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今日の御言葉 20170718 エゼキエル21:1~37「火と剣によるさばき」

2017-07-18 | Weblog
7月18日(火)
現在のテーマ「エルサレムへの裁きの預言」
今日のテーマ「火と剣によるさばき」
■聖書 エゼキエル21:1~37 (32)
■聖句 「荒廃、荒廃、荒廃をわたしは都にもたらす。かつてこのようなことが起こったことはない。それは権威を身に帯びた者が到来するまでである。わたしは権威を彼に与える」。(32)
■解説
21章は、神ご自身の臨在の場所と考えられていた聖都エルサレムに対する神の審判の預言(1-32)と、それを傍観していたアンモン人へのさばきについての預言(33-37)で、それが火と剣をもってもたらされることが記されています。この事から私たちは、神の神殿(教会)が真に神の神殿でなくなる時、神はその神殿を滅ぼされることと、傍観者にも同じさばきが下されることを厳粛に受け止める必要があります。さばきのすさまじさは「燃え盛る火」(3)。「火は消えることがない」(4)、「剣は二度と鞘には戻らない」(10)と言った表現で現わされています。「正しい者も悪い者も切り捨てる」(8)は、ソドムにいたロトを執り成したアブラハムのことを思うときに(創18章)、字義通りに取る必要はなく、また実際にこの時もエルサレムの住民のすべてが滅ぼされたのではないことからも神の裁きの厳しさを示す言葉であることが分かります。今日の聖句の「荒廃」の三度の繰り返しも、破壊のすさまじさを示しています。全体として厳しく恐ろしい審判が預言される中で、今日の聖句後半だけが、創世記49:10にまでさかのぼることができ、後にはダビデ契約へと発展する王(メシア)の到来を預言しており(2サム7:12-16)、深い罪と審判による絶望の中に一筋の光となっています。この闇に射し込む光(マタイ4:16)は、2000年前には「受難のメシア」の到来となって実現し、終末の時には、「王なるメシア」の到来となって実現するのです(黙1:4-8)。
■祈り
「知らせは届いた。それは実現する」(12)と主なる神は言われます。信じない者ではなく、傍観者でもなく、メシアの到来を信じ、備える者でありますように。
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