お母さんに質問です

あなたが生まれて、生家を離れて独立をするまで、「あなたにとっての『家庭』とは、どんなところ」だったでしょうか?
1.社会の縮図、としての家庭。一番自分の近いところにある「外界」。
2.自分の世界。社会から隔絶された、「個」の世界。
もし、あなたにとって1番だったとすれば・・・
両親とは、最も身近なところにいる「社会人」であって、良くも悪くも「気の抜けない相手」だったはずです
幼い頃から、その両親はあなたに期待をしたり、様々な要求をしたり・・・あなたは常にそれを感じ、親の思いに応えるべく多くの努力と葛藤があったことでしょう
もし、あなたにとって2番目だったとすれば・・・
両親は一番自分の「本音」を見せられる相手。どんなに格好の悪いところも気楽に見せ、きっと家庭は社会のどこよりも「自分の素」を安心してさらけ出せる場所だったはず
親の期待や要求は十分に感じられても、それに対して悲壮感を持って相対する必要なく、「そんなの無理だあ」とか「がんばってみるよー」と、安心感を持ってそれに向かえたことでしょう。
私事で恐縮ですが。
じつは、私が結婚して独立するまでの家庭は、完璧な「1番」でした。
一人っ子の一人娘。イヤでも親の期待は大きかったですねえ。そして、生来、私自身が積極的で、目立つことも苦にならなかったこともあって、私は必死になって親の期待をバネに努力する毎日でした
そして、私の親、特に父は決して「誉めない」人で・・・たとえば、私が父の設定する一つの基準に達したら、すぐに次の目標が示され、父には満足というものがなかったと思います
もちろん、私にも人並みの反抗心はあったわけですが、一人っ子であり父が暴君という条件のもとでは、私が反抗をしたら、間違いなく大好きな母に被害?があり、母が辛い思いをするし、悲しむだろう・・・と思うと、結局は反抗する勇気もチャンスもなく、結婚までの25年間、ひたすら家庭では努力と忍耐の人生?!でした
その私が母になった時、天からの啓示のように思ったことは・・・
「私の愛する子ども達にとっての家庭は、一番ほっとできるところであって欲しい!」ということでした
社会人として身につけるべき道徳心や礼儀は、当然のこととして厳しく教えても、あとは、リラックスして、「素顔の自分」でいられる、ダラーっとできる「居場所」「母港」のようなところにしてやりたい!そう思いました
今は成人した二人のわが子達は、まあ、一応、社会性を身につけ、一歩家から外に出れば、それなりのことが出来るように育っています。
けれど、彼らの「家庭での姿」と言えば、いやいや・・・全く誉められたものではありません
だらしないですし、理想の子ども像とは大きくかけ離れた、身勝手な奴ら、です。
ただ、親の愛情、親の信念のようなものは、きちんと伝わっていたようで、大人になった彼らと私との間には、さすがにもうベタベタとした関係ではないものの、とてもあたたかい信頼関係があるのではないか、と感じています。
お母さん、一度、自分の幼かった頃のことを思い出してみてください
そして、自分がどんな両親のもと、どんな家庭に育ち、どんな毎日を送っていたか?それを確認することが、親子関係を理解する上で、とても大事な要素だと思います。なぜなら、それこそが、あなたの「親観」の原点になっているもの、だからです。
そして、それをあらためてしっかりと見つめた上で、親として、自分がどんな家庭にしようとしているのか?子どもに、どんな子どもであることを求めているのか?を考えてみましょう
こんなふうに、たまには立ち止まり、冷静に見つめ、考える時間も必要ですよ。
付録
母親は、一生懸命に子どもを見つめ、愛しています。けれど、成長とともに、息子も娘も、時には宇宙人のように理解しがたい存在になる・・・でもね、その責任が一方的に子ども達にあるわけではないのです。
母親の心が柔らかくなれば、きっと違うものが見えてきますよ。
でも、どうしても気分の晴れない時は、いつでもどうぞ!子どもの年齢、受験云々に関係なく、まどか先生の相談室はいつでもオープンしています
話すと楽になる・・・そんなこともあるものです
「まどか先生の相談室」は、こちらから。


