ムーミンパパの気まぐれ日記

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東京マラソン完走後記

2012-03-14 | column
 だらだらと東京マラソンの話を書いているうちにJリーグも開幕し、我らが浦和レッズは今年もまた開幕戦を落としてしまいました。ということで、さすがに東京マラソンネタはこれが最終話です。

 初マラソンを完走した後、沢山の同僚や友人からお祝いの言葉をいただいた。それはもうこちらが照れくさくなるほど、いろいろな人から声をかけられたのだが、その中で一番多く話に出たのは「どの辺りが苦しかった?」とかいう質問であった。それも「やっぱり30kmくらい?」という言葉が添えられることが多かったのだが、正直言ってこれには驚いた。確かに初心者のランナーにとっては30kmを越えてからが厳しいというのはよく知られているが、それはあくまでランナーの間では知られているということであって、ほんの少し前にはこんな知識を持っている人は一般にはほとんどいなかったと思う。東京マラソンがランニングブームを引き起こしたと言われているが、こんなところにまでその影響が出ているのかと感心してしまったのである。今や奈良、神戸、大阪、熊本、京都と日本各地で大規模な市民マラソンが誕生しているが、東京マラソンの波及効果は実に絶大だなあと実感した場面である。
 ついでに言うと、「楽しかった?」とか「速いねえ」とも言われたけれど、こっちはもう「全然だめ」というのが本音でした。確かに、50歳も過ぎてから走り始めて初マラソンで4時間14分というのは、客観的にみれば褒められてもいい成績なのかもしれない。しかし、練習でのタイムを考えればサブ4、あわよくば3時間30分を切れるかもなどと思っていたのだから、生意気だなんだと言われようと個人的には「まあまあだったな」という記録でしかないし、そもそも歩かずに最後まで走り続けることができなかったことが何よりも悔しい。確かに20kmくらいまでは楽しく走ることができたけれど、最後に残っているのは何とも言えない挫折感でしかない。そんな挫折感と周囲の評価とのギャップがこれまた言いようのない違和感をもたらしている。素直に喜ぶっていうことができない、我ながら困った性格である。

 でもまあ、素直に感動したものもある。それは応援の力。私を(というか、私のことも)応援しに来てくれた部下はもちろんのこと、数多くの沿道の人たちから力をもらったことが、初マラソンを完走に導いてくれたことは間違いない。これまでほとんどスポーツをしたことがない私にとっては、声援がプレイヤーの力になるというのは頭の中で理解しているある種の定理に過ぎなかった。それが今回のマラソンで現実のものとして体感することができたのである。
 小さな子供たちが背伸びをして歩道から差し伸べてくれる手にハイタッチをする。その瞬間に指先から体の中に向かってエネルギーが充填されていくような感覚が流れていく。「がんばれ〜」という高い声が背中を押してくれるような気がする。歩いている私に向かって「使いますかあ?」と筋肉消炎用のスプレーを振りながら笑顔で声をかけてくれた若い女性。本当に断るのが申し訳ないくらいの素敵な笑顔で、ありがとうと返しながら、頑張らなきゃと思い直してまたしばらく走ることができた。
 皮肉屋の私にしては、珍しく真面目にそんなことに感動しながら走っていた。

 ともあれ、そんなこんなで私のマラソンデビューは一応の成功をみた。そして次のレースに出るかどうかは、まだ未定である。なにしろ、あれからしばらく練習休んだら、太っちゃって。。。((+_+))
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東京マラソン完走記(中間点〜フィニッシュ)

2012-03-06 | column
 前回の記事がこのブログの990件目の記事だったようです。いかに気まぐれなブログとはいえ、今年中にはなんとか1,000件を達成しそうだなあ…などという無駄な感慨は置いといて、東京マラソン完走記の後編です。

