マイコー雑記

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親子の絆強まり共にステップアップ!感情をぶつける「反応」→より適切な「対応」を助ける「3つの質問」

2017年02月07日 | 思慮あるしつけ(discipline)

子育て生活で感情マックスになったときほど「しつけ(discipline)」の原点「教える・学ぶ」に立ち返る

状況も子どもも常に変化し多様なのに「この方法のみ」なんて無理、より有効な「しつけ」を助けるツール

に続く「思慮あるしつけ」についてです。

 

精神科医ダニエル・J・シーゲル 氏と心理学者 ティナ・ペイン・ブライソン 氏の著書

『No Drama Discipline: the whole-brain way to calm the chaos and nurture your child's developing mind』

邦訳『子どもの脳を伸ばす「しつけ」 ~怒る前に何をするか--「考える子」が育つ親の行動パターン~』

『No-Drama Dscipline Workbook』を参考に。

 

 

さて、

「しつけなければ!」となる状況というのは、

往々にして、親子共に「感情高まりマックス」の場合が多いです。

 

それでも「しつけ」とは、本来「教え・学ぶ」機会なわけですから、

感情高まりマックスでは、脳の働きからも、

とてもとても「教え・学ぶ」ことは無理難題というものです。

 

ということで、

まずは、親子共に感情を落ち着け、

「教え・学ぶ」ことのできる状況を整えましょう。

 

感情をそのままオートパイロットにぶつける「反応」から、

より適切な「対応」を心がけてみましょう、

とこれまでみてきたわけですが、

 

では、どう「適切な対応」を選択したらいいんでしょう?

 


より適切な対応を助ける「3つの質問」

シーゲル氏とブライソン氏は、

この「より適切な対応」を助けるために有効なのが、

以下の自らに問う「3つの質問」ですよ、としています:

 

1.なぜ、この子はこうするんだろう?

2.なにを、この子に教えたいか?

3.どうしたら、この子に最も伝わるだろう?

 

「好ましくない行為」をする子どもを前に、

これら3つを自らに問うてみてください、というわけです。

 


「3つの質問」についてのポイント:


1.  なぜ、この子はこうするんだろう?

・推測より好奇心をもってアプローチ。

←親自身の「好奇心」は鍵ですね。

 

・行為の背景にあるかもしれないものを深く見る。

←目の前の行為は氷山の一角。

 

・発達的に適切な行為であるかを確かめる。

←自我が育つためにも反抗したい時期なんだな、等。

 


2. なにを、この子に教えたいか?

・状況に応じて、どんなライフスキルを強化したいかを考える。

(自制心、シェアする大切さ、行為に責任を持つ、強い感情を表す適切な方法、など)

←その場がまるくおさまればめでたしなわけじゃないですよね。

 

 

3.どうしたら、この子に最も伝わるだろう?

・親自身と子どもの感情状態の両方を考慮する。

← 互いに「感情高まりマックス」では「しつけ(教え・学ぶ)」は難しいです。

 

・年齢や発達段階や、状況の文脈を考慮する。

←その子の発達段階や性質や置かれた状況をみ、ハードルを調整します。

 

・一緒に問題を解決しようとする。

← 自ら考え「こうしたら今度うまくいくかな?」と子ども自身の頭を通ると、身につきやすいです。質問を用いて考えさせていく。

 

 

 

 

 


9歳の女の子と親の「宿題バトル」の例 

この著書の『ワークブック』の方に、

9歳の女の子と親の「宿題バトル」の例があげられてます:

 

うまくできないとイライラし、親に向かって泣き叫び、「意地悪な先生!」など先生の悪口。「こんな問題できないなんて自分は馬鹿だ」という。

→親もイライラする。言い争う。説教し、授業ではなく、時間のマネージメントがなってないと娘を責める。

→娘は黙り込む。繋がりが壊れる。親は罪の意識を感じる。このサイクルを繰り返す。

 

という状況。

 

ああ、我が家も、

課題がうまくできないと癇癪状態になり、

「自分はバカバカだーー!」と叫ぶ子がいますから、

よーく分かります。

 

親として、このイライラする気持ち!

