たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の素材にされても責任は負いかねます。お気軽にコメントをお書きください。

伊豆沢左岸尾根~品刕~天宮尾根下り。アップダウンが半端でなく泣きが出てしまった。

2016年12月13日 12時57分42秒 | Weblog
◎2016年12月9日(金)

両神郵便局前バス停(8:14)……神社(8:28)……左岸尾根(8:47)……483m標高点付近(9:09)……476.7m三角点(9:58)……541m標高点付近(10:40)……536m標高点付近(11:09)……560m標高点付近(11:51)……616m標高点付近(12:26)……品刕639m三角点(12:57)……644m標高点付近(13:23)……天宮尾根分岐(13:59)……521m標高点付近(14:48)……稲荷神社(15:29)……日野鷺橋(15:54)……武州日野駅(16:01)
※表記時刻はそれぞれのスポットでの到着タイムです。これに休憩が加わっての滞在時間になります。

 「品刕」(しなしゅう)とは何とも不思議な山名だ。「刕」の字を調べると「リ、レイ、ライ、サク、さく」とは読んでも「シユウ」の読みはない。この二等三角点の基準点名は「品藾」となっていて、4年前にここに山名板を取り付けた方の記事を拝見すると、これは「ひんしゅう」と読むようだ。「藾」の字にも「シュウ」の読みはなくライだけ。両字ともにライではなくシュウの読みをあてがっている。このピーク、品刕以外に「白井指」という呼び名もある。西に「大指」という地名があり、両神山の登山口には「白井差」がある。「差」と「指」もからんだ疑問も改めて出てくるが、ここではまずはどうでもいいことにしておこう。こんな疑問をすっきりさせてから山に登るという人もいまい。
 この品刕、標高640mほどの山ながらも、どうやって歩くか、いろいろとコース取りに悩んだが、結局、伊豆沢左岸尾根(西側)から登り、天宮尾根で下ることにした。天宮尾根下りはルーファンも楽しめるようで、十津川村さんのご推薦でもある。伊豆沢左岸尾根については、末端から登りたかったが、バスの便やら、後での車の回収を考えるとどうもすんなりと事が運びそうもなく、三峰口駅から小鹿野町営バスを利用し、地図上の上大胡桃あたりからの枝尾根利用で乗り上げることにした。

 当初は熊谷から秩父鉄道利用で行くつもりでいたが、出がけにネットで、熊倉山で白骨遺体が発見されたニュースを見てしまい、関連記事を探したりしていたら出発が遅れ、高崎線の乗り換えを含めると電車時刻には間に合いそうもなく、そのまま車で秩父に向かった。秩父鉄道の場合、併行して走る車の方が早いこともある。気になる白骨遺体、結局、ニュースの詳細は知れず、日野コースから離れた、標高1200m付近、40度ほどの急斜面での発見だったそうだが、40度といったら半端な斜度ではなく、今日は落葉で滑らないように注意しないとなぁと思ったりした次第だ。

(閑散とした車内)


(両神郵便局。ここから歩く)


 武州日野駅の駐車場に車を置く。気温は-1℃。秩父は寒い。駅舎に駐車代を払いに行くとスタッフの姿が見えない。トイレに寄ったり、準備をしていたらようやく構内にそれらしき方が現れた。駐車代は310円。駐車場に他の車はない。7時39分発の下り電車に乗る。3両編成で乗客は自分を含めて4人。このうちの一人はハイカーのようだ。次の白久駅で小学生が15人ほど乗り込む。大方、地元の学校が三峰口駅の方に統合されたのだろう。ランドセルに鈴をつけている児童もいるが、クマ除けだろうか。日常的なものだとすれば恐ろしい。
 三峰口駅から両神庁舎行きの小型バスに乗る。乗客は他に一人。秩父線に乗っていたハイカーだ。まさかこんな平日に偶然、同じコースということはあるまい。バスはトロトロと走る。時速30kmもない。後続の車をどんどん抜かせる。「薬師の湯」で停車すると、ここはバスターミナルになっていて、しばらく停車した。もう一人のハイカーはここで日向大谷口行きのバスに乗り換えた。両神山だろうか。終点の両神庁舎一つ手前の両神郵便局前で下車。乗車賃は荒川地区ゾーン200円+町内ゾーン200円で400円。町内ゾーンでの乗り継ぎは無料になるようだ。

