makoto's daily handmades

暮らしのこと、時々ハンドメイド、散歩、読書
セキセイインコたちを眺めながらのティータイムが至福の時

NHK「復活!プリンプリン物語」を観る

2017-06-30 17:12:01 | 日記
先日「復活!プリンプリン物語」という番組が放送された。
都合で録画して今日観たのだが、スゴくよかった!

私にはほんの少し難しかった子ども向け人形劇のプリンプリン物語。
なんとなく世界情勢と物語が連動しているのは分かったが、どう連動しているのかはまだ理解出来なかった。

プリンプリン物語のキャラクターにルチ将軍という、とても頭が大きいキャラクターが出てくる。
私がプリンプリン物語を観るきっかけになったのは、友達のEちゃんのお姉さん、Rちゃんの影響だ。
彼女はプリンプリンにドハマリしていた。
私はお姉さんがいなかったので、お姉さんに憧れがあり、Rちゃんに気に入られたかったのだ。

あるとき「たべっこどうぶつ」というお菓子を食べていたとき、Eちゃんが「これ、ルチ将軍だっ!」と言っていた。
このお菓子は、動物のシルエットに英語で動物名が書かれていた。
Eちゃんが指さしたお菓子には「MOUSE」と書かれていて、たぶんこれが、私の人生ではじめて覚えた英単語。
2人で「1300って書いてあれば、ルチ将軍だね」って話していたのを覚えている。

Rちゃんにこのことを2人で報告したら、なんだかとても子ども扱いをされた私たち。
Rちゃんは、年上だったから年上ぶりたかったのかもしれない。

その後ロングセラーになった「たべっこどうぶつ」。
子どもがいない私が、買うことがない商品だけれど、見かければEちゃんとの思い出が蘇る。
Eちゃんとは中学校まで同じ学校に通ったが、その後は知らない。
親同士はまだお付き合いがあるらしいが、成長すると自然と離れる友達がいるのは当たり前と感じている。

さて、プリンプリン物語に戻ると、来月5日からBSプレミアムで再放送が始まる。
NHKの発掘プロジェクトで、消えてしまった放送を、発掘、修正、保存をする一環なのだとか。
プリンプリン物語もあと11話が映像が見つかっていないという。
私も全部の回を見たわけではないが、プリンプリン物語、また見たい!と思ってしまった。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

サヨナラ横浜

2017-06-29 20:40:56 | 地図を持たない町歩き
今日で、横浜で働くことを辞めた。
理由は、私がストレスに弱い人間だからとしか書けない。

たぶん今までの人生で1番横浜を意識した期間でもあり、その圧倒的な観光地の底力を見た。
これまで、川崎市で生まれ育ち、教育は市外でも受けたが、就職は市内だった私には、初めての市外勤務でもあった。

なぜ横浜市民はこんなにも横浜が好きなのか?
これは私から見るといつも不思議だったが、川崎とは違う地元愛や横浜力を感じさせて貰った。

今日は最後の勤務。
休み時間に山下公園まで行って来た。








この風景ももう殆ど見ることはないだろう。
今朝は、シドモア桜の木も見てきた。
通勤前に様々なところを歩いて、眺めて、私が知らない横浜を見てきた。
それは本当に少しのことなのだが、観光都市で働くとは、なんと面白いのだろうと思わせてくれた。

それと同時に、横浜の観光地区は、開校以降、せいぜい160年ほどの歴史しかない。
だから私が好むような神社やお寺さんは殆どない。
子どもの頃、大和和紀さんの「ヨコハマ物語」という漫画ことがあって、あの世界観の土地で働いているのか、と思っていたら心がウキウキした。
そうそう、漫画「ふしぎの国のバード」を読んだときも同じように少し興奮したな。

ところが、この「開港以降」という土地柄は自分には少し合わなかったのだろう。
知れば知るほど、この地域が「これから歴史を作る場所」にしか思えなくなった。
とくに山下埠頭にカジノ誘致をしていることを知ると、私は剣呑な気持ちを隠せなくなってきた。
カジノ客と私の勤務先は客層が違う、それも分かっているが…。

もちろん他の要素もあって仕事を辞めるに至った。
サヨナラ横浜。
この地で再び仕事をすることがあるのだろうか?
今のところ、予定はない。

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

パート 6月10回目

2017-06-29 18:18:29 | お仕事気づきノート
さて衝撃のひと言を書くことにする。

今日で仕事を辞めてきた。

もちろん事前に職場には伝えているので円満退社だ。
まぁパートの一人くらいいなくなったってどうってことないだろう。
と思っていたら、来月中にあと2人辞めることになっていた。
結構エグい時に辞めることになってしまっていたんだ。

