赤丸米のふるさとから 越中のささやき ぬぬぬ!!!

勧進帳の真実、富山県高岡市福岡町赤丸村の消された歴史―「越中吉岡庄」「五位庄」

🔴🔷🔸「寛永15年」の刀剣鑑定書に見える越中の「宇多刀工」・「佐伯則重・郷義弘」

2017-08-17 | æ—§ç”ºå 富山県西礪波郡福岡町赤丸
「越中五位庄赤丸村領三日市」に、大和国宇陀郡の古代刀工「天国 アマクニ」を祖とする「宇多刀工」の一つの「宇多国光」が移り住んで、数多くの「宇多刀工団」が繁栄した。



「越中宇多刀工初代宇多国光の刀剣」










「宇多刀工」は大和国宇陀郡に「天国アマクニ」を祖とする刀工群の中で「宇多国光」が越中吉岡庄赤丸村領三日市(※後に五位庄)に移り住み、赤丸城ケ平山の麓の「鍛治屋町島」に工房を構えたとされる。
大和国宇陀郡には神武天皇が大和へ入る時に案内したとされる「やたがらす」を祀る「八咫烏神社」が在り、この宇陀郡には「天叢雲剣」を鍛えたとされる伝説の刀工「天国」を祖とする刀工群が栄えたとされる。後醍醐天皇はこの神社を崇敬されて、南朝の必勝祈願をされたとも伝わる。この刀工群から出た「宇多国光」は、越中の後醍醐天皇の庄園「吉岡庄」に 移り住み工房を構えたとされる。 その子孫は越中全体に拡がり、宇多国宗の系統は現在の富山市の「新川郡太田保」に住み数代を重ねたとされる。

又、同じ南北朝時代の越中にはこの他にも刀工「正宗」の門下の「佐伯則重」・「郷義弘」の一門が富山市五福に工房を構えたとされる。「郷義弘」は殆ど銘を刻まなかった為に正真の「郷義弘」は幻の刀とされる。しかし、江戸時代初期には「郷義弘」の存在が確認されていた様で、今回、偶然に入手した4冊の江戸初期の「刀剣鑑定書」には「宇多」と共に「郷」の押型等も記載されている。














■宇多刀工の鎮守社「槌の宮」は五位庄赤丸村から高岡市街地の総持寺前に動いた。(※「富山県神社誌」)









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