たかたかのトレッキング

駆け足登山は卒業、これからは一日で登れる山を二日かけ自然と語らいながら自由気ままに登りたい。

(4)新潟の小さな旅 関興寺の「味噌なめたか」

2017年03月30日 | 
続き

  

宿泊した越路荘の脇に「六日町温泉・発祥の地」と刻まれた石碑が立っておりまして

側には湧きだす源泉が有り足湯も設けられておりました

説明によりますと

「S32年、六日町都市ガス構想のもとガス井戸を掘削中、突如温泉が噴き出した」

凄いと言いますか羨ましいですね

地下からの予期せぬお宝が六日町温泉を誕生させたのです


朝食を戴き9時半チェックアウトを済ませ外に出ますと

ポツリポツリと雨滴が顔に当たりました

今日は山に登る事も無し観光も昨日、済ませましたので後は帰るだけです

多少の雨は差支え有りません




塩沢石打ICに向かう途中関興寺の看板を見つけ寄り道する事に致しました


この寺門は今から200年以上前に建立された総門

驚いたのは我が町・箕輪から移築したものなのだそうです

当時の持ち主は安房勝山藩の酒井家でしたが

伊香保へ寄付した下田家の門と言い、よくよく箕輪は文化財を大切にしない町である事を

痛感させられました






上の写真のこじんまりした門は三門

関興寺に現存する最も古い建造物だそうです

真ん中の観音様は水月観音ですが

この時期は雪囲いに守られて如何にも安らかですね

下の写真の雪囲いされた木々の下は雪が融ければ臥龍の庭が見られるはず

そして昇龍の滝も何処かに隠れています




玄関脇の部屋から女性達の笑い声が聞こえましたので声を掛けましたが無反応でしたし

拝観自由と有りましたので遠慮なく本堂に向かいます

ヒンヤリと冷たい廊下の雰囲気を和らげる様に置かれた無数の蛙

写真は一部ですが一体、何匹いたのでしょう

「蛙と一緒に座禅を組んで幸せをよびましょう」

「お賽銭を挙げない拝観者はカエリましょう」はて!どちらか?

そこへ「御朱印が必要か?」

思っていた事が現実になったかと一瞬、身構えてしまった私でした

歳にして40歳後半と見られる決して愛想が良いとは言えない住職でした

「いえ、拝観させて頂くだけなのですが・・・」

(私、慌てて本尊様まえの賽銭箱にお金を投入)

もう随分前ですが新潟の或るお寺をお詣りした時に至る場所に賽銭箱の置かれた

寺が有りました 観光客は皆さん律儀にもお賽銭を入れていましたが

10歩あるけば別のお賽銭箱ですから、こうなるともう商売ですね

  







置かれています仏像は、そう古い物では無く、その中の千手観音像

江戸時代の物だそうです




さて本題の味噌なめたかですが、これには謂れが有りまして

上杉謙信亡き後、景勝、景虎の二子の間で家督争いが起こり

その兵火にあって諸堂が焼失した際、関興寺に納められていた上杉氏鬼神の

大般若心経六百巻は味噌桶の中に隠し難を逃れました

以来、御利益のある味噌として、何時からかそう呼ばれる様になったのだとか

「舐めてみますか?」と試食させて下さった奥様の説明を聞きながら

私もその御利益に授かります、そしてお土産として購入する事に致しました(500円)


関越トンネルに近づいた辺りから本降りの雨となり山々は雲を巻き

険しさと優しさを織り交ぜて幻想的な墨絵も世界を造り出しておりました

堪能した雪国と別れトンネルを潜れば雪の一片もない群馬です

(山は飯士山)

一泊の旅が大分、長くなってしまいました

最後までお付き合い下さった皆様、有難うございました


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(3)新潟の小さな旅 六日町温泉

2017年03月28日 | 



4時を少々回って通された部屋は

坂戸山(上)と金城山(下)が真正面に見える3階でした

金城山の後ろには巻機山でしょうか

私達が登った時には花盛りだった山が今は真っ白な頂を僅かに覗かせています

この様に人を寄せ付けない山の姿は確かに魅力を感じますが

一方、坂戸山や金城山の様に人の暮らしに溶け合った山と言うのは

安心感と優しさが感じられるものですね



  

越路荘は六日町に温泉が掘削された昭和32年開業の旅館です

館内には鎧兜や槍、鉄砲等の戦国時代を彷彿とさせるアチコチに展示されていました

勿論、源泉掛け流しです  (料金は旅行会社を通しましたので一泊8800円)


