マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

「抱いてきたもの」が生む繋がりに感謝、子育ての現場に生かしたい「想像力を得るための文化人類学的視点」

2017年02月06日 | 子育て全般

ワーキングマザーさんとTomoeさんとTamakiさんのコメントに、朝から勇気づけられました。

 

みなさんが抱いてきたもの、私自身が抱いてきたもの、

それらが触れあい、繋がりがうまれ。

 

この「抱いてきたもの」に恥じないよう生きていきたいな、

コメントを読ませていただきながら、そう感じ入っていました。

「~に恥じない」と自らを「引き上げる」存在があるのって、

本当に幸せなことだと思います。

真っ暗闇をさまようことがあろうとも、灯台に照らされるようなものです。

 

みなさんの試みに感化されながら、

この「抱いてきたもの」を、少しずつ、形にしていきますね。

 

その歩みの中でも、思い出していきたいと思う、

コメント欄でTomoeさんが示してくださった

「想像力を得るための人類学の6つの方法論」を、

もう一度ここに紹介させてください。

 

文化人類学を学んだジャーナリスト、ジリアン・テット氏による、

高度に専門化し横の繋がりを欠いた「縦割り(サイロ)システム」の弊害が指摘された

著書『サイロエフェクト』にまとめられていたそうです。

 

確かに、Tomoeさんがおっしゃるように 

子育て面でも、とても役に立つ方法です!

子どもに接する際も、そして子どもを取り巻く環境をみていく時にも。

 

1、人類学者は人々の生活をボトムアップの視点で見ようとする

←中心より、周縁を見ていくんです。

2、人類学者はオープンマインドで物事を見聞きし、社会集団やシステムの様々な構成要素がどのように相互に結びついているか見ようとする

←その子にもその子を取り巻く状況にも、オープンマインドで向き合っていく。その子がその子であるゆえんを、周りの様々な要素から見出していく。


3、社会的沈黙に関心をもつ 研究対象の全体を見ようとし、社会でタブーとされている部分に光を当てる
←大多数が目を向けないこと、なかったことにしようとするものに注意を払う。


4、人々が自らの生活について語る事項に熱心に耳を傾け、それと現実との行動を比較する
← 子ども、子どもを取り巻く人々が話す言葉と、実際に取る行動を合わせてみていく。


5、異なる社会、文化、システムを比較することが多い 「他者」を学ぶことで自らの生き方を新たな目で見直すことができる。インサイダーであり、アウトサイダーである。
← この目の前のシステムが「絶対」ではないと思っている。自ら境界を行き来きし、「外」からの視点を生かそうとする。


6、人類学は人間の正しい生き方は一つではないという立場をとる。我々が世界や頭の中で整理する為に使っているシステムは必然的なものではないことをよくわかっている

 ← どの子にもどの家庭にもどの状況にも当てはまる唯一絶対の生き方・育て方などありやしないと思っている。人生に対しても、様々な考え方や捉え方があるという前提に立っている。

 

まさしく、こうした「人類学的な方法」とは、

意識的にも無意識的にも

私自身の中心的な指針となっています。

 

 

 

 

 

親や先生というのは、子どもを「導く」という役割を担っています。

それは、文化人類学的には、

子どもへ「文化を刷り込む」ことでもあります。

 

ヒトが集団で生きる生物である以上、

この「文化的な刷り込み」は子どもにとって生存のために必要不可欠なこと。

 

ですから大切なのは、

大人自身がそうした立場を自覚しつつ、

「刷り込まないようにすること」ではなく、

「何を、どの程度、どのように刷り込むのかを選択すること」だと私は思っています。

 

どういった文化を伝えたいのか

その子が将来羽ばたいていくために本当に必要であり、

本当は邪魔になるものとはなにか。

 

そう考えていく際も、

「オープンマインドで物事を見聞きし」

「異なる社会、文化、システムを比較」し、「インサイダーであり、アウトサイダーである」、

「人間の正しい生き方は一つではない」

「我々が世界や頭の中で整理する為に使っているシステムは必然的なものではない」

という姿勢は、大切になってきますね。

 

 

文化は、常に再生産&創生されています。

 

