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涙をたばねて(びぜんや様)

2014-02-16 | 

「道都のみんな、こんにちは! 帰って来ました、上川連です♪」

 わたしが右手を伸ばして手を振ると、お帰り、待ってたよと、たくさんの歓声が返って来ました。

 歓声の波が引き始めたタイミングで、司会のおじさんが舞台の袖から出て来ます。

「上川連ちゃんでしたー。今日は『ぱずるぱれっと』のキャンペーンということで、すごく可愛らしいお召し物ですけど」

「はいっ。ティツィって女のコのコスチュームで。ちょっと派手ですよね。あはは」

 今日は道都のラジオ局でのイヴェントです。でも、ソーシャルゲームのキャラクターをイメージした真紅の衣装は、まだちょっと着慣れません。いつもは舞台でのお仕事が多いから、お客さんとの距離が近いイヴェントにもちょっと戸惑ってしまいます。

 だけど客席から、

「かわいい!」

「似合ってる!」

と声が飛べば、やっぱりうれしいです。わたしは、声のした方に視線を送ると、小さく手を振りました。

 慣れない仕事を持ってきたのは、もちろん事務所のマネジャーさんです。

「お芝居そのものももちろん大切だけど、お芝居の幅を広げるためには今のうちにいろんなことをやっておくのが大事なの」

 というのが口癖みたいになっているマネジャーさんは、

「年相応の、女のコらしい仕事よ。いい経験になるわ」

と言って、今回の仕事を取ってきてくれたのです。

 だけどその時の、チェシャ猫のような笑顔には、それ以外の意味も含まれていたように思います。

 だって。

 ホールの入口近くの壁際で、歓声を上げるひとたちに遠慮するように立っている、すらりとしたふたつの影は。

 おねえちゃんと、ゆうにいちゃん。

 北海道に住んでいるふたりに、わたしが仕事をしている姿を見せる機会はとても少なかったから。

 道都でのイヴェントがあるこの仕事は、わたしの晴れ姿を見せることが出来る、めったにない機会だったのです。

 マネジャーさんはそれを知って、わたしにこの仕事を持ってきてくれたのでしょう。

 

「どうもありがとー!」

 最後に大きく手を振って、舞台を下りて。

 楽屋に飛び込むとわたしは、急いで衣装を脱ぎ捨てました。

 赤と白の、タータンチェックのスカートと、ファーのついた淡いピンクのコートに着替えて。髪のリボンは、スカートと併せた柄のものに結びなおします。

 そのまま楽屋を飛び出しかけて。

「いけない、これを忘れたら元も子もないよ」

 わたしは楽屋の隅に置いてあった、デパートの紙袋を手にとりました。

 昨日、東京のデパ地下で買ってきた、チョコレート。

 バレンタインデーの、チョコレート。

 手作りすることは出来なかったけど、どんなチョコレートならゆうにいちゃんに喜んでもらえるだろうって、昨日1時間以上も悩んで選んだチョコレートです。

 ゆうにいちゃんはおねえちゃんと一緒に、地下街の広場で待ってるって言っていました。

 急がなきゃ。

 わたしはコートの裾を翻し、

「行って来ます」

 やっぱりチェシャ猫の顔でわたしを見ているマネジャーさんに言い残して、外へと駆けだしました。

 

 通用口から外に出て、雪祭りが終わったばかりの街へ。

 小走りに粉雪の舞う歩道を急ぎ、地下街に飛び込みます。

 地下街はどこもかしこも、ピンクのハートマークであふれていました。

 チョコレートを売っているお菓子屋さんはもちろん。花屋さん、時計屋さん、洋服屋さん、文房具屋さん。いろんなお店がハート模様で飾られて、地下街から甘い匂いが漂ってくるみたいです。

 あ。

 いけない。

 ゆうにいちゃんに、チョコレートだけしか買ってきてないや。

 今からでも、何かプレゼント、買おうかな。

 一瞬、そう考えたけれど。

 今すぐに、ゆうにいちゃんが一番喜ぶものを選ぶなんて、……自信がなくて。

 それに、ゆうにいちゃんとおねえちゃんを、これ以上待たせることは出来ません。

 わたしは思いなおして、待ち合わせの場所に急ぎました。

 

 蛍光灯の明るい光の中に、20年以上前に流行ったというバレンタインソングが踊っています。待ち合わせ場所の広場に近づくと、人の数が増えて、地下街がいっそう賑やかになった気がしました。

 でも。

 ゆうにいちゃんは人込みのなかでも、すぐに分かります。

 すらりとした、背の高いシルエット。

 でも、ゆうにいちゃんはわたしが来るのとは別の方向を見ていて、わたしには気づいてません。

 何かを見つけて、遠くを指差して。

 おねえちゃんに、笑いかけていました。

「…………!」

 その瞬間。

 急いでいたわたしの足が、急に止まりました。

 胸の奥がつきん、と痛んだような気がして。

 髪から汗が一粒飛んで、蛍光灯の中に光って、消えて行きます。

 
 ゆうにいちゃんのとなりで、ゆうにいちゃんと一緒に、おねえちゃんが笑っていて。

 シックなスタンドカラーのコートに、お気に入りのアイボリーのベレー。群青と濃緑色のチェックの深い色をしたロングスカート。

 そんなおねえちゃんは、デニムに黒のダウンコートを大きく羽織ったゆうにいちゃんによく似合っていて。

 きゅっと。

 わたしは小さな手で、ピンクのコートの胸許を握りました。

 わたしなんかじゃ、似合わない。

 子供のわたしは、背の高いゆうにいちゃんには、釣り合わない。

 誰がどう見たって。

 このチョコレートにどんなに思いをこめたって。

 届かない。

 ゆうにいちゃんに似合うのは。

 大人っぽい、おねえちゃんみたいな女のひとだ。


 
 握った手の中で、チョコの包みがくしゃっと音を立てました。

 俯いた視線の先、ショートブーツの爪先が滲んで、ぼやけて行きます。

 

 うん。

 そうだよ。

 ゆうにいちゃんと、おねえちゃんが幸せになるなら、わたしはそれで幸せ。

 だから。

 これでいい。


 
 だけど。


 
 そう思うと、やっぱり胸の奥がつきんと痛んで。

 その痛みに、気づかされます。

 

 まだ、何も終わったわけじゃない。

 わたしだって、もう少ししたら。

 ゆうにいちゃんに釣り合うような大人になるんだし。

 あきらめることなんて、

 ない。
 


 わたしは目を閉じ、深呼吸をします。

 まぶたの端から溢れた雫を指先でぬぐって。

 前を向いて。

 あきらめた顔なんて、見せるもんか。

 弱気な心は、隠してしまえ。

 大丈夫、

 わたしは、女優なんだから!

