妻との意思疎通が困難で苦労している夫の悪戦苦闘記

少しアスペが入っている疑いの強い妻に対する愚痴ですかね。
当然女性に対して厳しい内容となっています。
不定期更新

泣く子と地頭

2017-05-22 19:04:50 | 日記
これには勝てません。

今の若い子だけでなく、その上の世代でも知らない人がいるかもしれません。

また、言葉を知っていても、その意味を理解していない人もいることでしょう。

怒ることを感情的になるといい、非難の的となることが多いでしょう。

泣くことは、即ち感情的になることです。
しかし、往々にして泣くことは非難されることが少ないような気がします。

必ずしも冷静ではないにしても、話し合っている最中に泣いたら、最早話し合いの継続は無理ですね。

一息いれるには良いタイミングかもしれませんが、それにより話の流れがガラリと変わること、これもまたよくあることです。

鬱病 その2

2017-05-18 17:54:59 | 日記
職場を離れ、約4週間経ちました。
ゴールデンウィークを挟んでいますので、不在の期間は約3週間程度でしょうか。

前回のメンタルダウンでは、終始職場や同僚に対する罪悪感から抜け出せることもなく、また、休みが必要との診断書を職場に提出した後も、休むことなく出勤していました。

今回は担当医が良かったのか、前回のカルテをよくご覧いただいているからなのか、徹底的に治療しましょうという姿勢です。

職場の方は、診断結果で即対応してもらいました。


抗うつ剤そのものに対して抵抗感を持ちながら、処方通り服用しています。

そのお陰なのか否か分かりませんが、日々、職場の同僚や職場について考えることは殆どありません。

日中何をしているのか、聞かれたとしても「何もしてません。」としか答えようがありません。

スマホやパソコンを見たり、本を読んだり撮りためた番組を見たりして、1日が終わる感じです。

平素外に出ないため、週に1回の通院日は帰宅するとかなりの疲労感があります。

短距離乗車&複数回の乗り換えのためだと、自分では思うようにしています。


明確な自覚がないまま治療を受けているため、今一番恐ろしいのは、「自分自身ではまだ無理です。」と感じていても、「医療的にはもう大丈夫ですよ。」と宣告(診断)されることです。


この想いは、前回の診察時に担当医にはお話をしています。

実際、そんなことにはならないと分かってはいますが、正直不安は残ります。

毎日何もせず、食事をきちんと摂ると確実に増量します。
従って、意識的に間食を控えてきます。

職場復帰して、丸くなって帰ってくる、という事態は避けたいです。


しかし、だからと言って早く復職したい訳でもありません。


職場にどの面下げて出勤出来るのか…という思いの方が遥かに強いです。

叶うなら、このまま退職してしまいたいのが本音です。


正規雇用の再就職が可能とは思えませんので、非正規で、不足分を退職金から充当しながら貧困への道を歩み、最後は公営住宅で生活保護を受けながら野垂れ死になるのかおちでしょう。

自殺願望は全くありません。
担当医は、初診時と2回目にそれを警戒しているのがよく分かりました。

休職しているため、そこまで追い込まれていないからなのかな?とも思いますが…。


しかし、職場に出勤することを考えると、未だに業務処理を滞りなく捌けるのか、自信は全くありません。
上司とも上手く対応できるか、こちらも自信がありません。


担当医からは、平均3ヶ月程度はかかりますから、と言われてはいるものの、何もしないで生活するのはどんなんだろうか、とも思います。

こうしたマイナス思考から脱却できた時が快復した時なのかなと、自分で勝手に線引きしています。(誤った思い込みかもしれませんが。)


今回の診察から、治療に向けての第2段階に移行しました。

実質的には次回の診察からになるでしょう。




そんな中、本日妻と、妻の実家と妻との関係性や家計について話し合う時間を持ちました。

結果、時間切れで妻は実家に帰宅しました。

明日、話し合いの続きがあるとは思えませんが、果たしてどうなりますか。


夫婦だけでもこれだけこじれているところに、私の精神的疾病、親の介護と、問題は山積です。

この件だけは、1人に戻れば一挙に解決します。
が、現実はこれほど甘くはありません。


さて、どうなりますか。

鬱病 その後1

2017-05-10 08:16:30 | 日記
昨日、3回目の受診に行ってきました。

初回に比べると、顔の表情を始め幾分かは良くなっているようであるとの医師の弁。

先週は連休ということもあり、休むこと自体には罪悪感もなく、何も考えることなく日々何もせず過ごしていました。

ところが、日曜日の朝、快晴の元、朝起きてタバコを吸っている時に、ふと仕事のことが頭をよぎり、急に罪悪感というか後ろめたさを感じてしまい、気持ちが少し落ち込んでしまいました。