(両神山。手前右側の山は472.5m三角点の明神山というらしい)


(八坂神社)


(稲荷神社)


 バス停から50mほど戻って橋を渡る。橋の名前は大平戸橋とある。渡って北に向かうと、左手先、川越しに両神山が見え、しばらく行くと右手上に八坂神社。神社とはいってお堂というよりも物置仕様だ。この先、地図にはさらに2つの鳥居マークがある。下調べでは稲荷神社と愛宕神社ということになるが、予定では愛宕神社の先から入るつもりでいた。それにはわけがあり、左岸尾根と送電線がクロスする390m付近の展望が良いらしいという情報があったからだ。
 右手にいわくありげな道があり、入ってみる。赤い鳥居があった。これが稲荷神社かと思ったが、鳥居には「宇賀魂神社」という厳めしい名前の額がかかっている。奥に入ると稲荷大明神の幟が出てきて、稲荷神社があった。まずは参拝する。だれもいないからやる。だれかがいたらやらない。たいして信心深いわけでもない。

(神社の脇から上がる)


(伊豆沢左岸尾根に出た)


 神社の脇にピンクテープがあって、上に踏み跡が続いている。予定を変更してここから登ることにする。ここから左岸尾根に入るハイカーがいるとは思えない。続いているピンクテープも歩きの目印かどうかは怪しいものだ。雑木と植林の混合疎林を登って行く。さほどの急斜面ではないが、雑木のところはどうしても落葉で滑る。踏み跡は落葉で消えてしまったが、上を目指すだけだから迷うことはない。神社から20分ほど登って、杉の植林帯に入り、左岸尾根に出た。
 この先、品刕まで、標高差もさしてない平坦な尾根に思えるが、地形図を見る限りは17ほどの小ピークがある。これを甘くみていた。実際には、地図上には表れていない小ピークがいくつもあり、これが結果的にはうんざり歩きになってしまい、品刕直下では試練尾根に思えるほどでもあった。

(胴体部が没した石祠)


 この尾根、しばらくは右下に両神の町を眺めながらの歩きになる。両神山が見えてくる。やはりこの辺に来ると両神山も大きい。早速、石祠が現れた。伊豆沢両岸尾根を歩かれた方の記事を読んだら、都合20基ほどの石祠を見かけたようだ。それを楽しみにしていた。屋根部のみかと思って、ちょっとがっかりしたが、よく見ると、胴体部は土の中に埋もれていて、回りは杉の葉がかぶっている。掘り出したいところだが、まだまだ先は長い。修復作業に時間を取られるわけにもいかず、ここはこらえることにしよう。

(大平戸山)


(何だろうか)


(大平戸山から。展望スッキリはここだけだった)


 右に下る踏み跡が見える。この後もこんなのが出てくるが、しばらくは高いところを歩けばいいだけのことで、迷うところもない。一登りすると伐採地らしき高みが先に見えた。周囲も明るくなっている。483m標高点到着。周囲が開けていて展望スポットだ。二子山もくっきりと見えている。このピーク、大平戸山という名前があるらしい。何のマークなのか、正方形の屋根型のコンクリートが据えられている。ここは大規模伐採地ではなく、周囲のみ刈られているといったところだ。気持ちがいいので、ここで休んで菓子パンを食べて一服。出がけは寒かったが、陽が上がり、そろそろ暑くなるような気配を感じる。この先を眺める。平坦な尾根続きかと思っていたが、視界中のあそこのピークと次のピークはうまくつながっているのかなと思うようなところが先々にあり、これは安易に考えていたかなと、ちょっと不安になる。品刕は視野の中にあるのか知らないが、どれがそれなのかさっぱりわからない。

(東電ポール)


(文化年間の石祠)


 下ると安曇幹線のポール。297号と29?号の巡視路分岐。巡視路が尾根を横断している。巡視路を使えるものなら使いたいが、横断しているではどうにもなるまい。
 2基目の昭和の石祠を見て、5分ほど行くと今度は文化年間の石祠。確かにここは石祠が多い。古道が通っていたのだろう。どこに続いていたのかわからないが、文殊峠の方ではないだろうか。金精神社というのもあるし。

