毎年、冬ってこんなに寒かったっけ?真面目に、毎日そんなことを考えながら過ごしています
この冬は、流行するのが少し遅かったインフルエンザですが、やっぱりこの時期にやってきました。町に「がんばれ!中学受験生」のポスターが貼られる頃、決まってインフルエンザが流行するのですよねえ・・・
小学校受験は、夏から秋への季節の変わり目で、気温、気候が安定しない時期。中学受験は、まさにインフルエンザの流行時期。
もちろん、高校受験をするディーンエイジャー達や、大学受験をする高校生達にも災難降りかかることなく、無事に受験を終えてもらいたいと切望しますが、小学校受験、中学受験は、まだまだ受験生が幼いということもあり、万全の体勢で臨めないのは哀れでなりません
さて・・・
みなさんは、一日、どれだけのことを真剣に考えたり、感じたりしますか?
もちろん、お仕事をされている時には、とても真面目に、真剣に目の前のことを考え、対応されていることでしょう。しかし、私が今、たずねてみたいなあと思ったのは、普段何気なく過ごしている時間、特別のことをする時ではない、そんな平凡な時間に、どんなことを感じたり、考えたりされているのだろうか?と、ふっと思ったのです。
ここのところ、ちょっと考えてしまうこと・・・がたくさんありました。今日はそのうちの一つを、お話させてください
先日、私は郊外の駅で電車から降りた私は、約束の時間まであまり余裕がなかったので、ホームを慌てて歩いていました。
改札口に向かう下りエスカレーターに乗る直前、私はコーンと何かを蹴っ飛ばしたのです。コロコロと転がっていくものを目で追うと、それは見慣れた緑色のリップクリーム。医療系メーカーが販売している強力メンソールのあれ、です。コロコロと転がっていった先は、ホームのベンチの下でした。
私は自分のリップクリームではありませんでしたし、あまり深い考えなく、「ああ、落ちていたのを、蹴っちゃったんだ」程度に思い、そのまま、足早にエスカレーターに乗り、歩きました。
何段か降りた時、後ろで何か呼び止める声が聞こえました。でも、はっきりは聞こえなかったのです。私がそのまま降りつづけていくと・・・
「もしもし、前の人!」
と、今度はしっかりと聞こえました。「?」と思った私は振り返りました。すると、年の頃、60代後半と見える女性が、
「これこれ、あなた、落としましたよ!
」
と、リップクリームを差し出されました。私は咄嗟に、「あ、それ、違います
」と応えていました。
するとその女性、「ああ、そうなの・・・」と言われ、あとは、独り言のように、「どうしようかしらねえ、駅の人に・・・」と、そこまでは聞こえました。
改札階まで降りで、数歩歩いた私は急に気にかかり、振り返って女性を探しました。あらためて声をかけ、お礼を言おうと思ったのです。
しかし、その方の姿は、なぜか見つけられませんでした・・・
私は駅を出て、歩いている間も、ずっとずっと気になりました
確かに、あのリップクリームは私のものではありませんでした。でも、蹴っ飛ばしたのは私です
私よりもずっと年配だったあの女性は、「落とし主である私のために」、ベンチのところまで行き、身体を屈めて、手を奥に伸ばして、あのリップクリームを取ってくださったのです・・・
そう考えたら、見ていなかったその光景が、まるでしっかりと自分で見たかのように頭の中に浮かびました。
屈みこんだとき、ご自分が持っていたお荷物はどうなっていたのだろう?
日頃はなかなかとらない姿勢をして、どこも痛くはならなかったのだろうか?
私に遅れをとらないように、慌てて追いかけ、躊躇することなく、大きな声で呼びかけてくれたんだ・・・
それなのに、私はケンモホロロに「あ、違います
」と一言だけ言い残し、エスカレーターを降りつづけた・・・とても後悔しました
確かに、他のお客様も降りていたエスカレーターでしたので、そこで立ち止まり、頭を下げてお礼を言うという状況ではありませんでした。
でも、もっともっと、「言葉」ではお礼の気持ちを伝えることはできたでしょう。それに、自分のものではないと伝えるにしても、木で鼻をくくったような「違います」というのではなく、心のある言葉、違った言い方はあったはず・・・
あの日から5日。
私は今もずっと考えているのです・・・ どうしてあの日、私はあんな対応しかできなかったのか?あの女性の厚意に応えるためには、どのようにして、どんな言葉で私の思いを伝えるのが最善だったのか?
明日の私が、今日の私よりもっと素敵であるように、私はいつもいろんなことを心で感じ、考え、生きていたい、と思っています・・・


この冬は、流行するのが少し遅かったインフルエンザですが、やっぱりこの時期にやってきました。町に「がんばれ!中学受験生」のポスターが貼られる頃、決まってインフルエンザが流行するのですよねえ・・・

小学校受験は、夏から秋への季節の変わり目で、気温、気候が安定しない時期。中学受験は、まさにインフルエンザの流行時期。
もちろん、高校受験をするディーンエイジャー達や、大学受験をする高校生達にも災難降りかかることなく、無事に受験を終えてもらいたいと切望しますが、小学校受験、中学受験は、まだまだ受験生が幼いということもあり、万全の体勢で臨めないのは哀れでなりません