今日は最後の横浜での勤務。
サヨナラ横浜…という気分だった。
たった8か月しか働かなかった。
辞める理由?一身上の都合さ。
詳しく書けないけれど、この8か月で体重は7キロ減ったんだ。
仕事がつらかったわけではない。むしろこの仕事は好きだった。
食欲が無くなって、胃が悪くなったり、手が震える日もあったし、ヘンな汗が止まらない日もあった。
英語がドヘタクソで、落ち込む日もあったし、逆に英語をもっと話せるようになりたいって奮起したこともあった。

要は、私の精神力が持たなかったんだ。
私はストレスに弱い。
それはずっと昔から知っていること。

もうストレスに耐えられなくて、MIFさんに正直に色々話したんだ。
すると彼は「そういう面倒くさいことを避けるために、正社員をやめて自由になったんでしょ?辞めちまえよ、そんな仕事」と言ってくれた。

私の中では、また逃げるのか?とずっと自問自答して来たことだけに、素直に受け入れた。
以前、正社員の仕事をしていたときは常に「自分に負けるな!」と思っていたのだけれど、気持ちがついて行かなかった。
今日までの仕事は、仕事内容は簡単だった。
簡単で楽しくて、しんどいほど混雑することもあったけれど、やり遂げた達成感は楽しいモノだった。

色々と感謝もしている。
楽しかった労働の日々も終わりだ。
と言いたいが、じつは来月からまた働くことが決まっている。
今度は有期でパートの仕事。
冬になる頃には、無職になるけれど、楽しんで仕事をしていきたい。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

スゴく困ること

2017-06-28 20:50:35 | 日記
今月、私は痩せた。
何度か書いているけれど、3年前から10キロ以上痩せた。
その結果、服が大きくなった。
たぶん前は15号くらいになっていたのにムリヤリ13号を着ていたんだ。
でも、ゆっくり痩せることにしたから、当分13号だろうと思っていたし、2年前の断捨離で「もう二度と9号は入らないだろうし、奇跡が起きても流行が違うから捨てていいや」と全部捨てた。

そして今、11号の服がちょうどいいのに、あまり11号の服がない。
9号の服と一緒に結構捨てていたんだ。
ああ、やってもうたっ!

そのため13号の服をそのまま着ているのだが、上着はいいんだ、多少ブカブカでもどうにかなる。
困るのはボトム。
ベルトをするタイプでもあまりウエストを絞めるとかっこ悪い。
ベルトがないタイプは、ズリ落ちてヒップハングになるがこれもかっこ悪い。
スカートだとお尻がスゴくかっこ悪い。

買い直す?
イヤイヤもったいない!!
でもお直ししても、もしかしたら私、またすぐ太るかもしれない。

この20年、体重は46.5~66.5キロまで20キロの幅で動いている。
服のサイズだと、7号~15号(実質15号は買わなかったけれど)。
ああ、不経済だっ!
私はメンタルが弱いから、すぐに体重にその時の体調が反映されてしまう。
情けない!

取りあえず今手持ちの喪服は11号なので、11号から痩せたくもないし、太りたくもない。

体重増減が意のままにならないとは、こんなにも困ることなのか。
今、スゴく困っている。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

サクラKさんからのメール

2017-06-27 15:40:48 | 忘れ得ぬ人々
サクラKさんからメールが来た。
彼女も私と同じく扶養内パートなのだが、彼女の職場はなにかともめ事が多いのか、その愚痴メールになっていることが多い。
パワフルな性格ではあるけれど、その分周りからメンタルが強いと思われているであろうサクラKさん。
じつはそのスッコーンと突き抜けた性格と同時にとても繊細な性格でもある。

○○さんからこんなことを言われたとか、私からしたら、それは自分で解決しなければならないことを誰かに伝えずにはいられないのだろう。
彼女のコミュニケーション力はスゴいな、といつも感心してしまうのだが、トラブルを避けて生きられないところもスゴいなと。
私の場合、すぐに相手に謝って、許して貰ってから先に進もうとする。
結局、仕事上の繋がりがある人たちなんて、誰が強いのかというマウンティングをし続けていて、そのカーストの中で自分の立ち位置を決めようとしている。
私はその点では「そのカーストに巻き込まれたくない」としか思っていないので、カーストを重んじる人たちから見れば、いつまでも最下層である。
私から見れば、カーストのピラミッドの蚊帳の外にいるつもりなので、いつも飄々としていられる。
その飄々さを毛嫌いする人たちもいるのだけれど。

サクラKさんも落ち着いてみれば、そんなイチイチ突っかかる人たちにガップリ四つで取っ組み合う必要がないと気が付くだろう。
人生も折り返し地点を過ぎているのに、なぜそんなに人間関係で悩む必要があるのか?と感じる私。
残された時間は来し方よりも短い。
そう思ったら、人間関係なんて断捨離対象にしてしまえばいいのに。
それは私だからそう思うのか?彼女にはそう思えないだけなのか?

