伊達靖宗

伊達靖宗公記

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低脳極悪犯の授業 『黒田 恭史は低脳な極悪犯である。』

2007年06月08日 | 伊達靖宗の意見
ある小学校教師黒田は、パック詰めにされた肉などを食べている今の子供達に、その命の重さを教えたいを言う考えから、実際に豚を飼育し皆で食べるという授業を行った。黒田のクラスでは豚を飼いだした。名前をPちゃんとつけ、小屋を作り、生徒が皆で協力して作業を行う。家族のように解けこんだその豚を、殺して食べる日が近づく事で会議が行われる。その結果豚を殺す事はやめるという結果になる。下の学年の生徒達はその豚の飼育を引き継ぐという結果になっていた。しかし、生徒の保護者が、飼育して食べるという事で飼ったのではないか?という発言から、生徒達は豚を殺す側と、殺さない側に別れ、激しい意見をやり取りをする事になる。意見は半々に割れ、黒田の判断で全てが決まる状態になる。その結果、黒田や生徒は涙を流しながら、食肉として殺す事にした豚を見送った。

この出来事には致命的な問題点がある。


1命の大切さを教えると言っているが、教える側がその事を理解しているならば、結果を予測する事は簡単な事である。


2一度は殺す事が出来ないと、命の重みを優先した結果になったが、生徒の保護者が言った言葉によって、命の大切さVS筋を通す事という構図に変化してくる。


3助かる状態があり、またその状態を作り出す事をせずに、殺す側に投票した生徒達は奇麗事や理由を付け、殺す選択している。命の大切さを超えるモノを優先した形になっている。


4殺害に向けて出発する日、殺害する選択をした黒田と生徒は、涙を流しながらもその命を奪っている。筋を通す事を優先した、または命よりも大切なモノがあったという証である。


5筋を通す様な振る舞いをしたにも関わらず、殺す側に投票した人間はその肉を食べていない。自らの手で殺していない。その二つを自ら実行する事こそが、大切なモノの命の重みであり、殺すという事である。他人任せの殺害ほど馬鹿げた事はない。


6筋を通す、言った事を守るというのは、判断の出来ない人間を縛り付ける鎖であり、本来は儀や道徳によって守るものであり、縛られるものではない。その事が理解できぬ馬鹿が中途半端な人任せの殺害を選んでいる。


7小学生の年頃の10歳前後という時期は、人生の中でも記憶力が高い時期であり、その行為を実行しなければ理解できないのであれば、それは重度の知的障害かあほでしかない。


8学校の教師となる者には、それ以上に教えるべき事が数多くある。人間が肯定的に事実を捉えるために必要な自尊心の確立こそが、悲しみ、思いやり、優しさ、いじめ問題肯定的な結果に結びつく事すら頭に無い。心理学すらまともに理解できていない低脳な行為である。


9やった事が良かったのか悪かったのか解らないと言うあまりに低脳な馬鹿としか言いようの無い発言をしている。


10当時の日本の環境では病気などで命を落とす子供が多く、そこで命の大切さを学んだというが、それは事故である。このクラスでは彼らが自ら殺すという選択をしている。


11泣きながらも大切なモノを殺害する選択は、非常に恐ろしく残虐である。オウム真理教の地下鉄サリン事件の実行犯のメンバーには泣きながらその残虐な犯罪行為を行っていた。


道徳心は自尊心が健康な状態の人の素直な感情である。しかし、その素直な感情に甘えや都合ができる事で形を変えてしまう事がある。それを防ぐ為に、決まりや規則、筋を通すと言う事を教育している、しかし、この規則に縛られる事で本来の道徳心自体に悪影響を与えてしまう事もあり、それが今回の結果の現れである。
また問題なのは、この授業の講義を教師の卵の集まる大学の現場で行い、その中の学生にはこの授業をやりたいと言う者がいた。
もし、その教師の卵が、生徒達が自ら意見を出し合い奮闘する姿をみてそれを思ったのならばその人間には死の制裁を与えるべきである。なぜなら、それはせざる得ない、命を教材として利用しているだけに過ぎないのだ。
アホは何をするかわからない典型的な例であり、教育には信念と確立された理念と目的、計画は最低限必要である。
また、このテレビや本を見た主張者は軽はずみな意見や、物事を理解し、自分の意見で説明をつける事の出来ない様な状態での発言には意味が無く馬鹿の手助けであす。

