北嶋誠のブログ

私の考えていること、言いたいことなどなど。

金のかかる選挙

2007年07月31日 18時40分28秒 | Weblog
 とかく選挙には金がかかる。選挙運動はもちろんのこと、立候補するだけでも貧乏人や小政党は制約されてしまう。不正規、不明朗な金はどれほど動いているのか私たちには見当もつかない。また、私たちのふところ具合に直接影響するような政治問題が選挙の行方を大きく左右するのが常である。今回の参議院選挙も年金、税金、議員事務所費問題などが大きく影響したと思う。もちろん、戦後一貫した財界本位の自民党政治の行き詰まりと、貧困と格差の拡大に拍車をかけた小泉構造改革へも厳しい評価が下されたと思う。

 ところで今年は念頭に安倍首相が、憲法改定を参議院選挙の争点にするとの大見得を切るところから始まったはずだ。ところが社会保険庁における消えた年金の大失態、閣僚の相次ぐ暴言・失言、不明朗な議員事務所費問題など閣僚・政治家の信頼を失墜させる事件が頻発し、この傾向が投票日まで続いた。安倍首相の口から憲法改正の声が消え、消費税増税もトーンダウンした。

 だが、歴史的大敗にもかかわらず辞任しないのは、靖国派の首相として憲法改定に強い執着心があるからだろう。

 ところで一方、民主党にも驚いた。自民党とは政策的にほとんど変わらない第二自民党だと思っていたのだが、「憲法改正よりも国民の生活優先」、「消費税増税はしない」とか農業政策に至っては「大きな農家ばかりでなく小さな農かも、やる気のある農家はどんどん支援して行く」と農民連か共産党が言っているのではないかと耳を疑った。そういうことならもっと前から支持していたのみ。でもこの公約が次の総選挙まで続くのだろうか。総選挙で過半数を得て政権をみぎったならこの公約を間違いなく実行していくのだろうか。私たち有権者国民はしっかりと見極めて行かなければならない。

 ところで今回の選挙は、事情があって私は期日前投票をすることにしていた。だが、予定していた28日に、投票所までの送迎を頼んでいた妻が体調不良のために運転が出来なくなってしまった。そうこうしているうちに夜になってしまったのでやむを得ずタクシーをよんで出かけた

 今回の選挙は、そうしてでも行かなければならない理由があった。話は遡るが、昨年10月に日比谷公園で開催された「出直してよ障害者自立支援法」の1万5千人集会に、私は茨城視生会から参加した。全視協のデモ行進に加わって参議院議員面会所の前を通りかかると、日本共産党参議院議員段が集会参加者を激励するために出てきていた。その時「北嶋さんご苦労様!」という紙智子参議院議員の声が聞こえた。それはお前の勘違いだ、という意地悪な奴もいるが、あれは紛れもなく紙様智子様の声だ。日本共産党にもカミ様がいるのだと勇気づけられた。

 そんな訳でなんとしても紙智子と投票してこなければならなかったのだ。だが、結城市役所までの往復と夜間割増料金を加算して6740円のタクシー料金を支払う羽目になってしまった。今回は私にとって別な意味での金のかかる選挙となった。

10・7北関東憲法ふぉーくジャンボリーを成功させよう!

2007年07月30日 22時56分42秒 | Weblog
 いよいよ夏本番、10・7北関東憲法フォークジャンボリーの開催に向けて準備が始まっている。07年ゆうき市文化祭の一環として、日本国憲法60周年と核兵器廃絶平和都市宣言20周年を記念し、「憲法九条守ろう」と「地域文化の向上」をテーマとして実施スる。

 北関東の地に根づいて活動しているフォークシンガーたちが結城に集合して、非戦、非核、その依るべき憲法九条をテーマに、それぞれの個性、創造性、人間性あふれるフォークソングをもって文化的に表現しあおうではないか。

 また、出演されないみなさんも、宣伝やチケットの普及、ジャンボリー当日のスタッフなど、単なるお客様としてではなく、主権者国民の一人として、より積極的な形での参加をお願いしたい。暫定チラシ及びチケットが出来ているのでご活用ください。

