マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

泣き虫で恐がりで敏感だった男の子の成長事例、「憧れ」と「慣れ」と「ユーモア」

2017年05月17日 | ハイリーセンシティブチャイルド

週末から昨日まで、消防署に泊り込んでいた長男17歳。

救急隊員資格取得トレーニングの課題で、

水曜日までに10人、救急車で病院に搬送する必要があります。

 

それでも近所の消防署では、

救急車が呼ばれることもほとんどなく、

ピースフルな時が過ぎていきます。

待機時間には、学校の課題やテスト勉強や仮眠をするわけですが、

水曜日までに10人搬送するなんて、とても無理そう。

 

そこで、より「事件」が起きやすい地区の消防署へ出張。

地域によって、救急車の出動回数が、こうも違うものかと

改めて驚きました。

 

近所では1晩中待機しても1件も呼ばれなかったのが、

ある地域では、10時間ほどで10件!

そうしてこれまで合計13件呼ばれ、その内9件病院へ搬送となり、

あと1件で、課題を終えることになります。

 

明日、学校が終わったら、

自宅から45分ほどのところにある消防署に出向く予定です。

 

 

 

昨夜は、迎えに行った車に乗り込み、

用意した弁当を食べながら、

3日間の消防署めぐりでの出来事を、話してくれました。

 

救急車が必要となるのは、時に、生死に関わる場面です。

 

息を引き取る寸前のおじいさん、

顔面骨折、鎖骨骨折、てんかん、心臓発作。

かけつけたところ、

泥酔して踏み切りの入口の車の中で眠ってしまっていたお婆さん。

 

詳細は書けませんが、

話を聞きながら、何度か深呼吸する私。

 

授業で習い何度も実践練習した緊急処置を、

最後の何件かは、全て1人でしたそうです。

 

3日間、待機室のソファで細切れ仮眠状態だった長男、

一通り話すと、「本当にやりがいのある仕事だよ」と言いながら、

助手席ですーすーと眠り始めました。

 

 

 

長男の寝息を聞きながら、夜のハイウェイ。

これまでの長男の歩みを振り返っていました。

みなさんにお伝えしたいことをまとめてみます。

 


子どもは驚くほど変化の幅があります

長男は、幼児時代から、それはそれは泣き虫で恐がりで敏感な子でした。

プレーグループなどでも、玩具を持っている時に、

他の子が近づこうとするだけで泣きはじめてました。

遊具も高いところに上るのが恐くて、

ゴーカードなどの乗り物も、揺れたり少し速いと、

顔をこわばらせて嫌がります。

水に顔をつけられたのも6歳になってから。

お友達の家で子供向けの番組を観ていても、

少し効果音が低くなると毛布をかぶって泣き、

ちょっと恐い映像をみたならば、

「この恐いものはどうやって頭の中からなくなるの?」と

夜になると泣きながら言っていました。

プレーグループの集まりなどでは、それほど泣かなかった時など、

「あら、今日は泣かなかったのね!」と他のママから声をかけられるほどでした。

 

 

それが年を経るにつれ、

次第に「タフ」な面がみられるようになっていきます。

 

5年生の時、60メートル近くの崖から転げ落ちて手首を複雑骨折したときも、

病院では、歯を食いしばり一切涙をみせず、医師と気丈に受け答えをしていました。

少しずつ気づき始めていた長男の変化を、まざまざと実感した時でした。

←家についたとたん、ぽろぽろ泣きながら眠りにつきましたが。

 

ちなみに私は、「向いてはいけない方向を向く手首」を前に、

病院のレントゲン室で、

「大丈夫!今の医療技術はすごいんだから!大丈夫!必ず元に戻るよ!」

と長男に声をかけながら、そのまま頭が真っ白になり、気絶しました。

←看護師さんに抱えられ這うようにして廊下のベンチに横たわる全然大丈夫じゃない母。

 

今、子どもの様子に悩まれている方も、

子どもの変化の幅とは驚くべきもの、

まだまだ何も決まってやしません、

 

 

 