この様な理解と計画なき、低脳な意識なき極悪殺人犯である。
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こんにちは (なかもるら)
2008-09-20 23:58:24
僕はこの黒田Tの大学の学生です

この黒田Tから数学の授業について学んでいます

公開記念イベントとして、試写会があったので観にいきました

僕はこんな先生から授業を学んでいるのかと

落胆しました。


生徒は皆

Pちゃんが好きです

殺すのが筋だと考えている生徒も

Pちゃんを1日でも長く生かしてあげたいと考えています

しかし先生は

結局

生徒の気持ちを汲み取るコトなく

Pちゃんを食肉センターに送るコトを決断します。



何を先生が教えたかったのか

全くわかりません…………………。



ブタやお肉を食べれなくなった生徒もいると同回生から聞きました、



そしてそれを本にしたり



映画にしたり



怒りがフツフツとわいてきます。



公開記念イベントの後



代表して学生が3人と



先生で



命について討論してました。

映画上映の後から



始まる前に



先生や学生はなぜか



笑ってました



会場は



泣いてました




この方々はどうなっているんだと思いました




僕は怒りで



会場を後にしました
Unknown (ぶん)
2008-10-18 15:26:26
映画のほうは見ていませんが
ドキュメンタリーをテレビで見しました。
Pちゃんをまるでペットのように飼っておきながら
最後に食肉センターに送ったのは
Pちゃんにとっては
とても残酷だったのではないでしょうか。

子供たちにとっても家畜以上の感情を持って可愛がった後に
葛藤や悲しい別れを経験するのは
本当に必要だったのでしょうか?
畜産業や食肉加工を見学することでも
命の尊さや感謝の心は芽生えたはずです。

食肉センターに送るだけで肝心の屠殺現場を
見なかったのはなぜでしょうか。

http://jp.youtube.com/watch?v=h7LyL5b6R1Q
ペットを保健所に放棄しておきながら泣いている
この子供と同じ経験をしただけのような気がします。

この先生は今は准教授に出世されていますね。
1匹の豚が先生の出世に利用されただけのような
気がしてなりません。
命の授業だと? (かぽ)
2008-10-29 02:46:38
はじめまして。
昨日たまたま見ていたワイドショーでこの映画の宣伝をしていました。人としての正義感を逆撫でされるおもいでした。黒田のやったことはほとんど犯罪です。ペットの虐殺です。豚も生徒も被害者です。
こんな犯罪を「命の授業」などと美化して垂れ流す世の中はかなり病んでいるのではないでしょうか。もともとテレビなどには何も期待すべくもありませんが・・・
あげくこの犯罪者が次世代の教育者を育成する場に今現在携っているとは、怒りを通り越し恐ろしさすら感じます。
このような人間は特に教育の場からは一刻も早く排除されるべきと考えます。
ピントがズレすぎ (P)
2008-12-08 07:41:58
単に命の尊さを問う授業じゃなかったと思います。それは単なる手段で、ならば、教育とはなにをもって教育というのでしょうか? 大人が子どもに、親が子どもに、先生が生徒に、一方的になにかを学ばせること? もしそういう考えの人が多いのであれば、だから世の中は出鱈目なことしか起きないんだと思います。
大事なのは、答えを出すことではなく、みんなで答えを探し求めていくことなのではないでしょうか。
ぼくは黒田先生の肩を持つつもりなんて露ほどもないですが、彼を犯罪者といって話を終わりにしたところでなにが生まれるというのでしょうか。
批評はなんに対しても必要だと思いますが、「ここ」に書いてあることはすべて中傷、もしくはそれに近いレベルで、まってくもって不毛。非生産的。
良いか?悪いか? (Yoichi)
2009-04-15 21:54:25
家畜をさばいて食べるのは、
こんなに便利ではなかった昔、
世界中のどこでも
ごく当たり前だったと思います。

