村内まごころ商法 & 剛毅の経営

昭和53年に出版された本と、ホームリビングに掲載された記事でたどる、村内道昌一代記

社員教育も遊びのうち

2007年04月30日 | Weblog
社員教育は精神的な基盤づくりからはじめなければならないといったが、こんなことを社員の前で繰り返し説教したところで効果は期待できない。

「さんざんいって聞かせているのに、少しもいうことを聞かない。うちの社員ドモは……」

とオニのような目付きをする類いの社長は、そもそもはじめから経営などしないほうがいいのである。プロ野球の監督さんなら、たちまち「休養」であろう。選手が作戦通りに動いてくれないのはそもそも監督の指導が悪いからであり、方法論がないからである。

先ほどからプロ野球の話ばかり持ち出しているが、実は村内ホームセンターは社員の能力向上にゲーム化のシステムを採用しているのである。仕事をゲームを楽しむようにできないかというめがゲーム化の発想の元であり、どのような形でゲームの様式を仕事に取りいれることができるかというのが方法論である。

現代の、のんびりしていて夢の多い若い社員に、仕事が楽しかろうはずがないのである。早く帰宅してレコードを聞こう、休みにはドライブヘ行こうといった遊びに楽しさと生きがいのすべてを託していては、仕事は必然的になおざりになってしまう。それでは私も困るし、他の社員も困る。何とか、遊びもおもしろいけれど、仕事もおもしろいという気持になってくれる方法論を組み立てなければならなかった。

楽しさの要素の導入ということで出てきたのが、コンテスト方式であった。支店単位、あるいは売場単位、個人単位で、業務上の適当な項目を選び出し、一定の期間をきめて競争するのである。「ヨーイドン」ではじまり、ゴールに三着ぐらいに入ったチームや個人を表彰し、賞品や賞金を出すというものである。たとえば、前に述べた「関連商品販売コンテスト」もこのひとつである。

楽しさの要素を導入することによって、経営戦略に従った作業方針を早く身につけてもらうことである。社員に競争させてすぐ売上げを上げようなどと、目先きのことにこだわっているわけではない。ましてコンテストの成績で社員にランクをつけてどうこうなどという発想は、まったくないのである。だから、賞品や賞金も遊びの域からはみ出してしまうほどの高いものや、高い金額は出さない方針である。あるコンテストで社長賞をとった社員が、賞金の封筒を開けてみて、

「あいかわらずMHKですね」

と私をからかったこともある。MHKとは村内薄謝協会という意味なのだそうである。さらにゲームであるから、採点項目もはっきりしておかなければならない。審判役は私をはじめとする経営スタッフが主で、ときには外部から学識経験者に参加していただくこともある。

採点項目と公正な審判を、スタートのときに全社員に公表してコンテストを行なうゲーム方式の社員教育は好評である。全員がおもしろがって仕事と遊びを「混同」してくれるのである。

コンテストがはじまると、職場の活気も違ってくる。人間はなぜか競争が好きな生物である。その競争も、生活をかけるといった厳しいものではなく、運動会程度のものが一番精神衛生上よいらしい。あまりヤル気のないような顔をしている社員も、コンテストになると負けたくないという気持になるのである。

コンテストが終わったとき、成績は別として全員が何らかの学習をしている。こちらが覚えてもらいたかった作業能力が程度の差こそあれ、前とは比べものにならないほど身についているのだ。どんな形での教育よりゲーム方式の社員教育にはすぐれた面があり、今後もいろいろな形でコンテストを行なっていきたい。 次へ

重賞競争「社長杯店長レース」

2007年04月29日 | Weblog
ゲーム化した社員教育、コンテストはどういう型で行なわれるのか、二、三の例によって、社内文書を抜き書きして説明してみよう。

まず、「店対抗優勝制度」。これは支店長クラスの管理職を対象にして行なわれるもので、目的は支店など独立店舗の経営管理能力の養成である。

この対抗戦は昭和五十一年の九月から毎月行なわれていて、優勝店の店長には本部から優勝旗と金一封が贈られる。採点項目を上げると次の通りである。

1 売上げ実績〔五〇パーセント比重」 目標達成率×1/2……一〇〇パーセントなら五〇点
2 ビル清掃状況〔一〇パーセント〕 一〇点満点……総務部採点
3 商品清掃状況〔一○パーセント〕 一〇点満点……本部商品課採点
4 代金回収状況〔一〇パーセント〕 一〇点満点……経理課(売掛回収係)採点
5 勤怠状況〔五パーセント〕 五点満点……総務部人事課採点
6 車輌管理状況〔五パーセント〕 五点満点……総務部車輌管理者採点
7 返品率状況〔五パーセント〕 五点満点……コンピューター室採点
8 商品完納率状況〔五パーセント」 五点満点……物流部採点