 

「ゆうにいちゃん!」

 わたしはもう一度駆けだして、背の高いシルエットに向けて、大きな声で名前を呼びました。

「お、連。お疲れ!」

 それに気づいたゆうにいちゃんが右手を挙げて、応えてくれます。

 視線がわたしだけを捉えて。

 ゆうにいちゃんは、とびっきりの笑顔をわたしに向けてくれました。

(投稿:びぜんや様)

 

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~水の中のカナリア~(びぜんや様)

2014-02-03 | 

翡翠色をした水草の森の中を、色とりどりの熱帯魚が行き交っていた。

マスゲームのように整然と隊列をなして泳ぐもの、緩急をつけ、追いかけっこを楽しむようにして泳ぐもの、
葉と葉の間に隠れるようにしながら、しなやかに泳ぐもの。

 細かい白砂が敷きつめられた底部では、これも色とりどりの姿をした小魚たちが、砂をついばむようにして餌をあさったり、
アクセントに飾られた流木の上で休んだりしている。

 そしていかにもピエロ役、という風体の小さなフグが、小さなヒレをこっけいなくらいせわしなく動かし、愚直な村の巡査、という感じで水面近くを泳ぎ回っていた。

 青、赤、ネオンカラーと色もさまざまなら、水玉模様やモザイク模様をしたもの、あるいは長いヒレや、
フリルのような派手な尾を持ったものと、姿もさまざまで、見ていてまったく飽きることがなかった。

 幼なじみたちもまた、一様に息を詰めてそれに見入り、時折小さく溜息をついている。

 ここは札幌家迎賓館。

 本来なら重要文化財に指定されていてもおかしくない由緒を持つ洋館の、ロビーだ。

 札幌家のお嬢様である札幌雪、祭の双子姉妹と幼なじみである俺たちだが、さすがにここにはめったに立ち入ることが出来ない。

 今日はここに、新しく水槽を設えたというので、みさき、大樹、メイ、いつもの三人娘と一緒に見せてもらいに来たのだ。

「底の方に、丸っこい魚がいるよ~。模様、いろいろあるんだね」

 水槽に顔をつけてしゃがみ込み、みさきが溜息をつく。

「白地に黒い細かい水玉模様のがコリドラス・プンクテータス。黒いアーチ模様があるのがコリドラス・ロンドノーズアークアトゥス。白地に黒い水玉模様で、尾の付け根に黒い斑点があるのがコリドラス・カウディマキュラートゥスよ」

 少し離れて様子を見ていた祭が、そう説明する。

「舌を噛みそうな名前だね……」

 みさきが小さく、溜息をついた。

「このサカナ、glassに貼りついてるヨ。面白いネ」

 メイが、水槽に貼りつく、ハゼの稚魚のような魚を見つけて感心する。

「水槽のガラスにつく苔を食べているのよ。身体の横に黒線があるのがオトシンクルス・ヴィッタートゥス、豹のような柄のがパロトシンクルス・マクリカウダね」

「区別つかないヨ……」

 祭の言葉に、メイが首をかしげる。

「この魚は知ってるぜ。ネオンテトラ、ってやつだろ」

 まさにネオンのごとき光沢を放つ、アクアブルーと鮮紅色の体色が印象的な魚の群れを指さし、俺は言った。
 が。

 祭はシンプルに。

「無学ね」

 と、言い切った。

「この魚はカージナルテトラ。ネオンテトラより赤みが強いから、紅冠鳥の名前にちなんでこう名付けられているのよ」

 ツインテールのお嬢様は、吊り眼を不敵に光らせて、北叟笑んだ。

「はぁ~、さすが詳しいね、祭は」

 大樹が唸る。

 まったく大樹の言う通りだ。

 自分が選んで買った魚でもなかろうに、自分が世話している水槽でもなかろうに、実に詳しいものだ。

 俺はよっぽどそう言おうかとも思ったが、また祭に突っかかられるのが明々白々なのでやめておく。

「うふふっ。祭ちゃん、今日のためにお魚の名前、一生懸命覚えたんですよ」

 みさきの隣で水槽を眺めていた双子の姉が、名前に似合わぬ暖かな微笑みを見せて、種を明かした。

「お姉ちゃん! 別に私はっ……!」

 祭は翡翠色の眼を吊り上げ、重要機密を暴露した姉をにらみつけるが、雪は気にする素振りもなく、茜色のワンピースの裾を翻して笑う。

「別に私はみんなに褒められたいとか、そういうんじゃなくて……」

 ごにょごにょごにょ。

 真っ赤になって言う祭を見て、俺たちは雪につられるように、笑った。

 

