Walking in Dubai-4
2011年10月22日撮影 ドバイ U.A.E
ブール・ドバイ側のオールド・スーク。けちをつけるわけではないが、オールドと言ってもそう見せかけたお土産物屋街というのが正確だろう。暑い日中は人通りもまばら。私を見つけて「コニチハ」と呼びかけるシャルワール・カミースの売り子にもしやと思いペルシア語で返答していると「あんた、どこから来た?」「あんたは?」とのことでアフガーンであった。そうなると話も弾む。「あいつも、あいつも、あいつもアフガーンだよ」とこのスーク内にも多数のアフガニスタン人がいることがわかった。彼らの出身地はパクティカ、パクティア、カンダハール、クナール等。もっとも少なからぬ者たちは幼少期をパキスタンで過ごし、その後ドバイにやってきたという。「ぼくはアフガニスタンには行ったことが無いんだ」そう言うパクティカ出身者もいた。また別のパクティカ出身者はカルザイ政権成立後数年はアフガニスタンに暮らしていたという。「アフガニスタンは未だ安全じゃないし、何もできない。ドバイに来た理由?ビジネスだよ。社会で幸せをつかむにはカネを得ることだ。カネがなければクズと一緒なんだ」と。
インド製や中国製のドレスや織物、やはり中国製であるものも少なくないアラブの土産物を、世界中からきた観光客が、世界中から来た出稼ぎの店員たちから買うのだ。これもまたドバイらしい光景というのだろう。
2011年10月22日撮影 ドバイ U.A.E
ブール・ドバイ側のオールド・スーク。けちをつけるわけではないが、オールドと言ってもそう見せかけたお土産物屋街というのが正確だろう。暑い日中は人通りもまばら。私を見つけて「コニチハ」と呼びかけるシャルワール・カミースの売り子にもしやと思いペルシア語で返答していると「あんた、どこから来た?」「あんたは?」とのことでアフガーンであった。そうなると話も弾む。「あいつも、あいつも、あいつもアフガーンだよ」とこのスーク内にも多数のアフガニスタン人がいることがわかった。彼らの出身地はパクティカ、パクティア、カンダハール、クナール等。もっとも少なからぬ者たちは幼少期をパキスタンで過ごし、その後ドバイにやってきたという。「ぼくはアフガニスタンには行ったことが無いんだ」そう言うパクティカ出身者もいた。また別のパクティカ出身者はカルザイ政権成立後数年はアフガニスタンに暮らしていたという。「アフガニスタンは未だ安全じゃないし、何もできない。ドバイに来た理由?ビジネスだよ。社会で幸せをつかむにはカネを得ることだ。カネがなければクズと一緒なんだ」と。
インド製や中国製のドレスや織物、やはり中国製であるものも少なくないアラブの土産物を、世界中からきた観光客が、世界中から来た出稼ぎの店員たちから買うのだ。これもまたドバイらしい光景というのだろう。









