料理が並んでいるので。
以前住んでいた住宅街の徒歩至近圏内にあり、よく訪れていて
有り難みも感じなかったのだが、いざ離れてみると群を抜き、
美味しい店だったのだと思い知った。
どこで焼き肉を食べても、美味しく感じない、というよりはっきり
マズイのである。極上を舌が憶えてしまっている。

私の思い込みでもなさそうで、聞けばこのところビートたけしさんが
ロールスロイスを横付けに食べに現れているという。
たけしさんクラスが通うなら本物である。

まあ言ってしまえば、売れている芸能人というものは実によく
美味の店を知っていて、彼らが現れる店は当たり外れなく、そして概ね高い。
私は職業上の役得で、中華も和食も寿司も極一流を知ってしまっている。
かといって、常時おごったものを食べたいということではない。
よく誂えられたものなら、コンビニの弁当でも喜んで頂く。

が、マズイものは本当にマズイ。あれは何なのだろう。
作り手のセンスが鈍いとてきめんで、しかし不思議なのは
味覚が鈍いのがなんて調理人になるのだろう。

私が嫌いな人種に「プロではない」というのがある。
なんでもよい、仮に売春であろうが、歌手であろうが、コンビニの店員であろうが
そこに専一、従事している者でなければ見せられない芸を見せて欲しいと思う。

韓国料理屋で、あらぬほうへ連想が飛んだが、舛添都知事。
当然思っていたとおりに、早速飛んだのは中国であり、
しかもオバマ大統領来日時の喧騒の東京を不在にしての
訪中であった。

それからさして日が経たぬ内に、今度は韓国へ行くという。
韓国大使を迎えるにあたって、個人所蔵である李氏朝鮮時代の書の掛け軸を知事室にかけてご機嫌取り結ぶという周到さで、胸が悪くなる。
礼儀とおもてなしで、いいではないかと言う人もいるだろうか。
いやしかし、これが韓国でやられたらどうか。
ソウル市長が、日本大使を迎えるにあたって、日本の掛け軸や屏風を
わざわざ市長室に飾ったら、何が起こるか。問題点はそこにある。
日韓の友好など常に片務でしかなく、よきものは生み出さない。

さなきだに、竹島という領土を不法占拠され、捏造の慰安婦で
名誉を毀損されている時に都知事の分際で、そのようなご機嫌取り結びは
不法占拠と名誉毀損の肯定ではないか。
日本国民として、甚だ迷惑に感じる。

舛添氏は「国家がぎくしゃくしていても都市どうしは友好を結べる」というが
都知事は外交をやるのが仕事か。就任して間もなくやるのがなぜ、
よりによって反日国との外交なのだ。

しかし、「こんな都知事」なのである。わかっていたことだ。

ヘタしたら、平昌の冬季五輪に都民のお金を渡しかねない。
それにしても、石原さんは結局なにをしたくて、辞めたのだろう。
都知事で居続けたほうが効率はよくなかったか? 選挙すれば
都のお金も莫大に飛び、石原さんが辞めたお陰でお金が飛び、
猪瀬さんがあんなふうで、また都のお金が費やされた。

費やされてよくなればいいが、猪瀬さんがまだましだったと言われる
ていたらく。

いやしかし、それも事前に分かっていたことだ。
都民はそれを分かってか分からずか、とにかく舛添氏を選んだ。
おそらく、舛添氏の本質を知らぬままに。

それにしても、石原さんの音頭取りで集められた尖閣保有のための
全国からの寄付金はどうなったのであろう。
新都知事にあらぬ目的のために、使われぬようにと願いたい。
集めた責任上、石原さんには目を光らせておいて欲しい。
なんのために都知事を辞められたのか、一向に解らぬが
せめて飛び立った跡を濁さないで頂きたいのである。

舛添氏の掛け軸に話を戻すが、李氏朝鮮時代の書など
取りようによっては、相手国への侮辱であると思うが。
要するに一握りのリャンパン(貴族階級)が圧政を敷き、
搾取していた朝鮮半島極貧の時代であり、国は国で
中国に隷属していて、朝鮮王は中国からの皇帝の使いにさえ、
頭を床に擦りつけて、恭順の意を示さねばならなかった
屈辱の時代であろうに。

日本に朝鮮通信使が来て、日本の水車を見て朝鮮で作ろうとしたが、
輪を木で作る技術無く、貴族の乗り物ですら両輪均等に作れず、
石炭を運ぶごとき、屋根もない一輪車であったというあらゆる意味で
貧しかったのが李氏朝鮮時代である。
その時の書を飾って、お相手への敬意やおもてなしになるのかどうか
解らない。