「慣れ」の大きさ

長男の場合は、「憧れ」から始まったのだと思います。

恐がりで泣き虫な自分の「正反対」にあるように見えるもの。

 

小学校中学年頃から、

冒険モノやサバイバルな体験を集めた本や、

超高速な乗り物やスカイダイビングや高い崖からジャンプして水に飛び込むなど、

スリル満点な本や映像に興味を持ち始めます。

 

上の手首の骨折も、

毎年死者やけが人のでる急斜面を走って競う「マウンテンマラソン」に

「参加したい!」とのことで、その練習中に起こったことでした。

 

そして本人の希望で、サバイバルキャンプ、

飛行機事故の救助活動トレーニング、

トライアスロンなどに参加するようになります。

 

極寒のアラスカで、雪で寝床を作り、

ウサギをしとめてその場で解体して食料にするといったサバイバル技術を学んだり、

地面に掘った穴に寝起きしながら、道のない山を移動し、

探知機を用いて、墜落した飛行機を見つけ出す訓練を受けたり。

 

そうしたことを繰り返すうちに、

恐れや不安に向き合う姿勢を、

身につけていったように思います。

 

一夜にして身につけたのではなく、

繰り返し繰り返し、

以前は飛び上がって逃げていたような状況に身をおき体験することで、

徐々に徐々に「慣れ」ていったんです。

 

今では、無人島などに流れ着いても、

この子は、何とかして生き延びるんじゃないかとさえ思えてきます。

 

 

「慣れ」って大きいです。


看護師の友人にも、病院で気絶した話をしたら、

笑い飛ばされ、「慣れよ」と一言。

 

「敏感な子」は、「慣らすことが鍵」と、以前こちらに紹介しましたが、

ベストセラー「しつけ本」著者ダン・シーゲル氏がスッキリまとめる「この社会で生き生きと力を発揮できる『ひといちばい敏感な子』」を育む鍵

「敏感な子」がひとつひとつ「慣れた」先に「広がる世界」とは、

とてつもなく豊かで鮮やかなのかもしれない、

そんなように感じています。

 

 

 

ユーモアの大きさ

こうした過程と平行し、

長男は、弱くて情けない主人公をジョークにしたようなシリーズの本を夢中で読んでは、

ケタケタ笑い転げてました。

 

それはまるで、自分を笑っているかのようでした。

泣き虫でヨワヨワな自分をジョークにして「笑ってしまう」ことで、

長男は、随分ほぐれていったように感じています。

 

今でも、弱くて情けないキャラクターを、

親友や同士のように感じているようです。

 

 

 

高校生が大人に混ざり実社会で活躍できるシステムの貴さ

救急隊員資格取得トレーニングでは、大人に混ざり、高校生は3分の1ほど。

 

職業にしたいという生徒から、

医療やサイエンスに関係する道へ進むためのはじめの一歩という生徒まで、

動機や目的は様々です。

 

高校生が、実社会で「他者の命を握る」という責任重大な役を任せられる、

そのための本格的なトレーニングを高校と両立しながら受けられる、

そうして費やした時間や労力を、

コミュニティー活動として大学審査で考慮してもらえる場合もある。

こうしたシステムがあることを、素晴らしいなと思っています。

 

特に、机上の勉強だけでは、

どうしても落ち着かない長男のような生徒にとって、

人生全般へのモーティベーションが随分上がる、そう感じています。

 ・ティーンの「やる気」は、自分がコミュニティーに影響を与えられる!という実感から湧き上がる

 

 

 

もし、「この子は敏感ですぐ泣くし、こんなことで将来やっていけるんだろうか」

と、かつての私自身が抱えた悩みを持っている方がいらっしゃったら、

「こうした事例もありますよ」とお伝えしたいです。

 

長男の「敏感さ」は、

他者の気持ちや周りの状況を読み取ることに、

今も生きています。

 

泣き虫で恐がりで敏感な子を育てるみなさんにエールを送りつつ。

 

母の日のプレゼントに次女が紙とボンドでバラを作ってくれました。

 

それではみなさん、よい日を!