まず売上げが百点のうち五十点。これは実績を伸ばす努力がいかに実を結んだかというものである。しかし、商売はただ売ればよいというものではない。これまでに何度も述べたように、長い目でみれば他のファクターも重要である。独立店舗の責任者としてはそちらも大切なのだ。

清掃、車輌管理はすでに説明するまでもないであろう。代金回収、返品率、商品完納率の採点は何が何でも売ればよいという発想に傾かないためのチェックである。無理矢理に売ろうとすれば、代金回収率が悪くなる。返品も多くなる。商品も完納できない.いずれにしても経営者としてはデメリットである。    

勤怠状況は、人事管理能力の問題。この点を怠ると、遅刻、欠勤、早退が多くなる。しかし、これだけは、店長の責任ときめつけるわけにはいかない事情も多いと思われるので、全体に対して五パーセント比重にとどめたのである。

この優勝制度は店長クラスを対象としたかなり高度なゲームであるが、将来、支店管理システムを確立するための研究にも役立っていることは確かである。

支店網を拡げていって、支店数がふえていくと、当然その管理システムが必要になってくる。社長をはじめとする経営スタッフは支店数がふえればふえるはど、それぞれの支店へ出向いて、直接経営指導をするのがむずかしくなる。いまでも月に一度支店に顔を出せればよいほうで、忙しくなると数ヶ月に一度ということにもなりかねない。

そうなると、同じ村内ホームセンターでも、支店によって雰囲気や営業方法が違ってくるという問題点も出てくるはずである。本部によく見られたいばかりに、危ない商売をする店長が出ないとは限らない。性格的にルーズな店長が担当したばかりに、店が薄汚れたイメージになるということもありうる。

こういった多店化の弊害をなくしていくには、将来、かなりのチェック項目を持った管理システムを作らなければならないのである。

優勝制度はまだゲームにすぎない。いまのところ支店数が四店舗では、管理できるからである。しかし、今後支店が増加していけば、システムを持たない本部は管理不能になることが目に見えている。

その意味で、優勝制度は、支店に対して将来どんなチェック項目を設けたらよいか、そのチェック機関はどうしたらよいか、などの諸問題を究明する機能も持っていることは確かなのだ。

経営スタッフが知り抜いているのは八王子店だけである。しかし、各支店はそれぞれ違った立地条件下にあり、商圏も、そこに住む消費者の気質的なあるいは経済的な背景も一つ一つ違うはずである。この違いを乗り越えて、各支店を公平にチェックできる項目を見出していくのもこれからの本部の大きな課題といえる。支店網を拡充する前に完成しなければならないシステムづくりのためのゲームが優勝制度なのである。 次へ

店員を全員芸術家にしよう

2007年04月28日 | Weblog
コンテストをもうひとつ紹介しよう。「ディスプレイコンテスト」である。これは本店の販売員によるコンテストであり各階及びテナントも参加しての行事である。参考までに参加チームを列挙すると次の通りである。

※五階ブライダルフロアーチ-ム/四階クラシックファニチャーフロアーチーム/三階りビングフロアーチーム/二階ベッド・ダイニングフロアーチーム/一階ホームファニッシングフロアーチーム/地下一階住宅設備フロアーチーム/地下二階ヤングインテリアフロアーチーム

※五階丸吉フトン店/二階ムラウチ電器店/一階古家商店/一階一昌堂/地下一階ポニーランド/地下一階カワイピアノ/地下一階西東京石油/地下一階三津原仏光堂

合計十五チームがディスプレイの技術を競うのである。

審査のポイントは以下十項目、一項目につき十点、百点満点である。

 1 商品・売場の清掃状況……表面だけでなく商品内部の見えない部分まで。
 2 商品の整理整頓状況……通路の幅は適正かどうか、通路から商品がよく見えるか。
 3 プライスカード・POPカード状況……読みやすくきれいか、アイディア、ユニークさも採点。
 4 照明効果の状況……売場や商品の照明は効果的か、現在ある照明を活かしているか。
 5 売りやすさ、買いやすさの状況……商品が安定していて、開けやすく、手に取りやすく、選びやすいか、小物については包装はどうか。
 6商品どうしの配色及び季節感の状況……色彩の演出、季節感の演出がうまいか。
 7関連商品の演出状況……適正な商品が適正量、正しい位置にディスプレイされているか。
 8 見せ場(ペースセッター)の演出状況……華麗さ、シックさ、豪華さ、楽しさなどの雰囲気が、どれかひとつ演出されているか。
 9 売場の創意工夫状況……アイディアとそれを完成する努力はどうか。
10 売場のエキサイト状況……活気の演出が考えられ、実行されているか。

このコンテストの目的はもちろん販売社員のディスプレイ能力を高めるためである。ディスプレイに関しては、欧米の様式を導入する必要もあって、主に私が現場の社員を指揮して行なってきた。しかし、店が大きくなると、私がいつもそんなことをしているわけにはいかなくなった。社員が自分たちでよりよい空間を作ってくれなければ困るようになったのである。