あなたが生まれて、生家を離れて独立をするまで、「あなたにとっての『家庭』とは、どんなところ」だったでしょうか?
1.社会の縮図、としての家庭。一番自分の近いところにある「外界」。
2.自分の世界。社会から隔絶された、「個」の世界。
もし、あなたにとって1番だったとすれば・・・
両親とは、最も身近なところにいる「社会人」であって、良くも悪くも「気の抜けない相手」だったはずです

幼い頃から、その両親はあなたに期待をしたり、様々な要求をしたり・・・あなたは常にそれを感じ、親の思いに応えるべく多くの努力と葛藤があったことでしょう

もし、あなたにとって2番目だったとすれば・・・
両親は一番自分の「本音」を見せられる相手。どんなに格好の悪いところも気楽に見せ、きっと家庭は社会のどこよりも「自分の素」を安心してさらけ出せる場所だったはず

親の期待や要求は十分に感じられても、それに対して悲壮感を持って相対する必要なく、「そんなの無理だあ」とか「がんばってみるよー」と、安心感を持ってそれに向かえたことでしょう。
私事で恐縮ですが。
じつは、私が結婚して独立するまでの家庭は、完璧な「1番」でした。
一人っ子の一人娘。イヤでも親の期待は大きかったですねえ。そして、生来、私自身が積極的で、目立つことも苦にならなかったこともあって、私は必死になって親の期待をバネに努力する毎日でした

そして、私の親、特に父は決して「誉めない」人で・・・たとえば、私が父の設定する一つの基準に達したら、すぐに次の目標が示され、父には満足というものがなかったと思います

もちろん、私にも人並みの反抗心はあったわけですが、一人っ子であり父が暴君という条件のもとでは、私が反抗をしたら、間違いなく大好きな母に被害?があり、母が辛い思いをするし、悲しむだろう・・・と思うと、結局は反抗する勇気もチャンスもなく、結婚までの25年間、ひたすら家庭では努力と忍耐の人生?!でした

その私が母になった時、天からの啓示のように思ったことは・・・
「私の愛する子ども達にとっての家庭は、一番ほっとできるところであって欲しい!」ということでした

社会人として身につけるべき道徳心や礼儀は、当然のこととして厳しく教えても、あとは、リラックスして、「素顔の自分」でいられる、ダラーっとできる「居場所」「母港」のようなところにしてやりたい!そう思いました

今は成人した二人のわが子達は、まあ、一応、社会性を身につけ、一歩家から外に出れば、それなりのことが出来るように育っています。
けれど、彼らの「家庭での姿」と言えば、いやいや・・・全く誉められたものではありません
だらしないですし、理想の子ども像とは大きくかけ離れた、身勝手な奴ら、です。ただ、親の愛情、親の信念のようなものは、きちんと伝わっていたようで、大人になった彼らと私との間には、さすがにもうベタベタとした関係ではないものの、とてもあたたかい信頼関係があるのではないか、と感じています。
お母さん、一度、自分の幼かった頃のことを思い出してみてください

そして、自分がどんな両親のもと、どんな家庭に育ち、どんな毎日を送っていたか?それを確認することが、親子関係を理解する上で、とても大事な要素だと思います。なぜなら、それこそが、あなたの「親観」の原点になっているもの、だからです。
そして、それをあらためてしっかりと見つめた上で、親として、自分がどんな家庭にしようとしているのか?子どもに、どんな子どもであることを求めているのか?を考えてみましょう

こんなふうに、たまには立ち止まり、冷静に見つめ、考える時間も必要ですよ。
付録
母親は、一生懸命に子どもを見つめ、愛しています。けれど、成長とともに、息子も娘も、時には宇宙人のように理解しがたい存在になる・・・でもね、その責任が一方的に子ども達にあるわけではないのです。
母親の心が柔らかくなれば、きっと違うものが見えてきますよ。
でも、どうしても気分の晴れない時は、いつでもどうぞ!子どもの年齢、受験云々に関係なく、まどか先生の相談室はいつでもオープンしています
話すと楽になる・・・そんなこともあるものです

「まどか先生の相談室」は、こちらから。
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」
いやだわー、ママったら
」と悪びれずに笑った・・・
」と、かなり悲壮な願いを込めて語っていることを、感じて欲しかったのです。
そう思っています。









