まいぱん日記

身近なあれこれ、植物のことなど

桜とパンジー

2013年04月03日 | パンジー

桜の花が開きはじめたら、今年はいつにも増して、しきりにパンジーを思い出すのでした。

パンジーは2003年に私が預かった子です。翌2004年の夏近く腎不全になり、うちの子として迎えました。
見た目には元気なときもありましたが、腎不全は重く、年末には余命2,3日と宣告されました。
平常10~20のBUNの数値が100を越え、いっとき具合が悪くなりながらも乗り越える。それを何度も繰り返しながら、ついには200近い数値も乗り越える強さを見せてくれました。
亡くなるまでの5ヶ月間、自然体でひたむきにその日その日を生き抜き、6月1日に亡くなりました。まだ3歳でした。

ひどく具合が悪そうで「もう散歩に行けないのでは?」との私の予想に反して、いつも時間がくると立ち上がり、散歩に出かけたパンジー。



満開の桜の下をただただ歩くことに集中して、ときにわんこにあいさつしたりしていたパンジー。


桜が咲くといつもこのときのパンジーを思い出します。

今年、桜が満開の3月25日、届いた小包を開けると、驚いたことに出てきたのは、
パンジーでした!!




送り主はミルコこと、ユキくんのお母さんのユキ母さん。
ユキくんが亡くなったとき、残った毛を使ってぬいぐるみを作ってくれる工房を調べるお手伝いをしたのですが、出来上がったユキくんがあまりにかわいかったからととパンちゃんを注文してくださったのだそうです。

ユキ(ミルコ)くん




私にまで申し訳ないです。
でもありがたくいただくことにしました
ユキ母さん、ありがとうございます!

パンちゃん、お帰り~。
多頭現場を出ることなく亡くなった姉妹のデイジーたちもパンちゃんといっしょにきてくれたかな?



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パンジー7回忌

2011年06月01日 | パンジー
今日はパンジーの命日です。

覚えていてくださったももははさんのメールに

 「パンちゃんのことは今も 立派な子だったなぁ~と思い出すことが 時折あります。」

とありました。
パンジーの「柔らかなひたむきさ」とも・・・・
いい言葉ですね。

平常10~20のBUNの数値が、パンジーはときに200近くにもなりながら、何度も立ち直り、自然体でひたむきに病いを生き抜きました。
もし闘病のときがきたら、お母さんもそうありたいよ、パンちゃん。


2005年2月






3月



4月



あれから毎年この木に花が咲くと、この道を歩くことだけに集中していたパンジーを思い出します。

パンちゃん、えらかった。

大好きだったパンちゃんも、そして6月15日が命日の父も夢の中にさえ出て来てくれません。

パンちゃん、よかったら、写真の前におやつをいっぱい用意したから、みんなが寝ちゃってからでいいから、仲間といっしょに食べにきてね。

それからね、ジュリアをお家の子にしたから、よろしく~。

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桜散る

2011年04月15日 | パンジー


今はこの桜が満開です。




染井吉野の花びらの上を散歩しました。



毎年散る花びらを見ると、パンジーがひらひら落ちてくる花びらにびくついていたことを思い出します。

でも、亡くなる年は花びらを散らす桜の下をただただ歩くことに専念していました。
あれから6年。早いですね。
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6月1日は

2009年06月02日 | パンジー
                                                            

パンジーが亡くなって4年がたちました。
パンジーが生きた年より年月がたったのですね。

パンジーのことをのせていたCGIBOYの日記は6月末でサービス停止とのことで、テンさんがバックアップして、別のアドレスに保存してくださいました。

パンジーのことをいつも思い出しているわけではないのに、日記を読みかえすと、そのときのことがよみがえってきて、今も読みつづけることができません。

日記にはいつも一生懸命に生きていたパンジーがいます。




桜が咲くまでがんばってほしいと願っていたら、パンジーは桜が咲いてから2ヶ月もがんばってくれました。

あれから毎年、桜が咲くたびにこの写真のときのパンちゃんを思い返します。
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今日は

2008年06月01日 | パンジー
                 マイと預かり時代のパンジー

昨日ももははさんから、
「明日はパンちゃんの命日ですね
パンちゃんのおかげで、今 ららがいます!」とメールをいただきました。うれしかったです。

そう、今日はわが家の愛犬パンジーが3年前に旅立った日なのです。
お花を飾っておやつをたくさん供えました。

パンジーが現場で捕獲器にかかったとき、ボランティアのRさんが「果たしてこんな子が人間に馴れるものでしょうか」とメールに書かれたことを思い出しました。
太古の時代から犬は人間のパートナーとして生きてきて、それはもうDNAに組み込まれているのではないか、わたしはそんな意味のことを返信しました。

その後、パンジーは預かりに入って、一度出戻って、わが家で預かったときはもうずい分人馴れしてました。
もっともっと生きて、人間に飼われたことなく成犬になった山犬パンジーだって人間のよきパートナーになれることをもっともっと証明してほしかったです。

  

     「お母さん、”証明”って、こう?」
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パンちゃん、今もね

2007年06月01日 | パンジー
              パンちゃん、大好きだよ~!