 

「オートパイロット(自動反応)」で、こちらのイライラをぶつけ、

言い争い、説教し、互いにますます爆発し、あげく、娘が泣きながら黙り込む。

我が家の体験からも、ありありとこの情景が想像できますよ。

 

 

では、どうしたらいいのか?

 

まずは、

「あー、私かなりイライラしてる、爆発寸前になってきてるよ」

そうイライラが湧き上がり、

怒りのマグマがふつふつする自身に「気づき」ます。

 

そして以前の記事で紹介してきた方法、

深呼吸したりイライラや怒りでかたくなってきた身体の箇所をゆるめたりとしつつ、

さて、上の「3つの質問」です。

 


1.  なぜ、この子はこうするんだろう?

・宿題の何がこの子を圧倒させ参らせるのだろう。授業が理解できない?書くことがうまくできない?先生の評価が厳しい?宿題にあてる時間が短すぎる?時間管理の問題?

・疲れてる?体調が悪い?お腹がすいている?

・今日は何かいやなことがあったのかな?この子を不機嫌にする何か他の状況や原因があるのかな?

 

 

2. なにを、この子に教えたいか?

・効率的な時間管理力?

・責任感?

・ネガティブな感情へ向き合うスキル?

・課外活動のスケジュールを組み直すこと?

 

 

3. どうしたら、この子に最も伝わるだろう?

・親もこの子も教え学ぶことのできる状態?まずは落ち着くのを助けて、後で話した方がいい?

・どんな質問をすれば、一緒に問題を解決していける?

 

 

 

 


これって現実的なんですかね ← 体験からそう思いますよ

泣き叫んで癇癪起こす子を前に、

こんな自問なんてしてられますかね、

と思われるかもしれません。

 

私自身実感してることなんですが、

完璧な質疑応答といわずとも、

「なぜ?何を?どうやって?」とポイントを心に留め繰り返している内に、

よりささっと、つかみどころを抑えられるようになってきます。

 

それで、この著書にも書いてあるんですが、

何といっても繰り返すほど、

その子をより理解できるようになります。

これは、単にお腹がすいてるんだな、

ああ、こういうところを難しく感じがちなんだよね、などなど。

 

それでますます、「適切な対応」がしやすくなっていきます。

 

 

 

 

著書にはこんなことが書いてあります:

「感情高まりマックスでへっとへとになるときや、

バトルが勃発するときっていうのは、

よりその子を理解し、その子自身も学び、

親子で互いによくなっていくための絶好の機会なんですよね。」

 

渦中は、全然しゃれになってなくて

単なる「きれいごと」のようにも聞こえるんですが、

でも私自身振り返っても、本当にそうなんですよね。

 

ひとつひとつのヘットヘトになった時期が、

親子で成長するステップアップの機会だったと思います。

と、今もそのステップを親子で共に上る過程なんですが。

 

 

 

「なんでこんなことするわけ!」となるたび、

待てよ、とちょっと立ち止まり、

「なぜ?なにを?どうやって?」と「好奇心」を発動させ、

探索してみてください。

 

必ず、親子共にステップを上る機会となります。

 

「思慮あるしつけ」について、

次回は「脳の仕組みを理解する」へと続けます!

それではみなさん、今日もよい日を!