 東京マラソンのコースは複雑な十文字に似た形状になっているが、JRのガードをくぐり数寄屋橋の交差点に差し掛かる辺りがちょうど中間点になる。高橋尚子選手のコーチなどとして有名な小出監督が「ランナーに銀座通りを走らせたい」と都知事に頼んだのが、その始まりと言われている東京マラソンだから、ここから浅草雷門で折り返して戻ってくる10〜15kmくらいが一番のハイライトということになる。確かにいつもは多くの車や買い物客でごった返している通りを走っていくのは気持ちがいいものではあるが、私のような初心者ランナーにとってはそろそろ辛くなってくる区間でもある。それでも沢山の応援に励まされているせいか、初レースの興奮のせいか、疲れを感じ始めながらもなんとか走って行く。和光、三越、松屋、伊東屋などなど、おなじみのお店を確認しながら銀座通りを抜け、日本橋の交差点を右折し、浅草に向かうコースへと入る。そして、その時はやってきた。
 25km地点を越えたところにある給水ポイントでついに立ち止まる。レース終盤のエネルギーをチャージするためにも、20〜30kmくらいで何か補給した方がいいという話を言い訳にして、コースの端に寄ってウエストポーチに入れていた栄養ゼリーと給水所のアミノバリューを飲む。それで一息ついてまた走り始めるのだが、一度止まってしまった気持ちはなかなか立ち直らない。これまで歩かずに走った最長距離が25kmだったので、やっぱり練習でできないものは本番でもできないものなんだなあとしみじみと実感する。ここまで来るともう自宅が近いんだけどなあなどと、ちょっと弱気になりつつもなんとかだましだまし走る。浅草雷門前の折り返しは大勢の観客がいるし、華やかな踊りなども行われているので、何事もなかったようにちょっとだけスピードを上げながら走り抜けたのだが、その歓声が後ろの方から聞こえなくなった29km地点で再度立ち止まる。なるべく歓声の多いところは歩きたくないという見栄である。中央分離帯でストレッチをし、再度走り出す。そんなことを数回繰り返して、フィニッシュまでなんとか怪我せずいけそうな感触を確かめ、ちょうど500m歩いては500m走るというのを基本にひたすら前へと進んでいく。後から思えば、この30kmから35kmくらいの区間が一番辛かった気がする。なにしろ「頑張れ〜!」、「諦めずに走れ〜!」という声援に「じゃあ、お前ら走ってみろよ。」なんて逆ギレ気味の思いが頭をかすめたくらいである。
 東京マラソン最大の難所、応援が途切れ厳しい勾配の佃大橋をなんとか抜けきって、豊洲に差し掛かるところでまた見栄を張らなければいけない事態がやってきた。そう、部下の女の子たち3人が応援に来ているはずなのである。しかし、豊洲と一口にいってもその範囲はかなり広い、仕方なく元気そうな顔をして女の子たちを探しながら走る。それがもう1km近くになり、もういい加減見栄張るのも限界だあと思い始めたところでようやく発見!ハイタッチをし、記念写真を撮ってもらいながら、ひそかに休憩。そこからまた彼女たちから見えなくなる東雲一丁目のコーナーまで無理して走る。ここまで来ると残りは後3kmほど、少し元気が出てくるのだが、そうなると人間欲が出てくるものである。なんとかグロスで4時間30分を切りたいと思い、時計と脚を天秤にかけながら走る。かつてとは大きく様変わりしてマンションやオフィスビルが立ち並ぶ有明北地区の景色を眺めるなんて余裕は、もうかけらもない。それでも最後の最後に東京ビッグサイトのフィニッシュ地点に友達を発見。手を振りながら声をかけたら、みんなが自分のことのように喜んでくれる。こちらも何となく笑顔になる。午後1時41分01秒。52歳のおじさんの無謀な挑戦はとうとうフィニッシュの時を迎えたのだった。

 そんな初マラソンの感想はまた次回に。。。って、マラソン大会一つでどんだけ引っ張るんだあ^^;
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