今日(6月1日)はパンジーの三周忌です。


”パンちゃん、元気ですか。
パンちゃんが逝ってしまってから、もう2年たちますね。
あのね、今もね、パンちゃんの日記を読んでくださる方がいるんだよ。
お母さんはそのことを知ってうれしかったから、パンちゃんにも教えてあげるね。

千葉わん卒業生マットくんのお母さんMEYさんが5月25日に書いてくださったコメントだよ。
「13日に先住わんこのちびを亡くしました。ちびは二度の癌手術を乗り越えてがんばりましたが、最期はあっという間に虹の橋を渡ってゆきました。
ちびが亡くなる4時間ほど前に、ぱんちゃんががんばっていた頃の日記を読ませていただきました。次の日までがんばってね、との思いで読ませていただきました。」
 
ちびちゃん、そっちに行ったかな? よろしくね!


ちょうど同じころね、千葉わん預かりの杏さんからもこう教えてもらったんだ。
「お友だちのわんこが慢性腎不全になってしまい、絶望的な状況ですが、パンちゃんの日記を見て、最期まで明るく過ごそう、苦痛を与える以外はすべてのことをしてあげようと決めたそうです。」

パンちゃんは重い腎不全を患いながら、いつもまっすぐ、一生懸命、そして生き生きと最後の日までがんばって、がんばって生きてくれたね。
そのがんばりは、重い病気のわんこの飼い主さんに今でも勇気をくれてるんだね。

パンちゃん、杏さんがね、天国のパンちゃんに「ありがとう~!」って伝えてくださいって。
お母さんからも「うちの子になってくれて、ありがとうね!」”
                                


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『わんこの健康・病気』
  ももははさんが書いてくださった「マイちゃんのコレステロールのこと」をUPしました。
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Happy New Year & Happy birthday!

2007年01月01日 | パンジー
新年おめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしく。

そして、

ももちゃん、パンちゃん、お誕生日おめでとう!

間に合いました! あと30分だけ、まだ1月1日です。
今日は姉の家に家族で行っていました。もちろん、マイもいっしょです。パンちゃんも3年前にはいっしょでしたっけ。あのときは、まだうちの子じゃなくて、預かりわんこでしたね。
帰ってきたら、昨日の大掃除のせいか、眠ってしまって・・・ 新年早々しまらないですね。
今年はせいぜいふだんから掃除に精出すことにしましょうか。
 
                 

               これはちょうど新しい年になったときのマイです。
               夢の中でパンちゃんと「ケーキ食べようね」って
               お話でもしているのでしょうか。
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カウントダウン

2006年12月30日 | パンジー
今年も今日でおわり。
カウントダウンといきましょうか。
そのときどき、思い出したり、気がついたことなどをUPしていきますね。

あと16時間。
  なんといっても年が押し詰まってきて思い出すのは、パンジーです。
  早ければ、あと数日と獣医さんからいわれ、家につれてかえってきて、そして
  2年前の今日

  1年前の今日
  3歳の誕生日を迎えてから、パンジーは5ヶ月間もがんばって
  くれたのでした。
 でも、4歳の誕生日は迎えることができませんでした。

  パンちゃん、大好きだよ。

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あと11時間。

  文ちゃん、里親さんのお家で新しい年を迎えるのですね。
似ているわんこがいっぱいいるっていう文ちゃん、里親さんと写っている写真、パンちゃんに似てまーす。ミルコにはやっぱり似てないな。

   ミルコはどこに?
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                 ななちゃんも見つかっていませんね。
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いつも掃除をさぼっているバチがあたって、家族が大掃除を始めてしまい、
カウントダウンはあえなくダウン。

皆さん、よいお年を!
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パンちゃんの場所を変えました

2006年08月19日 | パンジー
一昨日のももちゃん便りでももははさんが遺骨は日向に置いてはいけないと書かれていたので、今日パンちゃんの遺骨の場所を変えました。
今まではカーテンごしに日のあたる出窓においてあったものですから。
最近はまったく使わない1970年代の百科事典を処分して、そこの一部にパンちゃんの場所をつくりました。仕切りがあるのでちょっと狭いのですが、わんこは狭いところが好きですものね。

本当は今年の連休に八ヶ岳のデラのお墓の場所を整理していっしょにしてあげる予定だったのですが、父の具合がよくないものですからできませんでした。そこへいく道だけはつくりましたが。
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いつもいっしょだったね 5

2006年06月05日 | パンジー
「お母さん、まるで病気のようにそれをやっているね」と娘にいわれてしまいました。(”病気のように”だけよけいですよね。)
これで終わりです。

パンジーがわが家で暮らしたのは1年8ヶ月。(10ヶ月は預かりっ子として、10ヶ月はわが家の子として。)元気だったのは8ヶ月、あとの1年は最悪期から何度復活したことでしょうか。無邪気で明るく、ほんとうに健気な子でした。