 穏やかで、だけどどこか頼りない雪と。

 向上心が強くて、だけど気の強さも人一倍の祭と。

 どこか危なっかしいふたりだけど、お互いがお互いをフォローすれば、最高のコンビネーションを見せる、それが札幌家の双子姉妹だった。
 


「でも」
 みさきは祭の顔色を窺うように、小さく呟く。

「水槽の中に閉じ込められて、ちょっとかわいそうだよね」

「それは……」

 祭は口ごもりながら、翡翠色の瞳を彷徨わせ、

「……お魚に訊いてみれば分からないことですわよね」

 雪はその逡巡を受け取って、そう言った。

「……だな。広々とした、だけど過酷な自然に身を置くのが幸せなのか。狭いけど、外敵もいなくて、餌も確保された水槽がいいか。俺なら水槽の中を選ぶかもしれないな」

 インドア派の代表として俺が意見を述べ、
「あたしは断然広い外の方がいいけどね」

 アウトドア派代表の大樹が反対意見を陳述する。

「……難しいネ」

 最後に中道派のメイが、短くそう結論づけた。

「それにしても、なんだってこんなモノ作ったのさ?」

 大樹が水槽から目を離し、祭に訊ねる。

「パーティがあるのよ。中央の政財界のお歴々を招いてね。ひと昔前ならエントランスには絵画や骨董品を置いていればよかったんだけど」

「最近は書画や骨董の価値が急落していますから……」

「へたな美術品を置いて安物と笑われるよりも、値段の分かりにくい生き物の方がいいってわけか。このご時世、スローライフとか自然派もアピールできそうだしな」

 俺は翡翠の森を泳ぐ生きた宝石たちを皮肉な目で見た。

「もっとも、自然派をアピールするなら、北海道らしくイトウでも飼ったほうがよさそうな気もするが」

「馬鹿ね」

 俺の皮肉を、祭が冷たく、短く切り裂く。

 その雰囲気を感じてか、雪が話題の舵を取る。

「そのパーティでは、祭ちゃんが将来の札幌家の後継者として、皆様にお披露目されるんですのよ」

 妹を自慢げに見てうれしそうに、雪がそう言った。

「へー、すごいネ」

「お姉ちゃんがそう言ってるだけよ。将来何の役に立つか分からないから、とりあえずお偉いさんに挨拶というか顔つなぎをするってだけで。肩がこって仕方ないわ」

 祭は夕陽色のツインテールを煩わしげに掻き上げ、ため息を吐く。

 しかしおそらく、札幌家当主であり双子の祖父である札幌宗藍氏の思惑は、雪が言ったとおりのことなのだろう。

 札幌家には世継ぎとなる男子がいない。

 なら、この莫大な資産を承継するのは、雪と祭、この双子姉妹を置いて他にない。

 そして、その影響力を考えたとき、より後継者に相応しいのは長女ではなく、統率力、行動力、知識、そして決断力により秀でた、次女だというのは、誰もが思うことだろう。 その時、雪はどうするのだろうか。

 ビジネスの世界でも、祭とコンビを組んで活躍するのだろうか。

 あるいはグループの会社のひとつでも任されるのか。

 札幌家のDNAを受け継ぐ雪だ、その才能がないとは言えないが、今のおっとりした雪からは、そのどちらも想像しにくかった。

 妹のことを、なによりも大事に思う雪なら……

 ……政略結婚、などという言葉を思いついてしまったのは、小説の読みすぎだろうか。 いつも穏やかな笑みを絶やさない、紅色の髪をした幼なじみ。

 それはまるで、水槽の中に閉じ込められた熱帯の小魚か、鳥籠の中で歌うカナリアのように、俺には思われたのだった。

 

「……ゆうさま、お疲れですか?」

 いつの間に、物思いに深く耽っていたのだろう。

 当の雪に声をかけられ、俺は我に返った。

「いや、そんなわけじゃ」

「いえいえ、お察しいたします」

 雪はいつものように笑いながら、背後から俺の両肩に手を伸ばした。ふわり、花の香りが雪の髪から漂ってくる。

「ほら、こんなに肩が凝ってますわ」

 そのまま、雪は俺の肩を揉んできた。

 女のコの戯れ半分かと思ったが、結構力を入れて、しかも的確に凝りのツボを刺激してくる。

「あ、そこ……効く………」

 思わず、ため息が洩れてしまった。

 まったく自慢にならないが、日頃悪い姿勢でラノベを読んでばかりいるものだから、俺の肩はいつもガチガチだ。それが雪のマッサージで、蕾がほころぶように柔らかくほぐされていく。

「雪、上手いな」

「ふふふ。祭ちゃんも肩こりに悩まされていますから。それを和らげてあげようと、マッサージの先生に習ったんですの」

「なるほど、祭のやつ、肩が凝りそうな生き方してるもんなぁ」

 肩がほぐされていく快感に身を委ねながら、祭に聞こえないように呟いていると、香ばしい香りが、鼻腔をくすぐった。

 砂糖と小麦粉とバターの焼ける香り。

 メイドさんたちが銀色のワゴンに載せて、マドレーヌを持ってきたのだった。

「こちら、雪お嬢様お手製のマドレーヌでございます」

 メイドの苗穂さんが、ちょっと誇らしげに紹介する。

「雪が作ったの? すごいじゃん」

「ん……おいしい」

「これならお店を出しても恥ずかしくないlevelだヨ」

 さっそく手を出した三人娘が、口々に賛辞を述べた。

「そんな、大袈裟ですわ」

 肩を揉む手を止め、雪は笑うが。

 努力すればそれが形になる、そういう才能は祭と同様、雪にもあるのだろう。

 それは、さっきの肩揉みからも感じられることだった。

「私は祭ちゃんがおいしいと思ってくれるものを作りたいと思ってるだけですから。疲れたときには甘いものが一番ですからね」

 雪はなんでもないように、思いを口にする。

「こんなに想われてる祭ちゃんは幸せだね」

 みさきが、水槽の側に佇む祭に笑いかける。

「……っ、お姉ちゃん、ヘンなこと言わないでよ」

 祭はそう言って唇をとがらせ、そっぽを向いて赤くなった顔を隠す。

 雪は分かっている、というようにそんな妹を微笑んで見守っていた。

 努力を高いレベルで形にしてしまえる、双子姉妹の才能。

 しかし、雪のそれは、たったひとり、祭だけに向けられているのだ。

 それが、このふたりを最強の双子姉妹たらしめている所以なのだろう。

 確かに、雪は籠の鳥なのかもしれない。

 だけど、籠の鳥は、自由に歌う。

 籠の外で翼を広げる鳥を癒すために。

「さすが、最強のお姉ちゃんだな」

 俺は振り向き、雪に言った。

「ありがとうございます。ゆうさまの言葉は、最高のお褒めの言葉ですわ」

 さて、俺も雪が手作りしたマドレーヌを味わうとしようか。

 だけどひとりっ子の俺には、このマドレーヌの奥に秘められた、祭への思いだけは感じ取ることが出来ないのだと思うと。

 少し、妬けるような気がした。

(著者:びぜんや様)