(伐採の作業道がクロスする)


(476.7m三角点)


 また下って登り返す。鞍部には車が通れそうな作業道が通っている。これに気をとられて方向感覚がおかしくなったのか、次のピークでミスをする。尾根を間違えて東に下っていた。コンパスを改めて見るまで気づかなかった。戻る。
 ここを歩く方は、大方が476.7m三角点と先の541m標高点に立ち寄るようで、自分もまた例外なく立ち寄るつもりでいた。三角点のある尾根はすでに左に見えていたので、本尾根からショートカットを企てたが、シカ道を使っても落葉で滑り、かえって体力を消耗してしまった。実は、ここまでのアップダウン続きが、最初のうちはまたか、またかといった程度のものだったが、次第にうんざりしてきていて、少しでも楽をしようとショートカットをした結果がこういうことになる。
 三角点峰は植林のピークでもなく見晴らしはいいが、たいした景色が目に入るわけでもなく、雰囲気として落ち着けるスポットではない。山名板はない。点名は伊豆沢。一服して戻る。余計な登り返しを増やしてしまったかといった気分。

(神社)


 尾根を下ると、今度は小さな木の社が置かれている。発泡酒の空き缶とワンカップの空き瓶が供えられている。随分と安上がりの神社だ。地図を見ると、ここには大久保というところから破線路が上がって来ているが、確かに明瞭な道があった。この神社で道は終わり、この先の続きはない。

(下っては登る。そしてまた下る。これを繰り返す)


(541m標高点ピーク)


(ピークには何かがあったのだろう)


 だらだらとアップダウンが続く。うんざり感は惰性気分になり、次第に何も感じなくなってきた。身体も汗ばんでくる。真下に民家の屋根が見えたりする。541m標高点はわざわざ登るまでもないピークだが、ここは地形的にトラバースして先に行くことができず、小高いピークに一旦上がらないと進めないようになっている。ここから541mはすぐ先に見えているので、断わるわけにもいかずといった具合に541mに登ることになってしまう。ここには以前何かがあったのか、石造物を壊したように石やコンクリートの破片が散乱している。

(町を見下ろしながらの歩き)


(放置されたアンテナ)


 尾根道も大分明瞭になってきた。人の出入りも多いのだろう。その証拠に、もはや現役ではないだろうが、テレビ視聴用のアンテナが横倒しになっていたりする。ずっと疎らな植林の中を歩いている。たまに雑木が混じるといったところだろうか。決して気持ちの良い歩きができるといった尾根ではない。登っては下り、下りきっては登り上げる。全体の標高は少しずつ上がってはいるようだが、それが実感として沸いてこないからつらいものがある。

(これは明治のもの)


(武甲山が見えてくる)


(こんなヤセも出てくる。長くは続かない)


 明治の石祠を見て536m。休憩。ようやく往路の後半戦か。何だか疲れたなとぼやく。大福を食べ一服して下る。11時を過ぎたばかりだが、意外に時間がかかっている。この分では品刕に着くのも1時はきついかも。となると、天宮尾根で迷っていたら、暗くなってやばいだろうな。そのまま白久駅まで下ってしまおうかなんて弱気な考えも出てくる。
 次第にアップダウンの標高差がきついものになってきた。暗い植林の中を通ったり、ヤセ気味な尾根になったりもする。変化のある尾根といったら聞こえはいいが、これまでの足取りを思うと、ここで変化をつけられると応えてしまう。左手樹間のすき間から天体観測所らしきものが見えてくる。

(フタをしたような石祠)


(品刕はあの中にあるとは思うが)


 560m標高点は石祠のあるピークだ。屋根がなくなったのか、その辺の手頃な石を乗せたような格好をしている。字がかすれて読みづらいが明治四十二年ぽい。江戸期のものは3番目に見た文化物だけか。ここのピークからようやく、あれが品刕じゃないかといったピークが見えてくる。その左側には武甲山。木立ですっきりしない眺望だ。

(616m標高点で休憩)


