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日常風景:「本当の命」の行方を握る高校生たち&いつか振り返るだろうこの貴い日々を生きていく

2017年03月07日 | 日常

 乳癌治療を終えた友人の突き抜けた明るさに背筋伸びた先日

先の記事に「4時間」としましたが、それ以上取り組もうとすると、私の今の状況では、睡眠を削る必要があります。それでも睡眠を減らし「過ぎる」と「喘息」のような症状が出てしまうここ数年。特に冬のなかばから夏のなかばまでが、「とほほ」状態になりやすいんですよね。

持病の首の痛みも「喘息?」も、姿勢に気をつけ睡眠をとるなら、全く問題なく元気で過ごせますから、ありがたい「二病息災」です。基本とても元気で、無理し過ぎないバロメーターのようなもの。

先日、久しぶりにゴホゴホとしながら、ふと「人はいつ死ぬか分からないけど、せめて次男が成人するまでは、生きていたいよなあ」と何気に口にしたところ、

少し離れたところに乳癌治療を数年前に終えた友人がいて、「あと12年でしょ、もちろんいけるいける」と肩を叩いてくれ、はっとしました。まだ成人していない子どもが2人いる彼女がどれほどの思いをくぐりぬけてきたか。友人のまぶしい笑顔を見上げました。

 

 

 

 

「書く」ということ

 ・書くということは、さらりと短時間で出来上がることもあれば、うんうん唸ってもなかなか形にならず、かなり「効率の悪い」ことも多々あります。

 私の場合、「もう少し踏み込もう」と思うと、だいたいの場合、収拾つかなくなります。言いたいことを伝わる形にすることの難しさ

 「収拾つかない域」にたっぷりと浸るところから、じっくりつむぎ出してみたいという思いもありますが、今は何しろ「4時間」に「したいこと」がぎゅうぎゅう詰め状態。もう少し落ち着いてからの楽しみにとっておきます。

 

・私の場合、書く動機や過程には様々あります。

1.読む方にこのメッセージを伝えたい!と夢中で書く。

2.締め切りのために、とにかくテーマを絞りだして書く。

3.テーマを依頼されたり相談を受けて書く。

4.もやもやとした「感情の塊」を解き放たざるを得ず書く。

 

それでも結局書きあがってみれば、どんな動機や過程であっても、

「ああ、そうか、こういうことを伝えるためだったんだ」としみじみ思います。

2-4とは、

意識にしっかりと上ってなかったメッセージを形にする機会を与えられているようなもの

なのかもしれません。

 

 

 

 

 

勝ち負け以外へのフォーカスを培う

 昨夜、図書館で次男が何気につかんだ絵本を読み聞かせしていたときのこと。

 

子どもが興味が持つことに対して一緒に膨大なリサーチやプロジェクトをして助けるのが大好きな図書館員達が、毎日のように図書館にやってくる男の子と共に過ごすうちに、男の子は様々なコンテストや競技会で優勝するようになります。図書館での体験をかけがえのないものとして大人になったその男の子は、大学を卒業して図書館員になる、といった絵本。

 

確かに、そうして子どもが興味を持つことに、ウキウキと楽しみながら共に調べたり考えたりしていくのなら、その子はものすごい力をつけていくのでしょうね。

 

「いろんなリサーチやプロジェクトしてたのしそ~」とつぶやく私。

 

そこへ次男、「僕はこういう競技会とかコンテストに出たくないんだよね」

 「ふ~ん、なんで?」と私。

 「僕はね、負けるのがすごく嫌なの」

 

 自分の内面を探るように一語一語言葉にする様子に、「ああ、去年マラソン大会にあれほど頑なに出たくなかったのもそういうことだったんだ」と納得。サッカーでも、7歳の集まりですから、まだ周りがのんびりしているときもあるわけですが、次男はなんとしてでもゴールを止め、なんとしてでもゴールを入れようとフィールド中全速力で走り回ります。

 

「勝ち負け」の他にもたくさん「目標」があるという話や、負けたり失敗することこそ、その後の成功の元になるといった話を、偉人伝なども用いて話した夜でした。

 

