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ペイン様の悩み多き日々 第9話

2016-10-16 12:48:44 | 日記
「えーっと、…まどかちゃん、まどかちゃんだ!」
久納はアンケートの名前を思い出した。
「そうです!」
そこでパッと久納と目を合わせた。
その、あまりにまっすぐな眼差しに、久納も言葉を失って、二人はまたしばらく見つめ合った。

ふと気づくとそこはホテルの前。建物の上部は電飾つきの派手な看板が立っているが、入り口付近は闇に紛れて静かなものだった。二人はごく自然な流れで中に入っていった。

たくさんのパネルが並んで、そのうち半分くらいの明かりが消えていた。
要するに空室状況を表しているんだと理解するのに、普段だったら時間はいらなかっただろうが、この二人、お互いに極度に緊張して、カチコチに固まったまま目だけをキョロキョロさせていた。

久納は焦っている自分を気づかせたくなくて必死。まどかは神のように慕っている久納と、二人きりでこんなところに来てしまったという事実に、ただただ必死。

二人があまりにも長いこと無言で立ちすくんでいるので、みかねて“STAFF ONLY”という扉から、腰の曲がったおじいちゃんが出てきて、
「あんの…」 と声を掛けた。まるっきり死角だったところからいきなり声がしたので、二人は「うっ」と小さな声をもらして驚いた。

「気に入った部屋あったらボタン押してちょ」
と、ややかすれた声でおじいちゃんは言った。
「あ!…ああ、ああ」
そんなこと言われなくてもわかっているよというニュアンスで久納は返事をすると、中身もよく見ずに自分の1番近くにあったボタンをテキトーに押して、まどかをエスコートするようにエレベーターに向かった。

乗り込んだところで、階数表示を前に、久納の人差し指が迷子になっていると、まどかが小さく
「3階です」
と言った。
「ああ、ああ。」
と、またさっきと同じ声で返事した。
3階で扉が開くと、1番奥の部屋が、ご丁寧にライトを点滅させて「この部屋ですよ」と知らせてくれている。

にもかかわらず、緊張でわけがわからなくなっている久納は、エレベーターを降りたその場で立ち止まってしまい、後ろから降りてこようとしたまどかは、久納の後頭部に顔をぶつけた。
「あたっ!」
「あ、ごめんごめん」
「いえいえ」
間の悪い二人。まどかの方は点滅にすぐ気付いて
「あ、あそこっぽくないですか?」
と指さした。
「あ、ああ、そうだよ」
またわかっていたよとでもいうように平静を装った。

ドアを開けて二人が入った瞬間、勝手に鍵がかかった。
「おうっ!!」
ガチャリというその音にまた驚いた。
とりあえず一足先に中を見て、いち早く部屋に馴染みたい久納はスリッパを急いで履いた。

そのときまどかが
「教えて下さい」
と珍しく大きな声で言った。スリッパを中途半端に履きかけていた久納は、そのおかしな体勢のまま振り返った。

「なぜ私の部屋に来て下さらなかったのですか?」
「へ?」
まったく予想だにしない質問にただ立ち尽くしていると
「いつもライブの最後に“今夜はお前の血をもらいに行く”って、おっしゃるじゃないですか」
と、少し感情的にまどかは言った。
「まどかは毎晩、窓を開けてペイン様をお待ちしてましたのに!」
改めて呼ばれると恥ずかしい名前だ。小さなことから大きなことまで、しょっちゅう悩み苦しんでいるのを見て、明達が加入早々にこの名前をつけた。他のメンバーは漢字一文字で、しかも本名なのに、自分だけバンドネームを持っているのも恥ずかしかった。

それにしても、ステージ上での決まり文句を真に受けている子がいるとは驚きだった。

「今日こそまどかの血をもらっていただきます!」
まどかは、ブラウスを破るかの勢いで、右肩をあらわにさせた。

久納はもうたじろいでしまい
「いや、血とかじゃなくて普通に貞操でいいんですが」
と心の中で言った。

「ペイン様お覚悟!」
まどかが抱き着いてきたとき、その勢いで二人は倒れた。そのとき、まどかのポケットから携帯が飛び出した。そして何かをいいたげに、タイミングよく鳴った。

[着信お兄ちゃん]と表示されている。父や母でないのが意外だった。
「まどかちゃん、電話…」
と、まどかの下敷きになったまま久納は促したが、まどかは首を横に振って出ようとはしない。

「でなよ…」
それでも首を激しく振った。久納が上体を起こすと、まどかも仕方なくどいた。立ち上がった二人は、一度、シワになった服をはらって体勢を整えた。

「…今日は、覚悟を決めてきたんです。
うちは両親が早くに亡くなって、私は年の離れた兄に育てられました。貧しくて惨めな生活を送って、そんなときペドノンヌに出会って、これに生きるって決めたんです。あなたは私の生き甲斐なんです!」
と、またまっすぐな目で見つめられた。

にわかに久納のスイッチはオフになり、肩の力がスーッと抜けていき、急に脳が正常に働くようになった。
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