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オーラ・スタイリングで、女の子の「美女目覚め」を推進中♪現実主義なスピ系スタイリストが綴る女の美と恋愛とお仕事

地獄に仏が、た〜くさん~片つけ☆2.6

2017年07月29日 | 片つけ☆
ハロ~今日もいい日ですね~
まいまいです♪

まいまいの片つけ☆タスク・パート2。
『2015年の出来事』
3つ違いの弟が、赴任先の中国で急死。父母とともに中国へ飛んだまいまいさん。

弟の突然の訃報を聞いてから、ショックすぎ、状況も分からず、さながら地獄のような日々にいた、父・母・まいまいでしたが。

不幸中の幸い。いや、地獄に仏。

って、いるんですね。

第一報をくれた弟のサッカー仲間たちが、アレやコレやと本当に誠心誠意に歓待してくださり・・・リアルに「地獄に仏」を見た。日々でもあったのでした。

弟は2つのチームに入っていて。1つはサッカー、もう1つはフットサル。ともに日本人の赴任者たちが集まって作る社会人サークルでした。

弟が倒れたのはサッカーの試合中で、サッカーチームの方々が応急処置やら救急車の手配やら警察への連絡やらをしてくださり。

『異国で1人で逝ったのではなく、多くの仲間がいてくれた。』

ということは、その時もその後も、私たち家族の心の支えになっています。ありがとうございます。

そんな経緯もあり、初日の夜からサッカー仲間たちの歓待が始まりました。
正統派の中華料理、行きつけの串焼き、サッカー好き大将の居酒屋、気に入っていたバー、火鍋料理、サッカーの合間にランチしたバーガーショップ、観光スポットの高級中華などなど。
チームメイトの皆さまは20代~40代(30代が多かったかな?)。日本でのキャリアを積み、ある程度の経験や地位とともに中国に赴任して来られた方が多いようでした。

「(彼)はチームでも中心的存在・・というか、ムードメーカーで(笑)いつもみんなを笑わせて盛り上げてくれていました」
「誰にでも声をかけて、僕も最初は(彼)に声をかけてもらって、そこからチームに溶け込めたんですよ」
「練習場の予約とかもやってくれて、練習も欠かさず来ていた」
「サッカーの方は・・理想と現実のギャップなのか?運動神経は悪くなかったですけど。本人は颯爽と駆け抜けてるつもりが・・周りから見るとドタドタ走ってました(一同大爆笑)」
「知らぬ間に変なアダ名をつけてるんですよ。”とまとバカ”とか。Sさん(年齢が上の方)にそんなこと言えるの(彼)だけですよ~(またも爆笑)」
こんな風に。美味しい食事やお酒をいただきながら、彼らが一様に伝えてくださったのは、

『(彼)は中国で楽しくやっていた。』
『仕事では大変なこともあったけど、仲間がいて、飲んで笑って過ごしていた。』

ということでした。毎回毎回楽しいエピソードの数々で笑わせていただきました。

後で聞いた話では。
『ご家族が中国を嫌いになってしまわないように。』
『(彼)が中国に来たことを、ご家族が後悔されないように。』
とにかく、私たち家族に楽しんでもらって、弟の中国での様子をたくさん伝えよう。その一心だったとのことでした。

私たち家族は、大人になるにつれて、家族の中では無口になっていった弟の、子どもの頃と変わらない姿を聞かされて、驚くと同時に嬉しくもあり。

「小さい頃から面白くて、よく人を笑わせていたんですよ。」
「少年野球をやっていて、その頃は細くて、足も速かったんですよ。(「それそれ!本人ずっとそのイメージだった~」と爆笑)」
「利かん坊で、欲しいものがあると床に大の字になって、手足をバタバタさせて泣いてね(また爆笑)」
「デパートで迷子になった時、探してたら「母ちゃ~ん」と大声で叫んだ後、「やべ、ここでは「ママ」って言うんだった」って言って。周りの人が笑って・・もう恥ずかしくて出て行きたくなかった(さらに大爆笑)」
家族だから話せる弟の小さい頃のエピソードを、父も母も話していました。

食事もお酒もどんどん進んで、大爆笑が沸き起こって、端から見たらお通夜になんか見えなかったと思うけど。その場にいる全員が、弟の死を悼み、悲しみ、受け入れ難い現実を、笑い飛ばしてなんとかしようとしている。そんな酒席でした。

その証拠に。
宴もたけなわ・・という頃になると。涙ぐんだり、号泣する人がいたり。
「僕たちの力不足で・・すみませんでした!」
父に向かって謝る人がいたり。

「あの時、もっと早く気付いて、試合を止めていたら・・」
「あの夜(亡くなる前日)、最後の1杯を止めていたら・・」
「僕はお父さんに断罪される覚悟でした・・・」
悔やむ気持ちを吐露する人が出てきたりするのでした。

「そんなことないです。こんなにやってもらって、(彼)も私たちも、ありがたいです」
「皆さんには、本当に、感謝の気持ちしかありません。ありがとうございます」
「(彼)にいい仲間がいたと分かって、本当に良かったです」
と、(今度は家族が)彼らを慰めながら、

「あぁ、彼らも、(彼)を、仲間を突然失ったショックと戦っているんだな・・目の前で見ていた方もいる・・相当の衝撃だろう」と、彼らの心の内を知るのでした。

私たち家族に、突然家族を失ったという悲しみがあるように。
仲間たちには、突然仲間を(しかも目の前で)失ったという悲しみがあるのだと、感じました。

そんな風に、弟という接点でつながった私たち家族とサッカー仲間の皆さんは、中国滞在中すべての夜を共に過ごし。弟が食べ飲みしたものを、同じように食べて飲んで、弟の思い出を語り合って、笑い合ったのでした。

こんな地獄も、そうそうないし。

こんな地獄に仏、もそうそういないな。

しみじみそう思いました。


続く。



私たちが、人生のどん底で見たものは・・・光☆でした。
どんな時も、どんな人にも、必ず、光☆はあり。守られ、愛されている、と信じています。
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