 森林公社の杭が出てきて、正午の時報のオルゴールが聞こえてくる。淡々とした尾根に戻る。アップダウン以外の変化のない尾根に戻って616m標高点。ここまで来れば品刕も近い。休憩。ここにもアンテナが3基置かれている。1基は倒れている。地図を見る。この先で北からの破線路に合流するはずだが、さっきの560m標高点過ぎにあるはずの破線路らしきものも見ることはなかった。おそらく、これも怪しいだろう。この先、品刕との間に小ピークがある。地図上はたいしたこともないが、その先で550mまで下降して639mの山頂に至るといったところだが、この90mの登りが地獄かもしれないなぁ。

(神社の屋根だろうか)


(90mを登りつめて)


(品刕山頂に到着)


 木の社でもあったのか、トタン屋根だけが残っている。下って平坦になったところを行くと、植林の間の正面に品刕のピークが見えてきた。やっと山頂というよりも、ようやくこれで上り下りの連続から解放されるといった安堵感の方が強い(実際には復路でも続くことになるが)。休み休みで登って山頂に到着。1時前には何とか着いた。ここまで少なくとも20回の登っては下りを繰り返した。
 薄暗い山頂だ。陰気な感じいうか…。さして広くはない。道標には、北側に文殊峠、釡ノ沢五峰、南側に荒川方面と記されている。ここはただの「三角点」だったらしいが、冒頭で記した方が4年前に「品刕」の山名板を追加したのだろう。ここで久しぶりにラーメンを作って食べる手はずでいたが、夜に用事があり、どうしても5時半には家に着いていたい。ここまで予想外の時間がかかったので、先が見えない状況になっている。どうせ長居する気分にもなれない山頂だし、タバコを一本吸い、ミカンを食べ、15分の休憩で退散。

(下る。植林の中で景色がしばらくきたない)


 ここから南下する。一時は白久駅に下りる気弱なことも考えていたが、予定通りに天宮尾根下りにする。また下って登りになった。何だ引き続きのアップダウンかいな。もう楽観歩きはなしにしよう。小ピークを越え、きつく感じる登りを上がると標高点644m。本日の最高峰だ。この辺から赤テープが出てくる。これまでも目印がなかったわけではないが、作業用なのか紛らわしいものだった。この赤テープはハイカーの目印だろう。

(明瞭な巡視路。使えばいのに、どこに出るやら不安で尾根伝いに行く)


 続いて、送電線の巡視路も入り込む。ポールが立っている。天宮尾根も含め、下りルートでは2幹線の3か所で送電線と接することになっている。最初に現れたのが「新秩父線83号・84号」のポール。ここで、鉄塔のNOを調べておけばよかったと後悔した。巡視路は尾根裾を巻いて歩けるので、くたびれたハイカーにはホットな情報のようなものであるが、鉄塔のNOが分からなければどうにもならない。巡視路がどこに向かうのか想定できないからだ。この83号、84号については、地図に合わせると西に続く破線路に重なっているから、これは使えないだろう。
 細かい尾根が左右に分岐していく。天宮尾根の分岐までは品刕からほぼ南下だから、まめにコンパスを見ながら下る(とはいっても、相変わらずの上り下りだが)。しっかりしはじめた踏み跡も、場所によっては消えたりで不安になることもある。赤テープは不明瞭なところにはなく、明瞭なところに付いていて役に立たない。

(巡視路を使ってみるが、崩れかけのところもある)


(NO.82)


 「82号・83号」が出てきた。83号は来た方向に向いた矢印だから、先の尾根上にある鉄塔が82号かもしれない。これを辿ってみようか。巡視路を辿ってピークを2つほど巻いたが、まだ疑心暗鬼なところがあり、無理にピークに出てみたところが2か所。案の定、ピークを下って巻き道に合流すると、さも、お待ちしておりました、ご苦労さまですと言いたげにポールがつっ立っている。
 「81号・82号」となって鉄塔に出た。これが82号だろう。ここで休憩がてらに鉄塔の周辺を回ったものだから、いざ尾根に復帰しようとしたら、わけがわからなくなってしまった。山稜が複雑になっている。コンパスの向きはまだ生きているので、合わせてあれかなと目星をつけて小高い尾根に上がると正解だった。

(天宮尾根分岐)


