石油の内外情報を読み解く

内外の石油・天然ガス関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。(元ジェトロリヤド事務所長 前田高行)

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(55)  

2017年01月18日 | 中東の戦後70年

エピローグ

 

2.増え続ける中東の難民

 国家間の戦争或いは国内で内戦が勃発すると何の罪もない市民に多くの犠牲者が出る。それは戦火に巻き込まれる死者や負傷者という形だけではなく、戦火に追われて住み慣れた土地や家を失い異郷を彷徨う難民になる者も少なくない。

 

 第二次大戦後の中東で難民が最初に発生したのはイスラエル独立戦争(第一次中東戦争)であった。彼らはパレスチナ難民と呼ばれ、イスラエル国内のパレスチナ自治区と周辺のヨルダン、レバノンに逃れた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に登録されたパレスチナ難民は450万人に達するとされる。レバノンには12の難民キャンプがあり45万人が劣悪な環境の中で暮らしている。

 

 パレスチナ難民問題が解決しないまま、最近になってさらに大規模な難民が発生した。「アラブの春」を契機にシリアで政府軍と反政府軍が衝突、さらに過激なイスラーム原理主義組織が「イスラーム国」(IS)の樹立を宣言するに及んで、シリア、イラクにまたがる紛争地帯で大量の難民が生まれたのである。「難民」を「量」として十把一絡げにしてしまう「大量の難民」という言い方には良心の呵責を感じるがほかに適切な呼び方が無い。

 

 シリア紛争で国外に逃れたシリア難民は約410万人、国内で避難生活を送っている人々は760万人に上ると言われる。実にシリアの総人口の約半数であり、世界の避難民総数の5分の1を占める規模に達している。シリアの内戦が泥沼状態になると共に国内避難民への救援物資は滞り、満足な栄養や医療が行き渡らなくなった。彼らはトルコ、レバノン、ヨルダン等の周辺国の難民キャンプを目指したが、キャンプ自体がすでに飽和状態である。

 

 そこで彼らは陸路伝いに徒歩で西ヨーロッパ、中でも移民に優しいとされるドイツを目指す。シリア難民の多くは都会暮らしの中流階級出身である。彼らは故郷の街にいるころから西ヨーロッパの平和で豊かな生活を知悉しており、一方「イスラーム国」(IS)の野蛮で非文明的な行状をインターネットで見るにつけ、ISが自分たちの街を支配した場合の恐怖感に怯えた。だから彼らはISの足音が近づくと、一切合財の家財道具を投げ売りしてトルコに逃げ延び、そこから西ヨーロッパを目指したのである。

 

 彼らは着の身着のままで地中海を渡ろうともがく貧しいアフリカ難民とは異なり、難民ではあっても無一物ではなかった。難民の定義づけではアフリカ難民は経済難民であり、これに対してシリア難民は政治難民である。そのシリア難民が命の次に大切にしたものがスマートフォンであった。徒歩で西に向かう彼らはスマートフォンで現在の居場所を確認するとともに、先を行く知人友人からどこの国境検問所が難民を受け入れそうか、或いは国境が閉鎖されている場合は無断越境が可能なルートを探る。さらにそれらの情報を自分たちの後を追っている友人や親戚に知らせる一方、すでにヨーロッパに移住している親族と連絡を取り合って落ち着き先を探す。スマートフォンはまさに命綱であった。

 

 

 しかしヨーロッパ各国の難民の受け入れも限界に近付いたようである。各国の経済負担の限界を超えたというよりもむしろ大量の移民がもたらす市民自身の失業に対する不安感或いはイスラームテロなどに対する政治的社会的恐怖心が蔓延してきた。すでに多くのアフリカ難民がヨーロッパの大都市周辺に定住し、そこで生まれ育った移民二世たちの失業率は高く、彼らのある者はイスラームの過激思想に染まり、自暴自棄に陥り都市での自爆テロに走るようになった。他方、白人たちの不安を掬い取るように極右勢力は移民排斥、イスラーム排斥を主張して国民の支持を集めている。

 

(続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

       荒葉一也

       E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

       携帯; 090-9157-3642

 


この記事をはてなブックマークに追加

ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月16日)

2017年01月16日 | 今日のニュース

・オマーン、OPEC協調減産のためPDO, Occidentalなど各社に削減生産量を指示

・トルドー加首相:オイルサンド開発はフェーズ・アウト

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

今週の各社プレスリリースから(1/8/1/14)

