マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

「自信」と「誠実さ」について、内奥の中心部分を表す試み

2017年09月21日 | 雑感

コンピュータ環境が整いました!

 

ひとまず、今日提出の仕事原稿に向き合いつつも、

どうしても前回の記事とセットでお伝えしたくて、書かずにはいられなかったものを、

ちょっと載せようか迷ったのですが、えいやっと、載せます。

 

私個人の「世界観」です。

「感情の強烈さ(emotional intensity)」を抱え、

生きづらくてしょうがなかった私自身が、

楽になっていったように、

少しでも、生きやすく感じる方がいればなあと願いを込めて。

(『ユア子育てスタジオ』どんな人が「感情の強烈さ」を持つ?その特徴と対処法)

 

元々、こういうことをつらつらと考え続けていたことに、

私自身の書くことの原点があるのですが、

書けば書くほど、「語りえぬもの」の領域へと入ってしまいます。

 

思えば、「本音」というのが「どこまで」をいうのか、

これまでも、しばしば、よく分からなくなっていた人生でした。 

本音をつきつめるのならば、「語りえないもの」になっていきますから。 

表現方法を磨いていきたいです。

 

 

自信について

「自信」と思っていたものがガラガラ崩れる状態にはもう慣れていて、

自分はだめだとか、全然力もないとか、何やっても結局だめだとか、

そんな言葉を自分にかけて落としていく状態にも慣れています。

 

そう繰り返して、どん底を体験してきたからこそ、

そうなっていく状態を、「あ、またきたよ」と観ることができるようになりました。←「風邪」のようなものという心理学者もいますね。

そして、どう持ち直していくかを、以前より会得することもできました。

(『ユア子育てスタジオ』記事:落ち込む自分とうまく付き合う方法

 

今では、天高く持ち上がる最中にも、地の底に突き落ちる最中にも、

ひーと叫びながらも、以前よりは、

どう気持ちを整えたらいいのかが分かります。

 

それは、自身の最も奥にある、常に安定した場に、「繋がる」こと。

 

いくら雲が立ち込め、ザーザーと雨が降っていても、

その上には常に晴れ渡る空があり、太陽がさんさんと照っているように、

自らの奥にも、そんな場があります。

 

雲が「果て」ではないと思い出してみます。

 

自信とは、雲に依るのではなく、

変化し続ける雲を射抜き、「その場」に繋がること。

 

――――――

 

 

「自身の最も奥にある、常に安定した場」

それは、巷の育児情報などでも、「安全基地」と呼ばれ、

育成時の「アタッチメント」などで、より自然に育まれるものなのでしょう。

 

でも、どんな生い立ちだろうと、

見出すことができるのだと思います。

 

太陽がすべての人に降り注いでいるように。

 

そしてより自然に「繋がる感覚」が身につかなかった人ほど、

よりはっきりとこの「内奥の安定した場」を意識することも、

できるようになるのではないでしょうか。

 

母国語ではなく、

第二外国語として言語を身に着ける人々が、

その言語の仕組みを、よりはっきりと意識できるように。

 

*この「繋がる感覚」が、

日常生活もままなくなるほどの不安感から私を救ってくれた根幹です。  

「つながる感覚」を実感するための、

私自身にとってとても効果的な具体的方法もあるのですが、

また表現方法を練りつつ、紹介していけたらなと思います。



誠実さについて

成功していく人が、うらやましくてしょうがない、嫉妬。

それは、とても自然な気持ち。

 

そして「気持ち」というのは、来ては去るのも自然なこと。

 

そうした気持ちに気づき、ではそこに自らの「意志」を持って、

どんな一歩を踏み出していくのか。

 

成功していく人の頑張りを讃える?ますますの発展を祈る?

 

私心や下心。

それらだって、行ったり来たりを繰り返すのが自然。

「ない」なんてことがあるのでしょうか? 

少なくとも私には考えられません。

 

もし、私心があったでしょう、下心があったんでしょうと聞かれるならば、

「もちろんです。その中で、もがきつつ、

その時点での自分なりの最善を踏み出そうとしてきました」と答えるでしょう。

 

相手から誠実さを感じる時とは、

清濁入り交ざる中で、もがきながら、選び取ってきた姿勢を見出す時。

天然に清らかとか、「濁」に蓋をして「なかったこと」にしている姿じゃないです。

 

内面に清濁混沌とする中、

では何を選んできたのか、何にフォーカスしようとしてきたかの意志、

そこに誠実さが表れる、そう思います。

―――――

 

気持ち・感情というのは、変化し続ける雲のようなもの。

 

灰色もあれば、黒もあり、ピンクや黄金色、真っ白もあります。

 

その上に常に晴れ渡る真っ青な空を思い出し、

目の前の一歩一歩に、できる範囲で、映していきたいですね。

 

 

変わり続ける雲ともみくちゃになりながら、

その上に常に照る陽光を思い出していく。

この「めまぐるしく移り変わる雲とその上の晴れ渡った空」のイメージは、

私にとって、子どもと向き合う日々でも、

常に、大きな安定感を与えてくれます。

 

 

 

それでは、原稿を先ほど送りましたから、

明日からまた、「予告したブログの記事」に取り組みますね。

怒涛の週末に突入しますから、少し時間がかかるかもしれません。

明日、生徒さんに会えるのが、待ち遠しいです。 

 

 

先ほど、三女と次男が子守歌を歌っていたと思ったら、

こんなことになってましたよ・・・。

 

このまま眠り続ける子犬も子犬ですが。

みなさん、よい週末を!

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3 コメント

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うまくいけないけど (tamaki)
2017-09-24 20:55:54
こういうお話、好きです。

「語りえぬもの」を語るってチャレンジですね。わたしもコメントにどう書いていいやら。

いろいろとお話したいことはあるのですが。
でも、また自分なりにことばにしていけたらとおもいます。

犬写真かわいくて、そしてなんだか仲間な感じで、楽しく拝見しています。
あらあら (tamaki)
2017-09-25 16:06:05
タイトル、うまくいえないけど、の間違いです。
tamakiさん、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-09-27 17:45:10
tamakiさんに、そう言ってもらえて嬉しいです。

心の底から絞り出すように書くことって、届く人には届くんだなあと、いつも思います。

tamakiさんの、「語りえぬもの」の表現、楽しみにしてますね。

犬、子供たちとメロメロになってますが、似た気質を感じることもあるのだろうなあと思ってます。毎日、きゅーんとした気持ちや、抱きしめたくなる気持ちや笑いを体験させてくれて、ペットって、こうして人の感情を持ち上げたままにしてくれる存在なんだなあと、人がペットに惹かれる気持ちが改めて分かったような気がしてます。

tamakiさんブログに載っていた、手作りわんわんも可愛かったね。

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