正直なところ、職場に迷惑を掛けていることは事実ですし、私の仕事が同僚に割り振られている訳ですから、同僚に対しては申し訳ない気持ちで一杯です。

そんな中、一昨々日と昨日、妻が自宅に泊まりました。
1年以上、実話質的に別居状態にありますので、今更自宅に泊まるのは正直邪魔です。

相変わらず思ったこと、感じたことをそのまま口に出す、自分だったらどうか…という視点でしかアドバイスが出来ないなど、うんざりしています。

これまで記載したか定かではありませんが、私の出勤後に実家から自宅に来て、洗濯と食事を作り実家に帰る、というのが基本です。

また、掃除は床などしか出来ず、TV台に埃が溜まっていることを繰り返し指摘しても中々拭かないなど、兎に角自分の中の一定の基準に基づく言動になるため、匙を投げかけています。

家庭での支えがもう少しまともにあったなら、或いは会話がまともに成立していれば、鬱にならずに済んだのかも…と思いたくもなります。

1人(独身)の方が余程ましです。

妻の性根は絶対に変わりませんので、早くなんとかしたいものです。

しばらくは、自らの状態(鬱)についての内容と、妻に対する怨嗟の声が続くと思われます。

マルチタスク不能

2017-05-08 09:47:35 | 日記
そんなに難しい話ではありません。

例えば、料理をしながら洗濯機を回す、掃除をしながら何が別のことをする。

ごく普通の人なら当たり前のように出来ることが出来ません。

料理をするなら、料理を作り終えないと別のことが出来ません。

一点集中方と言えば聞こえがいいですが、端で見ていると自分がしたいこと、やならなけばならないと考えている順番をこなさなければ気がすまない、そんな性格です。

そして、自分の思う通りの順序で物事が進まないと、思ったことを口にする。

思っても、口に出さない方がよい時があるのは誰しも理解しているかと思います。

ましてや、相手がいる前でその相手に対する感情なり思いを口にすると、相手はどのように感じるのか、全く理解できていないようです。

最近はどうでもよくなったので反応(相手)していませんが、これまではそうしたことは宜しくない、相手が嫌な気持ちになるから止めてくれと話してきました。

性格(気質)上、無理なんでしょう。

そして、そんな人間と夫婦であることも、もう無理ですね。

気持ちのよい青空なのに、こんなことを書いていると気が更に滅入ります。

一人の方が余程ましですね。
少なくとも、自宅ではストレスは発生しませんから。

何れにしても、普通の人のように出来ないことが多々あることを、具体例を挙げて説明しても認識していただけないのは、悲しいことです。

何で分からないのか?

2017-05-07 09:31:06 | 日記
連休中、一度外出した以外は特に外に出ることもなく過ごしています。

これまで多忙でなかなかブログを書く精神的余裕が有馬線でした。

妻については何時ものごとく、相手に自分の考え方を分かりやすく伝えようとすることが出来ていません。

常に、自分の頭のなかで整理されたと思っていることを一方的に伝達されるだけです。

正直、その思考過程を汲み取ろうという余裕は私にはありません。

従って、話を聞いて相づちをうったり、聞いている風を装ってはいますが、実際はまともに聞いてはいません。

不満な所を挙げればきりがなし。
これはどの家庭でも同じでしょう。

ただし、まともな意思疏通が出来ていないという点においては、一般的な家庭とは大きな差異があります。

とにかく、自分が話したいことについては、話しきらないと納得しません。

そして、判断基準が正しいか正しくないかという二択しかありません。

何故、同意できるか否かという反応が無いのかが、私には理解出来ません。

物事は、善悪で判断するものと、沿うではないものとがあると私は考えています。

個人のマナーやモラルといった、法律上では不明瞭な物事については、己がどのように思ったり考えたりするか、ではないかと思っています。

従って、善悪を問うのではなく、貴方はどう考えますか?という問いに対して、善悪の回答が帰ってくるということは、質問を的確に理解できていない証左だと考えます。

予め、善悪ではなくて …と念を押しいるにも関わらずです。

もう、ほとんど愚痴の状態であることは、鬱状態であっても明確に認識しています。

一晩、ここまでで書くのを止めていました。
論文のように論旨を一貫して保ってはいないと思いますが、心境は概ね既述の通りです。

人を見て法を解けと言われますが、本当に我慢にも限度があります。

対価をもらって人に教えを施しているわけでもなく、人としての成長を願う我が子でもなく、単なる他人である妻に対しては愛情以外には扶養の義務しかありません。

扶養と変換したら、不要と初めに変換されましたが、言い得て妙です。

法律上の義務が今は障害となり、妻はそれを盾にしている状態です。

困っています。