makoto's daily handmades

暮らしのこと、時々ハンドメイド、散歩、読書
セキセイインコたちを眺めながらのティータイムが至福の時

Yさんの思い出

2017-06-23 15:38:53 | 忘れ得ぬ人々
小林麻央さんの訃報を知り、涙がこぼれてしまった。
知り合いでもないのに。

私の友人Yさんのことを思い出したからだ。
学生時代の友人で、仲間内では1番最初に結婚した。
そして1番最初に出産も経験し、鬼籍になった方でもある。
彼女も乳がんだった。
32歳で病気が見つかって、6年闘病して、38歳で亡くなった。
彼女にとって、私は結婚しても仕事を続けていたことで少しひけめがあったように感じた。
だから、私は「私は子供を産むつもりがないのだから、そもそも二人も子育てしているあなたがスゴい」と言ったこともあったっけ。
最後に会ったとき、まさかそれが最後になるだなんて想像も出来なかった。

ただヘアスタイルがなんか、らしくないなって。
後からそれはウィッグだったのかな?と思い返したのだが、彼女は深刻な状況になっても、学生時代の友人達に連絡をしてこなかった。

亡くなってからご主人が友人の一人であるサクラKさんに連絡をしてきた。
「妻が、自分が死んだらあなたに連絡すれば、親しい同級生たちに連絡してくれるはずと言っていた」と話していたそうだ。
サクラKさん、激怒でご主人に「なんでまだ息があるときに連絡をくださらなかったの!お別れも言えなかった同級生たちの気持ちも考えてくださいよ!」と言ったそう。

私も呑気なモノで、Yさんが亡くなるだなんて思っていなかったから連絡を貰って絶句した。
だって次が無いだなんて想像出来なかったんだ。
最後に会ったとき、「このままだと、子どもたちは『病気のママ』しか記憶に残らなくなっちゃう。だから元気に一緒に遊んだりしたいんだ」と言っていたから。
年賀状でも「息子が中学生になります、だんだん難しい年頃になってきた」って。
一人っ子で、その生育過程でたくさん悩むことがあった彼女が子育てに奮闘しているんだな、って。

このYさんとの思い出は自分で昇華するしかない。
共通の友人サクラKさんは、じつはYさんとはあまり仲良くなかった。
だからサクラKさんとYさんについて語ることは無いし、他の同級生たちともほぼ話題にならない。

小林麻央さんも無念だったろう。
麻央さんの訃報を聞いて、Yさんのことを思い出し、私は気持ちが沈んでいる。
なぜ若くして病で亡くなってしまったのか。
残念でならない。
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ヤマモモの木

2017-06-22 12:51:54 | 地図を持たない町歩き
今日は用事ついでに等々力緑地まで散歩してきた。
するとヤマモモの木を見つけたんだ。


写真では分かりにくいけれど、赤い実がたくさんなっている。
近くにはたくさん野鳥がいるのにそんなに食べられていない印象。
まだ早いのか?それとも渋い実なのか?

ヤマモモの木にまつわる思い出を1つ。
多分小学2年の頃だったと思う。幼なじみのMちゃんと近くの植木畑の端で遊んでいた私。
ここには庭石用の岩置き場になっていて、岩に登るのはきつく禁じられていた。
でも近くにヤマモモの木があったから、ヤマモモの実を拾ってその岩になすりつけて文字を書いたりして遊んだりしたんだ。
ここのヤマモモは子どもには手が届かないところにしか実がならなかった。
かといって、岩に登っても手が届かない。
だからそんな遊びをしていたんだ。

すると、キーッて自転車の急ブレーキ音と直後にガシャンという大きな音。
私は生まれて初めて、交通事故を目撃したんだ。
1番近くにいた目撃者は私とMちゃん。
手にしていたヤマモモの実をポトリと捨てて、その場に行ってみた私たち。

運転手のおじさんはオロオロ、自転車に乗っていたおばさんは意識不明で血を流している。
近くのアパートから若い奥さんが出てきて、すぐに警察や救急車を呼んだ。

普段静かな畑に囲まれた田舎町だったので、騒然としたんだ。
Mちゃんの家まですぐの場所だったから、Mちゃんが彼女のお母さんを呼んでくる。
私も警察官に「おねぇちゃんはどこから見ていたの?」と聞かれたりもした。
ただ、なにせ子どもの言い分だから、らちが開かないと思われたのか、警察に連絡をした若い奥さんに熱心に質問をしたりしていた。
私は、群がる大人たちの間をすり抜けて、Mちゃん宅に向かった。
Mちゃんのお母さんがちょうど家から出てきたところで声をかけられたが、私は自宅に帰ることにした。
何しろ子どもながらに、怖い物を見てしまった、とジワジワと実感して来たからだ。

