+ ナチュラル&スピリチュアル +

日常の中で見つけた”小さな宝物”のような風景や自然の写真とともに、スピリチュアルなことに関しても載せていきます。

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都市の緑の行方…

2006-01-23 15:08:14 | 1.風景の宝石箱

 農地の緑や土壌を潰して進められている住宅の建設現場で、カラスウリが落ちているのを見つけました。
 最近の宅地造成はコンクリートやアスファルトで、ことどとく地面を覆ってしまいます。こんな所では植物の種子が落ちても、芽を出すことができません。このような環境でも生きていける外来種か、人が人工的に植えて世話をする植物だけしか、緑を形成するものがなくなってしまいます。

 私は子供のころ、周りの大人たちから、こう聞いていました。「地面をコンクリートなどで埋めてしまうのは良くない。」って・・・。
 「どうして?」と聞くと「土の中にはセミとか、アリとか、色々な生きものが住んでいるから…。地面がないと、草や木も生えることができなくなってしまうでしょう?」と答えてくれていた記憶があります。
 昔はとにかく、”命あるもの”を大事にしていたように思います。
 それが今では、人が少しでも便利な生活をするためになら、命あるものは当たり前にその生存権を略奪されてしまうのです。
 人が少しでも便利な生活をするためにその存在を許されないなんて、なんて悲しいことでしょう…。

 人が作った時代の風潮によって、”命あるもの”が、大切なものから取るに足らないものに変わってしまうなんて…”命”の価値って、人間の勝手でそんなに変わってしまうものなんでしょうか…?
 この星、地球は人間だけの星ではないはずです。色々な生きものが住んでいるから、私たち人間もこの地球で生きていくことができるのではないでしょうか…?
 時代の流れによって、「大切なもの」そのものが大切ではなくなってしまったわけではなく、私たち人間自身が変わって、その「大切さ」がわからなくなってしまったのだと思います。

 そんな私たちが環境問題に取り組もうとしても、おかしな環境保全しかできないのではないかと思います。
 自然環境に対して謙虚に向き合いながら、まずは私たち自身が変わっていく必要があるのではないでしょうか…?

 ちょっと暗い話になってしまって、申し訳ありません。
 ・・・・・自然の緑が生えていた地面がコンクリートになってしまっても、残されたカラスウリの実を見つめて希望を見出す、私、まっくんでした。


ジャンル:
かなしい
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