ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

【映画】ブラック・スワン:ナタリー・ポートマンが演じる母殺しと自分殺し

2011年05月15日 | 映画♪
「レスラー」で見事に男の愚かさと哀愁を描いたダーレン・アロノフスキー監督が、「レオン」でマチルダを演じたナタリー・ポートマンを主役にバレエ・カンパニーを舞台に描いたサイコサスペンス。母娘関係の難しさや抑圧された欲望など、心理学的な観点から見ても非常に面白い作品。男性よりも女性の方が共感する部分は多いかもしれない。

【予告編】

映画『ブラック・スワン』予告編


【あらすじ】

ニューヨークのバレエ・カンパニーに所属するニナ(ナタリー・ポートマン)は、元ダンサーの母親・エリカ(バーバラ・ハーシー)の寵愛のもと、人生の全てをバレエに捧げていた。そんな彼女に新作「白鳥の湖」のプリマを演じるチャンスが訪れる。だが純真な白鳥の女王だけでなく、邪悪で官能的な黒鳥も演じねばならないこの難役は、優等生タイプのニナにとってハードルの高すぎる挑戦であった。さらに黒鳥役が似合う奔放な新人ダンサー、リリー(ミラ・クニス)の出現も、ニナを精神的に追いつめていく。やがて役作りに没頭するあまり極度の混乱に陥ったニナは、現実と悪夢の狭間をさまよい、自らの心の闇に囚われていくのだった……。(「goo映画」より)


【レビュー】

映画の世界では心理サスペンスやサイコホラーといったものは多いのだけど、多くは心理学で語られる世界とは程遠いものばかり。多重人格といった状況は利用しても、それが生じる背景への深堀がなされていないなど、まぁ、いい加減なものが多い。しかしこの物語で描かれている世界観は十分念密に練られている。

ニナを追い詰めていったもの、それは何だったのだろう。初の主役というプレッシャーか、官能的な黒鳥の演技か、リリーの存在か。しかしそれらは表面的なものだ。彼女を追い詰めていったもの、それは母親がニナにかけた呪縛だろう。

ニナの母・エリカもかってはバレリーナであった。プリマを目指すもののそれが果たせぬまま出産を機に引退、その夢を娘・ニナに託すことになる。ニナはエリカの期待通りバレリーナとなり、「白鳥の湖」の主役を射止める。しかしそこには大きな課題が待っている。優等生タイプの自制的なニナには、トマスが求めるような官能的な黒鳥を演じるには物足りないのだ。

ニナが自制的になっているのには母・エリカとの関係が影響している。エリカのニナへの愛情は本物だし、ニナがバレリーナとして成功するためにいろいろなものを犠牲にしている。エリカがバレーを諦めたのもその1つだ。その結果、エリカとニナの関係は「マゾヒスティック・コントロール」にあるといえる。

マゾヒスティック・コントロールというのは、母親の自己犠牲的な奉仕によって自身が成り立っていると娘が考えることで、結果的に母親の支配下に置かれる状況のこと。そのため、ニナはエリカの願望を自身の願望と同一視し、自らの(性的な)欲望を抑圧し、少女のような清らかさを守りつつ、バレリーナとしての成功を目指すことになる。

しかし抑圧された「欲望」は決して消えるわけではない。それは失われた「半身」のように、潜在意識の奥底に潜むことになる。爪で背中を掻きむしることはその現れだろう。黒鳥を官能的に演じるためにはこの「欲望」を認めなければならないのだ。

トマスから迫られることで、理性では拒否しながら無意識下で反応するニナ。自由奔放なリリーとの関わりの中で、やがて抑圧されていた半身は1つの人格として、リリーに投影されながら姿を現すことになる。混乱し、不安となり、リリーの存在に驚異を感じるニナ。やがて彼女は精神的に不安定となっていく。

それに追い打ちをかけるように、エリカはニナの邪魔をしようとする。エリカにとって、ニナは自らの夢を託した存在であり、その成功は望ましいものだ。しかし同時に、自らの保護下でなければならない存在でもある。自らが支配し続けるために、ニナが独自の自我を持ち自らの期待以上の存在になることは望まないのだ。このあたりの母娘関係の複雑さは、斉藤環さんの「母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか」に詳しい。

初演前日、エリカはプレッシャーや不安から精神的不安定となったニナを介抱し、そのまま舞台を休ませようとする。ニナはエリカを振り切り会場へと向かう。「母殺し」。この瞬間、ニナはエリカから精神的にも独立することになるのだ。

会場に辿りついたニナ。白鳥のシーンを演じ、黒鳥になるために控え室に向かったニナは、そこでもう1人の自分=リリーの姿をした自身の欲望と向きあうことになる。彼女が官能的な黒鳥を演じるためには、このもう1人の自分を取り込まねばならない。

「聖(≒無垢)」な存在としてのニナと「俗(≒性的な欲望)」な存在としてのニナ。自分が代わりに黒鳥を演じると言った「俗」なるニナに対して、「聖」なるニナはこれは自分の舞台だとして譲らない。対峙する2人。聖なるニナが舞台に立つという欲望のために、俗なるニナを殺すことになる。「自分殺し」。

その結果、そこに現れたのは、「聖」「俗」両方を飲み込んだ、統合された自己だ。ニナは力強い黒鳥を見事に演じきり、また夢敗れた白鳥の儚さも見事に演じきるのだ。

「完璧だ」そう呟くニナ。

人間はそもそも「聖」だけでも「俗」だけでも生きられない。その矛盾した両方を1つの肉体の中に収めている。ニナは「母殺し」と「自分殺し」を通じて、1つの本来的な「人格」、母から独立した1つの人格を手に入れることに成功したのだ。

ニナがその後、どうなったのかはわからない。しかし再び舞台にたったならば、生きることの強さと弱さの両方を演じきれる凄さを持っていることだろう


【評価】
全体:★★★★☆
白鳥と黒鳥を演じわけるナタリー・ポートマンの凄さ:★★★★☆
心理学的に見ると非常に面白いですねー:★★★★★

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1 コメント

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Unknown (ああ)
2012-11-20 22:13:15
すばらしいレビューでした

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