大変な一生を送ったパンジーですが、"病気のように”いろんな写真をひとつの画面に集めているうちに、パンジーはわが家で相棒のマイとわんこらしい楽しみを味わい、主人のいる生活の平穏も知ってくれて旅立った。しかも死を前にしてのがんばりは家族ばかりかたくさんのひとを勇気づけてくれたのですから、パンジーはいい犬生を送ったのだと思えるようになりました。
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パンちゃんの命日に

2006年06月04日 | パンジー
一昨日6月1日は暑い日でした。午前の散歩の途中、マイの息が荒いと思ったときがあったのですが、とってもごきげん、原っぱでごろごろしたり、ぐるぐる走りまわったもいつもどおりなので、気にしませんでした。
散歩から帰ってから、ハァハァとあえぐので、熱中症かと手当てしました。
ちょっと落ち着いたら、今度は外へ出たがります。川原とは反対方向を大きくまわって、コロちゃんのところも通ったのですが、あいさつもせずにとおりすぎました。
動物病院の前で立ち止まり、自分から入っていきます。ついでに診察を受けました。やはり少しあえいでいますが、熱もありません。心電図をとりました。
先生は、マイの肺はフィラリアがいた影響が出ているといわれ、医学書をだしてきて説明してくれました。血管の壁が厚くなって、血流が悪くなるのだそうです。「薬を出しますけど、まず体重を減らすこと!」(血液検査の結果は後日。)

午後、散歩に行くまでマイは家に入らず、ずっと庭の敷石の上で伏せの姿勢をして過ごしました。こんなこと初めてです。

夜は部屋を出たり入ったり、だれもいない部屋の戸をひっかいたり、父の部屋に入ったり、廊下で階段方向を向いて伏せをしたりして、夜中にやっと自分のベッドに戻ったのでした。

翌2日。
川原から甲州街道方面をぐるぐると散歩。今日もコロちゃんへのごあいさつはなしです。そんなよゆうはない様子。動物病院へもいって、中までチェックし、またさっき行った所にもどってみたり。そんなふうに1時間半以上も街をさまよいつづけました。
何か探しているのです。でも見つからない。こっちまで切なくなってきました。
「お家に帰ろう」といえば、いつも素直に家に向かって歩き出すのに、なんとしてもいうことをききません。
結局、母は16、3キロ(0,2キロしか減っていませんでした)のマイをだいて、家にもどったのでした~。

午後パール母さんがパルプリ姉妹といっしょに、パンちゃんへのおみやげをもって、来てくださいました。
プリちゃんはほんとに素直ないい子で、かわいい。大好きです。

         マイのベッドにごろんするプリちゃん


最後はいっしょにお散歩。

        みんながじーと見つめる先は・お・や・つ。
                   

パルプリ姉妹が家にきてくれたおかげで、マイはふつうの状態にもどったようです。

母の中で、亡くなったあとのパンちゃんは、いつも仲間たちと楽しく駆け回っています。

1日の明け方、いえ、亡くなった0時44分ころかな、パンちゃんは「みんなでわたしのお家にいってみよう!」って、もどってくれたのかもしれませんね。
みんなでやってきて、家のまわりをぐるぐるまわっていたのかな?
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いつもいっしょだったね 3

2006年06月03日 | パンジー
なんだか止まらなくなってしまいました~。
写真を選んだり、貼りつけているうちに、パンちゃんと再会しているような気持ちになって、いつの間にか写真をちゃんと見られるようになっていました。
家にいた1年8ヶ月をパンちゃんはそのときどきの力の限り精一杯生きた。
早ければ2,3日、どんなに長くても1ヶ月といわれたのに、一日一日を精一杯生きることで、5ヶ月以上もがんばった。
パンちゃんと出会えてよかった・・・・今は素直にそう喜べるようになった気がします。

しつこいんですが、あと1回でおわりです。しゅうたくんの金メダルをかけたパンちゃんを載せなくてはね。
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いつもいっしょだったね 2

2006年06月01日 | パンジー
パンちゃんだけの写真よりマイといっしょの写真を見る方が気持ちが楽なので、ふたりいっしょの写真を集めていました。
でもやっているうちにパンちゃんだけの写真も載せたくなりました。
だって、パンちゃんはいつもまっすぐで一生懸命、生き生きしている。
パンちゃん、ずっと、ずっと大好きだよ。
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いつもいっしょだったね

2006年06月01日 | パンジー
一昨日ももははさんからメールをいただきました。

「マイちゃんのPCの下にいる写真を見ていたら、パンちゃんを思い出し、以前の日記を読み返しました。

明日は、ムックンの日で、あさってはパンちゃんの命日ですね。
パンちゃん、ムックンの日を悲しい日にしないように頑張ってくれたのでしょうね。
本当に、健気で、頑張り屋さんで、パンちゃん、かわいいなぁ~って改めて思いました。」

読んでいるだけでもう涙がとまらなくて・・・。
泣きながら(笑)日記から写真を集めました。


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草伸びる

2006年05月23日 | パンジー
パンちゃんが大好きだったイタドリの草むらが、いつの間にかこんなに伸びていました。
暑い日にはこの中で寝そべってたね、パンちゃん。


その草むらの先がこの原っぱ。今日もマイはぐるぐる、ごろごろでした~。
           
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