大阪城天守閣、
築城者 豊臣秀吉
1583年(天正11年)築城
1615年 大阪夏の陣で炎上
1931年(昭和6年)大阪市民の熱意で復興
鉄筋コンクリート造り天守閣第一号
1997年(平成9年)大改修
(画像をクリックしてくださいね。拡大します)
大阪城天守閣の最大の特徴は最上階の外壁に描かれた
金箔押しの飛鶴と廻縁下の外壁に描かれた虎の姿で
このような天守閣は後にも先にもないそうです。
(画像を クリックしてくださいね。拡大します)
豪華絢爛な外観は大阪夏の陣図屏風(別称、黒田屏風)に
描かれた豊臣時代の天守を参考にして復興されたそうですよ。
(クリックしてくださいね、3枚あります)
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○青屋口門に通じる極楽橋、傷みがきつく黄色いテープがあちこちに貼られていました。
厳しい現状では修復もままならないのかも・・・。
○天守閣の横にはエレベーターがとりつけられ、車いすでも最上階まで
上がれるようになってました。
里山曲輪は里山の風情をこらした閑静な一郭。
夏の陣では淀殿・秀頼母子が自刃した悲劇の舞台。
1997年(平成9年)大阪市によって記念碑がたてられました。
(サムネイル画像にマウスオンしてみてくださいね)
※大阪城天守閣を中心に2回に分けて載せて見ました。
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築城者 豊臣秀吉
1583年(天正11年)築城
1615年 大阪夏の陣で炎上
1931年(昭和6年)大阪市民の熱意で復興
鉄筋コンクリート造り天守閣第一号
1997年(平成9年)大改修
(画像をクリックしてくださいね。拡大します)
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大阪城天守閣の最大の特徴は最上階の外壁に描かれた
金箔押しの飛鶴と廻縁下の外壁に描かれた虎の姿で
このような天守閣は後にも先にもないそうです。
(画像を クリックしてくださいね。拡大します)
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豪華絢爛な外観は大阪夏の陣図屏風(別称、黒田屏風)に
描かれた豊臣時代の天守を参考にして復興されたそうですよ。
(クリックしてくださいね、3枚あります)
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○青屋口門に通じる極楽橋、傷みがきつく黄色いテープがあちこちに貼られていました。
厳しい現状では修復もままならないのかも・・・。
○天守閣の横にはエレベーターがとりつけられ、車いすでも最上階まで
上がれるようになってました。
里山曲輪は里山の風情をこらした閑静な一郭。
夏の陣では淀殿・秀頼母子が自刃した悲劇の舞台。
1997年(平成9年)大阪市によって記念碑がたてられました。
(サムネイル画像にマウスオンしてみてくださいね)
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<可愛い乗り物でJR大阪城公園前から青屋口門前へ
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※大阪城天守閣を中心に2回に分けて載せて見ました。
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秀頼母子の自刃した里山曲輪、悲しみも歴史の中に眠ってるんですね。
鉄筋コンクリートのお城、つまんない~と只通り過ぎてしまいました。
magamik山のブログで改めてここで繰り広げられた歴史を思いました
長い間行ってないような気がします。
最後にいついったのか~覚えてはいませんが、何でも大阪城の前にタイムカプセルに色々な物を入れて、埋めた時の少し後に行ったような記憶があります。
天守閣に金箔押しの飛鶴と廻縁下の外壁に描かれた虎が素晴らしく、遠くからでも目立ちますね。
お濠には水鳥さんがのんびり泳ぎ、もう少しするとお濠の周りの桜も美しく彩ってくれることでしょう。
私が幼いころ知っている大阪城は、大阪城の前が何もなく寂しいところだったのですよ。
それがこんなに立派な大阪城になって市民の憩いの場になっていることを嬉しく思います。
懐かしい大阪城を有難うございました。
大阪城は何度か行きましたがコンクリート作り
と思う気持ちがありました。
こうして写真で見てみますと屋根の色や天守閣の豪華さはさすがです。
歴史の舞台となった場所なのですね。
桜の時に行った事があります。
こちらは久しぶりに青空を見ました。お布団干しも。
大阪城の天守閣の写真懐かしく拝見しました。
大阪城を訪れたのは遠い昔の事になってしまいました。magamikさんの美しい写真を見て、私が訪れたのは、改修前だったのかなと思いました。
当時は、天守閣の最上階の外壁に描かれた
金箔押しの飛鶴と廻縁下の外壁に描かれた虎の姿が、こんなに綺麗ではなかったと記憶しています。この虎の姿も改修時に塗りなおされたのでしょうか。
青空の下の天守閣の写真は見ごたえがありますね(改修前は全体に薄汚れていたと記憶にあります)。
お濠の向こうのビジネス街も高層ビルが増えましたね。また、お濠で悠々泳ぐ鳥さんも春を楽しんでいるようです。
有難うございました。
見ていなかったことに気がつきます。
何処へ行っても、何を見ても子供のように興味津々なのですね。若い~。
こんばんは~
昔に行きましたが、コンクリート作りを見てがっかりした記憶があります。
悲劇の母と息子の跡は胸が痛みますね。
天守閣の虎と飛鶴、素晴らしいものですねぇ。
こうして見せて貰うと歴史も感じることが出来て改めて大阪城の素晴らしさがわかりました。
ありがとうございます~
素敵なショットから、様子、雰囲気、伝わってきました。
居ながらにして、いろいろ眺められ、とても、嬉しかったです。
見せていただき、siawase気分です。
昨日も、コメント&応援ポチに、深謝です。
応援ポチ♪♪
天守閣はこんなに立派な芸術作品になっているのですね。
ただ、なんとなく大阪城、と思っていましたが今度行くときにはしっかりと見てくることにしますね。
立派な作品は痛みもしますが補修して後世に残して欲しいですね。
浪速のことは夢のまた夢
(1598年辞世の句)
1614年落城し、淀君は秀頼と自害したとされているが諸説があるようですね。
私が知っている大阪城のことはほんの少しでした。
あの乗り物JR大阪城公園前から出てるんですか?
大人でも乗れるんですか?
記念碑が建っているのも知らなかったです。
今回凄く勉強になりました。
そして大阪城に関心の度がまっしてきました。