以来、ヤマモモの実を見るとその日の曇り空、ヤマモモの実の汁の赤い色、交通事故の様子が相まって、交通事故の怖さを思い出した。
今の住まいの近くにはヤマモモこないので、この思い出を忘れていた。
見上げたヤマモモの実で、忘れていたあの日を鮮明に思い出す自分に驚いた。
あの女性はその後どうなったのだろうか?
車を運転していたおじさんは、どうなったのだろうか?
たしかケガをしたおばさんの「頭を高くしよう」と、おじさんは一円玉がたくさん詰まった紙袋を枕代わりにしたんだ。
あれは集金帰りだったのか?両替帰りだったのか?
しかも、よく考えれば、あのおじさんもおばさんも、今の私よりも若かったかもしれない。
あの通報した若い奥さんは、今還暦くらいだろうか?

そしてふと思うんだ。
これが国木田独歩の「忘れ得ぬ人々」に出てくるような、忘れられない情景と同じなのだろうか?と。

ふと我に返ると、この像の前にいた。

円鍔勝三氏の「巣だち」。
等々力緑地には、野外にたくさんの彫像群があるのだが、その1番最初に当たる場所にある。
これまでも何度か円鍔氏の作品を紹介してきたが、そういえば等々力緑地内の野外展示で探したことがなかったな。


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がんばらないダイエット 目標達成

2017-06-22 07:05:20 | 健康&美容
今朝の体重 54.4キロ。
3年前の2013年5月20日から健康のために始めたがんばらないダイエットは、目標期間設定よりもだいぶオーバー(元々は1年間)した。
だが、3年1か月と2日で目標値の54.5キロ以下となり目標達成に至った。

ただ気になるのは、今年になってからストレスで食欲が湧かないことが多かったから、健康的に痩せたかは疑問が残るところ。

ただ、3年以上かかっても目標達成が出来て良かった!
これでやっとBMI値が22以下になっただけ。
※BMI値は私のような平均的な身長の人にしか適用できないし、22が最も病気になりにくいと言われているだけなので、決して痩せている訳ではない。

出来ることなら、そろそろ健康診断を受けておくべきだろう。
気になるのは2年前に受けた人間ドックで「コレステロール値は痩せれば下がるよ」と検査結果の問診で医師に言われたこと。
私が若い頃からコレステロール値が高めだと言っても相手にされなかった。
体重を10キロ以上減らしたのに、コレステロール値が変わらなかったら、この医師は偉そうにスラスラとウソを言っていたんだっ!と納得できるからね。
うーん、私、性格悪いなっ!

さて、今、健康的に痩せたわけではないことくらいは自覚している。
そのため、もとの主旨である「がんばらずに減量して自然と健康的になろう」とは少しズレている。
これからは健康維持を目的に行動していこう。
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青空文庫「忘れえぬ人々」を読む

2017-06-21 09:51:49 | 読書
国木田独歩著。

たぶん学生時代に読んだが、もう一度読んでみたくなった。
図書館で借りようかな?と思っていたところ、青空文庫にあることを知ってネットで読んでみた。
青空文庫は、すでに著作権がなくなった昔の本をデジタル文庫化したものだ。

舞台は現在の川崎市高津区溝口。
今は廃業した亀屋という旅籠屋の一室での話だ。
この亀屋、今は廃業しているが江戸時代初期に創業して、昭和の中頃に結婚式場を兼ねた亀屋会館となって、15年ほど前まで営業していた。
じつは亀屋会館なら私も何回か行く機会があった。
それは親族のお祝いの席だったり、仕事がらみの接待だったり、宴会場という利用の仕方だったけれど。

さて内容は、忘れられない思い出、それが本当に憧憬として名前も知らない市井の人々への眼差しが感じられる。
主人公は、たまたま同宿となった人物にそんな思い出を夜更けに語るんだ。
たわいもない旅先での出会い、見かけた風景のなかに溶け込んだ地元の人の姿を印象深く話し、すうっと引き込まれてしまう。
そしてその後、主人公はこの夜の出来事で「忘れえぬ人」として記憶にとどめたのは、この物語を語った相手ではなかった。

