詩の現場

小林万利子 「詩のブログ」 詩をいつも目の前に

Poem-) 紫煙(しえん)の街

2017-06-18 | フリー Poem
遥か昔に。
その土地に、年月を数えるための方法を、
もう見つけることができなくなるほど昔。
紫水晶売りの商人が、ここを宿場町にしていたという。
大きな風呂敷に、ゴツゴツとした原石を包み背に背負い、
両手にはそれぞれ4つほどの荷物を抱えて、
街道を行き来していた。
鋭角に割れた原石は時々風呂敷の布を破り出て、
その隙間からは、小さな水晶の塊や紫の粉が滑り落ちていた。
おかげで、町の数本ある通りは、いつしかすべて、
紫色の水晶が敷かれた道となった。

ある年、これはもう伝説であるのだが、
山奥にある紫水晶の山が閉じられた。
山が2つ分程もあったと聞くが、山跡が窪地となるほど、
紫水晶は採掘し尽くされた。
商人の仕事にも終わりがきた。
その日、最後の夜、
商人たちは初めて皆で一緒に晩御飯を食べたのだった。
そして何やら、朝方までガサガサゴツゴツという音が、
町中に鳴り止まなかったという。
森の動物も鳥も、一声も出さず、
明け方まで静かに見守っていた。
翌朝、商人たちは、誰も何の荷物も持たずに、
身一つでこの町を出ていった。
そして商人たちは誰1人として、その後、
1度も姿を現さなかったという。

それからであった、…雨降るたびに、
この町が、不思議な紫煙をあげるようになったのは。
紫水晶の敷かれた道から生える草は、紫色である。
町外れにある湧き水も、紫色である。
紫色の花、紫色の野菜、紫色の米。紫色の蝶、紫色の鳥…。
紫色の猫、紫色の犬…。

近年になって、いつしか口づてに紫煙の街として知られ、
人々が静かに、訪ねて来るようになった。
地図にない街であったのだが。
そして、この街に入った途端、旅行者は皆、同じ言葉を、
挨拶のように繰り返すようになった。
もちろん、どこにもそんなパンフレットや案内書はない…。

…やあ、こんにちは。
僕はどうやって生きていったらいいのだろう。
…やあ、そうね、
もう少し、この街を、歩いてきてごらんなさい。…
…やあ、こんばんは。
私はどうやって生きていったらいいのかしら。
…やあ、ここで、少し休んでいくといいわ。…

すれ違うと必ずこんなやり取りが始まるのだったが、
街人は皆優しく、辺りには、
色濃い紫煙が流れて行くのだった。
旅行者とは限らない、
隣家のお爺さんも、道行く会社員も、
時々、この街では挨拶がわりに、
こんなやり取りが始まるのだった。

どちらからともなく、聞かれた方が、
そっと答えればよかった。
…すると街のあちらこちらから、
静まり返っていた紫煙が立ち上り、
私たちを心地よく包み出すのだった。



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