このところ、韓国が言い出して朝鮮通信使をユネスコの記憶遺産にするという
動きがあり、日本の各関係自治体が乗っているが、愚かしさもほどほどに
して頂きたいと思う。韓国がその教科書で何を教えているのか
ご存知ないのであろうか。
「朝鮮通信使は、文化の劣った日本が我が国に懇願して、我が国が送り出して
文化を学ばせてやった使節団である」と教えられるのだ。

むろん、偽りである。当時の史料を紐解けば、そんな言い分は簡単に
論破出来る。しかし学校で教科書を使ってまで教えこまれたそれを
韓国人はよもや偽りだとは思わない。
従軍慰安婦もそうだが、信じこんで世界に発信するので、たちが悪い。
世界のほうも、よもや一国がまるごと嘘をつくとは思っていないので
信じてしまうのである。

国民は本気で取り組まないと、日本の評判はいずれ地に堕ちてしまう。
本来は政府の仕事であるが、彼らはやらない。
やらない、やれない理由は以前少し書いた。改めてまた書くかもしれない。

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花畑ニッポン

2014-05-12 | 歴史・政治

このところ、テレビではアンジェリナ・ジョリが引退して
監督業に専念するというニュースをしきりに報じていて
ハリウッドの一女優の引退がどれほどの大事件かと思うが、
それにしても、どの局も彼女の反日には触れない。

彼女の監督二作目作品が『Unbroken』であることを報じても、
それが日本軍に捉えられ虐待されたアメリカ兵の話で、
しかも日本軍が人肉を食べるという内容であることは
日本国民に教えない。

少々お人好し過ぎないか。
これでアンジェリナ・ジョリがその新作とやらの
プロモーションに来日して、ファンが歓声を上げながら
迎えたら、もう日本は諦めたほうがいいのかとさえ、ふと。
大きな事件がひしめく中で、若い女性たちの関心の二番目が
アンジェリーナ・ジョリの引退というのも情けない話だが
その内容を知らずに無邪気にこのハリウッド女優の
動向に関心を抱くさまが、ほとほと情けない。

彼女が描く米国人捕虜の話が真実かどうかは知らない。
それをわざわざ、今取り上げて描くことの意味が解らない。
従軍慰安婦という濡れ衣を着せられて、日本が世界の
糾弾の対象になっている最中に、反日傾向の強い
国連で戦時下のレイプについてアジ演説を行った女優である。
日本と名指しもせず、従軍慰安婦とも言ってはいないが
韓国人が事務総長を勤める反日色の強い国連で、
戦時下のレイプといえば、人々の脳裏を過るのは
ありもしなかった強制の従軍慰安婦、日本軍のいわゆる性奴隷たちの
ことであろう。

ミャンマーで日本軍が鉄道を建設するときに捕虜を虐待したという
話があり、しかしその説の一端を検証した日本人がいて、少なくとも
検証された部分は嘘だったということが分かっている。
ことほどさように、日本軍の犯した残虐性という内容には
フィクションも多い。

私が絶望するのは、至って反日性の強い映画も日本人は
平然と出かけ、ましてボイコットなど決して起こらないことである。
かつては「パール・ハーバー」という映画がそうであった。
ラブストーリーに擬態した反日映画であったが、その側面は
まるで話題にはならず、それどころか第二次世界大戦での
一方的悪役は日本だったのだ、と思い込む日本人も多かったのだろう。

それ以降もハリウッドでは反日映画が作られ、日本の俳優が
平然と出演し、それが批判もされぬ国である。

断っておくが、事実なら何も言わぬ。一方的視点で日本が
傷つけられる描き方に対して、一言も発しない国民性を
情けなく思うのだ。

テレビで言えば、憲法改正について報道していた番組があり
何気なく見ていたら、某映画監督が現れ平和を謳いあげた
現在の憲法が美しいなどと言っていて、ため息が漏れた。
この監督もまた、平和憲法があるから日本の戦後70年間の
平和が守られたと思い込んでいるのだろう。

日本が侵略されずに来たのは、憲法で戦争放棄したからではない、
戦争放棄とは対極にある米国の核の傘と、軍事力に守られていたからこその
平和である。

占領軍に押し付けられた憲法でも、中身がよければいいではないかとも
おっしゃった。何という阿呆な人なのであろう。監督としては有能だが
こういうお花畑に、テレビは語らせるべきではない。
賛否両論を出すのはいい。しかし基礎くらいは心得た人間を起用して欲しい。
でないと、それこそ「話にならない」。

日本国憲法の、分かりづらいそして翻訳調の醜い日本語が我慢できる
時点で、クリエイターとしての感性さえ疑いたくなるが、そもそも
その監督は日本国憲法を、当時の占領軍が日本に良かれと
思って作られたと思っているのだろうか。