しかし、この教育だけは、全員を一ヶ所に集めて講義をしてもムダである。美的な創造能力を養うには実際に何度もやってみて、その結果を第三者に判断してもらうということを繰り返していかなければ養えない。とにかく基本の十項目だけは渡すから、それをもとに自分で考え、自分で空間をつくつてくれということだった。美的な能力に秀れた社員がいればどんどんデコレーターとして起用していこうというのである。

「ディスプレイコンテスト」の基本的な十項目は、ディスプレイの初歩は整理学であるというところからはじまっている。

分類し、整理し、汚れなどを完全に除き、正札をつけ、よく見える位置に置く。ここまではあまり美的なセンスなど必要としない。デコレーターなどというものではなく、細かく気がつき、努力を怠らない人間なら誰でもできる作業である。

第六項目以下の配色や空間の演出は、デコレーターの仕事である。日本風の客間から、中世ヨーロッパの雰囲気まで、そこに再現して見せなければならないのである。照明ひとつ、絵一枚、本一冊変えても雰囲気はがらりと変化してまう。

壁にポスターを一枚張り、ベッドの上にギターを投げ出しておけば、現代のヤングがそこに生活しているというムードになり、壁のポスターをミレーの絵にとりかえ、枕元にヨーロッパの絵本でも置けば、同じ空間がまったく違うムードになってしまうのである。

つまりデコレーターの能力とは、ある生活空間を想像し、さらにそのムードを追求するために、適当な小物を追加しながら、あたかも、そこに人が生活しているような雰囲気をつくり上げるという能力なのである。 次へ

家具屋をダメにした店鋪装飾家

2007年04月27日 | Weblog
私は前にも日本にはまだプロのデコレーターがいないといった。しかし店舗装飾の専門家という人はいる。デザイナーもいるし、施工屋さんもたくさんいる。

村内ホームセンター八王子店を造った当初、欧米のように生活空間を演出するディスプレイを行なおうという方針はあったものの、それをどうしたらよいかというノウハウがなかった。私にしても、スイスやアメリカで一日ずつ見てきただけでは、できるとも思っていなかった。

そこで、当時は、店舗装飾の専門家という人たちに依頼したのだが、これがとんだ的はずれであった。どう的はずれだったかというと、まずデザイナーが図面を描き、施工屋さんがどんどん新奇な材料をつかって作っていく。舞台とか屋根まで作ったりするのだが、べらぼうに金がかかるのである。それでできたものはどうかというと、ギンギラギンという感じで、とても生活空間などというものではないし、中へ家具を置いてもすっかり殺されてしまう。

「こういうのは困る」

というと、

「欧米ではこういうのが主流になっている」

などという。田舎の家具店のオヤジだからそういえば納得するだろうとでも思ったのだろう。だが冗談ではない。私があちこち見て回った範囲では、そんないまにも気が狂いそうなディスプレイをしていた専門店は一軒もなかった。

さて、考えてみると、このディスプレイの専門家という人たちはデザインを売り、施工屋さんはそれに必要な材料と技術を売っている。だからなるべく金をかけなければならないし、それにはギンギラギンにしてアッと驚かせなけりれば相手が納得しない。そんな方法論が体質のようになっているわけである。ところがこちらは家具を売っているめであって、ギンギラギンでお客様をびっくりさせてやろうなどと思っているわけではない。どうディスプレイしたら家具が売れるかが大切なのである。

しかたがないので、まず私が、フィスターやゴールドブラッツで見たことを思い出しつつ、社員を指図してディスプレイをはじめた。欧米方式の原則論は理解していても、こちらは素人だし、向うのものをそのまま日本に持ち込むわけにはいかない。欧米と日本では生活様式がまったく違うからである。日本では日本の風土や生活、家具に合ったデザインをたくさん描いてみなければならないのである。

この試みは少なくとも失敗ではなかった。何ヶ月もかかって変えていったのだが、変えることによって、間違いなく売上げが伸びていったのだから、一応成功したといってもよい。SFとオカルトを一緒にした映画のセットのようなディスプレイよりは、よはどましだった。素人ながら、一応生活空間づくりに成功したとき、これは、この分野の専門家を育てなければどうにもならないと思った。大型店で社長がディスプレイに専念していたら、本職の社長業務は誰か別の人にやってもらわなければならなくなる。個人的には絵画が好きだからディスプレイは面白い仕事である。しかしそうもいっていられない。社員の中で才能のありそうな人間を深して、デコレーターとして専門職になってもらうより手はないということだった。

ディスプレイコンテストは、まず販売員が全員デコレーターの意識を持つということ、次いで、高点数をとった社員がデコレーターに成長する可能性があるかどうか、ということを探る意味で行なわれた。もちろん一回きりではなく、何度も繰り返すことによって、全体のレベルを上げると共に、デコレーターの最適任者を何人かピックアップする方針である。 次へ

