幸福の芽 happy sprout みろく maitri Ⅱ

《心の時代へのパラダイムシフト》自分の心をつかんで幸せになりませんか。幸福の芽を探して一歩前に出てみませんか。

超高齢社会の介護について 2017.5.5

2017-05-05 23:53:00 | 社会
※5/22追加
※5/30追加


先月、某局で「超高齢社会 どうする私達の介護」と
いう番組がありました。
この内容について書いていきたいと思っています。


※5/6追加
私は福祉の仕事をしていますが、
私のblogにはあまり高齢、介護ということについて
限定して書いてきていません。
あえてそういう形を取っていましたし、
必要なことは伝わっていました。

なぜ、今この記事を書いているか、
それはこの番組に出演した服部Tr.から
私が罪人あるかのように噂を立てられたことに
よります。私が罪人であれば、私のblogや
facebookの福利理論が自分のものにできると
考えた可能性は非常に高いですが、
実際、私は服部Tr.とblogの内容やfacebookの
内容について話をしたり、議論をしたことは
ありません。
実際、同じ「キーワード」での考え方の
違いはあきらかです。
また、服部Tr.は信仰者ではありません。
ですので、blogやfacebookの内容は服部Tr.と
全く関係ありません。
そのように仕向けた金子さんという人が
いますが、いい加減、私を罪人に仕立てて
法を自分の方へ持っていくということを
やめて頂きたいと思います。


また今回の題名は「超高齢社会」ですが、
先に書きますが、
国家財政、また地方財政からみてこれからは
高齢者施策への財源と子育て施策への財源を
、共に考えて行かなくてはならなくなって
きています。
(某局さん、そう思いませんか?)
服部Tr.が番組内で「財務省」と言いましたが、
別の視点があることと、またこの点でも
見当違いがあると思います。


番組の中にも出てきますが、高齢者施策の
テンコ盛り状態は日本が社会主義国家の施策の
良いところをもってきたところにあると
思われます。このことについて以前、
このblogにキーワードというか、
inspirationとして書いた文言があります。
日本は資本主義で自由主義です。
もっと大きな枠でみると矛盾が生じています。
子育ての施策は自由主義の中にあり、
今、低所得の若い夫婦や親が共働きで必死に
頑張っています。


※5/7追加
「超高齢社会 どうする私達の介護」の
キーワード(一部文言)は
 「介護保険3割負担と総報酬割」
 「特別養護老人ホーム入居対象要介護3以上に
 ついて」
 「地域包括ケア」
 「訪問介護の生活支援と混合介護」
 「訪問介護の給料について」
 「ケアマネージャーについて」
 「2025年問題」
 「共生型サービス」
このキーワードを書いてみて、これは国民に
次回制度改正で何が問題でどう考えるかを
提案している番組構成ではないかと思うに
至りました。たぶん、そうでしょう。
この全てについて書く必要はないと思いますので
私が書きたいと思うことを書きます。

happy sproutは"Two blades of grass"
社会主義と自由主義の間で、というより、
混在した思想の中でどう考え、どうするかと
いう視点が大事だと改めて思いました。

経済でも新自由主義と民主主義とで
大きな幅がでることですので、
福祉の論点からでもそうなります。

キーワード(一部文言)
 「介護保険3割負担と総報酬割」
      ~経済界からみてどうでしょうか。
 「特別養護老人ホーム入居対象要介護3以上に
 ついて」 ~待機者が多く、要介護1以上だった
 ものを要介護2以上を飛ばして、要介護3以上に
 した時に特養以外の施設が増えた為タイムラグが
 できた。
 「訪問介護の給料について」 
 「ケアマネージャーについて」
         ~ものすごく幅があり、これを
  研修で解決できる問題とは思えません。
  真摯に業務に当たっている人もいれば、
  本当に驚くような人にも会ったことがあります。
 


 「地域包括ケア」
 「訪問介護の生活支援と混合介護」
 「2025年問題」
 「共生型サービス」
この内容について書きたいと思います。



※5/9追加
さて、このblogに既に2回、書いてきている内容を
別の記事に書きます。
「21世紀のパラダイムについて」
未だ、blogを始める前、2008年に書いた物です。
このblogに「現代のコミュニティ」を
書いていきたいと思った元となったものです。
これを読んだ三友Tr.がスティグリッツProf.の
文献を読むように勧めてくださっています。
この時期、私は服部 Tr.という人を知りません。


※5/22追加
来週に続きを書くとしていましたが、週が
変わってしまいました。
さて、この1週間で服部 Tr.の話には、
地域包括ケアが無いことに気がつきました。
もし、あったとしても机上の空論になるのでは
ないか。
何かと闘わないと議論できないからです。
「地域包括ケア」の基になるものは「その人」と
多職種の「連携」です。

まず、「その人」ですが、社会に高齢者世帯と
高齢者独居世帯が多く、家族が居ない、または
遠方であるということがあります。
高齢になり、なんらかの病気になると生活が
難しくなります。
この場合の「その人」に家族は含まれるのかどうか。
その定義が無く、このままですと無くて良いと
いう方向に流れていきます。
「地域包括ケア」に家族は必要無いのか、
どうなのか。
福祉理論としての「地域包括ケア」と別に
国民全体は結果によって大きく考え方を変えて
いくでしょう。後に社会問題となります。
警告としてこのblogに早期から既存のものと違う、
新しい「家族」という考え方が大事であると
書いています。
日本だから世界に提言できるものです。
自由主義米国ではなく、社会民主主義国家では
ない日本が主張すべきものです。
今、この先、新興国が失おうとしているものです。

介護保険制度と○○○○は、家族を分断した一面が
あります。
しかし、今現在も家族の手に大きく依存している
一面もあります。
基盤となる財政の面でみたら、どうでしょうか。
介護保険当初に議論したこの内容を忘却の彼方に
追いやっていないでしょうか。
今の日本のシステムをもっと財政面で増大して
いく中でどうしていくかと考えた時に家族が
現在担っているものを「地域包括ケア」として
どう考えていくか、再度議論すべきだと考えます。
財政が潤沢な時と違い、国家として自由主義経済を
主張し、福祉として社会民主主義を目指すという
大きな矛盾を抱えることになります。
結果は想像に難くないでしょう。



※5/30追加
他の記事に「21世紀のパラダイムについて2008」を
書いています。
これは「混合介護」に繋がるものです。

「共生型サービス」は以前、日本の宅老所と泊りが、
少し形を変えて小規模多機能という「制度」を
作ったように、私もずいぶん前から現地で見てきた
全国の「良いケア」を求めてやってこられた方々や、
先に行なわれていた富山型デイが「縦割り制度」の
中でどうにもならなかったことを「制度」として
作っていくということになります。



続く。




「地域包括ケア」というそのものについて。

「地域包括ケア」と現在は国の「一億総活躍社会」と
合わせて考えられています。







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