
羊歯の仲間のハナヤスリ科のオオハナワラビです。
フユノハナワラビとの違いは、フユノハナワラビの葉は地面に近く、オオハナワラビの葉は地面から上に離れています。今、胞子が付いています。1月ごろ葉が出てくるのです。これもシダなんですね。公園でもよく目につきます。

佐藤一斉(1777-1859)江戸時代の儒学者の「言志後録」に「70人生行路」の一節をみつけました。
「人の世を渉るは行旅の如く然り。途(と)に険夷(けんい)有り。日に晴雨有りて畢竟避くるを得ず。只だ宜しく処に随い、時に随い相緩急すべし。速やかならんことを欲して以って災いを取ること勿れ。猶予して以って期に後るること勿れ。是れ旅に処するの道にして、即ち世を渉るの道なり」意味は
「道には険(けわ)しい所や平坦(夷は平らの意味があります)な所がある。一日には晴れ間もあるし降雨もある。それらを避けることはできない。天候の状況(時)に合わせて急いだり、ゆっくりと歩きなさい。」です。昔の人はなかなか好いことを言っています。当たり前といえば当たり前ですが。この文は全部「白文」即ち漢文で書かれているそうです。元東工大の学長の川上正光さんが訳本として講談社(s55)から出版されています。「随処楽」という言葉が色紙に書かれていますが、これは「いつでも何処でも今を楽しむ」という意味です。齢(よわい)が60歳を過ぎたからでしょうか、こんな言葉に感心してしまいます。
懐手 人生行路に 険夷あり(遊仙)

フユノハナワラビとの違いは、フユノハナワラビの葉は地面に近く、オオハナワラビの葉は地面から上に離れています。今、胞子が付いています。1月ごろ葉が出てくるのです。これもシダなんですね。公園でもよく目につきます。

佐藤一斉(1777-1859)江戸時代の儒学者の「言志後録」に「70人生行路」の一節をみつけました。
「人の世を渉るは行旅の如く然り。途(と)に険夷(けんい)有り。日に晴雨有りて畢竟避くるを得ず。只だ宜しく処に随い、時に随い相緩急すべし。速やかならんことを欲して以って災いを取ること勿れ。猶予して以って期に後るること勿れ。是れ旅に処するの道にして、即ち世を渉るの道なり」意味は
「道には険(けわ)しい所や平坦(夷は平らの意味があります)な所がある。一日には晴れ間もあるし降雨もある。それらを避けることはできない。天候の状況(時)に合わせて急いだり、ゆっくりと歩きなさい。」です。昔の人はなかなか好いことを言っています。当たり前といえば当たり前ですが。この文は全部「白文」即ち漢文で書かれているそうです。元東工大の学長の川上正光さんが訳本として講談社(s55)から出版されています。「随処楽」という言葉が色紙に書かれていますが、これは「いつでも何処でも今を楽しむ」という意味です。齢(よわい)が60歳を過ぎたからでしょうか、こんな言葉に感心してしまいます。
懐手 人生行路に 険夷あり(遊仙)











