豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

“黄色い大地”

2008年05月05日 | 映画
 
 風邪を引いてしまった。
 眠いのだが、横になると咳と痰が出はじて止まらない。苦しいので、夜中に起きだして、DVDを見ることにした。

 夜中用に買いだめしてあるDVDで見ないまま残っているのは、“荒野の七人”と“自転車泥棒”の2作のみ。しかし、どちらも今の気持ちにあってない。

 そこで、中国で買ってきたDVDの山から、何となく“黄色い大地”(原題は“黄土地”)を見ることにした。主人公の女の子の表情が、“初恋の来た道”を思わせたせいだと思う。
 きのうは、香港だか海南島だかで、聖火リレーをするチャン・ツーイーの映像もテレビニュースで見たところだった。

 舞台は1939年の中国、陝西省。黄河流域の山中の荒れた土地でわずかな粟を作り、山羊を飼う貧しい農民一家(父と姉と弟)と、延安から土地の民謡を蒐集するためにやって来てこの家に泊めてもらう八路軍の若い兵隊の数日間を描いたもの。

 超ロング・ショットで、荒れた黄土色の山の稜線に、青空を背景に親子が牛に鋤を引かせながら歩いているシーンが印象的だった。
 撮影がチャン・イーモウだというから、“初恋の来た道”の、あの葬送のシーンなどと似た画面が時どき現れる。
 主人公の娘が、天秤棹を担いで5キロ離れた黄河に水を汲みに行くシーンも繰り返し描かれていたが、これはどうも撮影部分の数十歩しか歩いていない感じだった。
 NHKの「激流中国」などで描かれた現代の中国奥地の貧しい農民の姿のほうがよっぽど悲惨な印象を与える。

 主人公の娘は、父親の決めた男と結婚することになり、昔ながらの花嫁行列を連ねて、男の家に嫁いでい行く。
 しかし、やがて婚家を逃げ出し、兵隊から聞いた、「男も針仕事をし、水汲みもする」という八路軍に入隊すべく、黄河を渡っていく・・・。

 旧中国といわず、およそどこの地域でも、結婚は最初は売買婚だった。中国が革命後に最初に公布した法律も確か婚姻法だったはずである。
 かつて天津郊外の周恩来記念館に行ったとき、その1950年(1949年?)婚姻法の現物が展示してあった。

 内容的には重い映画なのだが、主人公の娘役の表情によって救われている。福原愛をさらに一回り大きくしたような、春川ますみのデビュー前のような(見たことないけど)女の子である。
 売買婚にもかかわらず、父親の娘に対する愛情も伝わってくる。娘が編んだ草鞋のような靴を娘の前では履くのだが、娘がいなくなると「裸足の方がいい」といって脱いで、腰にぶら下げて農作業をしていた。

 全編に流れる民謡は、申し訳ないことに騒々しくてかなわなかった。夜中の2時3時に見ていることを割り引いたとしても。
 地域の人々が心から歌う民謡を、八路軍が蒐集して歌詞まで変えて(毛沢東を礼賛する歌詞になっていた)踊りながら歌っているラスト近くの光景(農民たちの雨乞いのシーンと対比されていた)も、作者の意図が見え見えで興ざめである。

 娘が河を渡るところで終わらせるべきだった。1984年当時は、あんなラスト・シーンをつけないと上映できなかったのだろうか。

 いずれにしても、中国映画はいい。いかにも“中国映画”といった雰囲気がある。スカパーで見る中国のテレビ・ドラマはつまらなくて、映像も汚いものが多いのに、映画はいい。
 日本映画も外国人には、こんな風に映っているのだろうか。

 監督は、陳凱歌、撮影がチャン・イーモウ(張芸謀)。1984年製作の陳凱歌監督のデビュー作らしい。

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