それでも私はサクラKさんとは友達だ。
私にはない情熱とコミュニケーション力と考え方が魅力的な彼女。
彼女には「あなたが繊細な一面があることを相手が気づいていないだけ。言いやすいから強く当たるだけよ」と伝える。
彼女の仕事は、辛くて苦しい場面が多いのだ。
それでも彼女はその仕事が好きだし、続けたいと思っている。
だから私には、応援につながるメッセージしか伝えられない。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

センチメンタルな菓子折

2017-06-27 13:00:42 | 日記
自分を食べ物に例えたらどんなお菓子?
そんな考えが浮かんだ。
私はポッチャリな方なので、甘いお菓子だろう。
※最近若い頃の体重に戻って来たけれど、3年前は今より10キロ以上太っていたからね

しかもチョコやブランデー、フルーツたっぷりという感じではない。
和風な感じで、噛めば噛むほど味が出るタイプ…黒蜜とかきなことか蜂蜜とかちょっとこくがある感じ。
餡子なら粒餡で、漉し餡の上品さはない。
あまり個性的ではない容姿と性格で、どこかで誰の記憶に残らない印象でいたいとも思っている。
同級生に「あいつ誰だっけ?」とか「あんなやついたか?」と言われたいと思っている存在感のないタイプ。

ブログで見せる私の姿は、リアルの私とは少し違うかもしれない。
リアルの私は、人の記憶に残りたくないので、なるべくいい人を演じてしまう。
いつもニコニコしていて、争いごとを避けて、いい隣人でいたいと願う人を演じ、なるべく本心を見せないように心がけてしまう。

もちろんこれはストレスがかかる。
そのストレスはブログで解消している次第だ。

さて今日は、お別れのご挨拶の菓子折を購入してきた。
私がその方たちの記憶に残らないお菓子を選ぶ。
餡子もなけらば、どこにでもあるような何の特徴もないお菓子を選ぶ。
私らしい菓子折が購入できて満足。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

群馬県・天満屋さくらんぼ園と沼田城址公園に行って来た

2017-06-26 15:29:31 | 旅行&ドライブ
珍しくMIFさんが平日にお休み。
3年ぶりに群馬県昭和村の天満屋さくらんぼ園に行くことにした。
このさくらんぼ園、さくらんぼ狩りができる園。
最後に行ったのは左足を骨折する前だった。
さくらんぼ狩りは脚立に登ることがあるので、私の足では脚立に乗るには自信がなかったんだ。
でも今年はもう大丈夫かな?と。

今朝は6時に出発、関越道で一路天満屋さくらんぼ園を目指す。

この風景はすでに天満屋さくらんぼ園の近くなのだが、MIFさんが「こういう風景ってなんて言うんだっけ?段々になっている地形…」という。
私  河岸段丘だよ
M  え?あ?ん、そーか、河岸段丘
私  だってブラタモリの沼田の回で出てきたじゃないの
M  そーだっけ?  
私  タモさんは、上京してきて最初にこの河岸段丘を見に沼田に来たって言ってたよ
私は高校時代、地学が好きだったので、この地形も当然好き。

さて私が昭和村の天満屋さくらんぼ園をお勧めする理由は、あまり転向に左右されないことがあげられる。

屋根付きなんだ。横殴りの雨でなければ、あまり雨を気にする必要がないこと。
さくらんぼシーズンは雨が多いからこれが助かる。

自己申告制の30分食べ放題。(多少なら過ぎてもOK。もっとも30分以内でお腹いっぱい)
受付もキチンとしているし、手洗い場トイレもきれい。
翌年の開園シーズンにはお葉書でお知らせが来ること。(ただし私のように数年行けないと葉書は来なくなることもある)
園内に色々な種類のさくらんぼの木があって、色々な種類を試せる。(ただし品種は書いていないので、翌年に向けて覚えておくしかない。またそれが楽しい要素)


色づいていない?意外とこれが美味しかったので驚いた!


さくらんぼの木のヤニらしい。落ちていたので拾ってみた。
これが何万年も経ったら琥珀になるのかな?


