赤丸米のふるさとから 越中のささやき ぬぬぬ!!!

勧進帳の真実、富山県高岡市福岡町赤丸村の消された歴史―「越中吉岡庄」「五位庄」

📚📙📘「北国太平記」、「北越太平記」等の古書の世界⇒「上杉謙信」と「織田信長」の駆け引きと越中守山城の「神保氏張」!!

2017-06-17 | æ—§ç”ºå 富山県西礪波郡福岡町赤丸





「北国太平記」は主に越中側から見た中世の越中を描き、「北越太平記」は上杉謙信側からの動きを描いている。「太平記」と名付けられた「戦記」は多いが、「七国史」や「北越軍記」等の異称が附けられているものもある。

昔の人達はこれ等の多様な活版刷りの歴史書を広範囲に熟読して歴史を綴っているが、現在の歴史家はこれ等の書籍を「通俗日本史」と呼び、調査もされていない方達もある。従って、あらぬ推論が先行したり、自分なりにストーリーを作り出しているケースさえ見受けられる。確かにこれ等の書は一般的に普及していたと云う点では「通俗」だが、だからと言って無視する必要も無い。身近の高岡市の守山城の歴史も「前田家」の事としては認識されても、この城の本当の歴史を調査した方々は少ない様だ。高岡市は「守山城」の史跡指定を受ける為に詳細の調査中だと云う。この事自体は大変素晴らしいが、しかし、この史跡指定も「御車山祭り」の様に、例に因って「前田家の高岡市」の歴史としてのみ申請されれば、又々、高岡市の真実の歴史が闇に葬られ、教育委員会の偏向した既定の歴史観の枠からも抜け出せなくなる事を憂える。高岡市に関する歴史書や史料は数多いが、現在の高岡市教育委員会は歴史を私物化して「前田家の高岡市」と言う認識がこの現代に於いても継続されて、真実の「史料」を根拠とした「高岡市史」すら出来ていない。在るのは偏向した「私小説的な?高岡市史」だけで、「高岡史料」は在るものの、地域の通史を語る歴史書は皆無と言ったら言い過ぎだろうか?
余りにも偏向した旧来の加賀藩関係者だけが「作った歴史」から、もっと広範囲に視点を向けた「真実の歴史」、「客観的な歴史」を構築すべきでは無いだろうか?




























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