あり得ない。

憲法作成にあたりマッカーサメモと称する物を見れば、彼らの憲法作成の
動機が日本弱体化と消滅を狙ったものであることは端的に判るのに。

それに加えて、報道管制であったプレスコードと、自虐史観を植え付ける目的であった
WGIP(ウォーギルトインフォーメーション)の存在と。
こういう情勢下で作成された日本国憲法が日本を守るためのものではないこと
自明の理であろうに。

憲法起草に日本人が加わっていたことを挙げて、押し付け憲法ではないと
いう論があることは無論知っているが、加わった日本人は傀儡であると私は
思っている。

以下、マッカーサー・ノートの一節である。

War as a sovereign right of the nation is abolished.
国家の主権としての戦争は廃止される。

Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security.
日本は、紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争も放棄する。

自国の安全を維持する手段としての戦争も放棄する。

つまりはそういうことである。日本は自国の安全を維持することを放棄せよと
言われているに等しい内容であろうに。

憲法論をとりあえず、脇において考えてみてもよい。
戦争をしません、と宣言したからといってその国は侵略されぬという
保障はどこにある? かつては日本を守ってくれた日米同盟も
時代とともにその堅牢さは失せて来ているし、今後ますますその
傾向にあるだろう。

九条改正、核保有の可能性を言うと、即戦争をしたがっていると
短絡する人たちがいるので困りものである。
戦争など私とて、ごめんこうむる。好戦的な動機で憲法改正が言われ
集団的自衛権が言われているわけではない。国防が動機である。

世界の諸情勢から、国の守りを考えるにもはや日米同盟が盤石なもので
なくなりつつあると同時に、国防をアメリカという他国に頼ることにより
日本の戦後がいつまでも終わらず、米国に従属する構造を残したまま、
自国の神社に総理が参ることすら、とかく口出しされるのである。
性奴隷という名の強制の慰安婦など、いもしないのに同盟国であるはずの
アメリカが日本の名誉を守ってくれるどころか、韓国や中国の
大嘘に加担して日本を叩くさまを見るが良い。
他国はしょせん他国なのだ。自らの国の利益と戦争犯罪の隠蔽のためには嘘もつく。

 【補遺】

韓国で韓国人たちによる九条改正反対デモが行われているのも
語るに落ちる話。それほど九条が素晴らしければ、自国政府に
働きかけて現憲法に九条を付加してもらうのが、筋道であろうに。

h ttp://hosyusokuhou.jp/archives/38057206.html

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民度

2014-05-10 | 歴史・政治

ハルピン駅に出来た安重根記念館を、韓国政府の代表団が訪問したとかで、
ほとほと、この両国の日本叩きに見せる民度にはうんざりさせられる。

安重根(あんじゅんぐん)というのは、言わずもがな伊藤博文公の
暗殺者であり、記念館はつまりテロリスト賛美館である。

殺人者の美化などいかなる理由であれ、国際的基準からは下衆であり、
侮蔑の対象になることをやる両国の民度が問われるところ。

伊藤博文公は、日韓併合に対しては慎重派であり、それを殺害した
安重根というのは、日韓併合推進者であったということになってしまうが、
論理の矛整合性はどうでもいいらしい。

菅義偉(すが・よしひで)官房長官は機敏かつ冷静で有能な方であるが、
今回出した談話は穏やかすぎた。

「一方的な主張に基づき、中韓両国が連携して国際社会に訴える動きは、この地域の平和と協力構築に資するものではない」

と言うのがその言葉だが、殺人者の称揚など恥ずべきことであり、また韓国は日韓併合に恨みごとを述べながら、その一方併合に反対していた伊藤博文公の暗殺者を称えるなど、論理の整合性を欠き、一国家の品位と理性に関わることではないか、とこの程度には具体的に突っ込んで欲しいと思った。

日本が合邦するまで、中国の厳しい支配下に置かれ、世界の最貧国としてあえいでいたのが朝鮮であるので、文化や倫理の厚みの希薄さは致し方ないところだが、それにしても
中国。孟子や老子孔子を生み、文学もアートも幾多排出した文化の歴史の
分厚い国がいったい、どうしたのかといぶかしいが、しかし時の権力者が
変わる都度、それ以前のものが全て否定され、人々は殺され、この間の文化大革命でもそれまでの価値観が根絶やしにされた国であり、5千年の歴史というのは単に
時が経過しただけのことであり、文化の伝承がなければ建国からいまだ
一世紀経たぬ未熟な国でしかない。

日本は伝統を大事に、次に繋ぐ努力を惜しんではならない。

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