接客教育、ウソをつくな

2007年04月26日 | Weblog
2.プロ社員の養成

▽(前略)従業員教育も綿密に行なわれ、今年度の新入社員には、最初、短期間に最低限の必要事項が教育され、その一ヶ月後には、接客、商品知識などの専門分野について教育システムが組まれている。また従来からの一般社員については、山中湖畔にある寮での泊り込みで実施される専門教育など、充実した取り組みがなされている。(後略)

専門誌「家具マンスリー」昭和四十九年五月号の村内ホームセンターに関する記事の上部分である。社員教育の部分だけ抜き出したものだが、大要はおわかりになったと思う。柱は接客技術と商品知識の二つである。

まず接客だが、出発点は商人とは何かという基本論から入り、しだいに細分化し、こういうケースはこうすべきだという方法論を詰めていく。基本論、方法論については、これまでも各章でふれてきた。読者の方々はすでによく理解されていると思うが、整理のためにもう一度、筋道を追って確認してみよう。

 1 村内ホームセンターは田舎の家具店から出発した。そのため、根本思想は百姓商法である。
 2 百姓商法とは地元と共存共栄の商法であり、地元と利害の対立する商法ではない。
 3 共存共栄の商法とは消費者の利益を第一と考え、消費者の利益をはかる商行為によって村内も生かしてもらうということである。
 4 消費者の利益をはかる商行為とは、良品廉価、つまり良い商品をどの店よりも安く売ることである。
 5 安く売るからといって、商人の立場を見失ってはならない。商人にとって、お客様は常に神様であり王様である。

以上が基本論である。次に各論すなわち方法論に入ろう。

 1 店の内外、駈車場の隅々にいたるまで徹底的な清掃を常に行なう。明るくさわやかな店づくり。
 2 笑顔で元気よく挨拶し、お客様と商人というはっきりした関係を最初に確立する。
 3 買う人の都合を第一に考え、できる限りよい助言者になろうと努力する。そのためには勉強を忘れてはならない。
 4 商談、伝票の作成等のビジネス上の作業は的確に、手早く行なう。
 5 商談が終わったら、お茶を差上げ、「お疲れさまでした」と必ずいう。
 6 送迎の手配を確実に行ない、車まで手荷物を持つ。お客様に荷物を持たせてはいけない。
 7最後に心をこめて挨拶し、車が見えなくなるまで頭を下げて見送る。

これだけ完全にできればすでに接客面では一人前である。あとはケースバイケースで対応のしかたを考えていくわけで、そのカリキュラムを説明しだすときりがないからここでは省略させてもらう。接客に関する本格的な専門書でも読んでいただければ、そこに出ていることとあまり差はないはずである。

ただし、村内は当初からウソをつかないという基本理念でやってきた。したがって専門書に出ているような接客法でも、消費者の心理的な盲点を狙ったようなトリック話法や、そんな性格の強いセールス方法は社員に教えない。お客様のうちの五人に一人でも、あとで「アッ」と気付いてくやしい思いをするような小ざかしい商法は結局は有害だからである。

さて、第二の社員教育の柱である商品知識だが、これは地味に時間をかけて行なわなければならない。簡単に並べると、項目は次の通りである。

 1 家具及び関連商品の種類を細かく分類して覚える。
 2 家具及び住まいの商品全体にわたって、メーカー産地を知る。できれば直接出かけていって視察する。
 3 商品の材質、工程を知る。
 4 商品の流通経路を知る。この場合、村内の場合だけでなく業界全体の流れをつかんでおく。
 5 できるだけ安く消費者に提供するという目的のために、コストダウンの余地はないかどうか常に考える。
 6 新しい商品、消費者に喜ばれる商品の開発も考える。

ここまですべてマスターすればもう一流であろう。どこの会社へ行っても、同じ業界ならすぐ管理職である。商品知識のより深い部分は自発的に勉強してもらわなければならない。

できるだけ質のよい戦力を養成するためには、このように高度な社員教育を継続的に行なっていかなければならないのだ。 次へ

態度能力、長嶋選手のように

2007年04月25日 | Weblog
社長をも含めて、よりよい企業人とは何であろうかということを考えてみよう。もちろん優れた能力を持ち、それを最大限に発揮してチームプレイに徹する人間がよい企業人ということになるわけだが、ここでもうひとつ能力とは何かということを掘り下げて考えてみよう。

まず能力のひとつとして、技術能力というものをあげてみよう。野球を例にとると、投手がいかにいい球を投げるか、野手がいかに上手に打球をさばくか、打者がいかにうまく球を打つか、これが技術能力である。

知識能力も大切である。行動に移る前に、どうしたらいいか知識を動員して考える能力である。打者が投手を見ながら、こんどはカーブを投げてくるだろうか、直球を投げてくるだろうか、もしカーブなら、どこへどう打つのが最善か、といった頭の作業である。