さて・・・
みなさんは、一日、どれだけのことを真剣に考えたり、感じたりしますか?
もちろん、お仕事をされている時には、とても真面目に、真剣に目の前のことを考え、対応されていることでしょう。しかし、私が今、たずねてみたいなあと思ったのは、普段何気なく過ごしている時間、特別のことをする時ではない、そんな平凡な時間に、どんなことを感じたり、考えたりされているのだろうか?と、ふっと思ったのです。
ここのところ、ちょっと考えてしまうこと・・・がたくさんありました。今日はそのうちの一つを、お話させてください

先日、私は郊外の駅で電車から降りた私は、約束の時間まであまり余裕がなかったので、ホームを慌てて歩いていました。
改札口に向かう下りエスカレーターに乗る直前、私はコーンと何かを蹴っ飛ばしたのです。コロコロと転がっていくものを目で追うと、それは見慣れた緑色のリップクリーム。医療系メーカーが販売している強力メンソールのあれ、です。コロコロと転がっていった先は、ホームのベンチの下でした。私は自分のリップクリームではありませんでしたし、あまり深い考えなく、「ああ、落ちていたのを、蹴っちゃったんだ」程度に思い、そのまま、足早にエスカレーターに乗り、歩きました。
何段か降りた時、後ろで何か呼び止める声が聞こえました。でも、はっきりは聞こえなかったのです。私がそのまま降りつづけていくと・・・
「もしもし、前の人!」
と、今度はしっかりと聞こえました。「?」と思った私は振り返りました。すると、年の頃、60代後半と見える女性が、
「これこれ、あなた、落としましたよ!
」と、リップクリームを差し出されました。私は咄嗟に、「あ、それ、違います
」と応えていました。するとその女性、「ああ、そうなの・・・」と言われ、あとは、独り言のように、「どうしようかしらねえ、駅の人に・・・」と、そこまでは聞こえました。
改札階まで降りで、数歩歩いた私は急に気にかかり、振り返って女性を探しました。あらためて声をかけ、お礼を言おうと思ったのです。
しかし、その方の姿は、なぜか見つけられませんでした・・・

私は駅を出て、歩いている間も、ずっとずっと気になりました
確かに、あのリップクリームは私のものではありませんでした。でも、蹴っ飛ばしたのは私です
私よりもずっと年配だったあの女性は、「落とし主である私のために」、ベンチのところまで行き、身体を屈めて、手を奥に伸ばして、あのリップクリームを取ってくださったのです・・・
そう考えたら、見ていなかったその光景が、まるでしっかりと自分で見たかのように頭の中に浮かびました。
屈みこんだとき、ご自分が持っていたお荷物はどうなっていたのだろう?
日頃はなかなかとらない姿勢をして、どこも痛くはならなかったのだろうか?
私に遅れをとらないように、慌てて追いかけ、躊躇することなく、大きな声で呼びかけてくれたんだ・・・
それなのに、私はケンモホロロに「あ、違います
」と一言だけ言い残し、エスカレーターを降りつづけた・・・とても後悔しました
確かに、他のお客様も降りていたエスカレーターでしたので、そこで立ち止まり、頭を下げてお礼を言うという状況ではありませんでした。
でも、もっともっと、「言葉」ではお礼の気持ちを伝えることはできたでしょう。それに、自分のものではないと伝えるにしても、木で鼻をくくったような「違います」というのではなく、心のある言葉、違った言い方はあったはず・・・
あの日から5日。
私は今もずっと考えているのです・・・ どうしてあの日、私はあんな対応しかできなかったのか?あの女性の厚意に応えるためには、どのようにして、どんな言葉で私の思いを伝えるのが最善だったのか?
明日の私が、今日の私よりもっと素敵であるように、私はいつもいろんなことを心で感じ、考え、生きていたい、と思っています・・・


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』という目録。
主役の俳優さんが、良い味を出していて・・・むかーし昔、確か1970年頃だったと思いますが、両親と一緒に観た「トラ・トラ・トラ」という映画を思い出しました。しかし、何よりもあの頃とは違い、飛躍的に進んだCGの技術のおかげで、戦闘シーンも連合艦隊が航行するシーンも、非常にリアルで、タイムスリップした気分になりました
」ということを実感した一作でした。
)。
ビデオだって回しがいがあるし、有給休暇をとっても、行くだけの価値がある

」などと、訳の分からないネガティブな慰めを言って、自分自身をも慰めるのではなく、我が子の良さと味に気づき、その力を十二分に発揮できるように、親こそがその子の力を評価し、エールを送ってやらなければならない
なんて、不可能なことを思いながら、叔父との牡蠣三昧ディナーを楽しんだ私でした


そんなふうに、ずっとずっとやってきました。
なんですねえ・・・究極のナルシストだったかもしれません

お寺のお掃除???正直、イメージが湧きません。お寺と言ってもねえ・・・鐘楼もある・・・境内もある・・・ご本堂もある・・・庫裏もある・・・仏像だってあるよな・・・などとあれこれ考え、よく年末のテレビのニュースで観るお坊さん達が作務衣姿で大きな仏像のすす払いをしたり、大きな梁を見上げて掃除したりということを思い描いて出かけました
整理整頓は好きです。いろいろなものを整理し、片づけていくのは好きです。でも、なぜか、掃除機を出し、長いコードをバリバリと引っ張り出し、ホースの支度をして、バキュームする・・・これが嫌いなんですねえ・・・
「申し訳ございません。そうですね。私はいつもこんなふうに掃除機をかけていました。ああ・・・そうですよね・・・」
何度言ったらお弁当箱を出すの!