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「3つの質問」 現実的だと思います (奈緒美)
2017-02-08 09:56:19
泣き叫んで癇癪を起す子は、教室にも時々います。そうした子たちに、より適切な「対応」を助ける思慮あるしつけは、とても重要だと実感しています。わたしは、こうした子に対して、「3つの質問」のような対応をベースとしながら、これまでの自分の経験に基づいた勘を使って接しています。「これまでの経験に基づいた勘」のひとつは、こうした激しさを持つ子に対する『期待感』です。虹色教室には武勇伝として語り継ぎたいほどの癇癪もちが何名かいました。(プラスチックの)椅子を投げた2人の男の子たちは、頭脳明晰で創造的で精神的に大人びた優しい子へと成長しました。小2、小3まで床を転がりまわるような癇癪を起していた子らも、自発的で利発で心が広い女の子たちに成長しました。2歳の時に、教室のカーペットを全部引っぺがしてあたり散らすほどの激しさを持っていた子も、4歳の時にあんまり癇癪がひどいので、教室内でレッスンできず、親御さんといっしょに2時間歩き回ることになった子も、今はこんなにすべての面で優れている子がいるのかと思われるような中学生になっています。
そんなわけで、大人を振り回すほどの激しい感情を、今はコントロール不可だけど、ねばり強さや不可能な状況の打破や高い精神性の獲得などに役立つエネルギーの源として尊重している面もあるのです。
もうひとつは、「どうしたらその子に伝わるか」は、激しさはその子自身の内面の葛藤からくるものがほとんどなので、本人の中で納得がいくまで戦わせた後で、その子に潜在するより高い精神的なものに道を譲るのがいいと感じています。つまり、葛藤そのものが、よりその子にとって優れているものが現れようとしていると予感している、くらいの対応です。言葉にするのは難しいですが、いつもうまくいきます。
奈緒美さんへ、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-02-09 03:52:00
これまでたくさんの子どもさんに向かわれてきた奈緒美さんの「現実的ですよ」という言葉、頼もしいです。

>「3つの質問」のような対応をベースとしながら、これまでの自分の経験に基づいた勘を使って接して

こられたんですね。

>こうした激しさを持つ子に対する『期待感』
>ねばり強さや不可能な状況の打破や高い精神性の獲得などに役立つエネルギーの源

という言葉、なるほどなあと思います。
「激しさ」を目の当たりにする最中には、特に親子の場合、こちらの感情もかき乱され、ただ嵐が去ってくれと思うものですが、今では、この力の源を見上げるような気持ちが沸きあがることさえあるのです。

それは、親子で「対応」の仕方を学ぶにつれ、今では癇癪というものが随分と落ち着いたということもあるのかもしれませんが、小さな頃から一貫して流れてきた「芯の強さ」のようなものを端々にみる機会も出てきて、ああ、あの癇癪も、この目の前で今いい意味ではっとさせられるようなことも、全ては同じ源から出てきていたんだと、最近しみじみと納得していたからです。

放課後スクールで接してきた子達も、手に負えない暴れ方をすることがあったのですが、どうか適切な対応に出合うことで、あのエネルギーが上手く生かされていって欲しい、そう願っています。



「どうしたらその子に伝わるか」について、
>本人の中で納得がいくまで戦わせた後で、その子に潜在するより高い精神的なものに道を譲るのがいい
>つまり、葛藤そのものが、よりその子にとって優れているものが現れようとしていると予感している、くらいの対応

という言葉、「葛藤」をとことんまで体験したからこそ、開く扉があるというような感覚でとらえました。何となく私なりに分かるように思います。

奈緒美さんの子どもへの対応を見させていただくたび、何をどうどれだけ押すのか引くのかの絶妙のタイミングを学びます。言葉は難しい面がありますね。その子その場の状況によって刻々と絶妙に変化し続ける通りを表すには、「書かれた言葉」というのはあまりにも静態的なのです。
お返事ありがとうございます (奈緒美)
2017-02-10 14:38:52
「本人の中で納得がいくまで戦わせる」というのは、マイコさんが受け止めてくださった通りでもあるし、言葉足らずできちんと伝わるように書けていなかった次の3つの内容も含んでいます。

