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アニメ及び周辺文化に関する雑感

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6組の双子の2つの物語

2005年07月05日 | アニメ
 6組の双子の設定を使った2つの物語が終わりました。
 1つは高校受験を控えた優柔不断な男子中学生が主人公の物語で、もう1つは大学を中退した探偵事務所のボンクラ2代目の物語。

 二見望の物語『双恋』はオーソドックスに双子の設定を用いた物語でした。物語のメインは幼馴染みの一条姉妹と世間知らずなお嬢様の桜月姉妹の間で揺れ動く望の動向を描いたものでしたが、中学校の教師である桃衣姉妹、居候先の家族である雛菊姉妹もレギュラーキャラであり(いや、保健医の舞の方はあんまし出番無かったけど)、ゲストながらメインをかっさらっていった白鐘姉妹の存在感も大きいものでした。ただ、動物病院の娘の千草姉妹は学校が違う設定からか出番も少なく影も薄かったように思います。

 一方、双葉恋太郎の物語『フタコイ オルタナティブ』(以下『フタコイ』)は明確に白鐘姉妹一本に絞った作品でした。第1話冒頭から思わせぶりにいろんなところで登場している雛菊姉妹は、実際には恋太郎と直接の面識は無かったし、ゲストでメインを持っていった高校時代の恩師・桃衣姉妹も幼馴染みの一条姉妹も、ともにあくまで恋太郎の過去とのつながりから白鐘姉妹に対する引き立て役としての登場に過ぎず、一度登場した後の再登場はありませんでした。
 ゴスロリ仮面で存在感をアピールした桜月姉妹も、恋太郎との関係というよりはニコタマという舞台の非現実的な側面を代表する存在であったり、逆に唯一の声あり登場の回すらただの脇役に過ぎなかった影の薄い千草姉妹は、ニコタマの現実的側面を代表する存在の一部に過ぎませんでした。
 この作品はあくまで恋太郎と白鐘姉妹の物語であって、その他もろもろのキャラの中に他の5組の双子がいただけにすぎません。

 『双恋』が6組の双子を並べたショーウインドウのような作品なら、『フタコイ』は実際にそこから1組を選んだ後の物語ということになります。現実に映像化されたのは白鐘姉妹の『フタコイ』ですが、並行世界をたどっていけば一条姉妹の『フタコイ』や桜月姉妹の『フタコイ』など、様々なバリエーションがあることでしょう。(それでも千草姉妹の『フタコイ』はレア度高そうだけど……)
 恋愛というものが異性を選ぶことから始まるなら、『双恋』は「恋」が付いてるけど恋愛以前の物語に過ぎず、事実、望は一条姉妹のさらには薫子を選ぶ素振りを見せながらも、最終的には受験をがんばろうって仲良しクラブ的な結末に終わってしまいました。

 『双恋』の世界は一昔前の日本人が安心して暮らせた時代の感覚をそのまま作品にして作ってるみたいで、受験をがんばるということに幸福的な未来を感じさせて終わるからには、そこには学歴社会としての確定された保障がある世界です。
 その是非を問わないけど、受験に成功したら望には未来が広がっていて、双子たちとの恋もうまくいくとの理想世界があるみたいです。それを信じる限り、望は社会を疑う必要も無いし、世界と戦う必要もありません。

 一方、最初から白鐘姉妹を選択している(というより、他の双子が舞台に上がってこない)『フタコイ』は、だからといって最初から恋愛の物語であったわけではありません。恋太郎にとって白鐘姉妹は勝手に転がり込んできた謎の姉妹であって、自ら選択した結果では無いからです。その恋太郎が自分の意思で白鐘姉妹を選択するに至るのが『フタコイ』の物語なのです。
 選んでからが恋愛なら、やはりこれも恋愛以前の物語でしょう。でも、現実の恋愛にはもっときつい難関があります。双子のどちらかを選ばなければ現実の恋愛はできないのです。リアルな双子は「私たちを一緒に愛して」なんて言ってくれません。二股掛けた時点で嫌われるのがオチです。そういう意味では、ここからリアルな恋愛が始まる物語でも無いわけです。

 『フタコイ』の主人公、双葉恋太郎は大学を中退し、私立探偵とは名ばかりのぷー太郎に近い生活を送っています。『双恋』の望が疑いもなく信じていた学歴社会の末の輝ける未来なんてものからは見放された立場にいます。
 一方、古き良き日本の下町のイメージを持ったニコタマ商店街はニコパクやたショッピングセンター建設のための再開発計画によって滅亡の危機に瀕しています。
 こういう立場と状況では誰も社会に正義なんて信じられないし、自分の信念を貫こうと思えば世界と戦うしかありません。
 現実世界では双子を同時に愛することは出来ないけど、双子を同時に愛するためには世界と戦わないといけないのです。(いや、現実世界ではその前に双子に愛想付かされるだろうけど)

 恋太郎が戦う相手は、物語ではイカルス計画を進めるわだつみ機関という超国家的謀略組織として現れましたが、それは恋太郎にとっての理不尽な社会そのものの象徴であり、打破すべき世界そのものなのです。
 世界を打破して恋太郎が掴むものは単に沙羅を取り戻すとかニコタマの平和のためだけじゃなく、(学歴万能社会に代わる)自分にとっての未来とは何か、そして双子を同時に愛せる自由なわけです。
 『双恋』が楽観的な中坊が未来を夢見る物語なら、『フタコイ』は社会の現実に未来を失った若者が未来を取り戻す物語と言えるでしょう。ただ、どちらの未来も現実的かどうかという保障はありませんけど……