2017年01月14日 | 今週の新聞発表

1/10 経済産業省 エネルギー供給構造高度化法に基づくフォローアップを実施しました~石油産業の設備最適化と事業再編に向けた取組の現状~ 

1/10 JX石油開発 米国の原油増産プロジェクトにおける世界最大規模CO2回収プラントの運転開始について 

1/10 コスモエネルギーホールディングス 組織改定のお知らせ 

1/11 国際石油開発帝石 幹部社員の人事異動について  

 


この記事をはてなブックマークに追加

ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月13日)

2017年01月13日 | 今日のニュース

・サウジ石油相:6か月後も減産継続の用意あり

・米エネルギー省(EIA):今年の原油価格見通し、WTI $52.5, Brent $53.5

 


この記事をはてなブックマークに追加

ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月11日)

2017年01月11日 | 今日のニュース

・米国の生産増で原油価格2%下落。Brent $56.02, WTI $52.99

 


この記事をはてなブックマークに追加

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(54)  

2017年01月11日 | 中東の戦後70年

エピローグ

 

1.東と東の遭遇

 イスラエルとの戦争でヨルダン川西岸のパレスチナの地を追われ東隣のヨルダンに逃げ延びたパレスチナ難民たちは、生活のため1960年代前後に石油ブームに沸くクウェイト、サウジアラビアなど豊かな湾岸諸国に出稼ぎ者として移り住んだ。そこはヨルダンからさらに東方であり、この時期パレスチナ難民は東へ東へと向かったことになる。彼らはもちろん湾岸の地を終の棲家にしようとしたわけではない。湾岸諸国は彼らの永住を認めなかったし、彼ら自身も石油の富を鼻にかけた無能で尊大なだけのベドウィンの国は我慢できなかった。パレスチナ人の多くは国際社会の仲介でイスラエルとパレスチナが平和協定を締結し二国家共存体制になれば祖国の地に帰還できると期待していた。

 

 しかし度重なる中東戦争でパレスチナ独立の夢はむしろ遠のいた。それに追い打ちをかけたのが1990年のイラクによるクウェイト進攻であった。世界中がフセイン政権の暴挙を非難し、とりわけサウジアラビアなど湾岸の王制国家はクウェイトの次の餌食になるのではないかと強い危機感を抱いた。ところがヨルダン政府とPLO(パレスチナ解放機構)はイスラエル打倒を叫ぶフセインを支持したのである。その結果湾岸戦争の後、当然のことながらクウェイト及びサウジアラビア政府は出稼ぎのヨルダン人及びパレスチナ人全員を国外追放処分にした。

 

 クウェイトとサウジアラビアの国境地帯で操業していた日本の石油開発会社で働く3人のアラブ人たちも決断を迫られた。ヨルダン人のカティーブはパレスチナ人のザハラを誘って、実家のあるアンマンに帰ることにした。出稼ぎ中に貯めた資金を元手にカティーブはアパート経営を、ザハラは自動車修理工場を立ち上げるつもりであった。残るもう一人のパレスチナ人シャティーラは米国で働く弟を頼って移り住むことにした。東へ東へと向かっていたパレスチナ人たちは、一転して西へと移動し始めた。

 

 ある一夜、日本人の同僚が3人のために送別会を開いてくれた。日本人専用の社宅のためサウジアラビアでは御法度のアルコールもふるまわれ一同は思い出話にふけった。勤務年数は最も長いシャティーラで30年、カティーブでも21年に達し人生の壮年期を日本企業で働いたことになる。出稼ぎ者の彼らがこれほど長く一つの会社に勤めることは珍しい。普通のクウェイトやサウジの企業であれば、オーナーの気まぐれで首になったり、或いはオーナーの横暴に耐えかねて転職していたに違いない。しかし日本人の会社は落ち着いて働ける会社であり、職場環境は居心地が良かった。政府と会社の利権契約が2000年までであり、彼らはできればその時まで働き続けたいと思っていた。しかし歴史に振り回されてきたパレスチナ人たちは今回の国外追放も運命の一つとして淡々と受け入れたのであった。

 

