ラマナ・マハルシ

©Sri Ramanasramam, Published with Their Kind Permission

Talk 23 (1)

2017年03月21日 | 1935年5月15日
Mr. Evans-Wentz continued another day: “May one have more than one spiritual master?”

Evans-Wentz氏が別の日にこう続けた。「霊的な師を二人以上持ってもよいのでしょうか?」

M.: Who is a Master? He is the Self after all. According to the stages of the development of the mind the Self manifests as the Master externally. The famous ancient saint Avadhuta said that he had more than 24 Masters. The Master is one from whom one learns anything. The Guru may be sometimes inanimate also, as in the case of Avadhuta. God, Guru and the Self are identical. A spiritual-minded man thinks that God is all-pervading and takes God for his Guru. Later, God brings him in contact with a personal Guru and the man recognizes him as all in all. Lastly the same man is made by the grace of the Master to feel that his Self is the Reality and nothing else. Thus he finds that the Self is the Master.

マハルシ:師とはいったい誰のことか。師とは結局のところ、真我である。心の発展の段階に応じて、真我は外的には師として現れる。古代の有名な聖人であるAvadhutaは、彼には二十四人以上の師がいると言った。師とは、あなたがあらゆることを学ぶことのできる人のことを言う。Avadhutaの場合のように、その師とは時に生き物でないかもしれない。神・師・真我は同じものなのだ。霊的な心を持った人間は、神はすべてのものに偏在していると考え、神を自分の師と考える。後に、神は彼を人間の師に引き合わせ、彼は、その人物が何よりも大切なものであると認識する。最終的には、彼は師の恩寵によって、真我こそがただ一つの現実であり、他には何もないのだと感じることになる。このようにして、真我こそは師であるということがわかるのだ。

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