今、目の前の子どもと接するこの瞬間も、

新たな文化が創られるチャンス、

そう思うとき、子どもに関わる立場にあるということの貴さをかみ締めます。

 

 

何だか大きなことのようですが、

目の前の日常生活で、

オートパイロットな「反応」から、より意図的な「対応」を心がけていくこと、

もできることのひとつではないでしょうか。

 

それは、

代々背負い込んで盲目的に引き渡す「文化」から、

ひとりひとりの意志で「文化」を選択するということでもあるんですよね。

変化の芽は、今この瞬間に生まれ続けています。

それらの芽が重なり、流れができていく。

 

日々の生活で思い出していきたいです!

 

 

 

私自身、文化人類学を学ぼうと思ったのは、

16歳の時、海外(インド)を初めて訪ねたときのことでした。

旅の後、カルチャーショックでしばらく話すこともままならなくなり。

 

それは、

それまで私自身が「絶対」と信じていた枠組の「外」を、

強烈に体験した衝撃だったといえるかもしれません。

 

それ以来、文化人類学というのは、

私自身のアイデンティティーの一部となり、

アカデミックを離れた今も、子育ての現場に根づいています。

 

紹介していただいたジリアン テット氏の言葉に触れ、

原点に立ち返り、力をもらいました。感謝を込めて。

 

みなさん、今日もよい日をお送りください!

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9 コメント

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文化人類学的視点について (ワーキングマザー)
2017-02-07 12:32:45
以前、虹色教室の奈緒美先生に、文化人類学に興味があるのでは?と教えてもらったことがありました(私は耳から入ってくる情報はほとんど流れてしまい、言葉の残像しか残っていないので、おそらくそうだと思うのですが、先生、間違っていたらすみません)。
まさしく、です。
つい今しがたまで文化人類学とは何ぞや状態でしたが、この6つの方法論を見て、まさしく、と感じました。
今、野生の思考を少しずつ読んでいますが、ストロースの感性、視点にぞくぞくしていました。マイコーさんの最近のセラピーの記事などでも、私と良く似た視点だ!と気になっていました。これらは、文化人類学的な視点での考察だったのですね。
ああ、納得です。
私は、子どもたちの様子や日常的な出来事などを観察してあれやこれやと考えたり、試したりするのが好きですが、この文化人類学的な視点で行っていることが多いです。
マイコーさんやTomoeさんのおっしゃる通り、私も、子育ての現場と文化人類学的な視点は相性が良いと実感しています。
通じてうれしいです! (Tomoe)
2017-02-07 19:32:16
取り上げてくださってありがとうございます。私自身の解釈よりさらに掘り下げて、そしてマイコーさんご自身の言葉でわかりやすく書いてくださって感謝します。

特に6の視点が大事、と著者は本の中でおっしゃっていますが、それは育児でもまったく同じだと思います。

私は自然科学がバックグラウンドなので、追い詰められるとつい「正解は一つだー!」とかやってしまいがちですが、まぁそんな自分に気が付いていることが大事なのかなと解釈しています。この点、文化人類学的なトレーニングされているマイコーさんが羨ましいです。
気づくというのは行動を変えて行くきっかけになりますよね。反応から対応へ、私も徐々に変えていきたいです。


ところで、フィールドワークについてコメントされていたので、もしかしてご興味もたれるかもと思い、私が面白かった記事のご紹介です。

日経ビジネスオンライン(メルアドを登録すればだれでも続きを読めると思います)にオランウータンの研究されている方が紹介されていて、オランウータンの子育ての話等々興味深かったです。とにかくこのフィールドワークが時間がかかって大変で、地味で忍耐を要するうえに、10年かかって論文1本書けるくらいの情報量らしいです。これって育児とそっくりじゃないですか?!
なんかこれくらいのゆっくりした心持ちで子どもの特性と向き合えばいいかな〜、なんて、ゆったりした気持ちになりました。


今更ですが、簡単に自己紹介させてください。私はもうすぐ三歳になる男の子を育てています。Highly sensitiveかどうかはわかりませんが、息子も私もsensitiveな方だと思います。

