石油と中東

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混迷深まるサウジアラビア(その2):際限なく膨張する国富ファンドPIF(下)

2018-01-25 | 中東諸国の動向

(注)本レポート上・中・下は「OCIN-Initiative(荒葉一也ホームページ)」で一括してご覧いただけます。

http://ocininitiative.maeda1.jp/Commentary.html

 

 

 

2018.1.25

荒葉一也

Areha_Kazuya@jcom.home.ne.jp

 

アラムコIPOと国家予算注入で世界一のSWF(国富ファンド)を目指すIPF

 壮大な計画を実行するためには資金が不可欠である。SAMAがこれまでため込んできた余剰オイルマネーを移転することでPIFの運用資産は1,830億ドルに膨張したが、これでは前項に掲げた総額5千億ドルとされるNEOMをはじめとするプロジェクトの事業資金としては全く不十分である。

 

 この資金不足を解消する妙案として打ち出されたのが国営石油アラムコを株式会社に転換、全株式をPIFの名義としたうえで、そのうちの5%を市場に公開、すなわちIPOを行うことである。ムハンマド皇太子はアラムコの企業価値を2兆ドルと見ており、IPOで5%を売却すれば1千億ドルがPIFの懐に入るという皮算用である[1]。サウジアラビアの2016年末の原油確認埋蔵量はBP統計によれば2,700億バレルである[2]。これを1バレル=50ドルで評価すれば、14兆ドルとなり、アラムコの企業価値2兆ドルはあながち的外れには見えない。但し、このような単純な計算が成り立つわけではなく、欧米のIPO専門家の中にはアラムコ2兆ドル説に疑問を示す向きも少なくないのである[3]。ともかくもアラムコのIPOは着々と進行しており、サウジ政府は1月か2月に担当金融機関と詰めの協議を行う意向を示している[4]

 

 さらに世間を驚かせたのは昨年末発表された今年度予算で1,350億リアルがPIFの特別追加支出として計上されたのである。これは2018年予算歳出総額1.1兆リアルの12%を占める[5]。諸外国の政府系ファンド(SWF)はオイルマネーあるいは貿易黒字などで蓄積された余剰資金を資金源としている。しかしPIFの場合はSAMAの余剰資金の他、国営企業アラムコの民営化という一回限りで捻出される資金に加え、毎年の国家運営に費消されるべき予算にまで手を突っ込んでいるのである。

 

 このような無謀ともいえる事業計画と、なりふり構わぬ資金手当てで動き始めたPIFの脱石油経済改革プランは踏み出せば最後、失敗は許されないがムハンマド皇太子は成果達成に自信満々である。

 

PIFの前途に横たわる数々の難題

 ムハンマド皇太子は経済改革の前途を楽観視している訳ではなく、予測されるリスクに対しそれなりの手を打ち、さらに個々のプロジェクトについてはその都度軌道修正していくに違いない。しかしPIFの今後の活動を俯瞰した場合、いくつかの基本的な問題点を指摘することができる。

 

 その第一は組織内の専門家(In-house Specialists)が決定的に不足していることである。専門家とは資金調達・運用の専門家ばかりではない。プロジェクトそのものに適切な注意を払い(due diligence)、円滑に推進する専門家も不可欠である。通常の政府系ファンド(SWF)は経営には直接タッチしない。つまり「カネは出すが口は出さない」ものである。クウェイト、アブダビ、カタールなどのSWFは特にそうである。ところがPIFが手掛ける国内事業は初めてのものばかりであり国内に専門家が育っていない。結局プロジェクトの多くは外国のコンサルタントや企業に依存することになり、外国企業のいいなりになりかねないのである。国防産業などはその最たるものであろう。

 

 第二の問題点は国内民間企業との関係である。PIFが計画している産業育成プロジェクトの成功は民間企業の経営者の協力が鍵である。特にサウジアラビアは石油及び石油化学以外の産業は民間企業が握っている。同国の産業が商業・流通・サービスに偏り、製造業が殆ど無いことは事実であるが、消費者に最も近いのは民間企業である。ところが同国では民間企業経営者つまり商業財閥と政府を掌握するサウド家との関係が伝統的に疎遠であり、特にサルマン国王の時代になってからはその感が強い。かつては民間財閥のトップが商工業大臣に就いたり、あるいは大臣が民間企業や多国籍企業トップと親しかったが、最近はサルマン国王とムハンマド皇太子が権力掌握に執心し、自らの意向に沿わない大臣、ビジネスマンなどを汚職摘発の名目で拘束する始末である。この結果、民間企業経営者は国王、皇太子から離反し、大臣は国王、皇太子の顔色をうかがうようになっている。

 

 第三の問題点は国内人材の不足である。ビジョン2030の目的は石油依存経済からの脱却であり、PIFが製造業はじめ民間産業育成の先導役になることである。しかしその先導役に従って個々の事業を引っ張る若手の人材がいない。大勢の若者が海外に留学したが、技術系の学生は少なく大半は経営など文系である。しかも英米に留学して英会話は流暢になったものの、世界のビジネスで通用する実力を身につけた者がどれほどいるであろうか。彼らはPIFが掲げるIT情報産業に競って手を挙げるであろう。しかし通り一遍の知識だけでアントレプレナー(起業家)を目指しても成功する確率は低い。

 

 結局皇太子の取り巻き連中が懐を肥やすだけでサウジアラビアに新たな腐敗の温床を生む可能性が高いというのがPIFとその事業活動に対する筆者の極めてネガティブな結論である。

 

以上



[2] BP資料「世界の国別可採埋蔵量」参照。http://bpdatabase.maeda1.jp/1-1-T01.pdf 

[3] 拙稿「サウジアラムコIPOの行方は?」(2017年3月参照)

http://mylibrary.maeda1.jp/0400AramcoIpoMar2017.pdf 

[4] “Bankers invited to Saudi Arabia to pitch for Aramco listing roles” on 2018/1/8, Arab News

www.arabnews.com/node/1221331/business-economy

[5] “Saudi budget will boost growth in the non-oil sectors and create jobs, say economists” on 2017/12/21, Arab News

www.arabnews.com/node/1212236/saudi-arabia

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