 

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世界の終わり(びぜんや様)

2013-02-27 | 天馬

部屋はすっかり闇に鎖されていた。

 ベッドに座る悠介くんと、床に座る私。

 お互いの息づかいさえ聞こえそうな沈黙が部屋を埋める。

 しかしそれは、すぐに破られた。

「凄いよ、空が真っ赤」

「旦那様からの部屋だと、よく見えます。夜の火事は近く見えるとは言いますが……」

 飛び込んできたのは、大樹ちゃんとせたなちゃんだった。

 興奮気味の大樹ちゃん、冷静なせたなちゃん。こんなときでも、いやこんなときだからこそ、ふたりの性格が出ていると思う。

 こんなとき。

 そう、今夜の萌留市は、ちょっとした非常事態だった。

 昼過ぎに、港近くのコンビナートで爆発事故が発生。

 有毒ガスが発生する恐れがあるということで、港近くにある萌留学園は授業を中止。おまけにやはり港に近い我が家にも帰れなくなったので、私と近所に住む桜は、海道家に避難することになって。

 さらに、爆発は変電所にも飛び火し、市内全域が停電というおまけ付き。これを非常事態と言わずして、なんて言うんだろう。

 そして、まだ燃え続けるコンビナートが、この家からでも見えるらしい。

「ヘリはばんばん飛んでるし、サイレンは鳴りっぱなしだし、戦争映画だね、まるで」

「ほんとかよ」

 大樹ちゃんの言葉を聞いて、悠介くんが立ち上がりかけた時に、今度はメイとめろんちゃん、みさきちゃんが部屋に飛び込んできた。

「大ニュース! ユースケパパの部屋から、こんなのを発見したよ!」

「めろんアイはどんな暗闇でも秘密を暴きだすんだにゃあ!」

 メイが手にしていたのは、いかがわしい表紙の本。火事見物をしたついでに、いろいろ漁っていたらしい。……いいのかしら。

「発見すな、んなもん。戻しとけ」

 悠介くんは、意外にも冷静な対応。

「おや。クールな対応だにゃ、ゆーたん」

「当たり前だろ。親父の部屋にあったんなら、親父の本だ。俺には関係ない。ま、親父も元気だな、ってちょっと呆れるけどよ」

「ふーん……」

 みさきちゃんは、めろんちゃんから本を受け取ると、懐中電灯で手許を照らす。

「この本は今年の9月号だね。ゆうちゃんのお父さんは確か、6月にタンザニアに行ってから、帰って来てないよね。どうやってこの本を買って、本棚に仕舞ったんだろ」

 悠介くんへの問いかけではない。独り言のように、みさきちゃんは呟く。

 しかし、悠介くんの背筋がぴんと伸びたのを、私は見逃さなかった。

「裏表紙に何か書いてありますね」

 せたなちゃんが、目敏くさらに何かを発見する。

「なんて書いてあるんでしょう。“U.O.”ですか。何かの略号かイニシャルみたいですが……」

「U.O.……ウンガ・オタルのinitialだネ」

 誰も悠介くんを詰ったり、責めたりはしていない。だけど、3人の言葉は確実に、悠介くんを追い詰めた。

「にゃろお。持ち物にいちいち名前を書くなんて、小学生か、あいつは」

 悠介くんは、そう毒づいた。が。

「……書くわけないじゃない」

 黙ってことの成り行きを見守っていた桜が、呆れたように呟いた。

「しまった、嵌められたか」

 刑事ドラマに出てくる間抜けな犯人のように、悠介くんはせたなちゃんを睨んだ。

「愛妻家の旦那様がこんな本を買うわけがないじゃないですか。仮に入手したとしても、奥様の目につきやすい自室に置くとは考えられませんでしたから」

 有能な探偵のように、せたなちゃんはその推理を披瀝し、メイがその後を受ける。

「ユースケも考えたネ。自分の部屋にHな本を置いておくと、ミサキかタイキにすぐ見つけられちゃうもんネ。だから、papaの部屋に預けておいたんだろうけど」

「天網恢々疎にして漏らさず、ね。悪いことは出来ないわよ、悠介くん」

 私は言ったあとで、考えた。

 せたなちゃんは悠介くんのお父さんの部屋に、あの本があったことを知っていたはずだ。部屋はこまめに掃除していたはずだし、せたなちゃんの性格を考えれば、本が1冊隠されたことなどすぐに気づいただろう。

 それを今日まで知らんぷりしていて、みんなが揃ったこのタイミングで暴露するとは……

「……敵にしたくない女だわ」

 私は闇の中に、幼なじみに対する最大級の賛辞を漏らした。

 しかしそれはせたなちゃんに届くことはなく、せたなちゃんはさらに悠介くんを追い詰めようとしていた。

「ゆうさんのことですから、ご自分で買ったりせず、小樽くんから借りたんだろうということも推理できましたね」

 しかし、そこで悠介くんに救いの手が入る。

 ぽーん、と時報が鳴り、つけっぱなしにしていたラジオからニュースが流れだしたのだ。みんなの関心は当然、悠介くんの方からニュースへと逸れる。

『今日午後2時20分ごろ、北海道萌留市にある化学工場で爆発事故が発生し、火は5時間以上たった今も燃え続けています。この事故で消防隊員ひとりが軽いやけどを負ったほか、隣接した北海電力の変電所にも延焼。現在萌留市のほぼ全域に当たるおよそ10万世帯が停電しています。また、有毒ガスが発生する恐れがあるため、萌留市沿岸部のおよそ2万世帯に避難勧告が出されています』