こちらは大粒の赤い実だった。


MIFさんが「受け取れよ」と言いながら、脚立の上から落としたさくらんぼ。
あたふたしながらキャッチしたが、木の上の方になっている実は味が濃かった。


ちなみにさくらんぼ園のすぐ外側。
これはこんにゃく芋。
昭和村辺りはこんにゃく芋の栽培が盛んだ。
ほかの地域ではなかなか見られない光景。

さてこの天満屋さくらんぼ園は、「鶴瓶の家族に乾杯」にも出たことがある。
私はたまたまその回を見ていたが、まさかここがあの時のさくらんぼ園だとは全然気が付かなかった。
受付の建物の片隅に額が飾ってあって、なんか見覚えある…となったわけ。

今日はさくらんぼ狩りの後に受付で、冷たい麦茶と、お茶請けにこんにゃくの炒り煮、きゃらぶき、たくわんの古漬けの煮物、コーンポタージュをいただいた。
私などからすると、いくら入園料を支払っているからと言って、振る舞いすぎでは?と思ってしまう。

この後、大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地に行く。
私は「真田丸」が好きすぎて、毎回欠かさず見ていたが、MIFさんはほぼ見ていなかった。
いまだ「真田丸」の余韻を楽しみたいがため、今年の大河ドラマの情報には一切触れていない。


沼田城址公園の駐車場の近くでは、今も真田ゆかりの旗があった。

ここでMIFさんが「天守閣は?」と聞いてきた。
私  沼田城には天守閣はないよ
M  え?さっきネットに出てたよ
私  どれ?

そうのぞき込んだ彼のタブレットにはこれが表示されていた。

(画像はお借りしました)

それは…「あったらいいな」のCG画像ではないかっ!
沼田城は大変立派なお城だったが、結局再建には至らず。
この城址公園はスポーツ広場になっていた。






観光案内所には真田丸ゆかりの俳優さんのサイン色紙がたくさんあった。


とても真新しい真田信之と奥さんの小松姫の像。
平成27年12月に完成したと言うので、真田丸に合わせて作られたのだろう。







ここからは真田の時代に作られた堀と石垣が少しだけ残っていると言うので見てきた。






城址公園の端から谷川岳方面を眺める。
谷川岳は私が左足を骨折した場所。今日は雲に隠れて見えない。


真田丸の放映に合わせてなのか、発掘調査もあったそうだ。







さわやかな風の中、さくらんぼ狩りや真田丸ゆかりの地を巡ることができた。
とても晴々しい気持ちになった。
MIFさん、今日も遠くまでドライブに連れていってくれてありがとう!






コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

パート6月9回目

2017-06-25 17:49:19 | お仕事気づきノート
今日は激混みだろうと予想して勤務に就いたら、お天気のせいか想定外の少なさ。
でも、混雑していたけれど。
私からすれば、雨の中よくもまぁ、こんなところまで展示を見に来るモノだな、と感心する。

千葉県の田舎町にあるホキ美術館まで絵画を見に行く私の言葉とは思えない言い草だけれど。
展示は、好きな人は信じられないくらい遠くからも見に来ることがある。
それは横浜観光のついでなのかもしれないけれど。

以前「東京出張のついでに北海道から来た。いつも自由行動ができるのが休館日だったから5年越しよ」とおっしゃっていた方がいらっしゃった。
もう、私には信じられないくらい驚いた。
私も以前は出張がたまにある仕事をしていたが、ここまで執着してどこかに立ち寄りたいと思ったことはなかったからだ。

今日は梅雨らしい雨。その後曇り。
ほどよく混んでいた日だった。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

時代を見てこなかった私

2017-06-24 19:56:00 | 日記
昨夜MIFさんと録画したアニメを見ていたらエンドロール見たMIFさんが「へー、これゆうゆが関わっているんだ」と言う。

私  ゆうゆう?誰?
M  え?知らないの?ゆうゆだよ、ゆうゆ!
私  ゆうゆう?
M  ゆ・う・ゆ!
私  知らんなぁ、だあれ?
M  ホンットに知らないの?