先ずは汗を流し食事までの間、暮れなずむ山々に目を向けておりますと

坂戸山の左に見える八海山が夕日を受けて赤く染まり始めました

この山も若い頃、勇んで鎖に挑戦した山でした

(写真に記した赤い点は今回、撤退した地点です)


雪国の人達は雪形を農作業に関連付けていますよね

この地にそれを示すものを耳にした事は有りませんが

そこで私は新しい発見をしようと目を凝らし山肌を見つめます

丸く囲った所をご覧ください

飛鳥時代の女性が跪いて

豊作を感謝し神にコシヒカリを捧げている様に見えないでしょうか

無理が有ったでしょうかね

  





夕食時のお酒は辛口の鶴齢(かくれい)を選びました

価格は650円と表記されておりますが間違わないで下さい

お銚子一本のお値段です

となれば一口一口味わって飲まないといけませんよ・・・雄さん!

私が思わず「上手い」と声を出してしまったのは盆の右下にある食前酒「濁り酒」でした

仲井さん曰く「鶴齢より度数は強いのですが口当たりがいいでしょ」

その通りでした

お銚子一本、飲みたくなってしまったほど・・・(^_-)-☆

続く


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(2)新潟の小さな旅 塩沢宿牧之通り( 北越雪譜・鈴木牧之)

2017年03月26日 | 
続き


チェックインには1時間ばかり早かったので塩沢宿に行ってみました

此処は江戸と越後を結ぶ三国海道の宿場町として大いに栄えた街道です

平成22年に完成したという事で風情を感じるには今一ですが

もう少し年数を経れば木材も馴染み落ち着きを見せるのではないでしょうか




昭和初期の写真でしょうか

魚沼地方は日本でも有数の豪雪地帯

道の両側には雪国ならではの雁木も整備されています

  

そして此処は米どころ

その米と清冽な水が美味しいお酒も造り上げました




もう一つ忘れてはならないのが北越雪譜の著者鈴木牧之が生まれた地なのです

明和2年に生まれた所謂、学者さんで、この本は当時のベストセラーとなったそうです








これは雄さんが愛読している著書でも有りまして上の4枚は

其処から写した物ですが牧之は絵にも長けており

見れば中々斬新な絵を描かれていたんですね


直ぐ近くの商店にはかんじきが吊るされておりましたので眺めておりますと

中から店主が出てきて右の大きい方はすかりと言うんですと説明して下さいました


その使い方の説明が牧之の本に載っておりましたので・・・

店主が言うに雪景色の絵を東京に送っても当時、誰も信じる者が居なかったのだとか

現代の様にカメラが有れば証拠ともなるのでしょうが

降ってもせいぜい4~50㎝の雪しか知らない人間には信じがたいものだったのでしょうね



  



今、この通りは各家にお雛様が飾られ道行く人を楽しませています

或る一軒の家のお雛様を見せて頂く事にしました

色々な時代の雛人形が所狭しと飾られており、それを一つ一つ丁寧に

説明して下さる中に「おやまぁ」と言うお雛様も

ぶ男雛と、ぶす姫雛だそうです

さて、時刻は4時少し前、そろそろホテルに向かいましょうか

続く

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(1)新潟の小さな旅 またまた山頂を踏めなかった坂戸山

2017年03月24日 | 
『雪を見ながら温泉に浸かり魚沼の美味しいコシヒカリを食べたい』

こんな計画を立ててからもう何年経った事でしょう

漸く実現に漕ぎつけました


六日町ICで降り先ずは昨年、登山途中の姉の怪我で山頂を踏めなかった坂戸山の

リベンジ登山です

この山は直江兼続ゆかりの山で有り山中には坂戸城の遺構が各所で見られますが

この事につきましては以前、記しましたので今回は省きます

標高634m(スカイツリーと同じ高さ)

コースタイムは1時間半位ですが標高差470mはかなり急峻と言う事でしょうか




前回は直進して沢コースを登りましたが今回は右に折れ薬師尾根コースを選びました

登山口に有る鳥坂神社でアイゼンを装着し尾根を目指します

尾根コースは階段が多いと聞きましたが

幸いこの時期は雪に隠され登ったのは最初の数段だけでした




鼻っからの急登ですが足が慣れるまでのウオーミングアップ、頑張れ

今日の陽気は汗が吹き出します

上衣を脱ぎまた頑張ります




幾分、傾斜が緩んだ所に祠と鳥居が立ちその向こうに

六日町の街並みと笠置山の連なりが見えてきました




急な登りは容赦なく続きます

左右の景色も増々ダイナミックになって来ますが今は、それを楽しむ余裕もなく

ただ、ひたすら一歩一歩 足を前に出すのみ


(五合目当たり)