① 激しい感情の爆発を起こしている場合、おそらく、それまで内に溜め込んでいたアウトプットされてこなかったものがいろいろあるはずだと考えています。それは身体的なストレスが積み重なったものかもしれないし、不安や恥ずかしさや寂しさといった別の感情が怒りを隠れ蓑にしているのかもしれないし、成長したい気持ちや理想と自信のなさや恐怖心が互いに引っ張りあっているのかもしれません。そのどれであったとしても、それまで自分の中にあることを確認しずらかったようなものが、感情の爆発という状況を利用して浮上しているとしたら、それを急いで抑え込むのではなくて、本人がそれが何だったのか静かに眺める余裕ができるまで、こちらの記事にあるような適切な対応をしつつ待ってあげたらいいかな、と思っているのです。いったん、本気で壊すことは、創造的な行為と結びつきが強いです。心にしても、破壊の後には、変容が待っているのではないか、と子どもたちの姿との関わりの中で感じています。

「本人の中で納得がいくまで戦わせる」という言葉は、そうした変化の途上にある子に時間の猶予を与える意味で使っているところがあります。
目の前のことを何とかしたいというお母さんの思いと実際に子どもが必要としている時間の間にかなりの時間差があるはずなので、わたしが間に入って、そうした言葉やなんやで時間稼ぎをしているところがあるのです。
どんな感情も、まだ外に表して間がないうちは、社会化されていないし、周囲も自分も戸惑うような形で出てしまうものです。ですから、それがちょうどいい塩梅まで変化する間、善悪や価値観に余白を設けて、どちらにも振り切れてもいいようにしておくと、時間とともにバランスがとれてくると思っています。

② 子どもの自己肯定感は、褒める行為よりも、その子のダメな部分や弱い部分もあるがままに受容する場合の方が高まると聞きます。癇癪を起す子は敏感な子が多いので、ダメな自分を少しでも出すと罪悪感や自責の念から、さらに感情が荒れていきがちです。自分の最もダメな部分まで出し切ると、それを完全に受容するような甘いものではなくても、自分の困った一面を出しても、以前と変わらない関係があることに安心し、自然体で物事に取り組みやすくなります。そのために、正誤や善悪の判断をすぐにくださなず、大人も一度、タブーに近づく必要があると感じています。
それは、その子の持っている個性的な才能や資質が、親や周囲の大人の価値観と相反する場合、さらに重要になると感じています。
③わたしの個人的な感覚ももとになっています。以前も書きましたが、子ども時代のわたしは、おとなしく恥ずかしがり屋で、身体も頭も心も弱弱しい感じの子でした。基本、ボーッとして暮らしているのですが、自分の中に普段の自分とは相容れない気性と考え方をする人格が潜んでいて、何か緊急の事態にぶつかると、その性格がひょっこり出てきて、自分自身がびっくりするということがありました。その人格は、何ひとつ恐れないほど心が強くて、ずっと昔からある知恵で静かに状況を見極めていこうとする老人のイメージに彩られていました。
大人になってすっかり忘れてはいるけれど、強い気性の子が大人に挑んでくるような場面にぶつかると、自分の内面にかつて感じた老人のイメージを感じることがあるんです。そうした場面と関わりながら、まるで、トラブルを起こす子どもの力で自分の中に眠っていたものに出番を与えてもらったような、統合する機会を与えてもらったような気持ちになることがあります。
少しだけ補足です。 (奈緒美)
2017-02-10 17:52:03
③の話が理由になっていないので、少し補足させてください。わたしの中の強い気質(というか別人格くらいに異なる性質なのです)が、激しい癇癪のような強い出方をする子を相手するのが慣れている面があるのです。
どちらもハイリーセンシティブさと関連があるからなのか、極端に繊細でおとなしい子とも、活発で激しい気性の子とも
気持ちが通じ合いやすいのです。
奈緒美さん、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-02-11 08:45:12
奈緒美さん、こちらに
http://blog.goo.ne.jp/managaoka/e/e6a2837094d301be628f9dd44f4760f5

コメントについて、記事にさせていただきました。いつもインスピレーション溢れる言葉の数々をありがとうございます!

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