 『双恋』の6組の双子は、望との関わり方を除けばどれも等価で現実的な存在でした。物語の役割の違いは望との関わり方の違いによるもので、演出的にキャラクターの意味合が確定されていたわけではありません。引越し初日に千草姉妹と出会って、同じ中学に千草姉妹がいたなら彼女たちも一条姉妹や桜月姉妹と同格の存在になっていた可能性もありますし、逆に一条姉妹や桜月姉妹が脇役の『双恋』もありえたわけです。
 それに対し、『フタコイ』の6組の双子は完全に最初から役割が固定されています。
 主役はあくまで白鐘姉妹であって、他の双子が割り込む隙はありません。一条姉妹はあくまで恋太郎の幼馴染みであって、双子塚村から出てこない限りはそれ以上の存在にはなりえませんし、桃衣姉妹はあくまで恋太郎が過去に憧れた女性に過ぎず、ともに現在に居場所の無いキャラクターとして設定されています。
 雛菊姉妹はこの作品世界のトリックスター的な存在ですが、恋太郎と現実的な接点が無い限りはそれ以外の役割にはなりえません。
 恋太郎にとっての現実の現在のニコタマの住人である桜月姉妹と千草姉妹はどうでしょうか? ヤクザの親分の娘であり、ゴスロリ仮面に扮して地上げと戦っている桜月姉妹は、彼女たちの父親の背後に関わっているのイカルス計画であることからわかるように、イカファイアーが暴れて雛菊姉妹が戦ってる、その非日常的な世界とニコタマの日常的な世界との媒介を務める存在なのです。だからこそ、ドイツの古城にまで恋太郎たちの加勢に駆けつけたのは桜月姉妹だけなのです。
 いわば、桜月姉妹は恋太郎の戦う世界を指し示す役割を担っているわけですが、彼女たち自身が恋太郎の戦う理由にはなれないのです。現実世界の桜月姉妹は役割の無い脇役に過ぎません。
 千草姉妹はそれ以上にシビアです。恋太郎から見て彼女たちはその他大勢のニコタマ市民の一部に過ぎないわけで、『フタコイ』での登場も恋太郎にプードルの捜索を依頼したペットショップのオーナーがたまたま彼女たちだっただけです。同じゲストでも一条姉妹や桃衣姉妹のように恋太郎に特別な関わりが設定されてるわけでもなく、それっきりの話です。ゲストといってもただの脇役程度の出番しかないし、千草姉妹の登場よりもプードル探しの状況作りの方が重要だったくらいで、他の双子たちに比べてあまりに扱いが冷淡すぎます。これじゃ、恋太郎と依頼客以外の特別な関係を築ける要素なんてどこにもありません。

 そんなわけで、『双恋』は6組の双子の物語であっても、『フタコイ』はあくまで白鐘姉妹の物語であって、他の5組を期待しているときついものがありますね。(とくに千草姉妹はむごい)
 千草姉妹なんて『双恋』でも影が薄かったんだから少しは救済措置を取ってやれよと言いたいところなんだけど、別のプロダクションで別々に作ってるんなら仕方が無いというところでしょうか。

 ところで、この6組の双子の設定、実際に自分が物語を作ろうと考えてみると難しいものがありますね。
 そもそも学園ものを前提とした設定だから『双恋』の望の物語にはオーソドックスにキャラが当てはめられるけど、『フタコイ』の恋太郎の物語に絡めるにはきついものがあります。それが故の家出少女(白鐘姉妹)、田舎の幼馴染み(一条姉妹)、高校時代の教師(桃衣姉妹)、近所のペットショップ店(千草姉妹)、非日常世界のトリックスター(雛菊姉妹)、ヤクザの娘(桜月姉妹)という割り当てになったんでしょうけど、物語の作りがあんなじゃなければ雛菊姉妹や桜月姉妹は無理がありすぎでしょう。
 一般的に年齢の離れてる桃衣姉妹や雛菊姉妹の扱いが難しい感じですが、桃衣姉妹は大人のキャラだからどうにでも使えます。問題は雛菊姉妹ですね。どう考えても普通の作品で恋愛の対象になんか出来ないから、『双恋』でも望の居候先の家族って感じでデフォルトで枠の外に放り出してますし、『フタコイ』に至っては恋太郎の感知しない超越的なキャラに祭り上げてしまってますからね。ここまで開き直ると見事としか言いようがありませんが……

 6組の双子の物語としてならオーソドックスな『双恋』の方がキャラ的には基本を押さえてありますが、単純にアニメの作品としてみるなら『フタコイ』の方が断然によく出来ていると思います。
 『双恋』は無難な話を無難になぞっただけって感じで、作画ものっぺりとして面白さがありません。それに比べると『フタコイ』は物語の展開が緩急付けすぎでまとまった感じが無いし、一見支離滅裂なめちゃくちゃをやってるように見えるけど、やりたいことはわかるし、作画の遊び具合も見てて楽しい物があります。
 惜しむらくはやっぱり白鐘姉妹の『フタコイ』だけじゃなく、その他の5組の双子それぞれの『フタコイ』が見てみたいってことですね。
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