 なお、現時点での出演予定者は、
 ヒューマン・ファーマーズ(茨城県結城市)
 マザーウォーター(茨城県笠間市)
 小野操(栃木県那須塩原市)
 ワイルドフラワーズ(栃木県佐野市)
 関口英里(栃木県太田原市)
 ヨロコンデぶっち(群馬県前橋市)
 チエ(群馬県高崎市)
 及びゲスト出演の笠木透と雑花塾となっている。その他、茨城のうたごえ協議会など数チームが参加の方向で調整中。8月5日をもって出演希望の一応の締切日としたい。

情報源・その2・カセットテープ

2007年07月30日 18時02分11秒 | Weblog
 いわゆる長寿社会となり、それに伴って中途失明者が増えているという。それまで元気で活発に生きていた者が、中途失明となると、自分の境遇に落胆が激しく、家の中に閉じこもりきり隣、ラジオが友達というような状態になりやすいという。

 他人事のようなことを言っているが、私の場合は、諦めが早いと言うか、いつまでもくよくよしていても現実は変わらない。残された条件の中で、しっかり生きて行くしかないと観念するのが早かった。

 そういう私も病院での最初の情報源はラジオだった。もちろん、ニュースをはじめ一定の情報が毎日流れてきてはいたが、自分の聴きたい話題や音楽などはなかなか流れては来なかった。

 そこで次に、カセットテープで農業問題の講演や、自分の好きな音楽を録音したものを聴くことにした。しかし、病室では時間があるようで時間がないというのが現実で、しかも長時間聴くという作業はたいへん疲れる。何度も途中で寝てしまって全部聴きとるのに時間がかかることなど、なかなか慣れるのに苦労した。

 そうこうしていると、知人から視覚障害者友情の会発行の「声の赤旗日曜版」を紹介された。90分カセットテープで毎週送られてくる。当然聴くのもたいへんならば、吹き込む型はもっとたいへんだろうと思うと、現在でもまじめに聴き続けている。

 これに味を占めて、「声のうたごえ新聞」を購読。結城市社会福祉協議会にお願いして、「広報結城」、「市議会だより」、「社協だより」、八千代町のボランティアの方からは「広報や千代」を届けていただいている。

 さらに、その後縁あって入会することになった茨城視覚障害者の生活と権利を守る会から「茨城視生会だより」を、全日本視覚障害者協議会からは「点字民法(全視協ニュース)」が送付されてきている。

 これらを合計すると、2日に1本のペースで90分テープを聴きこなさなければならない。ちょっと怠けたり、出かけたりしていると、すぐに5~6ほんたまってしまい、全部聴くのに丸1日かかってしまう。なかなか至難の業である。

 それにしても、点字やパソコンは一定の学習が必要だが、カセットテープはとりあえず扱いやすい。私もそうだったので中途失明者は、まずはこのあたりから始めたら良いと思う。

飼料価格高騰についての緊急対策を要請

2007年07月11日 18時25分40秒 | Weblog
 トウモロコシなどの飼料価格が高騰し、畜産農家の経営を圧迫し、倒産の危機に瀕しているとして、農民連、畜産農民全国協議会が10日、農水省に緊急対策を求める要請行動を行なった。

 白石農民連会長はじめ、北海道、福島県、神奈川県、茨城県の農民らが結集。日本共産党の紙智子参議院議員が同席した。

 アメリカ政府が、エタノール(バイオ燃料)用トウモロコシの増産を開始したことなどが原因となって、トウモロコシ価格が昨年の2倍に高騰。飼料穀物全体も高騰している。

 ただでさえ、販売物価格の低迷、収入減、負債の増大、BSE、FTAなど難問山積の畜産農家にとっては、もはや経営の継続が困難な状態にまでなってきている。また、これまでの天災による穀物不足などとは違って、構造的政策的原因によるものであって、高値が続き、飼料価格安定対策の破綻は必至であるとして、抜本的かつ緊急な対策を講じるよう要請した。

 とくに、緊急対策としては、配合飼料価格安定対策の政府積立金を増額すること。政府の責任で値上げ前の飼料価格を維持し、畜産農家への影響を緩和すること。抜本的対策としては、自給飼料の大増産体制を確立せよな
どと訴えた。

