いわゆる「テロ特措法」、米軍への「無料海上ガソリンスタンド」継続に関して。
そもそも米軍のアフガニスタンやイラクへの軍事作戦が「テロ対策」なのか、もっといえばそもそも「テロ」とは何か、という合意はない、ということはもっと考慮されるべきだろう。チョムスキーに代表されるように、アメリカによるアフガニスタン攻撃やイラク攻撃こそが「国家テロ」だとする語法もある。テロリズムとは客観的な評価による名称(名付け)ではない。アメリカの言う「テロとの戦争」とは、英語でいう「war on terror」の訳だ。しかし「terror」とはそもそも極めて感覚的な言葉である。イスラエルにとってはハマースは「terror」であろうが、パレスチナ人にとってはイスラエルが「terror」であろう。アフガニスタンの場合は、イラクの場合は、と考えると、様々な「terror」が複層的に交差しているであろう。その意味では日本における無批判な「テロ」の乱用は現実認識を狂わす一因と言わざるを得ない。かつてなら「爆破事件」と呼ばれていたものがことごとく「テロ」と表記され、かつて「ゲリラ」と呼ばれていた者たちまでも「テロリスト」と名命されてしまう。結果、失われてしまうのは、判断だ。「テロリスト」とは既に価値判断されてしまった呼び名であり、排除されるべき対象である。その「テロ」「テロリスト」の呼称を発話者の言葉に従って使用し、一般かさせることは、思考停止にほかならないだろう。少なくともジャーナリズム、メディア(媒体・媒介)に関わる人間が無批判に使用するべき言葉ではあるまい。
で、「テロ特措法」。今日、小沢民主党代表とシーファー米駐日大使がそのことで会談したようだが、とりあえずは小沢の対応を評価したい。アメリカの「テロ対策」がそのまま日本の「テロ対策」であるわけでも、ましてや世界の「テロ対策」であるはずもない。そもそも「世界」や「国際社会」とは何なのか、そんなことも実は合意された標準があるわけではないのだ。
「現実派」を自認する人や自民党の多くは「現実的対応を」という。しかし、そういう者たちのどれほどが「現実」をきちんと判断しているかというとこれまた非常に疑わしい。例えば、そういう人たちは今後起こりうるブッシュ後のアメリカ、共和党政権後のアメリカ、の政界の傾向まで分析した上で「現実的」と言う言葉を使っているのだろうか。
市場最高値のガソリン価格。そのような状況にあって、中東に原油の多くを依存している日本が、その中東諸国に憎悪と破壊を撒き散らしているアメリカの「対テロ戦争」に協力して無料のガソリンスタンドを運営している。私にはそのことの「現実的」な利点がどこにあるのか、さっぱりわからない。
現在も韓国人グループが「ターリバーン」に拘束されている状況が続いているが、私には日本がアメリカの「対テロ戦争」に協力したことによって「世界がより平和になった」とも、日本人の立場が向上したとも思われない。むしろ、「日本人」というだけで個人の信条とは無関係に「アメリカの協力者」とみなされ、より危険になったとしか思われない。
私は別段、民主党支持者ではないが、「現実的」に自民党への対抗軸として現時点では民主党しかありえない状況下では、とりあえず今日の小沢の対応を評価したい。ブッシュ後のアメリカ、も考慮したうえで、「現実的」な対応を望みたい。
そもそも米軍のアフガニスタンやイラクへの軍事作戦が「テロ対策」なのか、もっといえばそもそも「テロ」とは何か、という合意はない、ということはもっと考慮されるべきだろう。チョムスキーに代表されるように、アメリカによるアフガニスタン攻撃やイラク攻撃こそが「国家テロ」だとする語法もある。テロリズムとは客観的な評価による名称(名付け)ではない。アメリカの言う「テロとの戦争」とは、英語でいう「war on terror」の訳だ。しかし「terror」とはそもそも極めて感覚的な言葉である。イスラエルにとってはハマースは「terror」であろうが、パレスチナ人にとってはイスラエルが「terror」であろう。アフガニスタンの場合は、イラクの場合は、と考えると、様々な「terror」が複層的に交差しているであろう。その意味では日本における無批判な「テロ」の乱用は現実認識を狂わす一因と言わざるを得ない。かつてなら「爆破事件」と呼ばれていたものがことごとく「テロ」と表記され、かつて「ゲリラ」と呼ばれていた者たちまでも「テロリスト」と名命されてしまう。結果、失われてしまうのは、判断だ。「テロリスト」とは既に価値判断されてしまった呼び名であり、排除されるべき対象である。その「テロ」「テロリスト」の呼称を発話者の言葉に従って使用し、一般かさせることは、思考停止にほかならないだろう。少なくともジャーナリズム、メディア(媒体・媒介)に関わる人間が無批判に使用するべき言葉ではあるまい。
で、「テロ特措法」。今日、小沢民主党代表とシーファー米駐日大使がそのことで会談したようだが、とりあえずは小沢の対応を評価したい。アメリカの「テロ対策」がそのまま日本の「テロ対策」であるわけでも、ましてや世界の「テロ対策」であるはずもない。そもそも「世界」や「国際社会」とは何なのか、そんなことも実は合意された標準があるわけではないのだ。
「現実派」を自認する人や自民党の多くは「現実的対応を」という。しかし、そういう者たちのどれほどが「現実」をきちんと判断しているかというとこれまた非常に疑わしい。例えば、そういう人たちは今後起こりうるブッシュ後のアメリカ、共和党政権後のアメリカ、の政界の傾向まで分析した上で「現実的」と言う言葉を使っているのだろうか。
市場最高値のガソリン価格。そのような状況にあって、中東に原油の多くを依存している日本が、その中東諸国に憎悪と破壊を撒き散らしているアメリカの「対テロ戦争」に協力して無料のガソリンスタンドを運営している。私にはそのことの「現実的」な利点がどこにあるのか、さっぱりわからない。
現在も韓国人グループが「ターリバーン」に拘束されている状況が続いているが、私には日本がアメリカの「対テロ戦争」に協力したことによって「世界がより平和になった」とも、日本人の立場が向上したとも思われない。むしろ、「日本人」というだけで個人の信条とは無関係に「アメリカの協力者」とみなされ、より危険になったとしか思われない。
私は別段、民主党支持者ではないが、「現実的」に自民党への対抗軸として現時点では民主党しかありえない状況下では、とりあえず今日の小沢の対応を評価したい。ブッシュ後のアメリカ、も考慮したうえで、「現実的」な対応を望みたい。