(天宮尾根に入る)


(滑りそうなところにはロープがあったりする)


(ここの通過にはヒヤリとした)


(大天狗)


 尾根沿いの巡視路を進むとそろそろ天宮尾根の分岐。天宮尾根というのはここからだろう。白久駅に行くにはこのまま南下する。この分岐でちょっと悩んだ。地図にない尾根がある。だが、ここには「81号」を示すポールがある。81号はこの先にある鉄塔だろう。入り込みにさして迷うことはなかった。
 落葉でズルズルと滑る。これは作業する人向けのものだろうがロープも張っていたりする。先のピーク越しに鉄塔が見えてくる。あれが81号か。斜面に取り付けられた、腐りかけの板を通した渡しを慎重に渡ると、右手に社があった。登ってみる。社の裏に「大天狗」と彫られた丸い石碑があった。この情報は知らなかったが、大天狗があれば小天狗もあるのではないのか。巡視路迂回をするようになってから、省略したピークがいくつかある。あるいは、その中の一つに小天狗があったのではないのか。もしくは、この先にあるかもしれない。これからの巻きはやめにしよう。だが、帰ってから調べると、あるのはどうも大天狗だけのようだ。
 大天狗はガケ状のところに立っているようで、街並みを間近に見下ろせる。この尾根は南東に下っているので、この後、下るに連れて町が近づいてくる。

(ゴルフ場があって、その後ろが長尾根だろう)


 81号鉄塔の下でチェーンスパイクを巻く。最後で滑って白骨遺体になっていたのではどうにもならないし、尾根が植林ではなく雑木になったため、自力での滑り止めもそろそろ限界だった。装着すると下りが大分楽になった。こんどは「80号」のポールが出てくるが、この幹線はここから南に向かうので、巡視路はもう使えない。

(521m標高点)


 踏み跡がしっかりした尾根道が下って行く。こちら向きに「80号・81号」のポールが続いて521m標高点。また植林が混じってきた。この先でミス。知らずのうちに南に下る尾根に引っ張られていた。そのまま下っても破線路(すぐに実線になる)にぶつかるようだが、ここまで来た以上は神社まで律儀に下りたい。さっきからゴルフ場らしきものが見えたりしているのだから余計にそう思う。

(見晴らしスポットから。何とか明るいうちに戻れるか)


 引き続き紛らわしい尾根が分岐する。ヤブめいた巻き道を通過して行くと、先に鉄塔が見えてきた。鉄塔の下には「三峰線41号」のポールがある。次の40号鉄塔がすぐ左手上に見えている。ここまで来ればもうフィニッシュだ。おとなしそうな尾根を南東に下って神社に出る。後は道歩きだろう。

(こんなのが現れた)


(お炊上所)


(稲荷神社)


 間もなく忽然と物置のような建屋に出た。中には木の社が3基。下は神社のようだから、さしずめ奥の院といったところか。案内板も何もない。この先に尾根は続いているが、ヤブで入り込めない。後は、ここから続く小径を下るしかないようだ。
 神社の上に出た。簡素なお堂があり、これが奥社だった。中には陶器のキツネが並んでいる。お稲荷様か。「お炊上所」とある。金刀比羅宮前を通って、本殿の稲荷神社に出た。人の気配はまったくない。よくは知らないが、一般的にお稲荷様とはいっても、正式な神社名があるのではなかろうか。この神社に稲荷神社以外の名称は見あたらない。

(巡視路歩き)


(首欠けの石仏)


(この先に男釜女釜)


 舗装道を少し歩くと、右に「三峰線43号に至る」のポール。巡視路だが、地図に出ている破線路はこれだろう。通行止めになっているのが気になるが、気づかなかった、もしくは車が通行止めと解釈して入り込む。車が入れるような道幅はないが。
 落葉道が続く。左に石碑が倒れている。「皇太子殿下御成婚記念」とあって大正十三年の建立。そして首欠けの石仏。「政」の字が残っているから文政か(⇒寛政であった。あんぱんさんのブログの写真には欠けた部分が乗っている)。そして荒川村指定天然記念物「男釜女釜入口」。沢水はチョロチョロしたもので、この時期は滝ではないだろう。
 岩に乗っかった鉄の橋は見るからに不安で、道側を歩く。もしかすると、この辺が崩壊して通行止めということだろうか。出口にも通行止めの看板があり、出ると、ほどなく日野鷺橋に出た。