 ニュースの内容は、1時間前と変わりなかった。

「どうやら長期戦になりそうだな。真冬じゃなかったのは幸いだ」

 悠介くんはそう言って立ち上がる。どうやらこの隙に、隣の部屋にでも逃げる算段らしい。

「私も見てみようかしら、火事」

 私はそう言って、悠介くんを追いかける。火事場見物なんてあまりいい趣味とは思わないけれど、ニュースがあっさり欧州の金融情勢に替わったところを見ると、客観的にみればそんなに大事でもないんだろう。実際、軽傷者がひとり出ただけだというし。

「ところで会長。会長の家族は無事なの?」

 悠介くんはお父さんの部屋の前で立ち止まり、振り向いて訊ねた。

「さっき連絡がついたわ。クルマで親戚の家に避難したって。父は勤め先に泊まるらしいわ。桜の家族も避難出来たみたいよ」

「会長はそっちに行かなくていいのか?」

「市内は混乱してるでしょうから、動かない方がいいわ。両親も悠介くんの家なら安心って言っていたし」

「それもそうか」

「迷惑かけるわね」

「困ったときはお互いさまだろ」

 そう言って悠介くんが、海に面したドアを開けたとき。

 視界が紅蓮に染まった。

 一瞬、部屋の中まで朱に彩られているかと思えたほどに。

 港の空が、赤く赤く、燃えていた。

「……こりゃぁ」

 一瞬息を呑み、悠介くんが唸る。

「……相当な大火災ね」

 頭上を、けたたましい音を立ててヘリコプターが飛んで行った。

「消防もこれじゃ手をつけられないんじゃないか?」

「類焼を防ぎつつ、燃えるものがなくなるのを待っているところ、かしらね。長期戦になりそうだわ」

「ウチは構わないよ。この停電じゃ、何も構えないけど」

 過ぎるほどにのんびりしている幼なじみだけれど。

 お父さんもお母さんもいない時に起こったこの非常時でも、泰然とした悠介くんの態度はいつもと変わらない。

「まさか。期待してないわよ」

 私は肩を竦め、彼の視線を避けるように、髪を掻き上げた。

 悠介くんは窓辺に歩み寄り、瞳に炎の色を映しながら言う。

「不謹慎かもしれないけどさ。世界の終わりってこんな感じなのかな、ってちょっと思ったよ」

 赤々とした空を背景に、黒いビルのシルエットが映っている。それは地球の裏側で起こっている、戦争の映像にも似ていた。

「ライトノベルの読みすぎじゃないの?」

 私は悠介くんの部屋の本棚を思い出し、そう言った。

「……かもな。時折考えるんだよ。世界の終わりが来たら、俺は幼なじみの誰かの巻き添えになってあっさり死ぬんだろうなー、って。幼なじみ連中はスーパーガール揃いだから、世界の終わりが来ても生き延びて、それどころか世界を救っちゃいそうだけど。俺はそういうキャラじゃないからさ」

 悠介くんはそう言って笑ったあと、さらに付け加える。

「まぁ、大樹とか祭とか、世界を救うってよりはラスボスに近い気もするけど」

 ……それをふたりの前で言ったら、確実に世界の終わりが来るわよ。あなたにだけ。

 私はそう言おうとしたが、代わりに、

「そんなこと……」

 と呟きながら、思いを巡らす。悠介くんだって、男の子なんだし、いざとなったら頼りになりそうな気がするんだけど……

 

 例えば。

 赤々と燃えるコンビナート。崩れ落ちた瓦礫が、炎とコントラストを描き、黒々とした影を落とす。

 そんな中、私は瓦礫に脚を挟まれ、動けない。死を覚悟したその時。

「……会長、……いた!」

 颯爽と、悠介くんが現れる。

「大丈夫か、会長! 今、助けるからな」

「ダメよ、悠介くん。あなただけでも逃げて!」

「会長を置いて逃げられるかよ!」

 悠介くんは叫ぶと、渾身の力で私の脚を挟んでいた瓦礫を持ち上げる。

「くっ……。会長っ。逃げ……られるか」

「ん……んっ」

 私は這い出すようにして、瓦礫の下から逃げることが出来た。

「よし、逃げるぞ」

「ありがとう、悠介くん」

 私は立ち上がり、逃げようとするが。

「……あっ」

 長く瓦礫に脚を挟まれてしまったせいで、足に力が入らず、立つことが出来ない。

 そこに爆発音。火の手はいよいよ、ここに迫ってきたようだった。輻射熱で、髪が熱い。

「やばいな」

 炎の方を見つめる悠介くんの表情が、陰影のおかげで精悍に見える。そして悠介くんは意を決すると、

「悪い、会長。少しの間我慢してくれ」

 私の膝の裏に腕を差し込み、軽々と抱き上げた。いわゆる「お姫様抱っこ」というやつだ。

「よし、逃げるぞ」

 再び爆発音。焦げた匂いが鼻を突く。しかし悠介くんはそちらに目もくれず、私を抱き上げたまま、そこから駆け出した。

 

「……そうね」

 私は自分の想像のあまりの荒唐無稽さに、深々とため息をついて首を振った。

「なんか一周して戻ってきた!? ……会長の脳内会議がどんなだったか、非常に気になる……」

 悠介くんは不満げな表情。

「会議なんてたいした物じゃないわ。少し考えれば分かることよ」

 私は彼の頬を人差し指で軽く突いてあげた。

「せめて、幼なじみの誰かを守って死ぬ、ぐらいは言うようじゃないと」

「なるほど……。って、やっぱ死ぬの前提なんだ、俺」

「だって、隠していた本を見つけられてあんなにうろたえるようじゃ、ヒーロー失格だもの」

「確かに」

 悠介くんはそれに納得したようで、少し伸びた髪を掻いている。

 だけど、炎の光景に浮かび上がる、悠介くんの背中はやけに大きく見えて。

 泰然とした彼の物腰が、妙に頼りがいあるように見えて。

 もし今日が世界の終わりだとしても。

 そこにいるのが、世界を救うヒーローじゃなくても。

 その背中になら、命を預けても構わないかな、なんて。

 戯れに、悠介くんの腕に身体を預けて、彼の反応をからかいながら。

 ちょっと、そんなことを考えてしまう。

 頬が熱い気がするのは、

 ……間違いないわ。火事のせいね。

(著者;びせんや様)

tennma

 