そこで、技術能力だが、いくら技術がうまくても、頭がからっぽではよりよいプレイヤーとはいえない。ましてチームプレイは複雑な要素が多いから、秀れた知識能力を借りなければ何もできないのである。

知識能力と技術能力の両方があればそれでいいのかという問題も出てくる。しかしチームプレイにはタイムリミットというものがある。サードがゴロをつかんで、そこで「サテどうしよう」と考えていたら打者はファーストベースを駆け抜けてしまう。

巨人軍の監督になった長嶋選手のような名プレイヤーは、打者のバットに球が当たった次の瞬間には、もう正しい行動を起こしているはずである。打球の方向や速度など、あらためて考えたりはしないはずである。

この瞬間的に正しい動きができる能力を普通「態度能力」という。技術能力と知識能力をフルに生かしてプレイを繰り返しているうちに,対応時間が早くなる。より早く、正確に事態に対応して動く能力を態度能力というなら、企業にとって最も優秀な人材は態度能力を身につけた人間だといえる。

態度能力は、技術能力と知識能力を合わせた行動を繰り返すことで身につくのだから、社員教育もまたこの方法で行なわれなければならない。

前に述べたゲーム的なコンテストを繰り返して行なっているのも、態度能力を養うためめ社員教育の一環である。細かい技術や知識を合わせた行動を採点されるとなれば、誰でも減点されないよう努力する。つまり練習量が多くなるのだ。するとそれがいつのまにか態度能力として身につき、採点されなくてもその通りに動くようになる。

私は社長職としての態度能力をある程度身につけているつもりだが、これは会社が伸びるかどうかという目に見えない厳しい採点者が四六時中見張っているから、自然と身についてしまったのである。

社員教育は普通、技術能力や知識能力を実技や講習会によって授けるだけで終わってしまっていて、態度能力を高める教育まで考えられていないことが多い。技術や知識も大切だが、それを常に生かすための訓練を行なっていかないと、よりよいチームプレイはできないのである。

私が社内コンテストなどやると、社員の中には、点数が低いと上からニラまれるのではないだろうか、などと心配した人もいたはずである。まったく努力しないという場合は何か別の問題がからんでいるのであるから対象外として、社一員教育のためのコンテストで点数のことを本気で問燈にしても仕方がないのである。人には得手不得手があり、上達時間にも差がある。要は最終的に多くの態度能力が身につけばよいのである。

そこでプロ野球の選手の態度能力はどうかというと、これは相当なレベルに達している。こと野球に関しては一般人など足元にも寄れない。スケールではライオンとネズミ以上の差がある。

ところが大学の先生がプロ選手の運動神経を調査してみると普通人並みという結果が出たそうである。もともとスーパーマンでも何でもない。野球が面白くてしかたがなく、そのうちふと野球で身をたてられるかもしれない、と思い込んだ少年が練習を繰り返すことによっていつのまにか一般人とは比較もできない態度能力を持つにいたったのである。

さて、ホームセンターの社員もやはりプロである。入社当初はアマチュアかもしれないが、やがていやでも一流のプロにならなければならない。生活がかかっているから落ちこばれるわけにはいかない。技術能力、知識能力はもちろんであるが、一番大切な態度能力を養うための教育を忘れてはならないのである。プロ社員の層が厚ければ厚いはどその企業は伸びる。みんながアマチュアであれば、やがてはだめになるのである。 次へ

社員は全員が主役

2007年04月24日 | Weblog
人間は自分が主役であるという意識を持たないと能力のすべてを発揮できない。自分がどうでもいい端役の一人だと意識すれば何もしなくなる。

しかし主役とはいっても、総理大臣にならなければ気がすまないとか、社長以外のポストだったらヤル気がしないということではない。もしそんな人がいたら一種の病気であろう。普通人の主役でありたいという意識は常に限られた範囲であって、少しでも自分のテリトリーを持ちたいということである。

そして、限られた範囲でめ主役の座を獲得すれば、それを足場にさらにテりトリーを大きくしようと努力する。これが健全な向上精神である。

企業という組織にも同じ問題がある。企業内において自分の厳然としたテリトリーがあるか、腕の上げ下げまで指図されている単なるロボットであるか。この違いで一人の人間の働く意欲には大きな差が出る。

このテリトリーははじめは売場の一コーナーでもいいし、デスクひとつでもよい。しっかりやれば他人にはとやかくいわせないぞという範囲が必要なのである。

このテリトリー問題は現代では多くの企業でシステム化され、実績を上げている。しかし中小企業にはどうにもならない問題がひとつある。

大企業のようにセクションが無数にあり、トップにたどりつくには最優秀な社員でも三十年以上かかるなどということはない。ただでも社長がそこらをウロウロしているのに、十年も勤めて管理職の上のほうへ行くと、もう上には社長しかいないということになる。自分のテリトリーはもう二度と大きくならないと思い込みがちなのである。中小企業では最前線の社員のヤル気を出させるより、管理職に気落ちさせないシステムをつくるほうがむずかしい。

