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ペイン様の悩み多き日々 第32話

2016-10-16 15:16:31 | 日記



“ペイン様、謹慎中に大物作曲家と大胆路チュー”
このニュースをきいたと思われる杏雅様から、「しゃらくせえ」と一言、お怒りの留守電が残されていた。


せっかくマスコミが大人しくなってきた矢先に、またこのようなお騒がせ事件を起こしてしまった。事務所と話し合った結果、ずっと夢でもあった車の免許を、合宿で取りに行くことになった。


幸いなことに、詰め込みの慌ただしいスケジュールのため、周りも忙しく、同じクラスに久納がいると気にする者もいなかった。

古い合宿所の風呂につかって、タイルで描かれた富士山を眺めていた。
すると、中年の男性が湯舟に入ってきた。
「ちょーっと失礼するよ」
メタボなお腹が揺れていた。久納が何者かを、気にするそぶりも全くなく、その優しい笑顔に、自然と久納も心を許した。

「若いねぇ。学生さん?」
「え、あ…ああ。そうです」
真実を話すのは、おっくうなので、学生ということにした。
「いやぁ、若い子は飲み込みが早いから、どんどん覚えられるだろ?おじさん、覚えが悪くてさぁ。もっと若いときに取っとくんだったよぉ」
「えぇ?でも、おじさんぐらいの年になってから、新しいことに挑戦するなんて、カッコイイじゃないですか。オレはすごくいいと思いますよ?」
「いやいや。おじさん、全然カッコよくなんかないんだ。倒産しちゃってさ。町工場で、この道一筋25年だったから、他のことは全くわからねーのよ」
「…そうなんですか」
「おじさんの息子も、キミと同じくらいなんだけど、オヤジに似なくて頭がよくてさぁ」
おじさんは多分、童顔の久納を高校生くらいだと思っているのだろう。

「学者になるんじゃないかって、小さい頃から言われててさ。やっぱり大学には行きたかったみたいなんだけど、叶えてやれなかったなぁ…。
親戚の農業を手伝うことになってさ。それで、おじさん免許取るんだよ」

「そうだったんですか」
「ここでの勉強もさ、楽ってわけじゃないけど、ある意味、現実からちょっと離れられて、いいよなって思ってたりしてさ…」

「…オレも…そうなのかも」
「え?」
「オレも、友達とちょっと色々あったんすよ。なんていうか…ここにいると忘れられて、楽になってる自分がいます」
「…そうか。おじさんだけじゃないんだな…」

今までの暮らしから、いっさい切り離された場所にいるからだろうか。今の状況を受け止めきれずにいる自分を、久納は見つけた。

おじさんは続けた。
「しんどいときってさぁ、それはそれとして置いといて、心だけでも、一旦違う場所に避難するって、必要なんだよね、きっと」
「…避難…」

静のことを受け止められない。だが、そんな自分を一番責めていたのは、実は久納だった。だけど、“それでもいいのだ”と言われた気がして、久納は涙が込み上げてきた。

おじさんに、その姿を見られるのが恥ずかしいので、お湯を顔にかけてごまかした。


おじさんと、牛乳を片手に、風呂あがりの余韻に浸っていた。すると、アナウンスが流れた。
“神崎直人さん、お電話が入っております。事務室へお越し下さい”

「あれ?なんだろ?」
「神崎さんて、おじさんのこと?」
「うん。ごめん。じゃあ、おじさんちょっと、行ってくるよ」
おじさんは小走りで、お腹を揺らしながら事務室へ入っていった。

なんとなく気掛かりで、おじさんのあとをついていった。事務室の隅にあった、ピンクの電話に向かって、おじさんは背中をまるめて話していた。

突然
「ええ!?そんな!」
と言ったきり、おじさんの声は小さくなって、聞き取れなくなった。
一体何があったのだろう?おじさんは、なぜだか震えているようだった。

久納は駆け寄った。
「おじさん!どうしたの?」
振り向いたおじさんの目には大粒の涙。
「おじさん?」
「息子が…」
「息子さんが!?…」
「大学受けられることになったよぉ」
「え!?本当ですか!?でも…」
「おじさんの兄貴が…援 助してくれるって…」
おじさんは、しゃくりあげて泣き始めた。
久納は、おじさんと抱き合った。
「よかったじゃないですか…。よかった。ホント」
久納もつられて泣きそうだった。

風呂から出てきたヤンキー風の男が、抱き合う野郎二人を、気持ち悪そうに、避けて通り過ぎていった。
「きっと大丈夫ですよ、これからも…」
全てを失ったかのように思えた自分も、こうしておじさんを抱きとめるだけの力が残っている。それが久納にとって嬉しかった。

教習所での慌ただしい日々も、もうすぐ終わり。しかし、この慌ただしい間も、片時も頭から離れなかったのはMJのことだった。
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