makoto's daily handmades

川崎市長選挙終わる

昨日、川崎市長選挙がありました。
結果は福田紀彦氏が次の市長となりました。
分かりやすいマニフェストだったこともあるのかな。

現市長の阿部孝夫氏は、当初はパッとしない学者先生風でしたが、
いままでの市長が、川崎南部に特化した政治をしていたのに対して、
阿部氏は多摩区在住というだけあって、その目線を北部まで伸ばしてくれた。
また、川崎市の市政の中心が川崎区などの臨海部に行きやすいところを、
武蔵小杉周辺の川崎市中央部にも目を向けてくれた。
そこに再開発も重なって、阿部市長の在任中に武蔵小杉はめざましい発展とともに、
他の政令都市には見られないくらいの、若い世代の人口増加をもたらした。

私は阿部市長を評価しています。

だからこそ、今回は秀島善雄氏が後継として指名されただけあって、
期待していたのだけれど、選挙で負けてしまいました。ちょっと残念。
マニフェストを比べてしまうと、福田氏とは大差ないできばえ。
それに年齢だって、福田氏と比較しても3歳年上といっても大差ない40代。
票差だって3,000票程度だった。

大きな差がない2人に大きな違いがあるとすれば、
それは「出身地」なのである。

福田氏は多摩区出身。それに対して秀島氏は川崎以外の出身。
こんなところで大きな差が出てくるとは私も正直分かっていなかった。

自公民相乗りの推薦を受けた秀島氏が、何故負けたのか…。
これは既存の政党にあきらめている人々が、推薦を受けていない地元出身の
新人を応援したに過ぎないのではないか…。

さて、私は生まれてからずっと川崎市民なのだ。
物心ついてから、伊藤三郎氏、高橋清氏、阿部孝夫氏の3人の行政の元で生きていたのである。
私が子ども時代によく言われた言葉がある。
「川崎は政令都市なのに、市長が革新派だから国からの予算が少ない」と。
まぁ、当時は子どもだからよく分からない部分があったけれど、
川崎市は政令都市なのに隣の横浜市とはだいぶ状況が違うらしいということくらいは知っていた。
いまでは珍しくもない政令都市だけれど、私の子ども時代は、
「政令都市なのに県庁所在地ではない市」というのは川崎市くらいなものだった。
だからこそ、川崎市というのはちょっと異質で独自性を感じる市だと思っていた。

さて、今度の福田新市長、どのような行政を見せてくれるのだろうか?

ちなみに私、コミュニティーバスには反対です。
私は多摩丘陵に実家があり、多摩丘陵で24年間住んでいて導いた結果が
「結婚したら、平らな所に住む」ということ。
結局、多摩丘陵に住むのは不便だということが身にしみていたから、
結婚したら多摩丘陵から離れて住もうと思ったわけ。

マニフェストのコミュニティーバスは多摩丘陵の坂が多い地域で運用することになるはず。

多摩丘陵に坂が多くて不便なら、平らなところに引っ越せばいいでしょ?
それだけのことなのです。
市内での住み替え需要があれば、そこには経済的な活性があるわけだから、
それはそれで大きなお金が動くと思うのだけれど。

いくら川崎市が人口増加地域と言っても、
将来的には人口減少局面が来るのだから、そのときのためにも
コミュニティーバスなんかに投資しないで、
市内住み替えのための経済活性化の方に力を入れて欲しいのに。
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