この問題を解決するには、社員持株制度を採用すること、事情が許す限り事業拡大を実行し続けることの二つを行なわなければならない。

持株制度のメリットは社員が経営参加意識を持つことだとよくいわれる。だが、それだけではだめである。健全な企業でも株の配当金額など知れたもので、とうていそのために社員が目の色を変えて働くというほどのものではない。日々事業を拡大していくことによって、すでにトップの近くまで来てしまった社員の相対的な地位を上げていかなければならないのである。

たとえば、初期の松下電器の重役陣を見てみよう。あの人たちの企業内での名目上の地位は、はじめから終わりまであまり差はなかったはずである。のちには関西財界の巨頭、大松下のゴッドファーザーとまでいわれた松下幸之助氏が、いつも目の前でウロウロしていたはずなのだ。企業内で上を見れば、すぐ上に社長がいるという地位は何十年も変わらなかった。

しかし、企業規模が町工場から世界の松下にまで拡大したとき、重役陣のテリトリーは信じられないほど巨大化した。その社会的地位、社の内外での影響力は当人たちでさえ呆然とさせるほどのものであったに違いない。

中小企業の社長に一番要求される能力は向上心である。「もうこの辺で会社を大きくするのはやめとこうや」などと考えてはいけないのである。企業はやはり人のカで動いている。人が明日の希望をなくして働かなくなったら、必ず内部から崩壊していくに違いない。崩壊しないまでも、質の劣化を招いて、老化への道をたどり出すにきまっているのである。

私は村内ホムセンターを、スイスのフィスターやアメリカのゴールドブラッツのように、日本のショッピングセンターにするつもりだと何度も書いてきた。本当に日本一になれるかどうかは別としても、少なくともそのつもりなのである。

第一線の若手社員にも、必ず自分のテリトリーを持たせる。そして管理職の上のほうへ来た社員には、株を持ってもらうと同時に、カを合わせて企業を大きくしていく。これが私の人事に関する基本姿勢である。 次へ

PRはメシの様なもの

2007年04月23日 | Weblog
5章 広告こそ大型専門店の総てを決める戦略

1.安く売るための大量広告作戦

このところ、家電、紳士服、時計、メガネ、宝石などさまざまな業績に大型安売り店が進出し、既製小売業界の構造まで変革させるような勢いで伸びている。これらの大型専門店に共通していえることは、そのすさまじいばかりの広告量であろう。年間に数千万円から億に近い広告経費を投入し、広い範囲から消費者を集めている。

そして、それらの広告が主張しているのは、これまでの業態では信じられないほど安いということだけである。非常に単純明解であり疑問をさしはさむ余地はない。しかし、本当に安いのだろうか。なにかカラクリがあって、粗悪品を売りつけられるのではなかろうかという疑問も当然消費者の中から出てくるだろうが、いまのところ、インチキであったという情報はどこからも出てこない。一部にはいかがわしいものもあるかもしれないにしても、私は常識的に考えて、安いのは事実だと思う。

消費者が利口になればなるほど、不況になって家計が苦しくなればなるはど、大量安売り方式は効果を発揮するのである。いかがわしい商法を採用しなくても、大型安売り店は経営努力だけで爆発的に伸びていくことは可能なのだ。

さて、ここで注目されるのは、これらの大型専門店の広告戦略である。たぶんこれらの店は、規制の中からできうる限り最大の広告経費をもぎ取り、その限られた金額を、計算しつくした広告メディアに投入しているはずである。現代の専門店にとっては、広告はもはや営業活動の表門などではなく、基本戦略においても三分の一とか二分の一のウエイトを占める重要な作業になっているのである。

安売りは、商品が粗悪でない限りは消費者の利益にかなう商法である。安売りを行なうからには仕入れコストを下げ、自分たちの儲けもけずらなければならない。商品一個当りの利益は非常に低くなるわけである。

さて、そこで広告というものを、日本特有の村落共同体的発想、すなわち自己主張を強くするとまわりに迷惑をかけるからなるべくひかえめに、という気持で行なったらどうなるか。誰でもわかることだが、利益幅が少ないために商売は成り立たない。

消費者の利益を第一に考える商法では、まず消費者に自分の存在を知ってもらうために強力にアピールを繰り返す必要があるのである。まして大型店ともなれば、一地区に限定するアピールでは、経営を成立させうるだけの人口がない。ある程度大きな地域を想定し、広告の嵐ともいえる状況の中で、さらに効果的な爆弾を投げ込んでいかなければならないのである。

言葉にすると過激な論理のように聞こえるかもしれないが、これは現実であり、強者の論理というより、商業では宿命的な防衛論理なのである。

この広告論は別に目新しいものではないし、少しでも商売にかかわった人間なら皆知っている程度のものであろう。しかし、私がことさらにいうのは、八王子郊外の山の中の家具店で苦しんでいた頃、身をもって実感した事実だからである。多くの商売人は論理だけは知っていても実行しようとはしない。しなくても生活できるからである。しかし、私の場合は経済的に許せる限り、当初は極端にいえば、食費をけずってでも広告費を浮かさないと、商売が成り立たないということだったのである。