「ひといちばい敏感でひといちばい負けず嫌い」というちょっとややこしい性質の「よい所」を、伸ばしてやりたいです。「負けても立ち上がる」体験を積みかねてやりたいです。

 

(サッカー試合の場合の「目標」:子育てノート、試合には「五つのゴール」がある)

 

 

 


朝&昼過ぎから夜にかけての運転手

職業を聞かれるなら、まずは「運転手です」と答えたくなる毎日です。

昨夜のスケジュール:午後2時過ぎに長女を高校へ、3時過ぎに長男を高校へ迎えに。その間に次女(徒歩)と三女と次男(バス)が帰宅。軽い食事をして4時半に家を出て、長女をユースグループミーティング(5-6時)におろします。その足で次女をサッカーの練習(5時半から7時15分)におろし、三女をガールスカウトの集まり(6時から7時半)におろします。30分ほど家で夕食を整え、その後次女のサッカーを迎えに行き、ミーティングが終わり図書館で過ごしている長女を迎えに行きジムナスティックの練習(7時半から8時半)へと送り、次女と次男を家におろし、ジムナスティックを終えた長女を迎えに。帰宅して30分ほどで食べ片付けし、長男とお友達を救急隊員訓練所(7時から10時)に迎えに。 

三女のガールスカウトの迎えは、7時過ぎに帰宅する夫が昨日はできたのですが、夫が遅い日は、物理的に無理なので友人に頼みます。長男の「救急隊員訓練」はお友達家族と送り迎え分担です。

 

毎晩こんな感じなのですが、暖かくなり、次女と三女と次男の陸上クラブなど新しい活動も加わり始めます。 走り回る中にも、少しでもほっと穏やかに過ごせるひとときを大切にしたいです。昨日は次男、車の中で本読みながら寝てしまいました。駐車場での5分10分の待ち時間が、私にとっては「資料に目を通す時間」にもなります。

あと、これは大きくなる子ほど気が付くのですが、案外車の中って、色々な話ができるんですよね。大きくなると面と向かって目をみてより、時に隣り合わせの方がさりげなく本音の話ができることもあります。

 

 

 

 

「本当の命」を握る高校生たち

週に3日、「救急隊員訓練」を受けている長男と同じ学年の女の子(親御さんと送迎分担)を迎えに行っています。

昨夜は、車の後部座席で二人、「救急現場に到着し、確認すべき患者の身体状態」のおさらいをしてました。

頭の先からつま先まで、細かに状態をとらえていきます。ぎょっとするような生々しい言葉が飛び交います。

 

今年の夏には2人とも、実際救急車に乗って「現場」に立つんですよね。「本当の命」がかかっています。

大人や大学生の受講者に混ざり、高校生はクラスの3分の1ほど。今週水曜日は夜の11時まで訓練。皆高校の大量の課題にも取り組む毎日です。

 

女の子を降ろし、長男と二人。

 

私:○○ちゃん(女の子)、頼もしいね~。

長男:○○(長女)も訓練受けるといいよね。

 私:どうだろう、訓練夜遅くまでだし。第一、思わず目を覆いたくなるようなこともあるだろう現場って無理じゃないかな、あの子。

 長男:ママ、「この子にはできないだろう」という態度って、間違ってるよ。

 私:確かに・・・。邪魔しないよう気をつけないとね。

 

がつんと目が覚めた夜でした。

 

我が家で最も「子育て」に熱心なのは、長男かも・・・、長男の下の子達への思いをみて、時にそう思います。

これはよかった、これをもっとして欲しかったという気持ちが、下の子達に向くんですよね。下の子達にどうしたらいいか、熱く語ってくれます。彼は上にあげた、「図書館員のような子育て」が理想なんですよね。

親になって見えるものもあるでしょうが、長男の情熱が、私と夫にとっても、いい「スパイス」になってます。

 

 

 

いつか、この賑やかに目が回る日々を振り返り、

ああ、かけがえのない貴い時だったと思い出す日がくるのだろうな、

車のハンドルを握り締め、しみじみ思うことがあります。

日々の生活に、溢れる喜びを見出していきたいですね。

みなさん、今日もよい日を!

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