 

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ロマンスカー(びぜんや様)

2013-01-02 | 飛鳥

銀色の寝台特急が、ビル街の中の駅を音もなく駆け抜けていく。

 やがて列車は木造の商店や酒蔵の並ぶ懐かしい町を通ったかと思うと、今度はトンネルへ。そしてトンネルを抜けると、幅の広い川をまっすぐに横切る雄大なトラス橋を渡る。

「悠介ちゃん、この電車、ボク知ってるよ。『カシオペア』
 それを見て飛鳥は、はしゃいだ声を上げた。

「イヴェントで東京に行くとき、一度でいいからこれに乗って優雅に行きたいと思っているんだよねー」

「まぁ、乗ったとしても列車の中で原稿やってんのがオチだろうな」

 悠介は目の前を駆け抜ける長編成の列車を見下ろして、呟いた。その1輌1輌は、掌に乗りそうなコンパクトサイズ。精巧に作られたレイアウトの中を駆け抜ける、模型の寝台特急だった。

 飛鳥のつきあいで、画材を買いに来たショッピングモール。吹き抜けのセンターコートにちょっとした人だかりが出来ており、何だろうと覗き込んでみたら鉄道模型の公開運転会が催されていたのだった。

 男の子たちが眼を輝かせて行き交う特急列車に見入り、いい年をした男性が興味ありげに視線を送ってから立ち去っていく。老人はSLが牽く長編成の石炭列車を懐かしそうに眺め、スタッフと話し込んでいる。

 しかし、鉄道模型に興味を持っているのはほとんど男性ばかりで、飛鳥のような年頃の女の子が見ているのはやや異質だと言えた。

「飛鳥はこういうの見て面白いのか?」

「面白いよー。悠介ちゃんは面白くない?」

「微妙だなぁ。よく出来てるとは思うけど。子供の頃から、電車のおもちゃやミニカーで遊ぶことが少なかったもんな、俺」

「みさきちゃん、大樹ちゃん、メイ。ご近所の幼なじみ、みんな女のコだもんね」

「ああ。子供の頃は、おままごとが遊びの定番だったよ」

「ボクはこういうの、好きだよ。想像力を刺激されて」

 飛鳥は笑っていい、ビル街の中の駅を見る。ホームの端には、ブレザーを着た男子高校生風のフィギュアがふたつ、立てられていた。

「あのふたり、『今日、俺のうち、親いないんだ』『それって……(ドキッ)』とか言ってそうじゃん」

「そうか? それはむしろ駅前のベンチに座ってる学ランとセーラー服の方が似合うと思うんだが」

「あと、こういうのも興奮するよね」

 飛鳥が指差したのは、「カシオペア」の機関車交換の光景だった。それまで客車を牽いていた銀色の機関車が離れ、2輌の青い機関車が替わりに連結されようとしている。

「『や、やめろ、そこは……それだけは……』」

 機関車は一気に客車に連結せず、間合いを計るように一時停止。コントローラーを操るスタッフも、実際の運転士のように緊張した表情で機関車を動かしていた。

「『フン。嫌だ嫌だと言っても、お前のここは俺を欲しそうにしているぜ』」
 そして機関車はスローで、そろりそろりと客車に接近する。

「『やめろ、うわぁぁぁぁぁ』」

 そして、連結。

「……合・体」

 衝撃が長蛇のような客車を、僅かに揺らした。

「『思った通りだ。お前の中はすぐ俺になじんで来やがる。どうだ、いいんだろう?』」

 なかなか見応えのある面白いシーンだったといえよう。……隣で飛鳥が妄想を垂れ流していなければ。

「『うっ……くぅっ。そんなことは……』……もが」

 聞くに堪えなくなり、悠介は飛鳥の口を手で塞いだ。

「飛鳥……それをスタッフに聞かれたら、模型の電車で車裂きにされるぞ」

「ひいい、それだけはご勘弁」

「しかしよくまぁ、機関車と客車でそんな妄想が出来るもんだな。ある意味、感心するよ」

「そこはそれ、同人作家ですから」

 飛鳥は笑って、薄い胸を張る。

 機関車が替わった「カシオペア」は、彼女の妄想はお構いなしに、再び走り始めていた。飛鳥はそれを目で追いながら、

「でも、ボクの同人の原点って、案外これかも知れないんだよね」

 そう、言った。

「これって?」

「鉄道模型」

「そりゃまた意外な」

 「カシオペア」と入れ代わるように、石炭列車の長編成がやって来た。いーち、にー、と、どこかの子供が石炭車の数を数えている。

「小学生の頃、叔父さんの家にあったんだよね、こういう、ジオラマって言うのかな、鉄道模型。これより規模はずっと小さかったと思うけど」

 散文的な言い方は、記憶を探りながらそれを伝えようとするからだ。

「それを見たとき、子供心に結構衝撃的だったんだよ」

「まぁ、だろうな。子供のおもちゃとは密度が違うしな」

「うん。それに女のコの遊びって、おままごとだったり、人形遊びだったり、わりと狭い世界がテーマじゃない?」

 でもね、飛鳥は眼鏡の奥の眼を一旦悠介に向けてから続ける。葡萄色の瞳が好奇心に光っている。悠介はそんな飛鳥が、嫌いじゃない。

「でもこういうジオラマって、ひとりの力で世界を丸ごと作っちゃうんだよね。線路の配置、走る電車の選択、家並み、時代考証、……そしてフィギュアを置いて、ドラマを作っていく。それをひとりで考えて作るって、すごく面白そうだと思ったんだ」

 悠介はあらためて、目の前に広がるパノラマを見た。

 列車は駅、町並み、山河、さまざまなテーマに沿って作られた風景をつなぐようにして走ってている。そのひとつひとつが精巧なのは、それぞれに込められた作者の意図が明確だからだろう。