考えてみれば、すぐに思いつくことだが、当時の村内家具店があった八王子郊外の加住というはせいぜい人口が千人あるかどうかという地区である。それも山や畑の中に農家が点在しているといった状況であり、村内家具店が広告を行なわなかったら、知っている人は半分の五百人、百世帯あるかどうか。戦後の農家のことだから、この人たちは三年に一度でも家具を買うかどうかさえわからない。

つまり、一年の予想客数は最高三十人ということになる。いかに耐久消費財を扱うからといって、年間三十個の商品販売で生きていける店があるだろうか。まして、良い品を安く売るよりほか生き伸びる方法はないということになれば、とにかく一人でも多くの人に村内家具店の存在を知ってもらうより手はなかったのである。

このつらさは、どう表現してもわかってもらえそうもないような気がする。当時、私の最大の夢は、たとえ電柱広告でもいいから広告ができれば……ということであった。広告費などどこを押しても出てこない。「村内家具店」という看板が市内の電柱に<華やかに>かかっているさまを本当に夢に見たことさえあった。 次へ

珍案オート三輪宣伝カー

2007年04月22日 | Weblog
山奥の小さな家具店がなんとか営業できるためには、なるべくたくさんの人に知られなければならない。それも広告費を使わないで知られる方法を考えなければならなかった。

そこで、まず考えたのは、昭和二十三年頃買った配送用のオート三輪に、スピーカーをつけて流して歩くことだった。これは私のアイディアである。いまは珍しくもないが、当時宣伝カーなどというものはどこにもなかった。宣伝カー用の電気製品などももちろん売っていない。全部私の手づくりだった。

府立二中時代、私の趣味はラジオづくりだった。まだテレビなど影も形もない時代であったが、ラジオのはうは秋葉原あたりに出かけて組立てるぐらいはできた。その知識を応用し、バッテリーから電源を取り、アンプを作り、マイクとスピーカーにつないだのである。他にやった人もいるかもしれないが、少なくとも八王子周辺では宣伝カー第一号は村内家具店のオート三輪だったはずである。

このときも、用もないのに流すとガソリンがもったいないということで、もっぱら配達や仕入れの行き帰りに、

「日本一親切な加住の村内家具店でございます」

と放送して歩いた。するとそれを聞いた近所の人が、

「あんな小さな店で日本一だそうだ……」

 と馬鹿にする。こちらも負けてはいられないから、

「日本一大きいとはいっていない。日本一親切だといっているんだ」

とやり返す。とにかく近隣でははじめの頃、このオート三輪宣伝カーはかなり珍奇な代物と受けとられていたらしかった。

山奥の家具店など安くなければ誰も来てくれない。安く売るためには大量に売らないと採算がとれない。大量に売るためには可能な限り最大の広告を、というのが村内の基本姿勢であり、オート三輪宣伝カーをはじめとして以来ありとあらゆる広告に挑戦し、広告によって伸びていったのが村内なのである。

赤電話広告、チラシ、電柱広告、チラシの入らない農村地帯には農協の有線放送による広告……。家具店時代の多様な広告作戦をあげていけばきりがない。安い料金でより高い効果を得るにはどうしたらよいか、ということがいつも私の頭を悩ませていたのである。

 た、日本ではじめての女性ドライバーによる送迎サービスとか、国鉄八王子駅と店の間を定期的に走るマイクロバスなども広告でない広告として、安心感とか信用を生み出す広告効果を十分にあげたのである。

さて、広告を行なうということと、安く売るということは一見矛盾するようにも見える。広告を行なえばそれだけ商品が高くなる。広告費支出がなければもっと安く売れるだろうという反論である。たしかにこの論理は正しい。常に全消費者が村内ホームセンターのことをよく知っていればである。

しかし現実はどうであろうか。仮に全消費者にアンケート調査を行なったとしよう。

おそらく、関東全域にわたって調査した場合、村内ホームセンターの名前を知っている人は五人に一人ぐらいいるであろう。さらに、名前を知っている人たちに、具体的にどう知っているのか聞いてみた。すると、たいていの人は、さあね、家具は村内八王子っていうから家具屋じゃないのというはずである。あそこは品物がたくさんあって安い、といってくださる方は百人に一人いるかどうか。そういってくださる方は、一度でも村内で買物をされた方か、買物をされた方からうわさを聞いた方に限られるはずである。

私たち専門店主は知名度について錯覚を持ちやすい。あれだけ毎日テレビでPRしたのだから、あれだけ新聞で紹介されたのだから、自分の店のことを知らない人間は一人もいないはずだと思い込みやすい。だが現実は厳しい。総理大臣の名前さえ知らない人がいるというのが現状である。五人に一人、名前だけでも覚えてもらっているということ自体が大成功なのだ。