(日野鷺橋を渡って。薄暗くなってきた)


(武州日野駅。中学生2人にあいさつされた)


 7分ほどの車道歩き。武州日野駅の駐車場に着いた。そろそろ薄暗くなりかけている。今日は随分と歩いたような気がする。アップダウンの連続だったから余計にそう感じるのかもしれない。天宮尾根に入ってから、右膝がちょっと痛くなってきた。以降、注意しながら歩いたのでそれ以上のものにはならなかったが、下り時はやはり痛く、今日の歩き尾根は膝に負担のかかる尾根だったんだなと改めて思った。
 肝心の天宮尾根だが、細かいミスを含めて4回ほど間違いルートに入ったが、路頭に迷うミスはしなかった。一部区間だけだが、ここもまた秩父の山らしく、巡視路の有効活用といったところだろう。

 もう4時を回っている。5時半までに帰るのは微妙なところだが、着替えもせず、お腹も空いたままに帰路に着く。渋滞で秩父市内通過に手間取り、家に着いたのは5時50分だった。

(本日の歩きルート)



「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(地名・公共施設)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)及び基盤地図情報を使用した。(承認番号 平24情使、 第921号)」
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16 コメント

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Unknown (十津川村)
2016-12-14 09:37:37
たそがれオヤジさん、こんにちは。
二年前にほぼ同じルートを歩いていることもあって、メモと照合しながら、楽しく読ませて頂きました。
いやぁ、喉元過ぎればなんとやらで、左岸尾根のうんざりするようなアップダウンのことをすっかり忘れておりました。記事を拝見して、最後の90メートルをヒーヒー言いながら登ったことを思い返した次第です。今となって、妙なルートをお勧めしてしまったと、恐縮しております。