 飛鳥は続ける。

「でもそれにはお金がかかるし、場所も必要だからね」

「だけど……物語ならそれが出来る、世界の創造主になれる、か」

「そんな大げさなもんじゃないけど」

 飛鳥は少し肩を竦めて、

「でも、そういう気持ちが頭の片隅にあったのは確かだよね」

 引き込み線から、純白の車体にバーミリオンの帯を巻いた特急列車が走り出し、新幹線とすれ違う。

 少年たちはそれを見て、

「ロマンスカーと『はやぶさ』だ! かっこいい!」

 と歓声を上げている。それが普通の反応だ。

 だけど、幼い日の飛鳥は少し違った。その感受性が、飛鳥を飛鳥たらしめているのだろう。

「でもさ。飛鳥の描いてるのなんてほとんどBLじゃねーか。世界観とか、あまり関係なくね?」

「そりゃ、画面に出てるのはそうだけど、表に出ないキャラのバックボーンとか舞台設定とかはちゃんと考えてるんだよ。それにいつかはBLだけじゃなく、群像劇っぽいのとかも描いてみたいと思っているし」

「そりゃあ、楽しみだな」

 悠介はそっけなく言って、目の前を新幹線が通りすぎるのを眺め、

「ま、そういうのを描くにはまだいろいろ経験が足りないみたいだけどね」

 飛鳥は呟いて、苦笑いする。

「女のコなんだから、ファンタジーとかロマンスとか描いてみればいいのに」

「だねー。でもファンタジーはともかくロマンスは、リアルでステキな恋愛を経験してからじゃないとダメかな」

 飛鳥はちらっと隣に立つふたつ年上の幼なじみを見上げるが、悠介は模型の電車を目で追って、その視線に気づかない。ただそっけなく呟きを返す。

「……そりゃあ。前途多難だ」

「どういう意味かな?」

 飛鳥がにこっと眼鏡の奥の目を細めながら、悠介の足を踏んだ。

「痛っ、ちょ、飛鳥、やめっ」

 衆人環境で逃げ回るわけにも行かず、悠介はタップダンスをするようにして逃げる。

「ぷくく。悠介ちゃん、おもしろーい」

 飛鳥は満足そうに笑ったあとで、

「……いつかきっと、ね」

 悠介に聞こえないようにそう呟いた。そしてそれは誰の耳にもとどくことなく、ショッピングセンターのざわめきに溶けていく。

 飛鳥の前を、純白のロマンスカーが軽やかに駆け抜けて行った。 

 (著者:びぜんや様)

 

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アプソリュ(びぜんや様)

2012-07-03 | 

 銀色の特急列車が、エンジンの唸り声をあげながら、次の駅へと慌ただしく駆けだして行く。

 ホームから改札に続く階段を風が通り抜けて、私のミルクティー色のツインテールを揺らした。私は右手で風に揺れるスカートの裾を軽く抑えながら、改札へと歩く。左手に持った、紙箱を揺らさないように気をつけながら。

 二時間前までいた、道都の巨大な駅とは比べ物にならない、小さな萌留駅の改札をくぐり、ほっと息をつく。やっと緊張から開放された、肩の強張りが取れた、そんな気がした。

 今日は道都へ、資格試験を受けに行ってきた。

 まだ高校生のうちからそこまでしなくても、とお姉ちゃんは言ったけれど、私はいずれ札幌家と札陽グループを背負って立つべき者。将来への備えはして早すぎるということはない。

 それに。

 私たちに男の兄弟がいないことで、お父様やお母様が外野からいろいろ言われていたことを知っているから、札幌家の跡継ぎには私がなるということを、女の私でも出来るということを、早く回りに示したかった。

 もっともお母様は、私かお姉ちゃんが婿養子を取って、その婿養子に札幌家を任せよう、って考えてもいるようだけど。

 ゆうじゃ、札幌家を任せるにはやっぱり役不足よね……

 ……って。

 なんでここでゆうの顔が出てくるのよ!

 やっぱり疲れているのかしら。あんなやつの顔を思い出すなんて。

 どうかしてるわ。

 

 

「ただいま」

 部屋のドアを開けると、

「おかえりなさい、祭ちゃん」

 ピアノの練習をしていたお姉ちゃんが指を止め、立ち上がった。

「どうでした?」

「大丈夫よ。おおむね予想した範囲の問題ばかりだったし」

 言いながらショルダーバッグを下ろした時、長旅を終えた安堵からか、小さなため息が洩れる。そして我が双子の姉は、それを聞き逃さなかった。

「お疲れさま。少し甘いものでも食べて、休みましょう。今日はシュークリームを買ってきたの。覚えてる? 昔、軽井沢で、ふたりで別荘を抜けだして買いに行ったシュークリーム屋さん。あのお店が、デパートの物産展に来ていたの」

 お姉ちゃんはいつもおっとりしているくせに、一度しゃべりだすと止まらないことがある。私が口をはさむ隙はなく、私は代わりに、

「ね、この紙袋。懐かしいでしょう」

 と紙袋を掲げたお姉ちゃんに向けて、左手に持った紙箱を掲げて見せた。

 それは、道都で買ってきたケーキの紙箱。

 お姉ちゃんが大好きな、道都の有名店のチョコレートケーキが、そこには入っていた。

「あら」

 それに気づいて、お姉ちゃんが目を丸くする。

「祭ちゃんも買ってきたのね。いくつ?」

「四つ。お父様と、お母様の分も買ってきたから」

「残念、お父様もお母様も、さっき出かけてしまったの。東京に滞在していたウィンザー王子が緊急帰国することになったそうで、ご挨拶に向かったのよ」

「間が悪いわね」

 私は爪を噛みそうになり、慌てて口許から親指を離した。

 シュークリームが四つに、チョコレートケーキが四つ。食べて食べられない良じゃないけれど……

「……こんなに食べたら、確実に太るわよね」

「かといって、メイドや使用人に分けるには足りませんね……」

 お姉ちゃんはそう呟いて眉をひそめた後、一転笑顔になって、

「そうしましょう!」

 何かに納得したように、ぽん、と手をたたいた。

 こんなときのお姉ちゃんの思いつきは、絶対ろくなものじゃない。そう思いながら、私はお姉ちゃんに尋ねた。

「そうするって……どうするのよ?」

「ゆうさまをお呼びしましょう!」

「なんでここでゆうが出てくるのよ!」

「今日ね、わたくし、ゆうさまにおつきあいしていただいたのよ」

「ええ? おつきあい……って、お姉ちゃんとゆうが? おつきあいって、それって……」

 思わず大声で聞き返してしまった。お姉ちゃんとゆうがつきあう……ってことはもしかして将来ゆうを「お兄ちゃん」とよぶような事態に……?