 また、紙智子議員が、かつてない重大事態なので、緊急の法整備も含めて万全な対策を採るように強く要請した。

 参加者らは、今後も波状的に要請行動を行なうことを確認した。

 おりしもこの日は、畜産農家の涙雨のような小雨が時おり降っていた。また、食肉偽装事件や農水大臣の事務所費問題がトップニュースを飾っているときだっただけに、テレビカメラなど、報道陣のやけに多い1日だった。

情報源・その1

2007年07月10日 18時18分57秒 | Weblog
失明して9年になるが、それなりに充実していたようでもあり、ただ無駄に過ごしてしまったようでもある。けっこう空回りのところもあったかもしれないが、自分なりに精一杯生きてきたつもりである。それができたのも、かぞくのそんざい、仲間の存在、共に生きてきた人たちの存在があるからだ。

 その後、人間不信に陥るような出来事もあったが、頑張りぬくことが出来たのも、一緒に飲んで食べて、愚痴を言い合い、励ましあい、活動してきた周囲の人たちの存在があったからだ。

 しかし、失明当時に障害者の学校に行って鍼灸マッサージ師への路を、と勧めてくれた家族や友人たちがいる。その声を振り切って、ゼニにならない農民運動を私のわがままで続けてきた。その手前。、我が家の状況や、農業、農村の現状をかえりみると、もちろん自らが望んでやってきたことだから、後悔こそないが、つらい思いや歯がゆさも残っている。

 この間、周囲が心配するほどの落胆はなかったが、気を張って生きてきたせいか、心と身体はかなり疲れていた。なかなか情報が手に入れられず、学習したり、知識を得ることも困難だった。新聞や本などを読めなくなると、情報量が極端に減少し、話題についていけなくなる。ましてや団体役員などをしていると、情報を素早くつかみ、議論したり活動方針を立てたりすることがなかなか困難になって、文字通り役不足の状態だ。しかも、障害者では人の手を借りなければ活動にもさんかできない。それどころか足手まといになる。

 そこでまず、いかに情報を収集していかに学習していくかという課題に、挑戦した。色々なことを取り組んできたつもりだったが、9年間のブランクとハンディは思っていた以上に重く決定的なものだったことを後で思い知ることになる。

またぞろ食品偽装事件・2

2007年07月08日 20時01分53秒 | Weblog
 今回の食品メーカーなどの様な、利潤最優先の企業ばかりではなく、福祉や人権、民主主義などを看板に掲げた企業・団体の中にまで不正や犯罪が拡散しているとは嘆かわしい限りだ。国や自治体が責任を持つべき社会保障・福祉などの分野にまで、民営化や企業の参入で、採算重視の事業体化していることも原因の一つか。だが、格差・貧困のこの時代にあって、社会的弱者にさらに追い討ちをかけるような所業は、極めて悪質であると言わざるを得ない。これでは、看板そのものが偽装、詐欺行為である。例えどんな立派な看板や方針がある場合でも、運用するのは一人ひとりの人間である。

 もし、役職員すべてが不正を承知していれば、たとえ個人が否定的であっても、結果としては組織ぐるみの犯罪となってしまう。不正と判っていても告発できない場合もある。もちろん厳しい監視と管理体制もあるだろう。そういう状況の中でも、労働組合がなんら機能しなければ、その弱体振りを批判されることになってしまうのだ。

 だが一方で、日本社会では、会社や組織を潰せない。同僚や同士を売れないという理由で隠蔽したり、庇うということが美徳や誉とされている風潮がある。これは、人間一人ひとりを尊重する事より、国を愛する態度や心を養うと言う「愛国心」にも通ずるものではないか。

 こういう事実が、メディアなどで報道されたりすると、「会社や組織のためなどとは言い訳にもならない」と一蹴されてしまうだろう。だが、いざ自分に降りかかれば、やはり隠蔽や擁護の方向に走ってしまうのだ。自分の会社や組織は良いところだから別格だとでもいうのだろうか。

 それでも、国民の命や健康に関わる食べ物や、文字通り「公共の福祉」のことだけに、もし、正義感に燃えたものが勇気を奮って内部告発や告訴などでもしようものなら、たちまち裏切り者、組織破壊者のレッテルを貼られ、汚名をきせられてしまうだろう。