若いときに読んだ印象では、あんなこと、こんなことといろいろ語る主人公の姿ばかりだった。
たぶん当時の私は主人公よりも年が若く、人生経験も浅いし、さほど憧憬に思う事柄が少なかったからだろう。
今は、主人公よりもだいぶ年上となった私には、また違う印象になった。
舞台の宿屋が思ったよりも質素に感じられたんだ。

私は学生時代に川崎市内の脇往還の商いについて調べたことがある。
その中でも、亀屋は随一の売上を誇る宿屋だった。
だからとても賑やかな印象を持っていたが、物語の中では静寂さがあって、印象ががらりと変わってしまった。
もちろん物語の中の天候も関係しているのかもしれないが。

この物語を久し振りに読んだら、印象もかなり違ってしまった。
過去に一度読んだことがあるから、と読まずにあるより、何度となく読み直すのもいいな、と思った瞬間でもあった。
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「霜だたみ」を食べる

2017-06-20 17:11:28 | 食べ物&飲み物
私が北海道土産で1番おいしいと思っている六花亭の霜だたみを食べた。


先日、お中元を申込みに行ったところで、販売していたんだ。
初めて食べたのはかなり前で、まだ北海道物産展でも販売がなかったころ。
MIFさんが北海道に行った時に買ってきたのが最初だったような気がする。

今日、久しぶりに食べてみたら「?」と言う気分になった。
味はそれほど変わっていないと思うのだが、なんとなく味が口に合わなくなっていた。
こんなこともあるのだろうか?

あ、そうか!
もう若くないから消化できるかな?とか思いながら食べているモノなぁ。
最近、脂っこいモノが苦手になってきた。
情けないなぁ。
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ご近所あじさい&ハーブガーデン 2017

2017-06-19 15:06:24 | 地図を持たない町歩き
駅前に用事があったので、いつものハーブガーデンに寄り道してきた。

パイナップルセージ


フェンネル


たぶんブルーサルビア(自信なし)


ローズマリーほか

アジサイ(たぶんアナベル)も咲いていた。




今年は空梅雨気味なので、神奈川県ではアジサイがちょっと疲れ気味というか小さいらしい。
私はここの白色アジサイがとても好きだ。
青もピンクも紫ももちろんいいのだけれど、白は最初から最後まであまり色幅がないから。
変化には乏しいけれど、心洗われる色合いが好きなのだろう。

アジサイは香りを感じない。
私が知らないだけで、香りがあるアジサイは存在するのだろうか?
ちょっと調べてみたくなった。




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パート6月8回目

2017-06-18 18:38:19 | お仕事気づきノート
今日は雨なので人出が少ない。
そしてまたしてもヘマが多い私。
無理矢理、心の中で「ワカチコ、ワカチコ」とおまじないをすることにした。
私は古い呪文しか知らないので、どなたかにストレス解消の呪文を教えてもらえないだろうか?
そして次の出勤日は激混み予定日。
おおぅっ!大丈夫か?私。
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ビワの思い出

2017-06-17 20:11:08 | 忘れ得ぬ人々
空梅雨気味だからスッカリ忘れていたが、ビワにまつわる思い出をふと思い出した。
私はビワが好きな子どもだった。
うちの実家にもビワの木があったのだが、あまり美味しくなかった。
親戚の家にもビワの木があって、H家(私の大叔母の嫁ぎ先)とM家(私の叔母嫁ぎ先)が二大人気ビワだった。
私がH家のビワを霧中で食べていたとき「種を蒔いたら、もっとたくさん食べられるよ」と言われて、16個の種を蒔いたんだ。
後からそれは大人のからかい半分の話だったと気が付いたが、子どもだった私は本気にしてしまった。
そしてせっせと水やりをしていたら、全部芽が出て成長していった。
小学生になる頃には、家族から「16本全部は育てられないから、この中から生長のいい2本だけ移植して、他は切るよ」と言われる。
ここは、副業で植木関連の仕事をしていただけあって、親も私も合理的だ。

亡くなった祖父は「H家のビワよりも、M家のビワの方が甘いから、この木を土台に接ぎ木しよう」と言う。
そして「makotoが嫁に行くときに、このビワの木を持って行けるようにしてやる」と付け足した。
そして私が高校生になる頃には、祖父が「嫁に持っていくビワ」として丁寧に手入れをしてくれていたんだ。