ただ、
そこに感情移入があったのか?
というと分かりません。
始めから食べるつもりなら、
さすがに名前は付けませんし・・・

黒田先生がご自身で良かったか悪かったか
分からないとおっしゃるのは、
この件について長く考えた結果、
本当にその通りだからでしょう。


最後に、、、
黒田先生は笑ってはいけないのでしょうか?
犯罪者でしょうか?
Pちゃんは被害者でしょうか?
食べられた動物は被害者でしょうか?
どう回答するかは自由でしょうが、
ご自身の感情論ですから、
いくらでも変えられます。
何ともまあお粗末な (名無しさん)
2009-04-30 04:11:57
ここに書き込むことすら何だか情けないですね…。

もっと時間を有効に使った方がいいかと。

それから、人に何かを伝えようと思うなら、万人がわかるようにしないと。

小難しく書いて自分に満足しているのが目に浮かびますね。

本当に素晴らしい文章というのは、判決文のように、明瞭で簡潔なんですけどね。「ここ」で書かれているのは中学生程度のあがきにしか見えませんね。

頑張ってくださいね~。


ジッドゥ・クリシュナムルティの思想 (Guest)
2009-05-22 00:42:13
子供たちとの対話


恐怖 P11
若いうちに恐怖のない環境に生きることは、本当にとても重要でしょう。私たちのほとんどは、年をとるなかで怯えてゆきます。生きることを恐れ、失業を恐れ、伝統を恐れ、隣の人や妻や夫が何と言うかと恐れ、死を恐れます。私たちのほとんどは何らかの形の恐怖を抱えています。そして、恐怖のあるところに智慧はありません。それで、私たちみんなが若いうちに、恐怖がなく、むしろ自由の雰囲気のある環境にいることはできないのでしょうか。それは、ただ好きなことをするだけではなく、生きることの過程全体を理解するための自由です。本当は生はとても美しく、私たちがこのようにしてしまった醜いものではないのです。そして、その豊かさ、深さ、とてつもない美しさは、あらゆるものに対してー組織的な宗教、伝統、今の腐った社会に対して反逆し、人間として何が真実なのかを自分で見出すときにだけ、堪能できるでしょう。模倣するのではなく、発見する。それが教育でしょう。社会や親や先生の言うことに順応するのはとても簡単です。安全で楽な存在方法です。しかし、それでは生きていることにはなりません。なぜなら、そこには恐怖や腐敗や死があるからです。生きるとは、何が真実なのかを自分で見出すことなのです。そして、これは自由があるときに、内的に、君自身の中に絶えまない革命があるときにだけできるでしょう。

J・クリシュナムルティ「子供たちとの対話」より引用

 管理者様、貴公は正しい。
ほんとにひどい出来事(学校・先生・授業)です (ペットの犬・猫、食用として食肉センターに送れますか?)
2009-08-07 13:09:34
この先生がやったことは、可愛いがっているペットの犬や猫を食べるかどうか議論するのと同じことです。ペットとして育てたのなら、最後までペットとして愛情を注ぐべきです。(豚だけが食用ではありません。犬や猫を食べる民族・国はいくつもあります。)
こういう授業をした先生がいたとは驚きです。生徒の中には、大人になって自分の意見をきちんと言えるようになってから、「あれはひどかった」と憤慨して発言する人もいるはずです。実話だということが不愉快。こういう経験をさせられた生徒の皆さん、大人になったら、もう一度意見をしてください。社会のために。
こっそり海外とかで (Unknown)
2009-11-23 08:28:13
日本映画祭inフィレンツェ2009
期日:2009年11月27日~11月30日

JAPANESE FILM FESTIVAL
シドニー:2009年11月24日~12月1日
メルボルン:2009年12月3日~12月7日
 (Unknown)
2010-05-30 15:36:20
誰かやらないと考えることないとおもいますけど・・・

生き物を殺して生きているのを自覚することは良いとも言わないですけど悪くもないんじゃないですか?

生きていたものを食べているってことを学べて決して悪いとは思いませんよ

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