 また、会社内、組織内の意見が割れてどうにもまとまらない場合は、いよいよ有力者・実力者の登場である。「オレの言うことが聞けないのか!」と恫喝する場合もあるだろう。それとも、「私の顔をたてて」、「会社を潰せないだろう」「この辺で手打ちを」、「ここがおとしどころだ」、「小異を捨てて大同に」、「大人の対応を」、あげくは「政治的判断を」などと超法規的措置まで登場するかも知れない。色々と美辞麗句を並べても、一部の人たちで仕切ろうと言うことには違いない

 いずれにしても、構成員や国民不在の闇から闇の処理ということだ。こういう非原則的な人の支配、ボス支配がまかり通り、原則的な法の支配、ルールに基づいた文字通りの民主的運営が機能しなければ、たとえ一時的には闇に葬ったにしても、反省や教訓にならないし、当事者は居直りや悪乗りをして、犯罪は何度でも繰り返されるに違いない。

 また、内幕の露見がどうしても避けられなくなった時点でも、耐震偽装事件の例にもあった様に、最後の最後まで、自社の被害を最小限にくいとめる為の工作をしたりする。

 そして、彼らが最後にもっとも恐れることは、疎の犯罪が、周囲に波紋を広げて、「芋づる式」、「一網打尽」となってしまうことだ。「聖職者」やら「スポンサー」、「お得意様」など思いもよらぬ大物が背後に潜んでいるかも知れない。

 結果として内部告発と言うことになる前に、民主的運営の確立や、内部チェック体制の整備などが必要になってくる。馴れ合いや癒着を廃した外部監査やチェック体制も強化しようと言うことになる。

 その意味では、今回の例の食品メーカーでは、労働者たちが労働組合を結成して今後の対策に動き出したことはせめてもの救いである。

またぞろ食品偽装事件

2007年07月08日 01時47分09秒 | Weblog
 納豆の効能を過剰に紹介したヤラセ報道や、洋菓子メーカーのずさん管理問題など食をめぐる不祥事は後を絶たない。とくに、表示を偽って、消費者には偽者を、あるいは、偽物を混入させたものを高く売りつけるといういわゆる食品偽装は、確信犯であり全く卑劣で許しがたい行為である。人間の健康や生命に関わる食べ物を、私利私欲を満たす目的で意図的に工作を加えることは、企業倫理というよりも人の倫理に反する所業である。人間の欲望には際限がないが、このような事件をなくす事は出来ないものだろうか。

 またこの度の事件にしても、たとえ一部の不心得者の企業のトップが起こしたことであったにしても、牛肉はおろか、食肉・畜産業界全体にイメージダウンの風評被害が、広がってしまうということもある。

 大体において、不正を犯す企業はワンマン体制であるという事が明らかになっている。意見を出す者はなく、いさめる者もいない。聴く耳を持たず、何でも自分で決める独裁者がいる。労働組合は作らせないし存在させない。組合が存在しているとしても御用組合か、まともであれば徹底的に押し付け、締め付け、弾圧される。内部チェックを実施することはかなり厳しい状況にある。

 となると、外部チェックだが、今回の食肉メーカーの例を見ると、約10年も前から内部告発が再三行われていたという。にもかかわらず、国や自治体の関係機関はなかなか動かず、いざ外部監査をする時には、ご丁寧に事前通知を差し上げると言う親切さである。このような場合、何らかの不適切な関係が、と勘ぐってしまうのは私だけだろうか。

 自治体・警察はじめ公共機関の裏金事件、医療機関の医療ミス問題、介護・養護施設でのいじめや虐待問題、食品偽装事件をはじめとする企業犯罪などは、厳しい締め付けにも関わらず、往々にして内部告発によって摘発されている事例が多い。

 まだまだ不十分とはい、内部告発保護法が施行され、内部告発をあくとする解釈が否定され、告発者に対しては、一定の保護措置が取られる様になったことは一つの前進である。

「我流川柳 帰農家狂歌」

2007年07月07日 01時23分57秒 | 「我流川柳 帰農家狂歌」
 障害者 自立支援の 法なれば
   自立促し 孤立無援に
     (失格障害者)

 米離れ 牛乳離れ 魚離れ
   飽食日本 国産離れ
     (憎場慣れ)