下りのルートですが、鉄塔巡視路の下調べをしていないと、82号から天宮尾根分岐の辺りまでがかなり難しい(面白い)ですよね。たそがれさんも判断に迷われたようですが、私もずいぶん戸惑いました。和名倉山の藪尾根よりよっぽど難しいと思いましたよ。もっとも、迷ってしまってもすぐに作業道かなにかに出られそうですが。
それにしても、品刕から尾根末端の神社まで、休憩を入れて2時間15分というのは、かなりのペースですね。私はメモを取りながら普通に下って、下山先までゆうに2時間半以上かかってしまいました。それも521m点から南の枝尾根に引きずり込まれて、「小野原」という表記の辺りに下りてしまうというおまけつきで(苦笑)。
十津川村さん (たそがれオヤジ)
2016-12-14 12:53:17
十津川村さん、こんにちは。
時間的なことについては、私、用事であせっているところもありましたので、自然にそうなったのかなとは思いますが、十津川村さんのようにメモをとることはなく、せいぜい写真とレコーダーでのメモ録音ですから、余計な手間もかかりませんよ。
品刕直下の90m、十津川村さんもヒーヒーでしたか。私は休み休み登ったのでヒーヒーまではいきませんでしたが、下から見上げた時は恐ろしく感じました。尾根末端から登っていたら、さらにヘロヘロになっていたかもしれませんけどね。ただ、あそこでアップダウンのノルマが終わりだとばかりに思っていたので、引き続きのアップダウンには本当にまいりましたよ。
アップダウンといえば、いずれ右岸尾根を歩くつもりでおりますが、地形図を追う限り、右岸尾根の方がアップダウンが大量にありそうじゃないですか。それなりの覚悟が要りますね。
お記しのように、天宮尾根分岐までは、いかに巡視路を利用するかといったところですね。律儀に尾根通しに歩いていたら、時間も体力も消耗しますよ。こと秩父の山に関しては、本当に鉄塔のNOを事前に地図に書き込むのが正解ですね。里が見えている限りは和名倉山のヤブ尾根がはるかに難しいと私は思っておりますが。
521mからのミスは、ネット記事でも見かけましたよ。かなり下って登り返しをしていました。私もコンパスに合わせて下ったつもりでしたが、次第に微妙にずれていく。左を見ると尾根が見えましたからトラバースで復帰しましたが、間違ったままに下ったら、もう登り返しはせず、出会うはずの道を歩いて帰ったでしょう。そして、「また改めて」ということになっていたでしょう。
伊豆沢左岸尾根 (HIDEJI)
2016-12-14 21:15:25
たそがれさん、こんばんは。
伊豆沢左岸尾根は、薬師の湯に浸かりながら、よく眺めてました。その稜線はなだらかで単調な印象が強いのですが、アップダウンの繰り返しなんですね。
石碑を眺めながらのんびりとした稜線歩きが楽しめるのかと思っておりましたが、楽ではなさそうですね。あと、紛らわしい支尾根が多くて間違いやすそうですし。
単調な歩きにならぬようにアクセントを付ける意味で釜ノ沢五峰の歩きもプラスしたいなぁとふと考えてしまいました。
それと左岸尾根と右岸尾根を併せて周回も歩き甲斐がありそうですが、とりあえず釜ノ沢五峰は一度行ってみようと考えておりましたので、非常に参考になりました。
熊倉山の件、私は埼玉県人ですので、翌日の新聞の地元コーナーに詳しく掲載されたのを読んでおりました。
ネットで見ると、確かに女性が白骨遺体を発見した程度のことしか、分からないのですね。なぜ女性が登山道を外れたのか、遺体の遺留品から判明したことなど、新聞では細かく出てましたが、ネットでは報道規制などあるのでしょうか。
あの近辺では、発見されない遭難者も多いようですよ。
HIDEJIIさん (たそがれオヤジ)
2016-12-14 22:06:23
HIDEJIさん、こんばんは。
今回のレポがHIDEJIさんの計画練りに少しでも役立てば幸いですが、未踏の右岸尾根の方はさらにアップダウンがつらそうですから、両岸尾根での往復は、ヤマレコでkinoeさんがやってらっしゃいましたが、かなりきついと思います。記事では楽勝っぽく記されていますが、時間も結構かかっているようですしね。
釜ノ沢五峰を加えるのでしたら、右岸尾根でしょうかね。そうなると、多少の車道歩きは覚悟かと思いますし、バス利用も視野に入れませんとね。
私の場合は、このエリアの次といったら、右岸尾根と、釜ノ沢五峰尾根はすで済みましたから、その南側の定番尾根コースということになります。クサリガードの岩の上歩きです。それと、文殊峠、金精神社、天文台といったスポットをまとめて消化したいと思っているのですが、地図を眺めながらも、やはり、持っていないチャリデポかなと思ったりしていましてね。わざわざ自転車をこれだけのために買うわけにいかず、悩むところです。バス時刻に合わせた歩きができれば最高なのですが、本数が少ないのではねぇ。
白骨遺体の件、続報を毎日探していますがそれっきりですね。まして地元ではないですから。通りいっぺんの感想では、発見した女性もすごいと思います。あんな武州日野駅からのコース、物好きが歩くコースで、女性単独で歩いて見つけたのでしょ。さらに、急斜面をよく覗いて見つけたものだなと感心しているのですがね。