読んでる本からお察しかもしれませんが、ワーママでもあります。育児がしんどいとき、マイコーさんのブログや虹色教室のブログに大変助けていただきました。不特定多数に向けて発信し続けることは大変エネルギーがいることだと思います。いつも受け取るばかりで、何か私からも返せたらいいなぁと思っていました。今後も何かありましたらコメントさせていただきますね。
よろしくお願いします。
Unknown (tamaki)
2017-02-07 22:00:15
文化人類学と育児とのつながり、おもしろいですね。

いま主流となっている文化を外から眺める、解体するみたいな視点を持てれば、そこから新しいものが生まれる可能性もありそうですね。

虹色教室で野生の思考をとりあげているのもそうですが、なかなかことばにするのが難しい育児や学習のコツみたいなことが、文化人類学のことばでわかりやすくなるのが興味深いです。特に子育てしていない人たちに理解してもらう場合に、こうしたことばを使うのが有効だなとおもいました。

方法論というか言語が全然違うため、これはこういうことで、と擦り合わせて理解するのに時間がかかるのですが、わたしのスタンスともすごく通じているものがある気がします。


ワーキングマザーさんへ、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-02-08 06:17:04
「耳から入ってくる情報が流れてしまう」という感覚、私なりによーく分かります。

『野生の思考』を読んでいるんですね!明確な論文調ではなく、詩的な言葉も多用され前後矛盾しているようにみえたり、全体的に「文学作品」を読んでいるような感覚にもなるのではないでしょうか。

その分、頭だけでなく、感性に訴えるんですよね。ワーキングマザーさんも、ぞくぞくきてるんですね。奈緒美さんの記事も、ポイントをおさえられていて、さすがだなあと思ってます。

文化人類学的視点は、私自身意識せずとも、しみついているようなところがあります。元々、文化人類学的な人間なんだあと思っています←そんな分類・・・、笑

ワーキングマザーさんも、自然と文化人類的視点をもたれているように感じるとのこと。日常の子育てにも生かされているんですね。子育てにとってよいと思われるものは、どんどん試していきたいですよね!

Tomoeさんへ、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-02-08 06:21:24
自然科学のバックグラウンドがあるんですね!子育ての現場でも、様々な視点を合わせていけるといいですよね。

私自身は、文化人類学を通し、唯一普遍的な答えなんてないという世界にどっぷりひたり、子育てに向き合う中で、「じゃあ、何を伝えていけばいいわけ」と随分ととまどいもしました。同時に、自分の中に根深く巣くうものを目の当たりにし、驚いたりもし。

そんな中、でも、根本的に大切なことっていうものはあるのかもしれないなあ、そしてそれはとてもシンプルなことで、と見出しつつもあります。

文化人類学というと「普遍と多様の間を揺れ動く」ということが言われるんですが、これは永遠のテーマだろうなあと思っています。

『日経ビジネスオンライン』のオラウータンについての研究、目を通してみますね。そうなんですよね、人類学者も何年もの間、フィールドワークを続け、「民族誌」を完成させていくんです。学者の姿勢というのは、すぐに「分かった!」となりがちなところ、ストッパーになってくれます。

>なんかこれくらいのゆっくりした心持ちで子どもの特性と向き合えばいいかな〜、なんて、ゆったりした気持ちになりました。

本当ですね。はっきりと先行きの見えない子育てに、ついつい「安心感」を得るため、目先の成果ばかり追ってしまう姿勢に気づいていきたいです。


あと、また違った視点ですが、「学者的存在」と同時に、様々な分野のポイントをつかんで、横に繋がりを広げていく人々も必要なんでしょうね。何だか『サイロエフェクト』のようですが。

3歳の男の子君のママさんなんですね! 子育てして働きながら、「よりよい組織システム」や「オラウータンの生態」など学ばれて。生き生きとした様子が伝わってきます!