 

追記:

本文とは全く関係ないですが、

この日(昨日)、朝4時から寿司を巻いて具沢山味噌汁を保温器に入れ

長男が泊まっていたB消防署へ走り(24マイル)

H消防署へ移動させて(28マイル)帰宅(35マイル)。

夕方6時にH消防署へ迎えに行き(35マイル)、

救急隊員の授業へ降ろし(28マイル)帰宅(5マイル)。

長女をジムナスティックへ連れて行き(10マイル)帰宅(10マイル)。

夜10時に授業の終わった長男を迎えに行き(5マイル)帰宅(5マイル)。

 

合計で185マイル、約300キロほど運転しました。

 

今、この夏の日本滞在中、名古屋から京都(観光)

大阪(奈緒美さん・ワーキングママさん・遊びのアトリエレオさん・Tomoeさんに会いに!)

広島(母方の親族)などへ、

車で行く計画を立てているんですが、

ああ、私は日常的に、名古屋・大阪間ぐらいを往復しているんだなあと、感慨深かったです。

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2 コメント

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勇気づけられます (ゆな)
2017-05-19 15:34:13
HSCのことを調べていて、こちらのブログにたどり着きました。
私はHSPで家庭環境のこともあり、幼少期〜高校卒業時くらいまで、本当に苦しい毎日を送りました。結婚してからも自分のような思いはしてほしくないから、子どもはいらないと思っていましたが、主人と周りの方々が温かく、子どもができました。
子どもはHSCです。昔からよく泣き手のかかる子どもでしたが、自我が出て、色んなことを怖がったり悩む彼を見ていると、まるで自分の小さな頃をみているようで、胸がえぐられる思いでした。
私自身、自分のHSPをまだ乗りこなしていませんが、子どもができたことで、なんとか人生を楽しく健やかに生きていってほしいと、HSP、HSCを知り、調べ、大切に思ったことを実践している日々です。まだまだこれからですが、少しずつ私も子どももたくましくなってきました。
マイコーさんのお話は本当にいつも参考になります。ありがとうございます。
こうやってネットでたくさんのことを知ることができる現代に感謝したいです。

これからも子どもには少しずつ色んなことを体験し慣れて、自分の人生を楽しんで欲しいと思っています。私自身も自分のHSPを受け入れ、もっともっと人生を楽しく歩いていきたいです(^^)

相談ではないのですが、毎回大切なことを教えて頂き、参考にさせて頂いているので、メールさせて頂きました。
お忙しいでしょうが、これからもブログの更新を楽しみにしています。
ゆなさんへ、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-05-20 14:55:20
たどり着いてくださって、ありがとうございます。

苦しい子ども時代を過ごし、子どもを持つ気になれなかったけれど、温かいご主人と周りの方々に恵まれ、ゆなさんの人生に息子さんが加わったんですね。

「色んなことを怖がったり悩む」息子さんの様子が、ゆなさん自身と重なり、胸がえぐられるような気持ちになられたこともあったと。

そしてHSP、HSCについて、より理解することで、息子さんと共に、るなさんも少しずつたくましくなられているんですね。

私なりに、とてもよく分かります。ヨワヨワだった私が、敏感さがあったりと何かと手も目も気もかかる子たちを5人育てることで、どれほど鍛えられてきたか。「限界」と思っていた境を何度こえてきたか。

そうしてこれたのも、ゆなさんもおっしゃるように、私自身も、HSP、HSCについて、より理解するということが大きかったんです。

そうして少しずつ以前よりは楽になりつつある分、同じように楽になる方がいればなあという思いから発信を続けてきました。こうしてゆなさんにコメントをいただくことができ、とても嬉しいです。

>これからも子どもには少しずつ色んなことを体験し慣れて、自分の人生を楽しんで欲しいと思っています。私自身も自分のHSPを受け入れ、もっともっと人生を楽しく歩いていきたいです(^^)

いいですね! きつい子ども時代を送ってきた分、息子君と一緒に、今、そしてこれからたくさん幸せになりましょうよ。応援してます。

温かい言葉をかけてくださり、感謝です。

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