もうね、この時の私、頭の中では、秋篠宮家の悠仁様がお姉様方から「ゆうゆう」と呼ばれていることしか思い起こせなかった。

手元にあったタブレットで「ゆうゆ」で調べてみる。
岩井由紀子さんというタレントさんのことで、おニャン子クラブの会員ナンバー19番だった方だ。
ちなみに私とMIFさんは同い年で、岩井由紀子さんがデビューしたときは、私たちはアイドルとかに憧れるお年頃。

私  全っ然わからん、有名だったの?
M  えー知らない?そんな人いるんだぁ

そう、私はそんな人さ。
当時の私は家族からほぼテレビを見せてもらえない生活を送っていた。
簡単に言うと、在宅時はほぼ自室監禁。
学校と自室と塾の往復だけの生活だったから、何も覚えていないと言うのが本音さ。
学校の帰り道に「車が暴走して突っ込んでくれないかな?」とボンヤリ考えていたくらいだ。
まぁ、そんな子ども時代を過ごしていても、頭が良くなるわけもなく、いい学校に行ったわけもなく、40過ぎに仕事も放り投げるような人間さ。

とくに芸能や芸術関係には疎くて、時代を反映するこういったことに対していまだに全然興味が持てない。
こういった育ち方をすると、同世代の人とすら共通の話題が乏しくなる。
MIFさんにはお姉さんがいるので、ピンク・レディーやらキャンディーズとかも何かと知っているし、普通におニャン子クラブも良く知っている。
私には兄がいたが、兄もこういった家庭で育ったので芸能関係には少し疎かったが、それでも私より遙かに多いお小遣いを貰っていたので、CDとか購入していたらしい。

たまに「makotoさん世代のジャニーズって誰ですか?」と聞かれるのが1番困る。
同世代はSMAPとか光GENJIなのだが、光GENJIはメンバーがほぼ分からない。
SMAPと答えると「SMAPより上の人って誰ですか?」と聞かれても、グループ名を答えるのがやっとで、メンバーの名前はほぼ分からない。
かろうじて顔が分かる、マッチ、ヤックン、モックン、ヒガシがどんな歌を歌っていたかも分からない。
しかもマッチとヒガシは、神奈川県出身だから何かと話題に上がったから知っているだけ。

そう思うと、私って本当に時代を見てこなかったんだなぁと実感する。
芸能人を知っていることが素晴らしいとかではない。
同世代と共有できる思い出とか、懐かしさを感じることができないんだ。
逆を言えば、芸能の話題には執着がない。
私がたまに言われる「浮世離れしている」「世捨て人」的な部分は、こういった部分があるからなのかもしれない。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

巡り巡って由来を知ったこと シェーカー家具

2017-06-24 15:07:22 | 日記
もう25年くらい前、クニエダヤスエさんの「ナチュラルな生活づくり」という本に出会った。
この中で印象的だったのは、シェーカーボックス。
入れ子になった曲げわっぱのような楕円形のケースが積み上げられていた。
日本でも曲げわっぱを欲しがる方なんて、職人技に惚れ込んだ経済力がある人だと思っていたので、シェーカーボックスもカッコイイだけでは所有できないのだろうな、と思ったモノだ。
当時はインテリア雑誌もよく読んでいたいたから、シェーカー家具という言葉も知っていた。

ただ、私はシェーカー家具を「シェーカーという地名があって、その地域の特産なのだろう」と思っていた。
そして、無印良品の家具のようにシンプルと思ったくらいの印象的だった。

確か17年くらい前、東京ドームで毎年開催されているキルト展に行った。
そこで初めてアーミッシュという人々がいて、キルトを作ったりして生計を立てて知ることを知る。
電気も車も無い昔ながらの生活をしているという。
私が足を骨折して鬱々と療養生活を送っているとき、アーミッシュのことを思い出して「私がアーミッシュなら、近代医療による骨折治療が受けられず、もうまともに歩けない足になるのだろうな、近代医療に感謝せねば」と、ムリヤリケガを納得させようとしていた。

そして今日、シェーカーとは、シェーカー教の方々が作り出したシンプルな家具だと知った。
シェーカー教はキリスト教の流れを汲むがとても禁欲的だそう。
生活はアーミッシュに近いらしいが、もっと禁欲的。
だって男女別々に暮らすのだから。
でも子どもを育てているそうで、男女別々に暮らしてどうやって子どもがいるの?と思ったら、孤児を引き取ったりしているという。
もっともそんな禁欲生活はなかなか続かず、今ではシェーカー教を信じている方は極端に少ないそうだ。

一方でアーミッシュも同じく昔ながらの生活を送っているが、信者は増えるそう。
理由は家族単位で暮らして、避妊はしないから。5~6人くらい子どもがいるのは当たり前なので、自然増となる。
同じような生活でも、男女別々だと維持ができないのか。

今あるシェーカー家具は、オリジナルをコピーしたものが大半で、シンプルで手入れがしやすく、家の中を掃除するにも何かと便利というデザインなのだそう。
私もシンプルなモノがすきなので、シェーカー家具は見ていて気持ちがいい。
ただし私は、電気やガスなどの文明の利器を手放せないので、禁欲的に生きるのはムリだろうな。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加