7合目近くまで来て振り返りますと後ろに居た雄さんの姿が見えません

登山者に赤いザックを背負った男性は居ませんでしたか?と聞くも

気が付かなかったという返事ばかり

それでも来る人、来る人に私は声を掛けました

「大分、苦しそうに登っていた登山者がいたが、その人かな?」

気が付いてくれた登山者が一人だけおりました


山頂まではあと40分ほど






魚野川が如何にもゆったり流れています

教えて下さった登山者の言うには登って来ているという事でしたので

私はそこで周辺の景色をカメラに納めながら待つ事にいたしました

20分ほどして漸く雄さんの姿が確認できました

足の運びが悪く立ち木を見つけると腰を下ろしてしまいました

暫くして立ち上がりましたが、またその場所に腰を下ろしてしまいます

私が下りかけますと「来なくていい、行け」と手で合図を送っていますが

私が登れば雄さんの事、無理してでも登って来てしまいます


話を聞いてみますとサングラスを車に置いて来てしまい雪目になってしまったのと

体調不良も有ったのでしょう、目に星が飛ぶ様になってしまったらしいのです

「二回とも山頂を踏めない山になってしまった」と残念がっていましたが

此処まで来れば登ったも同然、潔く諦める事にしました

思えば六日町は高倉山で私が骨折したという苦い思い出も有ります

昨年の姉の事故と言い余程、縁の無い場所なのでしょうか


バランスを崩した女の子に「大丈夫?」と声を掛けた直後

オットット、今度は私がスッテン

腐った雪に軽アイゼンは上手く効いてくれません

6本爪にしなかった事を後悔する下りでした

しかし地元の人は強い、会う人の大半が長靴登山なのです

「滑りませんか?」と聞くといとも簡単に「滑るよ!」だって

要は雪道の歩き方を心得ていると言うことなのでしょうね


少々心残りはしますが無事が一番

昼食を神社でとり汗で冷えた体をコーヒーで温め車に向かいました

  

魚野川では鴨が戯れています

私達の惨敗を気使ってくれているのかな?

目を合わせもせず、そっと離れて行きました

  

駐車したお隣の家は豪雪地帯の知恵なのでしょうね

ちょうど玄関から出てきた奥さんが

「冬の間、地下から水を汲み上げて落ちてくる雪を融かしているんですよ」

と仰っておりました


此方は雪囲いを外している高齢者の御夫婦ですが

時間はたっぷりある、慌てる事は無いと言わんばかりに

一つ外しては腰を下ろし又、立ち上がっては一枚を外す、それを繰り返していました

そんな生活が羨ましく目に映りました

(続く)

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春浅き妙義山へ(その2)轟岩

2017年03月22日 | 登山
続き






無事、第四石門に戻って参りました

ちょうど昼時、「日暮しの景」の向こうに覗く群馬百名山の鹿岳(かなだけ→岩山)を

懐かしく望みながら持ち寄ったお料理を囲み昼食タイムと致します


さて、そろそろと腰を上げようとした時

「ちょっと待って」と岩の魅力を知ったKとRが石門に取りつきました

しかし取り付き点から3mほど上はオーバーハング

フリークライムで登れるのは其処までです


中の岳神社に戻った時、私は神社の裏手に轟岩が有る事を思い出しました










登ったのはもう随分、前の事ですので記憶も曖昧です

轟岩までは一見、登りやすそうに見えますが実際はザラ石で足がかりが無く

手掛かりとしたい頼みの岩は掴むとポロッと落ちてしまいますので

余程しっかりした岩でないと体重を掛ける事が出来ません

そんな記憶もスッカリ薄れてしまっていました

取り敢えず稜線に出て轟岩への細い窪みを慎重に登ります




「何だ?これは?」

見上げれば、もうハシゴに取りついているでは有りませんか

また行っちゃったかよと思いながら今回、私は岩の基部で待つ事にしました

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①②の写真は以前、私が登った時のものですが、この時には梯子が設置されてなく

たった一本の鎖が垂れていただけだった気がします

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今日は予想外のハードな山行になってしまいましたが取り敢えず無事に下山

中の岳神社の急な階段を下り駐車場に戻り

峰々を仰げば屹立する轟岩が何も言わず見下ろしていたのでした


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