ブログについてそんな風にいっていただき、書いてきてよかったなあとしみじみ思いますよ。こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いしますね。
tamakiさん、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-02-08 06:23:31
『虹色教室』の奈緒美さんの記事を読み、文化人類学と育児とのつながりのおもしろさを再確認しています。

本当ですね、「外」から眺める姿勢は、内の活性化に繋がります。

>特に子育てしていない人たちに理解してもらう場合に、こうしたことばを使うのが有効だなとおもいました。

何かを伝える際、様々な分野や視点からの言葉を用いることで、確かに、伝わる範囲も広くなりますね。

文化人類学的な視点は、Tamakiさんのスタンスとも通じるものがあるように感じるとのこと。「かたちにしにくいもの」を、様々な言葉で表す試みを、私自身も少しずつ続けていきますね。
有難うございます!!パワー頂きました。 (るま)
2017-02-08 16:07:38
はじめまして。
こちら勝手にお世話になっております!
皆さんのパワーに読んでいるだけで元気をもらえます。
有難うございます。
お礼だけでも言わせて欲しくてコメントしております。

お母さんたちが元気になれば全然違うのにな、といつも思います。
年中の息子が通うアトリエで、年長の子供たちが小学校受験に忙しくしていたようで、その有名校には向いていないんじゃ?という性格の子まで受験させられる、という話を聞いて先月くらいからずーっとモヤモヤしておりました。

お母さんが悪い人じゃないんですよ。
腰の低い優しい人なんですよ。
でも、子どもの気持ちには少し鈍いのか、私みたいな素人がみても、情緒不安定じゃ?と思うことが多々あったりして・・・。
でも言えない自分もいるんですよね。
保育園の懇談会でも出てくるのは「うちの子はあれが出来ていない、これが出来ていない」の話ばかり。

母親自身の不安感だったり自己否定感や劣等感やらをなんとかしない限り、せっかくの教育も無駄になるわ、と思いながらも、本人が気が付かなければこちらから言っても意味ないしな~と悶々としております。

対照的にエネルギッシュなこちらの皆様。
素晴らしいです。
ネットでも波動って伝わるんですね。
無理せず私は私らしく出来る事をやっていこうと思いました。

余談ですが
ところで私は5年ほどCTに居たのですが(大学で)、世界はどういう方向に進んで行くのでしょう・・・。
友達がNYにいますが不安だと言っておりました。
こちらからは祈るしか出来ないですが、いい方向に行くよう願っております。
るまさんへ、コメントありがとうございます! (マイコー)
2017-02-09 03:53:32
読んでくださってありがとうございます。私も皆さんのパワーに元気をもらっていますよ。

確かに、お母さんが元気だと、子ども達も生き生きとしますね。

私自身も、かつて苦しいところを通ってきたのでよーく分かります。不安感、自己否定感、劣等感というのも、一見今同じ場に立っているように見えても、その人その人の生い立ちや受け継いできたものがありますから、改善しようにもなかなか難しいことがあるんですよね。それでも確かに、よくしていこうと動いていくことはできると思っています。

皆が皆小学校受験しましょうという話も出る習い事の場で、「自分は自分」と進むには、なかなか強い精神力が必要になるでしょうね。私も子育て始めたばかりの頃だったら、「この子はあれができないこれができない」と周りと比較しっぱなしだったかもなあと思いますね。今ではもまれにもまれ、こうして離れた目線で話もできるわけですが。その点るまさん、頼もしいですね!

5年前に東海岸にいたんですね!NYのお友達さんそう言ってるんですね。本当に、メディアが当てにならないのは今回の選挙で明確になりましたから、何を信じたらいいのかと手探りしつつ、できることをしていきたいです。ありがとうございます!
言葉の種 (奈緒美)
2017-02-21 23:19:20
マイコさんのブログを読んでいる知人と話す機会がありました。文化人類学的な視点と子育てとの相性の良さについて書いておられるマイコさんの言葉から話が膨らんで、知人が、「今の社会の閉塞感をなんとかしないといけないと常に感じているけれども、その転換期を前に、文化人類学的な考えなどを使って、今の社会、子育てについて、経済的なこと、労働の位置づけ、世界の情勢など、私なりにしっかり考えておくことが、私にできる次の世代への橋渡しではないか」といったことを伝えてくださいました。わたしもこの記事を読んで同様のことを考えていたところです。ふと、心を込めて書かれた言葉は、他の誰かの心に届くと、そこで芽を出し、さまざまな方向に枝葉を伸ばして成長していくんだな、と感じました。

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