空あり ku-ari

こだわりや拒否感を手放して軽やかに
( ´ ▽ ` )ノ
(旧 自然体でいこう)

むしろ自分のために。世のため人のためでなく自分を信じるために生きていることを自覚してみる。

2016-12-28 12:07:13 | こころ
癒すべき人なんていない、と書いたんだけど、癒そうとする側の問題があるんだろうと気付いた。

当人が意味あって人生を日々選択し続けている。その経験をすることで、学ぶことが人それぞれにあるのだと思う。


だから、その時々で当人が望まないのに、批判やアドバイスなど外野がワーワー言うことに意味がない気がする。

やりきってみるとわかることもあるので。


だから、その人はそうなんだそうしたいんだとしか言いようがない気がする。


ところが、誰かが誰かを「救いたい」と思ったりする。

辛い人が、わかってくれそうな人のところにすがり、救ってもらおうとする。


救いたい、変えたい、私が、という気持ちがおこがましかったのかもしれないのだ。


あなたのためにと言いながら、相手からの感謝や賞賛を求めてしまう時、最早自分のためなんだろうと思う。

私はこんなに世のため人のためにいいことをしている、という自己満足なのだから。


いっそ、自己を満たしている、という自覚が大切な気がする。


自覚がない時、あなたのためにと言いながら、相手からエネルギーを吸い取ってる気がするのです。もっと褒めてほしいと聞こえてくる感じです。


もっとフラットに。

救ってあげようとか、助けてあげようなんて大袈裟でなく、何かフツーの状態で自分にできることをしている感じ。
感謝や賞賛や報酬をクレクレと暗に叫ばず、淡々と世の中に必要で自分にできることを誠実にこなしながら生きている人のそばは、自然に明るくなる気がする。
むしろ、感謝や賞賛や報酬を爽やかに喜べる感じはフラットなのかも。

押し付けがないのが爽やかだなぁ


フラもそうかも。押し付けないフラ。
お客さんを感動させよう、とか楽しませようというのは圧になってしまうのかも。

自分が自分のアロハを信じて表現することで、空気を変えようとしていた時よりよっぽど変わるのかもしれない。

自分を信じるフラ。

そうか、それだね。
それからやっぱり経験というか練習ですかね。
随分語ったけど、最近練習をサボっているので言葉に力がないのが残念。笑


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