ところが私が大学1年生のとき、父が鳥除けの編みをビワの木に掛けたら、拍子で脚立から落ちてしまった。
ケガはしていなかったが、頭を打ってしまったらしく、軽い記憶障害が出てしまった。
その様子は今も覚えているが、父の様子があまりにもおかしくて、母が脳神経外科に連れていっている間中、不安が増大。
私はあまりの不安で、一浪の末に進学した跡取り息子である兄に「私の学校の方が学費が高いから、いざとなったら中退するから。私なんて女なんだから、テキトーに働いて結婚すればいいんだし。にーちゃんは絶対中退しちゃダメだよ。せっかく大学に入ったんだから」こんなことを言い出す始末。
さすがこういう時は跡取り息子、動じない姿を見た私は、オトコだな、って思ったモノだ。

さて大学生にもなると分かってきたことがある。
私、庭付き一戸建ての家に住むような人生は送らないだろうな、と。
ちょうど遠縁のS家の一人息子(当時30歳くらい)が、私のビワの木を気に入って譲ってほしいと言い出したらしい。

家族から何度も念を押されたが、私はアッサリと「S家にビワの木を譲る」と言った。
父が記憶障害になるような事態を招いたビワの木を、将来戸建て住宅に住めるとも限らないのに持っていても仕方がない。
そして祖父が存命中にビワの木は実家から去って行った。
その時の祖父の気持ちを思うと、少し心苦しかったが、今では淡々と過ぎていった日々の思い出だ。
結果として私は戸建て住宅に住んでいない。

でも、それはビワの話題がのぼる季節になれば、毎年のように思い出すんだ。
今はビワを食べることは滅多にない。
子どもの頃にあれほどむさぼり食べたせいか、ビワを食べたいと思うこともない。
一生分を食べちゃったのだろうな。
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パート6月7回目

2017-06-17 17:51:01 | お仕事気づきノート
今日はダメダメな日で、自分でもどうなっているのだろう?と思うくらい。
要するに自信を無くすくらいなんだ。
人間としてダメというか、そういう気分にさせられた。

まぁそういう日もあるさ、と思うことにしよう。
だって明日は明日の風が吹くから。
そう思うことにしているからね。
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パート6月6回目

2017-06-16 17:21:13 | お仕事気づきノート
今日はとてもお天気がいい。
梅雨らしくない天気で、暑いくらい。
だって空調は冷房だもの。

ところが私の勤務先はビックリするほど閑散とした雰囲気。
あれれ?どうした??と。

でも今日は嬉しかったんだ。
外国人観光客の女性一人旅風の方から、褒められた。
その方は風貌からするとヨーロッパ系の方だったが、英語を母国語にしていない方だった。
コインロッカーは「coin locker」でほぼ日本語と同じなのだが、returnable coin lockerが通じなかった。
私の発音のせいかとも思うが…。

そこで初めて「May I keep your bag?」(鞄をお預かりしましょうか?)と尋ねてみた。
いつもコインロッカーを案内していたので、この言葉は言ったことがなかったんだ。

とても喜んでくれて、ニコニコ顔の彼女。
多分、私の下手くそな英語でも一生懸命何かを伝えたい私と、私の下手くそな英語を聞き取ろうとしてくれた彼女が通じ合った瞬間だった。

その後、彼女は最後に私のところまで来て、展示がどんなに素晴らしかったかを興奮気味の早口で教えてくれた。
意味は私にも分かるように、英語の簡単な単語を使って話してくれて、本当にここで働いていてよかったな、と思える瞬間だ。
なにせ普通なら1時間くらいで展示を見る人が多いのに、彼女は2時間以上も見学していたんだ。
楽しかったのだろうな。

私の仕事は、そりゃあパートやアルバイトができる仕事だもの、簡単な内容だと思っている。
でも私が正社員で働いていた業界ではこんな楽しさはなかったんだ。
観光客の心に残る思い出に、さすがに私が印象深く関われることはない。
でも楽しかった思い出に「あの観光施設は良かった」と思う印象につながればいいな、と。

私もドライブや観光でいろいろな施設に行くけれど、笑顔でニコニコの人って意外と少ないんだ。
私にとって、目標は広島市の平和公園内にある観光案内所のお姉さん。
流暢な英語で外国人観光客にご案内する姿は本当に忘れられない思い出だ。

せめて私にできるおもてなしは、笑顔。
いつかは流暢な英語で外国人観光客をご案内できるようになりたい。
そしてほかの言語でもご案内できるようになったらいいな、とも思っている。

そんなことを考えるほど、私は暇な日だった訳だけれど。
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