 彼らは温厚で誠実な日本の企業で働くことができたことに素直に感謝していた。そして第二次世界大戦に敗れ焦土と化したその国が奇跡的な復興を遂げ、今では自分たちの身の回りに自動車、テレビ、カセットレコーダー、冷蔵庫など日本製品があふれていることに驚異と称賛を惜しまなかった。さらに日本人たちが人種の差別なく平等に扱ってくれることがうれしかった。それはこの会社に入るまでには無かった経験であった。

 

 会話が弾む中、背後のカセットレコーダーから聞き覚えのない澄んだ女性歌手の歌声が流れてきた。メロディーはどうも中国の歌曲のようである。シャティーラが隣席の日本人に聞くと、歌手は有名な台湾女性で歌曲名は「ホー・リー・チン・ツァイ・ライ(何日君再来)」と言うらしい。愛する人との別れを惜しみ、いつの日か再会できることを願う歌だそうだ。

 

人生難得幾回醉,不歡更何待!

(人生で幾度も酔えるものではない、ためらうことなく今を楽しみしましょう)

來、來、來,喝完了這杯再説吧。

(さあ、さあ、さあ、まずこの一杯を飲み干しましょう)

今宵離別後,何日君再来?

(今宵別れたら、君はいつまた来るの?)

 

 パレスチナ人にとって「君」とは「平和の女神」であった。「平和」はいつも彼らのもとを足早に通り過ぎる。甘く切ないメロディーと歌声がアラブ音楽とはまた一味違う郷愁を呼び起こした。中東(Middle East)と極東(Far East)の名も無い人々の心が触れ合う一夜。それは東と東が遭遇するひと時であった。

 

 パレスチナからヨルダンさらに湾岸諸国へと東に移動したシャティーラは今度は一足飛びに西半球の米国に移住したのであった。彼はそこで豊かとは言えないが、平和な生活を手に入れた。キリスト教国の米国でイスラーム教徒が生活することは決して楽なことではなかったが、米国はやはり平和と安全に守られた世界一の国であった。

 

 米国とヨルダンの間で手紙と電話が頻繁に交換された。遠く離れたヨルダンに住む両親やかつての同僚とはこれから先、顔を合わせることができるかどうかはわからない。それでも彼らの「血」の絆がゆらぐことはない。父親からの手紙でかつての隣人アル・ヤーシン家の娘ラニアがカイロ留学から戻り、ジャーナリストとして活躍している時、ハシミテ王家の皇太子に求婚され現代のシンデレラになったと知らされた。パレスチナ人の血とイスラームの始祖ムハンマドに連なる由緒ある家系ハシミテ家の血が一緒になったのである。それは新しい時代を予感させる出来事であった。

 

(続く)

 

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

       荒葉一也

       E-mail; areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

       携帯; 090-91の57-3642

 


この記事をはてなブックマークに追加

ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月7日)

2017年01月07日 | 今日のニュース

・サウジアラムコ、顧客と2月販売量削減協議に入る。10日には通知か

・イラン、タンカー備蓄原油1,300万バレル以上を売却。OPEC生産削減に対応

 


この記事をはてなブックマークに追加

今週の各社プレスリリースから(1/1-1/7)

2017年01月07日 | 今週の新聞発表

1/3 ExxonMobil ExxonMobil, Tillerson Reach Agreement to Comply with Conflict of Interest Requirements  

1/4 JXホールディングス 2017年 会長・社長 年頭挨拶について  

1/4 JXエネルギー 2017年 社長(杉森 務)年頭挨拶について 

1/4 出光興産 当社社長 月岡 隆 年頭の挨拶について 

1/4 コスモ石油 2017年 森川社長 年頭挨拶要旨 

1/4 東燃ゼネラル石油 2017 年 社長年頭挨拶  

1/5 昭和シェル石油 社員への年頭挨拶 

1/5 石油連盟 木村康石油連盟会長 年頭所感 

 


この記事をはてなブックマークに追加

ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月6日)

2017年01月06日 | 今日のニュース

・重質油中心の湾岸産油国減産でBrent原油とのスプレッド(値差)1.7ドルに縮小

・イラク石油相:OPEC決議に基づき生産量を480万B/Dから460万B/Dに20万B/D削減

 

 


この記事をはてなブックマークに追加

ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月4日)

2017年01月04日 | 今日のニュース

・原油の今年初値、1年半ぶりの高値でスタート。Brent $58.37, WTI $55.24

・イラン、日本を含む外国企業29社に石油ガス開発の入札資格を付与

 


この記事をはてなブックマークに追加