伊達靖宗

伊達靖宗公記

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日本はアジアの一員は良し、同化は別次元の話である

2007年05月25日 | 伊達靖宗の意見
日本はアジアの一員であるという事はよく言われている。それは地域、文化としての関わりの中で考えた場合、悪い事ではない。
その中でも馬鹿げた発言の一つがあり、アジア人として誇りを持つという低級であり誇り無き意見がある。西洋人の知識の無さから、アジアの国々を皆同じと考えるという事を知り、アジア人として意識を持ち、誇りを持つなどといっている無知かつ馬鹿な人間が存在する。西洋人が東洋の国々の区別が出来ないという、外からの目に振り回され、自国の事や優れたモノを無視して、他国と同化するような考え方をするという事は、誇りや自国の利点を知らないだけであり、自信なきモノの考え方である。西洋人の評価に囚われいるだけの、日本の敗北者の負け犬らしい意見でしかない。アジアは一つではなく、歴史ある国の集まりであり、繋がりや共通点はあるにせよ、それぞれが違い、それぞれに個性があるのである。一つという事は無いのである。自国の個性や誇れる文化や伝統、歴史的人物などを知る事で、その様な惨めな考えを持った人間になる事は防ぐ事ができるのではないである。ただ。己に本当の自信の無い者が自己に都合良く考えるというのは対象外である。日本は最も進んでいると優越感を持った考えがあるのは確かである。能力、才能に恵まれない能無しである人間が、都合の良い思考で他のアジア諸国を下に見る行為は無能で愚かな行為である。上下付ける安っぽい考えでは意味が無いのである。自信として他のアジア諸国とは違うという意識を持つ事を決して悪い事ではなく、これを否定し日本はアジアという発言するのは、農民の皆一緒という敗北的思考でしかないのだ。
自国の事を知り、誇りを持つことで、プラスの意味や尊敬するスタンスで国を見れ、その見方を他国を見る時に応用できるのである。西洋諸国を日本人は同じように捉えがちであるが、それはアジアを同化してみる西洋人と同じであり、彼らには最高位のアングロサクソンからスラブ系民族まで存在し、アジア諸国以上に強い不快感を感じるという事実もある。個のレベルから、重んじて考えなければならぬという事である。
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