 核廃棄 世界の平和 カクありき
     (百笑放過酒)

 百姓は 生かさず殺す 悪政に
   作る物なく 作る者なし
     (凄惨脳民)

初期のヒューマン・ファーマーズ・その3

2007年07月05日 18時28分50秒 | Weblog
 ヒューマンファーマーズが、農産物の総輸入自由化反対や食の案全をテーマに旺盛に演奏活動を続けていた95年。この年にスタートしたWTお協定は、例外なき関税化、価格支持政策の撤廃(食管制度など廃止)、輸入農産物の安全基準の国際基準への統一など、輸出国や多国籍企業の要求に応えたものであり、日本の農民、消費者にとっては、極めて不利で不平等な条約であった。

 これまで輸入できなかった米や生鮮野菜をはじめ、農産物輸入が激増し、国内農業は崩壊の危機に直面していた。同時に、安全基準や検疫体制が大幅に緩和されたために、これまで以上に輸入食品の安全性の問題が拡大し、国民の食と健康への関心は一層高まって行った。

 当時のファーマーズのレパートリーは、情勢を反映して、「米の輸入自由化反対っ署名を呼びかける歌」、「稲刈りの唄」、「未完成組曲・危ない横浜」などの歌を多く歌っていた。

 91年から、我が家の32アールの田んぼではれんげまついを開いていた。最初は、ごく親しい家族たちだけでの憩いの場であったのだが、その後、かるちあ農園、ヒューマンファーマーズ、茨城のうたごえ協議会、茨城県西農民センター、茨城県西食健連などが加わり、れんげの花サク田んぼで、地場さんの安全・新鮮な食べ物を食しながら交流し、田園コンサートも開いた。とくに95年から98年にかけては、山本さとし、須藤てる子,赤木一孝などのゲストを招き、毎年約150名の参加者でにぎわっていた。

 一方農業は、WTお協定と食管制度の廃止で、何を作ってもダメという状態に追い込まれて行った。これに対応しては、WTO改定、セーフガードの発動、米価の下支えなどを要求し、消費者と生産者、都市と農村を結ぶ共同の運動を進めていた。

 当然ファーマーズも出番の時であり、ようきゅうも多くなってきてはいたが、毎度のごとくメンバーがなかなかそろわなかった。そんな中、佐藤せいごうが率いて県南方面で活動していたチーム、「酔いどれバンド」から、渡辺三智夫が時おり助っ人として参加し、やがてファーマーズに加わって行く。

 れんげまつりの中では、「れんげの花咲く田んぼに出かけよう」(作詞作曲佐藤せいごう)などの歌が生まれている。


音声パソコン操作の難点

2007年07月04日 18時08分32秒 | Weblog
 メール通信を始めて約2ヶ月になる。視覚障害者用の音声ソフトを使用して、パソコン操作に、徐々に慣れてくると、大変便利で面白いものである。何よりもこの9年間、文章を書けなかった苦痛から開放されつつある。

 またこの間、思うようにものを言わせてもらえなかったり、行動を拘束されたりした事もあったので、今後少しは勇気を出して、ものを言っていこうと思っている。

 それにつけても、かつて日本帝国主義により侵略併合され、言論を、名前を、自由を、尊厳を、そして祖国を奪われた朝鮮半島の人々がいた。彼らの心中はいかばかりだったのだろうか。その苦痛や悲しみを、私ごときに図り知ることはできない。

 やはり、思うように自己表現できない障害者には、このような形での文明の力の活用は、たいへん有効だと思う。是非、積極的に挑戦してもらいたい。

 しかし文明の力は必ずしも、完璧ではない。例えば、音声ソフトと文書作成ソフトの相性が悪く、文書作成が難しい場合がある。AOKメニューのマイエディットを開き、文書作成するか、専用ソフトを使うしかない。また送付された添付ファイルの読み取りもウマクいかないので、送信者にはテキストファイルで送ってもらうようにするとかの対策が必要である。!・&・?などの記号は、新規作成を開き、片端からキーを打って見つけた

 単純な間違いや勘違いも多い。ロンドンをろんどんと記入したり、ABCをabcと記入するなどの間違いは多々ある。だが、このような難点を克服しながら多様な機能操作を習得して行くこともまた楽しみである。