伊坂幸太郎の『ラッシュライフ』を二日で読み終えて、
今は同著者の『砂漠』を読んでいる。
東北大学法学部出身の著者の本は、どちらも仙台を舞台にしていて、
仙台の夫のもとに帰るまでの日々を、
一日一日数えながら、時の過ぎるのを待つ間、
本の中の「仙台」に耽っている。
『ラッシュライフ』は、オムニバス形式で物語が進行し、
事件なり事情なりがシンクロしながら、
それと知らずに絡み合っていく、サスペンス的な雰囲気の話だが、
主人公の一人に、そっと寄り添う年老いた野良犬の存在が、
ぽっと心に灯をともしてくれる。
老犬が寄り添う男は、悪意あるリストラに依って、
職も家族も失い、採用試験にはことごとく落とされ、
社会のループから一人、はじき出されてしまったような
状態にある。
この男の存在によって、
「自分の居場所」、「本当に失いたくないもの」
を考えさせられると共に、読み終わった後、
巻頭に載せられたエッシャーのだまし絵を、
改めてまじまじと見つめてしまう。
「自分はいま、どの場所にいるのだろう。」
『ラッシュライフ』=【豊潤な人生】
時間を過ごすために読み始めた本だったが、
考えさせられることが多く、
時間を置いてから再び読みなおしたい一冊だ。
この本の中から、気にいった部分をいくつか、挙げてみたい。
(『ラッシュライフ』伊坂幸太郎/新潮文庫)
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「で、考えてみるとだ、この関係は
人間と神の関係と似ているんだな」
「何と何がです?」
「
俺と胃だよ」と言って塚本は自分の腹のあたりをさすりながら、
「俺は自分の意思で勝手に生きている。
死ぬなんて考えたこともないし、
誰かに生かされているとも思ったことがない。
ただ、そんなことは胃がまともに動かなくなったら途端にアウトだ。
そうだろ?(中略)ただ、胃をコントロールすることはできない。」
(中略)
で、俺が胃に対してできることは何かと言うと」
「何ですか?」
「
声に耳を傾けて、最善を尽くし、祈ること」(P126)
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「でもな、人生については誰もがアマチュアなんだよ。そうだろ?」
佐々岡はその言葉に目を見開いた。
「誰だって初参加なんだ。人生にプロフェッショナルがいるわけがない。
まあ時には自分が人生のプロであるかのような知った顔をした奴もいるがね、
とにかく実際には全員がアマチュアで、新人だ。(中略)
はじめて試合に出た新人が、失敗して落ち込むなよ」(p277)
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老犬は夕日の彷徨を眺めていた。
顔を上げ、平然と日が沈むのを見ていた。
焦りや恐怖、不安や後悔で霧が充満していた頭の中が急に晴れた。(中略)
犬の姿に見惚れてしまった。
薄汚くて老いた犬は、すべてを受け止めているかのような顔をしていた。
(中略)『怖れるな。そして、俺から離れるな』
目の前の老犬は言葉こそ発しないが、まさに同じことを
豊田に言っているように見えた。
仕事を辞めさせられたくらいで落ち着きを失い、
みっともないくらいにうろたえている自分に比べて、
この犬は何と堂々としているのだろうか。(p211)