まいにち和む

いわゆるただの日記です

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自分を肯定するまでの道のり③

2017-06-14 00:25:47 | 日記
病院へ向かう電車の中で、私はホッとしたような、悲しいような、妙に静かな気持ちになりました。
もう家族にも言うしかないし、仕事ももう退職を決めていました。

病院では、環境要因と性格要因の2つを改善していくことで治ると言われ、認知行動療法を勧められました。
会社の環境についてはもう、元々の原因となった前職は退職しているし現職も退職すると決めていたのでそれでいいとして、問題は私の性格…物事の捉え方や考え方、思考回路についてでした。
これが変わらないことには、今後もしもうつ病が治っても再発する可能性が高くなるということです。
まず「あなたは頑張り過ぎ。会社が背負うべき問題まであなたが背負ってフォローしている。会社(前職)もあなたに甘えすぎだと思うが、あなたもちゃんと自分の責任の範囲を見極めて、線引きをしなければならない」と言われました。
これは前職にいた当時、Aの管理能力のなさから生じた状況をどうにかして上手く解決するために余分なフォローをしなければならず、結果私の勤務日数や残業時間がかなり多くなっていた状況に対してでした。
Aからは精神的なダメージもかなり受けていたのですが、そういう身体的な無理からくるストレスもかなり負担にはなっていたのです。
「責任感が強いのは良いが、何でもかんでも「自分がやればいい」「自分がもっと頑張れば済む」と考えて引き受ける必要はないんですよ。そんなあなたに甘えていた会社も悪いが、あなたも自分で何でも背負うことをこれからは変えていきませんか?」
と言われました。
「あなたは充分頑張った。頑張り過ぎるほど頑張った。本当に責任感の強い人ですね。なので少しの間だけ、休んでもいいんじゃないでしょうか」
そう言われて初めて私は、目から鱗が落ちたように今までの自分のことを理解しました。ああ確かに。AやBにやられたことや会社の体質は確かに変わらない事実だけど、その状況を作った原因は自分にもあったのだ。
私は自分のことを全て後回しにしてきた気がする。
もっと自分を守るべきだったのかも知れない…。

私の脳裏にふと、二人の同僚の姿が浮かびました。

前職にいた当時、私にはAへの愚痴を言い合う同僚が数名いました。
そのうちの一人は、Aからの扱いや仕事上の被害が私よりもひどいと感じることもありました。
しかし、その人はAの招いた状況をある程度はフォローしたけれど、基本的に自分の仕事の範囲を自分で決めて、余分なことはしないでさっさと帰宅していました。そして家に帰れば気持ちを切り替えて、家族との時間や自分の楽しみに時間を費やして上手にストレスを発散させていました。
余分なことは一切しないため特に評価はあがることはなかったようですが、一定の位置を安定して保っていたと思います。

もう一人別の同僚(Dとします)は、以前Aによって降格となりました。Aの報告によってかなり評価が低くなり、その評価が定着したため、その後どれだけ頑張ってももう、認めてもらえる可能性はほぼありませんでした。
そんなDの、自分を守る方法はなんだったかと言いますと、
Aと私たち同僚という、対立する両方の側の、それぞれのスパイをすることでした。
更にDは、普段は散々私たちにAの悪口や不満などの他、「Aがあなたのことをこう言っていた。酷いね」などと本人に告げたりしてAへの反感を増幅した上で、Aを陥れたり引きずり降ろすための作戦なんかを提案しました。
しかし、絶対に自分は表に出ずに全て他の人にやらせていました。
その一方でDは、実はAから家に招待されるほどの関係を築いていたというのですから、それを知った時には本当に驚きでした。
つまりDとすれば、Aへの恨みは大きいが、保身のためにはとりあえず社長の後ろ楯があるAに取り入るのが一番良いと考えたのです。でも降格やその後のバカにされ続けた扱いの恨みは晴らしたい。
そのために、自分の手は汚さずに周りを使ってAを潰そうと考えたのです。
上手くいけばラッキー、もしもその人が失敗したとしても、Aと仲良くしていて、更に実行は絶対にしない自分は安全。実行した人の立場が悪くなるだけ。そういうことでした。
Aが原因で辞めた人達の半分以上が、実はDと関わりが深かったことに気づいたのは、私が退職する少し前でした。私も実は利用されていたことに気づくと共に、Dの思惑も露呈する形になりました。
まあ、Dがそういう策を思い付いたきっかけが、Aからスパイをするように持ちかけられたことだったらしいので、ため息が出ます…。
AはDを降格して、更に評価が上がらないようにして心理的に追い詰めておいてから、自分の言うことをきくスパイにしたということです。Dのしてきたことは酷いですが、Dもまた、自分を守るのに一生懸命だったのだろうと思います。

二人の同僚のどちらも(行為が正しいかどうかは別として)自分のために大事なものを明確にし、切り捨てる部分や責任を放棄する部分を決めていたという意味では、同じです。
会社を辞めずに生き残るために何が必要で何が必要でないかを見極めて選択をしたのです。

私には、それができなかった。
私はもっと自分を大切にするべきだったのだ。
決してこの二人の同僚のようにするべきとは思わないけれど、私は私なりに自分を守ろうと思えば守れたかも知れない。そうしたら、会社を辞めずに済んだのかも知れない…。

改めて後悔や悔しさ、悲しみなどの思いが溢れました。
それでも初めて具体的な自分の問題点を理解したことで、少し希望に似た思いが生まれたのも感じていました。

続きは後日書きます。

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