HIDEJIさんの虎視眈々なお歩き記事をお待ちしていますよ。
Unknown (ぶなじろう)
2016-12-14 22:26:42
こんばんは。
荒川北岸の山々は、全く知りません。たそがれさんがルートミスを繰り返すとなるとかなり手強そうです。それに何十回もの登下降も腰が引けてしまいます。
ぶなじろうさん (たそがれオヤジ)
2016-12-15 10:19:14
ぶなじろうさん、こんにちは。
荒川北岸の山は概して地味ですね。地味だからこそハイカーも少なくて、のんびりと歩ける。なんて言っても、地味なりに魅力あふれる歩きは期待できませんわ。
今回歩いたルートのまず半分以上は植林の歩きで、たまに広葉樹が入り込んでも展望は悪い。からっとしたところは伐採地か鉄塔下といったところでしょうか。
でも、なぜか魅かれるところはありますね。今季にもう何回かは歩きたいと思っています。
この辺の歩き、ルートミスをおかしても、あまり恐さはありませんよ。何せ、巡視路や作業道は結構ありますし、何といっても里が見えての歩きですからね。
確かに、腰には負担がかかりますわね。
Unknown (ふみふみぃ)
2016-12-15 20:36:23
低山地味尾根となると私はどうしても安蘇の山に足が向いてしまいますが秩父駅の奥の方にもこのようなところがあるんですね。もう少し家から近ければちょくちょく足を運ぶんですが低山地味尾根なのに遠出すると言うのがなんだか億劫で。
低山尾根歩きは標高がないからとつい距離を伸ばして歩きたくなるのですがアップダウンを繰り返すせいか膝が痛くなるのは私も良くあります。寒くなり膝の負担が大きくなってきた気もします。
里に近いとはいえこんな地味な尾根に祠が多いのは不思議ですね。安上がり神社は何か新しいように見えますし。
チェーンスパイクはこの季節の下りでやはり有用ですか。最近持って行ってはやせ我慢して使わずにいましたが白骨死体になる前に私も次は使おうと思います。
ふみふみぃさん (たそがれオヤジ)
2016-12-15 22:52:31
ふみふみぃさん、こんばんは。
ここのところ、皆さん、安蘇の山塊に集合されているようですね。安蘇もいいですが、自分のところからは秩父も同じような距離ですから、この時期は、自身あまり歩いていない方の秩父につい足が向いてしまいます。
安蘇もそうですが、秩父の方もまたいろいろと歩いてみたい地味な尾根がわんさとありますしね。
秩父には札所がありますよね。周囲の両神や小鹿野の方からも参拝する方も多かったのでしょう。ですから、そのための道があちこちにでき、石祠や地蔵があっても不思議ではないでしょう。
チェーンスパイクに対してちょっとした思いがあるのですが、雪の上ではあまり効果のないものだと思います。ちょっとした凍結や、落葉の積もった斜面ではそれなりに有効かとは思っています。
Unknown (瀑泉)
2016-12-15 23:54:14
先日の釜ノ沢五峰のお歩きが,随分と物足りなかったようで,早速,品刕を歩かれましたか。気になるところは早々に片付けるというのが,たそがれオヤジさんらしいですネ。
とはいえ土地感が無い自分には,最近,雑誌でも取り上げられる釜ノ沢五峰は何となく判っても,品刕は一体何処?という状態でしたが。ナルホド,三峰口駅の近くなんですネ。白井差登山口がまだ無料の頃だから,随分前になりますが,丸神の滝と中津峡の紅葉見物で,この辺りをドライブしたことが有りますヨ。ただ,さすがに歩いたのは滝周辺ダケだからなぁ~・・・全く知らないに等しいですが。
それにしても,都合20基ほどの石祠ですか(驚)。確かに長いルートなのでしょうが,有り過ぎるのも,ありがたみにかけますネ。それに祠には,必ず手を合わせる自分が歩いたら余計に時間がかかりそうだし(汗)。
ところで熊倉山,それとこの辺りならば和名倉山は,遭難が多いですネ。
とはいえ斜度40度のニュース記事は,いくらなんでも角度が有りすぎでしょう。滑落してその角度なら,谷底まで止まらないでしょうネェ。
瀑泉さん (たそがれオヤジ)
2016-12-16 07:03:37
瀑泉さん、こんにちは。
おっしゃるように釜ノ沢五峰の歩きはふがいないものでした。迂回して正解に出るのに、ルートミスでいきなり正解の上に出てしまい、後は下るしかなかった。下ればそれでおしまいといったところでしたから。
品刕そのものはさしておもしろい山ではなく、至って凡なピークですが、私には石祠が魅力でした。両岸尾根で20基以上という情報でしたが、今回の左岸尾根では5、6基でしたから、右岸尾根の方がおびただしいほどの石祠があるということでしょう。ただ、私が見た石祠は比較的に新しく、年代物を見なかったのがちょっと残念です。
熊倉山は安全な一般向きのコースはあるのですが、これではつまらないと、破線ルートもないとところから登って遭難といったケースではないでしょうか。今回の白骨遺体の40度というのはちょっと解せない記事で、そんな斜度のところがあったかなぁと思っているのですが。大げさな表記かと思いますよ。

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