「今日、デパートでそのシュークリームを買うとき、ゆうさまにおつきあいしていただいたの。催事場に入れなくて困っているとき、ゆうさまが助けてくださって。ゆうさまって、ピンチには必ず助けに来てくださるヒーローのような方よね」

「……あぁ、そういうことよね。分かってたわ……、うん」

 そうよね、お姉ちゃんとゆうがそういう意味でおつきあいするなんて、あってはならないことだもの。

 私は背中に急に疲れが乗っかったような気持ちになって、それを振り払うように束ねた髪を掻き上げた。

「ゆうがヒーローなら、エゾシマリスだってヒーローになれると思うけど。とはいえ、お姉ちゃんが世話になったってことなら、仕方ないわね。呼んであげようかしら」

「じゃあ、祭ちゃん。ゆうさまに電話をかけてちょうだい」

「仕方ないわね。……って私が?」

「昼間ご一緒していたわたくしがお誘いするのも変でしょう?」

「それはそうかも、だけど……」

 私が口の中でごにょごにょ言いながら逡巡している間に、お姉ちゃんは私に受話器を寄越す。こんなときだけ手際がいいんだから。

 いつもどおり、まんまとお姉ちゃんのペースに巻き込まれているのを感じながら、ゆうの家の電話番号をプッシュする。

 別に、ゆうの家だから番号を覚えているわけじゃない。幼なじみの家の電話番号はみんな暗記しているし、ほら、せたなさんやめろんに用事があることもあるから、だから覚えているだけで。

 三回コールして、回線が繋がった音がする。

「もしもし、ゆう?」

『もしもし。海道です。……祭さん? あ、ゆうさんですね。待ってください』

 ……そりゃそうよね。せたなさんが先に出るわよね。メイドだものね。

 先走った私をあやすように、せたなさんは落ち着いた声で受け答えて、その声はやがて保留音の「エリーゼのために」に替わる。その間際、せたなさんが小さく笑ったような気がしたのは……気のせいだろう。

『もしもし?』

 間髪入れず、電話の向こうの声はゆうの声に替わった。

「も、もしもし。私だけど」

『お、祭か。道都で試験受けてたんだってな。帰って来たのか。お疲れさん』

「別にあんたに労ってほしくて電話したんじゃないのよ。ケーキが余っちゃって仕方がないから。来なさいよ、ウチに」

『ケーキが余った? で、なんで俺に?』

 ゆうは面倒くさそうに、のんびりした声を返す。

 こっちはわけもなくどきどきしながら電話してるってのに。余裕ある態度がむかつく。ゆうのくせに。

「そんなことまで説明しないといけないの? お父様とお母様に買ってきたんだけど、ふたりとも出かけちゃったのよ。今日はおねえちゃんがゆうにお世話になったみたいだから、ケーキを駄目にするのももったいないし、だから……えと……来るの? 来ないの? 別に来なくてもいいのよ」

『いや、行くよ。喜んで。祭の土産話も聞きたいしな』

「別にゆうと話すことなんてないわ。ただ、札幌家の人間が不義理だと思われたら困るから呼ぶだけなんだから」

『へいへい。りょーかい。ありがたく戴きに伺うよ』

 電話の向こうで、肩を竦めて苦笑いするゆうの様子が目に浮かぶ。ああもう、目の前にゆうがいたら拳の一発や二発、ぶち込んでやるのに。

「そうね、ありがたく感じてほしいものだわ。ゆうのような凡人に、たまには一流店のスイーツを食べさせても面白いかなと思ったんだから。じゃね」

 電話を切って。

 ふう、とため息が洩れた。

 幼なじみのゆうと話しただけなのに。

 いつもと同じように話をしただけなのに。

 顔が見えない、表情が分からない、それだけで緊張する。

 いきなり電話して、ゆうはどう思っているだろう。

 迷惑だと思ってないかな。本当は面倒だと思ってないかな。怒ってないかな。

 もしそうだったら、……嫌だな。

 顔を併せているときは思いもしないことが頭の隅を掠めて、それを塗りつぶすように、より強い言葉をゆうに投げつける。

 我ながら、不器用だ。

 ううん、大丈夫。

 ゆうは来るって言ってたし、なにより私とゆうの間には幼なじみの絆があるんだから。

 ……こんなことで嫌いになったり、しないはず。

「うふふ。よく出来ました」

 ぱちぱちぱち。

 気がつくと、一部始終を見ていたお姉ちゃんが、頬を緩めながら、小さく拍手をしていた。

「よ、よく出来ましたじゃないわよ。あの調子じゃ十分もすればゆうはここに来るわ。ボサッと突っ立ってないで、お姉ちゃん。紅茶を淹れるわよ」

 私はお姉ちゃんを横目で睨みながら、キッチンに向かったけど。

 双子だもの。

 お姉ちゃんには分かっただろうな、これが照れ隠しだって。

 私はもう一度大きくため息をつきながら、ゆうはどんな紅茶が好きかしらね、そんなことを考える。

「まったく。ゆうのことを考えると苛々してしょうがないわ。思いきって、とびっきり苦い紅茶でも淹れて待ってようかしら」

 

 

(著者:びぜんや様)

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