さらに世代交替という問題がある。一番わかりやすい例が三越百貨店である。たぶん知名度からいえば総理大臣以上であろう。だが、見学にいってみるとすぐわかるが、入店者の平均年齢が非常に高い。お年寄りが目立つのである。戦前はおそらく三越も若者の店であったに違いない。しかし、これまで高級百貨店というイメージづくりをしてきた関係で、若者に的をしぼったアプローチがうまくいかなかった。昔の若者は固定客層として残ってはいても、現代の若者は時代の先端をいく店へ行ってしまうわけである。

新しい郊外ショッピングセンターとしては知名度さえ十分でないのに、それによりかかってしまうわけにはいかないのである。常に新しい世代に、村内ホームセンターはどんな商品をいくらで売っているという具体的なアブローチをしていかないと、良品廉価方式は続けられないのである。 次へ

消費者に喜ばれる広告

2007年04月21日 | Weblog
ここで、村内ホムセンターはどのような広告戦略をとってきたか、具体論に入っていこう。まず専門店の広告には、知られるための広告と、売るための広告の二つがありこの二つを合わせて行なわないと効果が出てこない。広告論の細部は省くとして、簡単にいえば、知られるための広告は、主にテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアを使った広告である。

売るための広告の主なものはチラシである。前者で店の名前とイメージを徹底させ、そのイメージに乗せて具体的な商品と価格を表示したチラシを新聞に折り込む。この二つには相乗効果があり、どちらかでは効果が二分の一になるのではなく、四分一、百分の一に下ってしまう。

チラシについてはいうまでもないが、前者の広告については、事情はかなり複雑だし、広告料金も高くなる。よく考えて行なわないとムダになる場合が多い。

中小企業の広告倒産という話はよく聞くが、はっきりした戦略を立てないで、経営者が気分にまかせて行なうからである。効果の期待できない広告は先行投資でも何でもない。ムダの代表的なものである。広告にもムリ、ムダ、ムラという法則はあてはまるのである。

広告を考えるとき、これは広告だと誰の目にもはっきりわかるもののほかに、オープンセレモニーとか、テレビ局の公開放送に場所を提供するとか、ギャラリーを常設して絵画展を行なうといった催物的なもの。先にふれた奥様インテリア大学とか日曜大工講座、飛行機展示といったものもそうであるが、これらは広い意味での広告に含まれる。しかし、広告とはいい切れない側面も多分に持っていて、その面がマスコミの広告でない部分、つまり報道という面に結びつくこともあるのでその辺もよく考えていきたい。

これはのちに詳しく述べていきたいが、たとえば、八王子店オープンに際して、事前に業界内へのPRや、一般に対してはチラシなどで大々的に広告活動を行なった。

しかし、オープンの状況が、一般の新聞やテレビで報道されたのは、こちらからお願いしたいわゆる広告などではなく、日本ではじめての郊外型ショッピングセンターができたというニュース価値によって、マスコミが報道してくれたわけである。

催物の広告効果という側面を考えると、マスコミの好意的な協力がないとうまくいかないのは事実なのである。

八王子店オープンのときも、一ヶ月前の昭和四十四年八月に、日本テレビで藤原弘達氏との対談のゲストに招かれ、ホームセンター構想を語らせてもらった。これも新しい流通形態という話題性を認めてもらったのであって、けっして広告ではないのである。

またオープン時も、日本経済新聞をはじめとして多くの一流紙に写真入りで大きく報道された。これらはオープンのニュース価値とマスメディアの好意で実現したのだが、村内ホームセンターの立場からみると、広告効果としてはおそらく何千万円の広告費にも匹敵するものであった。

こうしてみると、広告というものは専門書に出ているような単なる方法論の積み重ねではないことがわかる。基本的にはこれこれこういう広告を打つということが大切なのではなく、まず広告に値するか、それ以上の価値感をつくり出して消費者にアピールする姿勢が必要であり、その価値感の必然性が消費者を動かすという形になっていく。

たとえば最近ブームになっている大型安売り店も、さまざまな形でテレビや雑誌に取り上げられ、消費者側の立場から検討が加えられた。そこで、その店の内容が、消費者の利益にかなうものであれば、結果的に報道が広告に転化する。報道側に広告などという意志がまったくないにもかかわらず、消費者に自分の存在と主張を知らせる役目を果たしてくれるのである。しかし、消費者の批判にたえられない内容であった場合は、当然のことながら、報道は命取りになる。要は内容の問題なのだ。

大型専門店は可能な限りの広告活動を行なわないと存続できない。そして方法論の前に確立しておかなければならないことは、消費者の利益を第一とした商売であり、私の広告論の基本にあるのは、消費者が「知ってトクをする広告」以外の何物でもないのである。 次へ